お狐様、再びの奈良へ6
『エマージェンシー、エマージェンシー。積み木ゴーレム、出撃準備開始。マスターとのリンクスタートします』
ダンジョン内に響き渡る謎の放送は、もはや積み木ゴーレムにはお馴染みのものだ。
アツアゲの前にダイスが現れることはなく……代わりに響くのは、東京湾でも聞こえてきたアレだ。
『ジェットウイング、発進』
ズドン、と。何処かから幾つかの積み木が飛んでくる。それはアツアゲの背中でまるで機械翼の如く組み上がり、下部の丸い積み木はまるで射出口のようだ。
『完成、積み木ゴーレム・ジェットウイング。行動開始します』
そしてアツアゲの背中に装備されたジェットウイングから青いエネルギーのような何かが放たれ、夜空に軌跡を描きながらアツアゲが『発進』する。
『巨大化プロセスキャンセル。続けて追加装備要請』
巨大化しない。ならばどうするというのか? その答えは、実にシンプルだ。
『ドリルパーツ発進』
ドリルといっても溝はないが、形的には確かにドリルだろう。三角錐の積み木とでも呼ぶべきそれは飛んでくると、アツアゲの腕に装着される。
『完成! 積み木ゴーレム・ドリルフライヤアアアアアア!』
腕にドリル、背中に翼。そんなアツアゲが高速で飛翔し、その腕のドリルが回転する。
「クリスタルブリザードの魔法の呪文は以下の通りである」
「永遠の凍土。その名の重みを理解しない者は多い。本書ではその恐怖を」
「氷結の論理は極めて単純である。物質の状態における氷結とはすなわち」
鏡の盾の後ろにいる本たちはなるほど、アツアゲのビームを鏡の盾で防ぎ、その間にどうにかしようというのだろう。だが、それではダメだ。何故なら、ドリルがあるからだ。
「スピンドリル」
空飛ぶアツアゲが高速回転し、ドリルで鏡の盾を貫き、その背後の本を貫いて。急速ターンして残りの本たちを撃破すると、そのまま何かしらの準備をしていた本たちをもドリルでぶち抜いて飛んでいく。
そう、ジェットウイングのビームウイングではやはり鏡の盾に弾かれるかもしれない。
しかしドリルであれば話は別だ。何故ならドリルだからだ。
本をアツアゲが片っ端からぶち抜き飛んでいけば、本棚の一部が剥がれて巨人に変わっていく。
ブックシェルフゴーレムと呼ばれるタイプの巨人だ……自分に収まっている本を元に様々な能力を行使するという、個体差の激しい危険なタイプのモンスターでもある。
「アデイル騎士物語58ページ。騎士の決闘」
ブックシェルフゴーレムの手に巨大な槍が現れ、アツアゲへと振るわれる。それは決してアツアゲのドリルの破壊力にも劣らない、いや。更に破壊力のありそうな……!
そんなものが、高速で振るわれて。
「スパイラルビーム」
アツアゲのドリルから発射された捻じれたビームが容赦なくブックシェルフゴーレムの頭部を粉砕する。
バラバラと散らばっていく本にも本棚にも一切の興味を示さず飛んでいくアツアゲは、快進撃としか言いようのない調子でダンジョンを奥へ、奥へと進んでいく。
そうして進んだ先にあったのは……広く、けれどこれまでの空間と比べるとこれ以上なく綺麗に整頓された、例えるのであればそう、書斎であるだろう。
宙にふわふわと浮いた椅子に腰かけた何者かが、アツアゲに背中を向けたまま右手の本を捲っていく。
なんとも不可思議な男だ。黄金の髪は僅かにウェーブがかっており、纏っているのは中世と呼ばれる時代の貴族の服にも酷似している。頭に生えた立派な角は、男が人間ではないことをこれ以上ないほどに示している。
この男が此処のボスなのか? いや、それにしてはどうにも……後ろ姿からでも分かる、確かな知能のようなものが垣間見える。
ダンジョンの変質のことを考えれば……恐らくは、この男こそが。
「まあ、来ると思っていたよ。アレで騙されてくれれば楽だったんだがね。しかしだね。私は君が来ることを予想していた。これがどういう意味が分かるかね、コガミイナリ?」
くるり、と椅子ごと振り返った男は、本をパタンと閉じて。
「……ん?」
イナリの姿が無いことに気付き、周囲をゆっくりと眺めていく。
いない。確かに魔力を感じたはずなのに、いない。
透明化の類ではない。そんなものは見破れる。であれば、いったいイナリは何処に行ったのか?
その答えを探して、男の視線はゆっくりとアツアゲへ向けられる。
イナリが変身した姿ではない。
積み木を組み上げたような、そんな子どもの玩具そのものな姿。
背中に同じように作られた翼と、腕にはドリルらしきもの。それも全部積み木だ。
なんか、そんなおかしなものがいる。
「……なんだお前?」
そんな言葉しか出てこない。本当に何なのか。何故こんなものが此処にいるのか。
いや、モンスターであろうことは分かる。分かる、のだが。
「積み木ゴーレム。そうか、そんなモンスターがいるな」
しかし男は自身のその膨大な知識からアツアゲの正体を看破して。
「で、どうして此処にいる?」
だからといって、疑問が解決するわけではなかったのである。





