お狐様、再びの奈良へ2
高山家。今の奈良における名家の1つである。
……といっても、今の時代で名家というものが何かというと諸説ある。
勿論、言葉の意味をそのまま解釈するならば伝統のある、ずっと続いている名家のことである。
しかしながら、覚醒者という新しい基準の出来た今の時代に名家がそれだけで権勢を振るえるかといえば、また別の話だ。
何しろこの世に特権階級というものがあるとすれば、まさに覚醒者であるからだ。
とはいえ、かつてのタケルの話を例に出すまでもなく既存の何らかの力によって覚醒者を押さえつけようという動きは少なからずあり、そうでなくとも覚醒者を金で雇い自らの力とする者もまたいた。
別に覚醒者側が特権階級たろうとしているわけではなく、一線を引いているだけに過ぎないので「そういうこと」もよくあるわけだが……今、まさにこの高山家には数多くの覚醒者たちがいた。
それは文字通りに雇われた覚醒者たちであり、しかしながら……あまり質が良くない覚醒者であるように見えた。ある意味で東京一極集中の影響が此処にも出ているのか、それとも金で雇えたのがそのレベルなのか。
どうであるにせよ、本当に「出来る」覚醒者からすれば然程のものにも見えないわけだ。しかしそれでも一般人からしてみれば、どちらも「凄い」ことに変わりはない。
まあ、当然だろう。どちらも人智を超えた超人なのだから。実際のところイナリに奈良で投げ飛ばされた攻撃Bの男だって、覚醒者協会の基準では超上級クラス。
であれば、それを非覚醒者が「優秀」と見るのは当然だし、実際かなり優秀だ。
ただ、日本本部に関わる覚醒者はもっと優秀だという、ただそれだけの話であり……多くの人はそれを知らない。
だから、だろうか? 高山家の次男である英寿もあくまでスペック上でいえばかなり優秀な面々を集め、その中から選び抜いたはずなのだが……どうにも納得いかず、英寿はイライラしていた。
「くそっ! どいつもこいつもパッとしねえ……!」
机の上に置いてある書類をバサバサと手で落とすと、英寿は机を思いきり叩く。ギリギリと噛みしめた歯は、あの日の屈辱を思い返すが故だ。
自分が信頼していた護衛の覚醒者が、あんな小さな……よく分からないコスプレ巫女に簡単に投げ飛ばされ、倒された。
そのことがずっと頭から離れず、「あれを倒せるのは誰なのか」と考えると、此処に並ぶ書類に記載された面々が物凄く頼りなく思えてくるのだ。
こんな連中では勝てないと……どうしても、そんな考えが頭によぎる。
それほどまでに強く、鮮烈に見えて。だからこそ納得が出来なかった。
あの強さが自分が雇おうとしている覚醒者にあるのか。
あれほどの強さを持つ者をどうやったら護衛に出来るのか。
分からない。何も分からない。ただ、漠然とした焦りだけが英寿の中に降り積もっていくのだ。
だから英寿は……客が来たという話を聞いて怒りのあまり秘書にその辺にあったものを投げつけそうになる。
「客だと!? そんなものをお前……俺とアポなしで会おうなんざ……ああ! クソ! この無能が! そんなもん聞かずに追い返すこともできねえのか!」
「はい。では追い返します」
「ああ!? ここまで来てそれか!? どんな用件かくらい言え!」
「覚醒者が話があると。そのようなご用件でした」
自分に用がある覚醒者。そんなものはたくさんいる。何しろ奈良中の覚醒者に話を持っていっているのだ。むしろ覚醒者であって自分に話がないというほうがおかしいだろう。
だが、そこで英寿はふと頭の中をよぎるものがあった。
「おい」
「はい?」
「それは……狐耳の巫女の格好してる奴か?」
「いえ。使用人の格好でしたが」
「チッ、何処のイロモノだ。適当に追い返せ」
とりあえずの繋ぎということで雇った覚醒者たちはいる。その変な奴を追い返すくらいは出来るだろう。
秘書が部屋を出ていったのを見ると、怒りも収まって英寿は落ちた資料を拾い上げる。
もしかしたら、この中にも見るべきものはあるかもしれない。数は力というし、それなり以上の連中を雇えば……。
「……いや、それにしても。アイツ、あんなに要領悪かったか?」
何かがおかしい気がする。具体的に何がおかしいかは指摘できないのだが、あの秘書も……もう少し出来る男だったような、そんな気がするのだ。
いや、それだけではない。なんだろう、何かがおかしい。何か自分の思考も鈍くなっているような……そんな気がする。
「いや、おかしくはない。これは単にそう、疲れてるからであって……」
よく考えるとおかしくないような、そんな気がする。いや、おかしい気がする。
そもそも、俺は確か……ただの見合い話がなんで、こんな。おかしくはない。おかしい。
「……っ!」
ふらりと倒れそうになった身体。けれど、踏みとどまって。
ドゴン、と。何か凄まじい音が外から響く。雇った覚醒者の仕業だろうか?
「派手なことするなって言わねえと分かんねえのかよ……!」
誰が後始末をすると思っているのか。そこまで考えたとき……聞こえてきたのは英寿の予想に反して、雇っていた覚醒者の野太い悲鳴だったのだ。





