お狐様、イメージキャラになる
イメージキャラ。
その起こりは、とあるクランのイケメン覚醒者がテレビに映ることで非覚醒者用のネットで拡散し大人気になったのが原因だとされている。
爽やか系のイケメンであったその覚醒者は雑誌の取材なども複数受け、そうやって彼自身のイメージが上がっていく中で、やがてクラン自体も彼のイメージで評価がグンと上がったのだという。
そう、まさに「たった1人の覚醒者のイメージ」がクラン全体のイメージを決定づけたのだ。
スポンサーやコマーシャル、その他グッズなど……信じられないくらいの金がそのクランに舞い込むことで、他のクランも「イメージキャラ」の重要性をこれ以上ないくらいに良く理解した。
立ち上げたばかりで資金の足りないクランでも、そうして金が舞い込めばステップアップは簡単だ。
つまりどうなるかというと……どのクランも、そして覚醒者の運営する企業も皆イメージキャラを出し始めたのだ。
それは商業的には成功したりしなかったりしたが……自分たちの看板はこの人ですよ、と示す目的自体は成功したと言えるだろう。
実際、人気のイメージキャラは一般企業とのコラボなど、様々な仕事を得ていたりする。
当然クランとしてもイメージキャラは自分たちの看板なので徹底的に支援するし、そうした様々な思惑が絡むものなのだ。
「言ってみれば、現代におけるアイドルとも言えるでしょう」
「あいどる」
「はい」
「あいどるっつーと、なんかこう、歌ったりしとるあれじゃよな?」
「ご安心ください。一目見てイケると判断しました」
「はぇー……」
なんかよく分からんがイケると判断されたらしい。イナリにはついていけない領域の話だが、本気でイナリを看板に据えようとしているらしいことだけは理解できた。
「あー、つまりなんじゃな? 儂に演歌だのじゃずだのを歌ってほしいというのかのう」
「いえ。ひとまずは写真を撮ろうかと。公式ページやパンフなどの広報用ですね」
「写真、のう……今さらじゃが儂の写真を撮ったところで誰が喜ぶのかのう」
「少なくとも私が喜びます」
「ん?」
「はい?」
聞き間違いかとイナリが首を傾げるが、目の前の赤井は非常に真面目な顔だ。冗談を言っているようには見えない。聞き間違いだろうか……?
「えーと、今お主が喜ぶと」
「はい。喜びます」
「……えーと」
「言ったではないですか、イケると判断したと。大丈夫です、老若男女のハートを撃ち抜きましょう。私はもう撃ち抜かれてます」
「う、うむ……」
頷きながらイナリは思う。なんかこう、とんでもないのと手を組んでしまったのではないか、と。
しかしまあ、1度受けた以上は全うするのが責任というものではある。
赤井が思ったよりなんかこう、『使用人被服工房』と凄いよく似た感じがするのはたぶん気のせいではないのだろうけども。
「狐神さんの装備は一級品だと伺っています。なら、写真もそれを活かす形で撮っていこうと思います」
「う、うむ」
「事前にお伝えした通り行動を縛るつもりはございませんが、こうした宣材の作成にだけ協力していただければ」
「まあ、それはやらせていただくとするかのう」
「ありがとうございます。それと当社のイメージソングも狐神さんが歌うものに差し替えたいと思うのですが、今のものが往年のロボットアニメ風になっているのでもう少し可愛さを活かしていきたいと考えてはいますがまずは現行の歌を」
「いやいやいや。ちょっと待つのじゃ儂ついていけてないのじゃ!」
―フォックスフォン、フォックスフォン―♪ 質実剛健頑強無比、タフなボディに未来が宿る♪ 強い味方だフォックスフォンー♪―
「待てと言うとるに何故流したんじゃ!?」
「ここまで来たらもう全部提案内容を勢いで押し切ろうかと」
「お主、お主……っ!」
思ったよりずっと無茶をやる。そんな風にイナリが思い始めたところで「まあ、冗談です」と赤井が音楽を止める。
「歌の刷新に協力して頂きたいのは山々ですが、それについてはお時間に余裕がある時で構いません。我々はライオン通信と違って、常に誠実な対応を心がけていますので」
「う、うむ。よっぽど嫌いなんじゃなあ、お向かいの店が」
「ええ、嫌いです。連中は多機能とかいう言葉で覚醒フォンの本来の姿を失わせるゴミです。いずれ業界シェア90%をとって奴等を駆逐したいと思っています。あ、新曲は『倒せ悪のライオン帝国』とかどうでしょう」
「誠実は何処に消えたんじゃ……」
「これも冗談です」
「ホントかのう……」
まあ、嫌いなのは本当なのだろう。さっきは凄くイキイキしていた。ともかく、イナリの最初の印象よりは余程勢いのある人物であるということだけは確かだ。
「ちなみにこのビルには商品撮影などにも使っているスタジオがありまして」
「ん? ああ、さっきの写真の話じゃな?」
「はい。狐神さんの事情も考えますと、こういったものは素早い動き出しが大切です。ご協力いただけますか?」
なるほど、イメージキャラとして早々に公開してしまえば、そちらの印象で固定される……ということだろう。それは確かに大事なことだ。だからイナリは強く頷く。
「うむ。儂の益にもなることじゃ。疾く動くとしようかの」
「ありがとうございます。私たちと組んだこと、後悔はさせません」
そうして差し出された手をイナリが握って握手すると、赤井は素早く何処かに電話をかけ始める。
「許諾は取れたわ! カメラマンはすぐに準備! Web更新班の準備も出来てるわね!? 順次始めていくわよ!」
「おお……」
なんだかドタバタと音が聞こえ始める中でイナリはテキパキと指示を出していく赤井を頼もしそうに見るが……これから大変になるのはイナリ本人で。
フォックスフォンの公式ページのあちこちにイナリの姿が載ることに……新商品のPR画像を含め載ることになったのは「なんかこうなる予感はしたのじゃ」であったらしい。
ともかく、こうしてイナリは「フォックスフォンのイメージキャラ」として盛大にデビューを果たしたのであった。
赤井「ところで可愛い系とカッコいい系の曲調、どちらがお好きですか?」
イナリ「……それも冗談かの?」
赤井「私としては可愛い系でいきたい気持ちはあるのですが」
イナリ「お主……?」





