お狐様、再びの奈良へ5
ダンジョンの中に入ったアツアゲが見たものは、無数の本が並ぶ本棚と、浮遊する本の群れ。
そんな一見すると図書館のようで、しかし図書館と呼ぶには少々おかしなところが多すぎる場所であった。
それは床から天井まで続く本棚でも、天井となっている本棚でも、そこにぎっしり詰まっている本でもなく、ましてやフワフワと浮遊している本でも、ヒュンヒュンと飛んでいる本でもない。
いや、全部おかしいのだが、此処はダンジョンであると考えればそんなにおかしな話ではない。
図書館であるかと聞かれたら「どうかな……」となってしまう程度には無茶苦茶であるという話なのだ。
しかしながら、それを含めてもおかしくはない。おかしいのは、このダンジョン……奈良第1ダンジョンは、こんなダンジョンではないということであるのだが、アツアゲはその辺りには一切興味がなかったりする。
何しろ初めて来る場所でもあり、何処がおかしいかなど分かるはずもない。
怪しいものを見つけろと言われてはいるが、何が怪しいかなど分からない。
別に断る理由もないので来ているが、アツアゲとしては良い暇潰し程度でしかない。
ない、が……ダンジョンという場所においてアツアゲはよそ者……平たく言えば異物であり、此処にいるモンスターたちは容赦なくアツアゲを襲ってくる。
バサバサとページが自動で捲られる本が上空から襲ってくるが、そんな音があからさまに出ていてアツアゲが気付かないはずもない。
「ビーム」
ジュバッと音を立てて消滅する本が魔石を落とせば、アツアゲは拾って吸収する。実に鮮やかな……やり慣れている動きだ。
先程のビームの威力もかなりのものだ。巨大化もしていない状態でこの威力というのは、通常の積み木ゴーレムの域を大きく超えている。
まあ、主人がイナリなので「アツアゲも成長したのう」程度に思っているのだが……さておいて、アツアゲが予想以上に手ごわいと見たのか、本たちはその場で浮遊しながらそのページを忙しく捲っていく。
「魔導炸裂薬の原料は■■■を採取から1カ月以内のメギズの火を用いて溶かすことから始まる。此処に■■■■■と■■■■を粉にして1:3の比率で混ぜ合わせたものを10秒、40秒、60秒のタイミングで同量ずつ入れて攪拌していく。このタイミングが完璧に行われたとき、魔導炸裂薬は完全なる効果を発揮する」
「火炎魔法を極めんとする者が次に習得するべきはファイアとフレイムの違いを理解することから始まる。ファイアボールとフレイムボールの違いを理解するには実際に放つのが速い。呪文を以下の通りに唱えよ」
「ファイアドラゴンのブレスの威力たるや恐るべきものであった。ホルンの戦士たちは鋼鉄の武器防具に身を固め身の丈ほどに大きな盾を携えていたが、ファイアドラゴンは嘲笑うように炎の息吹を解き放つ」
本の何処かのページを読み上げるような、そんな抑揚のない声。
しかし、驚くべきはそれぞれの本から無数の実験器具や炎の球体、そして真っ赤な鱗を持つドラゴンの頭が現れていたことだった。
完成した薬が、炎の球体が、ドラゴンの炎がアツアゲへと放たれ、響く爆発音と強烈な炎の攻撃をアツアゲは前へと跳んで回避する。
「ビーム。ビーム。ビーム」
本が破壊され、ついでとばかりに別の本も「ビーム」と破壊すれば、別の本がパラパラと忙しく自分のページを捲っていく。
「おお、驚くべき輝きよ。その剣こそは全ての魔を統率する剣■■■■■■■である」
「大地を砕く槌の伝説を知る者は多い。しかしそれが如何なる戦果をあげたのか具体的に語れる者は居ないだろう」
「ミスリルの矢と鉄の矢の具体的な比較検証を行うために必要なものを本書ではこう定めた」
襲ってくる剣を、槌を、矢をアツアゲは躱し、ビームで破壊し、更には本をも破壊していく。
なんだか妙に忙しい場所だとアツアゲはため息をつきたくなるのだが、まあ実際にはため息はつかない。そういう機能も別にアツアゲにはないのだけれども。
「ビーム」
目の前を塞ぐ本をビームで砕くと、その背後に何やら鏡のようにキラキラした盾を展開した本が現れる。
「ビーム」
邪魔だ、とばかりにアツアゲがビームを放てば、なんとその盾はアツアゲのビームをアツアゲへと弾き返す。
「!」
だが、アツアゲは上へとジャンプして回避すると盾へとそのまま蹴りを喰らわせる。
ガンッと音を立てて転がる盾と本へ向けて、アツアゲは乗っかりガシガシと踏みつけていく。
やがてひび割れた盾へとビームを撃ち込めば盾は破砕され、ついでとばかりに本も破壊されていく。
しかし、その手段を効果ありと判断したのか、上空では複数の同じ装丁の本のページが捲れていく。
「「「鏡の盾の魔術的コーティング実践に必要な材料は以下の通りである。まずは■■■を充分な量を用意し」」」
現れる鏡の盾たちは、確かにビームに対しては効果的なのだろう。
主力技がビームの積み木ゴーレムに対してはある程度効くことは否定しようもない。
ないが……アツアゲは普通ではない。普通では……ないのだ。





