お狐様、再びの奈良へ
ところで、だが。使用人被服工房は全国的に有名な店でありクランである。
それが何故かといえば、覚醒者が戦闘に使えるメイド服や執事服、そして「それっぽい」装備の数々をほぼ独占状態で製造しているからの一言に尽きる。
覚醒者用装備というものは数あれど、基本的に前衛の防具は鎧の類になる。それは単純にモンスター素材を使って装備を作った際に防御面積が大きく分厚い方が有利だからであり、特別な理由がない限りはタンクは皆、何かしらの鎧を纏う。
それに比べると後衛は何かしらの特殊な機能を持った装備を纏うことが多い。これはダンジョンからドロップする服系統の装備であることが多いが……前衛のジョブと比べれば重たい装備を扱う体力が不足していることも原因としてあげられる。
平たく言うと前衛はあまり装備に自由が無い。それが長らく覚醒者の常識であった。
しかし、だ。人造アーティファクトと呼ばれる類の「ダンジョン産のアイテムを加工した装備」に関わる制作系覚醒者たちの日々の切磋琢磨の影響か、全身を覆わずとも充分な性能を発揮する鎧が作られ始めた。
いわゆるファッションという思考が冒険者の間に生まれた瞬間だ。
鎧と服系統の装備。そうした組み合わせが可能になっていくに伴って、より趣味的な形を追求する者が現れた。
そう、それこそが使用人被服工房だ。一見すれば動きづらいメイド服や執事服といったものを動きやすさや防御力、その他使い勝手といった「形だけではない実用」という面から徹底追及し、本気で戦い本気でメイドや執事が出来る、そんなワガママを実現してしまったのだ。
その技術があれば当然「普通のデザインの服装備」も作れるはずだが、使用人被服工房に集まった職人たちはそういうのに全く興味が無く熱意がない筋金入りだった。
更に言うと、そういうのが好きな覚醒者が意外に多かったという点が彼等を肯定した。
ダンジョンを美しく舞うメイドや執事の存在はすぐに話題になり、そんな彼らの姿に憧れた覚醒者も出るようになる。
メイドや執事に情熱を注ぎこんだ使用人被服工房の装備は「そういうの」に興味のないニワカには模倣することが出来なかった。
何故なら、形はマネできても細かいこだわりが理解できなかったからだ。服の翻りかたまでに殴り合い一歩手前の激論と研究をする使用人被服工房の職人たちの情熱と日々進歩していく技術を、その熱意の分からない者がマネできるはずがないのだ。わざわざメイド服や執事服を着ようという覚醒者は、そういうのに敏感だ。
さて、そんなわけで……だ。覚醒者街である秋葉原に店を構える使用人被服工房に買い物、あるいはオーダーメイドに来る覚醒者は多く、しかし地方の覚醒者で忙しくて中々来れない者も多い。
そうなると当然、地方出店の要請は来るわけだが……今まで使用人被服工房が応じた例はない。
だからこそ、そんな使用人被服工房のエースの1人が来るとなれば「そういう話か?」という期待が当然高まる。地方での覚醒者の流出問題は奈良でも顕著であるからだ。
しかし、バスを降りて奈良バスターミナルに着いたエリは、静かなバスターミナル周辺に「ふうん」と呟く。
「公式アカウントでそれっぽい話も流したから、少なくとも協会の奈良支部は反応すると思ったんですけど。そういうのもないですねえ」
周囲を見回せば、いるのは鹿くらいだ。エリをじっと見ているが、特に近づいてくるわけでもない。
しかし「人」はいない。タクシーもいないようだし、不思議なくらいに静かだ。
(……妙な雰囲気ですね。こういう時って、大抵ロクなことにならないんですけども)
そのまま歩き出せば、鹿たちの視線がエリを追い……そのままエリは適当な店に入る。どうやらお土産屋さんのようだが、しーんとした雰囲気が漂っている。店員も確かにレジにいるのだが、どこか上の空……とでも言うべきだろうか?
「こんにちはー!」
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「はい! 友人にお茶道具とか買って帰ろうかなって。何か良いのあります?」
「初心者用のセットがありますよ。1980円です」
「おおー……」
如何にも興味を持っている風に店員と色々話しながら……「他の店も見てきます」という常套句で店を出たエリは店をチラリと振り返り、周囲の店へと視線を向ける。
レストランに食べ歩きの店、覚醒者用品の店まで……色々あるが、何処も似たような雰囲気が漂っている。
(話しかければ普通の反応が返ってくるけど、それまでは何かおかしい……うーん。こんなおかしければ本部の人も気付くと思うんですけど。その後に何か起こったってことですかね?)
分からない。エリはメイドかもしれないが探偵ではない。探偵メイドでもない。いや、メイドでもないけれども。
とにかく町をしばらく歩いてホテルに向かえば、そこでも同じような感じだった。もう「おかしい」を通り越して「何かある」と確信してしまうようなレベルだ。
部屋に入って鍵を閉めると、エリは「ふー……」と大きく息を吐く。
「イナリさーん……私が聞いたのと大分状況違いません?」
「うむ」
エリに呼びかけられ、ポケットで人形のフリをしていたイナリはぴょんっとそこからテーブルに飛び乗る。イナリも見ていたし聞いていたが、前に来たときとかなり違う。もはや異常を隠そうとする努力すら感じられない。しかし、何故こんなことになっているのか。
「何やら分からんが、影響範囲が広がったと考えるべきなんじゃろうな」
「けど、なんていうんでしょう。やり口が違う気がしません?」
「やり口、か」
イナリの見た、この奈良に巣食う「何か」のやり口は、徹底的に自分の痕跡を残さないものだった。全ての偶然がたまたま敵の不利になるように動く、そんな精密なパズルじみていた。
しかし、今の状況はどうだろうか? 明らかに異常が此処にあると、そう拡声器で宣伝して回るかのようだ。
「確かに……随分と違う。解せんのう……何故そんなことをする必要がある」
「うーん……やっぱり、アレじゃないですかね?」
「アレ、というと?」
「紫苑さんのご両親の件。アレを解決したことで疑われてるとか」
「ふむ……」
確かにそれは有り得る、とイナリも思えた。あの時はタケルがいたとはいえ、祢々切丸で紫苑の両親の元へ一気に向かった。それを今回の一連の事件の裏にいる「何か」が怪しんだとして……これが罠だと考えることは出来るかもしれない。
もしそうであれば、彼らを対象に祢々切丸を使うのは無駄になるかもしれない。その先に居るのは「用意された黒幕」であるだろうし、折角の「有利」を失うことになる。
「まあ、罠と考えて行動すべきじゃろうなあ」
「あえて飛び込むって手法もありますけど、今回の場合はそれ狙いですかね?」
「かもしれんのう。負ける気はないが、1度不覚をとった身。無鉄砲はのう」
「とすると……無視して他に探りを入れるしかないですかね?」
「ふむ? 他というと……覚醒者協会かの?」
「そうですねえ。それもありますけど……」
エリはそう言いながら、イナリに悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
「あちらが罠を仕掛けるなら、こっちも罠を仕掛けにいってみませんか?」
丁度いいアイデアを思いつきました、と。そう言うエリの表情にはある程度の自信が見えていた。





