お狐様、再びの奈良へ7
何故、アツアゲが此処にいるのか?
その答えは簡単で、アツアゲが「何か異常を見つけたら帰ってこい」とイナリに言われていたのにズンズン最奥まで来たからである。
しかしこれはイナリも悪い。アツアゲの感覚で異常が何かを想定していなかったし、そもそもアツアゲにとって正常と異常の境目が何処にあるかを事前に擦り合わせしておくべきであった。
ゴッドキングダムを見て「何か変だなー。なんだこの合体の数」とか思わない時点でその辺にあまり期待はできないのだ……!
さておいて、アツアゲは最奥に来てしかも何らかの理由でダンジョンの最奥にいる何かと出会ってしまった。
イナリであれば『神のごときもの』であると看破しただろうし、【書を持つ者】であるとも気付いただろう。
しかしアツアゲはそんなものには一切興味が無い。無いのだ。
だから男の問いに対する答えはただ1つだ。
「スパイラルビーム」
「愚かな」
男は目の前に光の障壁のようなものを張り、アツアゲのスパイラルビームを弾き返す。
この程度は児戯だと、そう言いたげな……実につまらなそうな表情だ。
「こんなもので私をどうにか出来ると思っているのであれば興ざめだな」
「スパイラルビーム」
当然効かない。スパイラルビームは弾き返されて。
「スパイラルビーム、スパイラルビーム、スパイラルビーム」
何度放とうとも無駄だ。だから、男はアツアゲから視線を外し本を読み始めて。
「スパイラルドリル」
回転しながら飛んできたアツアゲの対処が、一瞬遅れた。
「……!」
驚愕。障壁をドリルで突き破り襲ってくるアツアゲのドリルを、男は盾を瞬間構築し弾き返す。
油断。いや、油断などない。確実に防げる強度の障壁であったはずだ。
なのに突き破られた。意味が分からない。だが、そういうものだと理解できる。
積み木ゴーレムは理不尽を具現化したようなモンスターだからだ。そして目の前のアツアゲが、その中でも更に強い個体だと、男は理解した。
とはいえ、それでも自分に届くはずもない。ないが……それでも面白いと、素直にそう評価していた。
「なるほど、此処に送り込まれてくるだけはあったようだ。で、あれば……『飛来する剣の群れ』」
男の手の中の本のページが捲れていき、やがて止まる。輝くそのページから飛び出したのは、無数の剣。アツアゲを狙い飛来する剣の群れを、アツアゲは飛行し回避していく。
「よく避ける。しかし、これならどうかな? 『光線鉄球XX』」
次なるページから飛び出したのは、幾つもの鉄球の群れ。一定の間隔内に並んだそれらは光線を放ち、鉄球同士で反射し、ランダムとしか思えない軌道の光線でアツアゲを囲む。
その範囲網は自然と狭まり、対象を穴だらけにするだろうが……アツアゲはそうではない。
光線の群れを凄まじい動きで回避し、手近な鉄球をドリルで破壊していく。
「ハハハハ! 面白い、では質量だ! 『忘れられし遺跡の巨石兵』!」
現れた苔むす石の巨人がアツアゲを踏み潰そうとして。しかしスパイラルドリルが巨人の足を砕き天井近くへとアツアゲが舞い上がる。
「スパイラルビーム」
「では技だ。『ソードマスター・ベルタス』」
砕かれた巨人が消えゆく中で現れた剣士のオーラ纏う剣戟をアツアゲはその小ささを活かして滑り込むように回避する。万が一ダイスを振って巨大化していれば避けられなかっただろう一撃を回避し、剣士にドリルを叩き込む。
「素晴らしい! 実に素晴らしい! ハハハ、では次は……」
しかし。そこでアツアゲは再び天井付近へと舞い上がる。
その手の先にあるのは、虚空から現れた2つのダイス。
それが勢いよく回転を始めた、そのとき……謎の音声が響き渡る。
『エマージェンシー、エマージェンシー。積み木ゴーレム、出撃準備開始。マスターとのリンクスタートします』
そんな謎の放送が響き渡ると同時に2つのダイスが輝き、その場に静止する。それは、アツアゲの巨大化の合図。そして……示された、そのダイスの目は。
『6、6! 36! 36倍! 36倍!』
アツアゲの身体が急速に巨大化していき、かつてイナリと戦ったときそのままの巨体へと変わっていく。
『36倍積み木ゴーレム・ドリルフライヤー、出撃完了。行動開始します』
精々50センチほどの玩具のような大きさだったアツアゲ。しかしそれが36倍でおよそ18メートル。追加武装部分を含めれば更に大きいが、そんな巨体がジェットウイングから放つ青いエネルギーを逆噴射し、男へと高速で迫る。
「……なんと。此処まで出来るのか」
「ジェットキック」
男を椅子ごと、床ごと踏み潰すような……そんな強烈な一撃が炸裂する。
それは床を砕き、そのヒビが広がっていって。部屋全体に広がり、書斎そのものがひび割れ崩れていく。
そうして消えたその場所には……星溢れる夜空のような空間と、無数の本……そして、無傷の男の姿があった。





