知ってる世界の裏表
ー連日お伝えしております件の続報です。奈良県では現在、超常的存在による影響を受けた人々に対する継続的な治療を行っておりますが、これに伴う相談ダイヤルを設置しております。番号は……ー
ーそもそもこの問題ですが、超常的存在というのは何とも胡乱な表現ですよねー
ーまあ覚醒者がいるんですから、そういうのがいてもおかしくはないんじゃないでしょうかー
ー今回の件で問題なのは覚醒者協会がそれを隠蔽してたんじゃないかってことですよ。覚醒者専用ネットワークの存在もそうですけど、あまりにもブラックボックスが大きすぎるんじゃないでしょうか?―
テレビでは、どのチャンネルにしても奈良で起こった今回の事件のことばかり流している。
当然だろう。「神のごときもの」という名称すら出なかったものの、何かの超常なる力と悪意を持った存在が今回の事件を起こしたということだけは発表された。
これは今回の事件の規模があまりに大きすぎ、隠すにはあまりにも難し過ぎたということもあるのだろうが……それ以前に、あの神のごときもの【書を持つ者】がこれまでにはない程の規模で悪意をまき散らしたという点が重要視されたのだろう。
「つまり……何もしなければ覚醒者の仕業と疑われますので、それよりは……っていう妥協案ですね」
「ふーむ。いっそ全て公開すればよかろうに」
イナリとしては何もかもを公開した方が対策もとれていいと思うのだが、そんなイナリにエリは「うーん」と小さく唸る。なんと説明すればいいのか、といった表情だが……やがて適切な言葉を見つけたのか小さく頷く。
「つまりですね。混乱が大きすぎるんですよ」
「ふむ?」
「まあ、私も最近イナリさん絡みでそういうのを知ったばかりですけど……神のごときものって、既存の神話の神様とかを思わせるものが結構あるみたいで」
「そういえば、そんな話もあったのう」
蒼空……『勇者』も以前、【邪悪なるトリックスター】のことを「北欧神話のロキではないか」と言っていた。
それが正解であるかは今をもって分からないままだが……。
「で、その話が漏れたときに想定される影響が世界に深刻な影響をもたらすレベルだっていうのが覚醒者協会の世界的な結論らしいですよ」
「ほー、エリは物知りじゃのう」
「前に説明してもらいまして」
「儂、聞いとらんのじゃけど……」
「イナリさんは関わり過ぎてるから、どうしたものか各国と調整中だとかなんとか」
「何やら面倒じゃのう」
まあ、つまるところ「神のごときもの」の対応は世界的なものであり、それだけ秘密であって……イナリのように何度もぶつかって、しかも撃退してきたというのはまさに異例なのだろう。
(まあ、意味がない気もするが……)
イナリの知る限りでは覚醒者協会のデンマーク本部長は神のごときものだ。
他の国の本部長に同じような存在がいないと誰が言いきれるだろう?
しかしまあ、彼は人間に悪意はないようだったし、そういう意味ではイナリと似たような立場と言えないこともない。まあ、立場でいえば覚醒者として活動している神のごときもの『魂の選定者』であるソフィーのほうが近いかもしれないが。
そもそもからして、イナリだって人間ではないのだ。
結局のところ、人間がどう隠蔽しようと神のごときものは深く人間社会に根付いているのだろうし、あるいは隠蔽そのものが神のごときものによって自然と導かれた流れであるのかもしれない。
そう、確か……デンマーク本部長であるミケルはこう言っていた。
この世界での勢力争いはすでに激化しつつある、と。
であれば、あるいは……今回発表された「邪悪な超常的存在」のことすら。
「どうされました、イナリさん?」
「ん? うむ……」
せんべいをパリッと齧ると、イナリは思考を打ち切る。今考えてもどうしようもないことだ。
イナリはこの世界においては「覚醒者」という一個人に過ぎず、世界の情勢を差配する力など持ってはいないし……するつもりもない。
しかし、差配したい神々がいるというのであれば……それはいつか、イナリがどうにかできるようなものを超えてしまうのかもしれない。
そうなったときに、何が出来るのだろうか? 何をすべきなのだろうか?
けれど、今言えることは。
「世の中は難しいものだと思うてのう」
ままならない。
人であろうと神であろうと、きっと単一の存在に出来ることなど、たかが知れている。
だからこそ何が起ころうと、それが終われば「いつもの日常」が続くのだろう。
けれど、そう、けれど。
何かを起こせる存在が一斉に行動を起こす日が来るとしたら。
それはきっと、世界をひっくり返すような事態になるだろう。
その先に「いつもの日常」なんてものが続く余地があるのかは……今は、誰にも分からない。
人であろうと、神であろうと……あるいはこの世界の理の一部を司っているシステムであろうと。
未来は、誰にも分からない。明日のことですら、誰にも分からないのだ。
それでも今日を……思うよりも脆いこの日常を、歩き続けている。
これにて11章、終了でございます!





