噂のお狐様
東京都豊島区駒込。
それは最近では、ちょっと……いや、かなり有名な場所だ。
どうして、と人に聞いたならば、きっと「お前は時流に敏感じゃない」と呆れられてしまうだろう。
何故ならば、かの有名な巣鴨には9大クランの1つ「武本武士団」が本拠地を構える和風な街並みが広がるわけだが……その隣である駒込もまた、巣鴨と連携した和風の宿泊街になっているからだ。
そうなった理由はただ一つ。
駒込に住んでいる「とある人物」が、武本武士団のマスターである「武本秀秋」と仲が良いからに他ならない。
そして何よりも覚醒者協会日本本部もまた、そこに莫大な資金を投入し開発しようと思う程度には、そこに住む人物を支援したがっているからだ。
では、それは誰なのか?
きっと、その辺りの誰に聞いても答えが返ってくるだろう。
「イナリちゃーん!」
「あそぼー、イナリちゃん!」
「おお、おお! 今日も元気じゃのう」
狐神イナリ。そう呼ばれる大人気の覚醒者だが、彼女の経歴を辿ってみると「突然現れた」という言葉がピッタリである。
突如覚醒者協会日本本部で登録してデビューし、単独での有り得ない速度でのダンジョン攻略はもはや日常のこと、臨時ダンジョンと呼ばれる事前情報の無い危険なダンジョンも難なくクリアし、ランキングも凄い速さで駆け上がっている。
更には……此処からはまだ完全に情報公開されたわけではないが「神のごときもの」と呼ばれる超常的存在の起こす事件をも複数解決している。
その最中で日本のトップランカーたちとも仲良くなっているという……まさにすい星のごとく現れたスター、というような存在なのだ。
……勿論、イナリが突然現れた謎の人物ということは確かにあるのだが、今の時代は然程珍しいものでもない。
覚醒者黎明期に起こった世界規模のダンジョン災害は世界各地で戸籍の消失などを起こしていた。
それほどまでに人類は一度大きく追い込まれ、そして覚醒者の力で急速に復興した。
すでに非覚醒者の戸籍は国が管理すれど、覚醒者の戸籍は管理するのは覚醒者協会……事実上、「覚醒者は国に所属していない」というこの状況下で、突然何処からか覚醒者が出てきたところで「そんなこともあるか」としかならないのだ。
何故なら、世界中で似たような事例……見捨てられた村にいた覚醒者の少年、みたいなことが頻発していたからだ。
そうした彼らが酷い人間不信に陥っていたことを前提に置いたうえで、イナリを見てみよう。
「で、今日は何をしておったんじゃ?」
「覚醒者カードアリーナ!」
「……む? それってそんな名前じゃったかのう?」
「これはねー、最近出たんだよ!」
「おお、さようか……そういえば確かに聞きおぼえがあるが……」
子どもたちに囲まれてカードを「うーむ」と悩みながら見ているその姿は、文字通りに子どもたちと同じ目線で遊んでいる少女に見える。
なんとも微笑ましい光景だろう。その普段の他者との接し方故に、それほど他人に嫌われる確率は高くないし、子どもたちの親御さんにも人気だ。
強い覚醒者が知り合いにいるというだけでも安心するのに、それが好意的ともなれば嫌うのは難しいのだろう。
そして子どもたちは相手の性格というものを、言語化できずとも結構敏感に見抜くものだ。
「それでねー、これがイナリちゃん! GRレアなんだよ!」
「じーあーる……この前聞いたうるとられあ、とは違うのかのう?」
「ギガントレアだよ!」
「もうどう凄いのか分からん……」
「ちょーすごいよ!」
「おお、儂のかあどはそんなことになっとるんじゃのう……」
すぐには思い出せない程度にコラボ案件の舞い込んでいるイナリだが、この覚醒者カードアリーナなるカードゲームは随分前に依頼を受けたものだった。
覚醒者をイラスト化してカードゲームとして競い合わせるというゲームはそれなりにあるが、どれも人気だ。
このカードアリーナもどうやらそうであるようだが……人気の覚醒者であるイナリを真っ先に投入したというのは、やはり良い判断であったのかもしれない。
モンスターが現実に存在するこの時代、覚醒者とはアイドルだ。
覚醒者がテレビに出たり様々な商品とコラボしたり……現代のスーパーヒーローである覚醒者は、しかし当然見た目が良ければ更に人気になる。
沖縄のヒーローじみた覚醒者「レッドシーサー」のような見た目もヒーローな者もいるにはいるが、そういう事情もあって大抵の覚醒者は格好にも気を使ってキャラ立てしている。
『黒の魔女』千堂サリナもまさにその一人だろうが……イナリを見てみれば、狐耳と尻尾の生えた巫女少女である……キャラ立ちが凄すぎる。
まあ、そんなわけで子どもたちもイナリが大好きだし、イナリは決して子どもたちを邪険にはしない。
そうなればますますイナリの人気……というか、子どもたちはイナリを見つけると即座に駆け寄るわけで。
こうした光景もまた駒込の名物であり、それがSNSで拡散されて更に人気が上がるという、そんなスパイラルが完成していたのだ。
12章ですね。
よろしくお願いいたします。





