お狐様、お世話される2
本日、「お狐様にお願い」の小説2巻、コミック1巻発売です!
なるほど、確かにイナリは現在連絡がつかないということになっている。
そしてそれは今回の事件を「知っている」者からすれば「イナリの封印は成功している」という証拠でしかない。であれば確かに最高のタイミングで敵の喉元に必殺の刃を突き立てられるということになるのだろう。それをエリは理解して、大きく頷く。
「あ、ちなみにイナリさんは今回の一連の事件は何が主目的だと思ってらっしゃるんですか?」
「ふむ……」
そう、色々な事件を連鎖させたとしても……結局は主となる目的があるはずだ。
それは一体「どれ」なのか? 紫苑の件か、それとも。その答えは……多少自意識過剰かもしれないが、イナリの中にある。
「まあ、目的は儂じゃろうのう……と思うとったんじゃがな」
「何か心当たりがあるんですか?」
「心当たり、というわけではないんじゃが……まあ、この封印そのものじゃな」
「ん……まあ、そんなのイナリさん以外に使いどころないですよね」
「そういうことじゃよ」
勿論地上に居る「そういう類」の者はソフィーなどもいるが、あの時点で仕掛けられたのは恐らくイナリだけだろう。ということは、イナリが目的であったのだという可能性は非常に高くなる。
確かにダンジョンゲートの封印にも使っていたが、ダンジョンがアレを正常でない状態だと判断したのを見るに、封印したダンジョンはシステムによって封印が解除される可能性もある。
加えて言えば、ダンジョンを封印する意味が「神のごときもの」にはない。今までの神のごときものがダンジョンを利用していたことからも、それは明らかだ。
「まあ、神のごときもの関連では色々やったからのう。目をつけられていてもおかしくはなかろうて」
「あー、タケルさんの話を聞く限りでは横の繋がりもありそうですしね」
どの程度情報を共有しているかはさておき、イナリの情報を入手した「神のごときもの」がイナリを邪魔だとおびき寄せて引き寄せた可能性はある。あるが、それより恐ろしい可能性もある。
「まあ、あるいは……儂を狙ったのも『ついで』の可能性もあるがの」
「そんなのあります?」
「あるかもしれんぞ? 単純に自分を邪魔する者をどうにかする手段を用意していたという可能性もあるしの」
「プログラミングみたいなものですかねえ……」
邪魔する強いのがいる、封印する、みたいなパターンにイナリが引っかかっていた……のかもしれないが。どうであるにせよ、今は想像するしかない。
「となると、今は待ちの状態ってことですね?」
「うむ。ある程度引っかき回したところで敵の出方を見る。今はそういうことじゃの」
「分かりました!」
エリは力強く頷くと、イナリを抱えてすっくと立ちあがる。
「む? どうしたのかの?」
「そろそろお昼なので、イナリさんのお昼ご飯を作ろうと思いまして!」
「おお、それは有難いが……儂は今はこの大きさじゃしのう」
「だからこそです! というか私がいない間何食べてたんですか!?」
「ぴーなっつじゃ」
「かわいい!」
「さよか」
さておき、いつの間にか炊かれていたご飯でエリは手際よくおにぎりを握っていく。
海苔なしの塩にぎりは手際よく大皿に盛られていき、イナリを肩に乗せるとそのまま居間まで運ばれていく。
「さ、召し上がれ!」
「おお、やはりこのサイズで見ると大きいのう……」
おにぎりを両手で掴み、かぷりと天辺に被りつけば、小さな口の中におにぎりの味が広がっていく。
自分の顔より大きいおにぎりを食べるなど、普段とは自分のサイズが違うからこそ出来る贅沢な体験だ。思わずニコニコと微笑んでしまうイナリを、エリも楽しそうに見つめている。
(しかしまあ、神様だかなんだか知りませんけど。奈良で何をしてるんでしょうねぇ)
実際のところ、エリもイナリが神様だという話は聞いているが「そうですか。可愛さの理由に納得がいきましたね!」の一言で終わっている。
ダンジョンがあって覚醒者がいて、システムなんてものがある。なら神様がいたって別に不思議じゃないし「神のごときもの」の話も聞いているし、そんなものをどうにか出来るイナリが神様でないはずがない。むしろ他の人がどうしてその可能性をイナリから排除しているのかが分からないのだが……まあ、もしかすると他の「神のごときもの」がろくでなしが多すぎて、人格者なイナリとイコールにならないのかもしれないとも思っていた。
「エリは食べないのかえ?」
「え? あ、それでは頂きますね!」
気付けばイナリとアツアゲがじっとエリを見ていたが、そんな2人に見守られながらエリはおにぎりをパクッと食べる。
「やはり日本の食といえば、米じゃよなあ」
「まあ、なんだかんだと親しみがありますよね」
「うむうむ」
こんな「神様」ばかりなら世界も平和だろうに、実にままならないものだ。
おにぎりを1つ食べ終わると、エリは持ってきた「おちょこ」にお茶を注いでいく。今のイナリのサイズであれば充分すぎる大きさだ。
「どうぞ、イナリさん」
「おお、うむ。助かるのう」
「いえいえ」
今のイナリのサイズでは人間サイズの道具は色々と大きすぎる。いつものメンバーはタケルを除いて全員が「自分が世話をする」と手を上げたが、イナリがエリを選んだのはまあ……メイドの信頼性と安定性というものがイナリに浸透してきている……のかもしれない。
「しかし、わざわざ用意してくれたのは申し訳ないのう」
「そんなことないですよ。なんか可愛くて買ったやつですし」
言いながらエリが取り出すのは人形用であろう小さなクシだ。恐らくイナリの髪を梳かす用なのだろうが、本当に準備が良い。
「今日からしばらくの間、メイドとしてガッツリお世話させていただきますので!」
「うむうむ。ほんに有難いのう」
「私はこうしてご指名で頼ってくださるのがもうメイド冥利に尽きるって感じですけどね」
そうやって微笑みあうイナリとエリだが……覚醒フォンが鳴り安野からの着信を告げていた。
アツアゲが器用にタップすれば、聞こえてくるのは疲れた安野の声だ。
『こんにちは。今お電話大丈夫でしたか?』
「おお、大丈夫じゃよ。何かあったかの?」
『はい、奈良支部の件で色々と調査を進めてまして……あ、今は会議室から電話してるのでご安心ください』
そう、いつものメンバー以外では安野には事情を話してある。それもこれも、覚醒者協会日本本部が進めている奈良支部の調査について聞くためだ。
実際のところ、奈良支部の調査を行った結果何も怪しいところは出てこなかった。
奈良第1ダンジョンの予約の件にしたって本当に予約が埋まっていただけで、そこには何の不正もありはしなかった。
捕まえた地球防衛隊の連中も、どうにも「本物」だ。
更には紫苑の両親の会社と地球防衛隊には資金提供などの繋がりがあったが、そこにも何の矛盾もなく説明できるものしかない。
本当に個別の事件については何の謎もないくらいに解明したのだが……唯一の謎がダンジョンの封印についてであった。
これに関しては偶然警備上の穴が出来ており、そこを突かれた形になっていた。勿論あってはならないことではあるのだが、調べれば調べるほどに「幾つかの偶然が重なった結果」となっている。しかしそうなると、それが逆に怪しい。怪しいが、矛盾は一切ないのだ。
『いやほんと……偶然も3回続くと必然とは言いますけども。覚醒者社会も、それなりの年数を重ねてるんです。こんなことを『はい偶然ですね』って見逃すわけないんですよね』
何かの意志が絡んでいる。覚醒者協会日本本部は、そう結論付けた。そして奈良支部も恐らくはその影響下にある。であるからこそ「何もない」という調査結果を表向きには纏めたのだ。
そして実際には、奈良支部を封鎖できる程度の戦力も周辺の覚醒者協会支部と連携し整えている最中だ。
『一応調べましたが、やはり精神操作系のスキルではありません』
「うむ、そうじゃろうのう」
『洗脳、思考誘導、暗示、肉体操作……あらゆる判定はシロ。となると、やはりイナリさんの予想通りに……』
「人格そのものに変化が加わっている、か」
『そういうことになるかと。これは非常に厄介です。治し方が分かりませんもの』
「まあ、それは……うむ。それより、敵の狙いは掴めそうかの?」
『分かりません。ですがまあ、ロクなことではなさそうですよね』
「そうじゃなあ」
『また何か分かりましたら連絡しますね』
「うむ」
電話が切れたところで、エリは「あのー……」と声をあげる。
「もしかして人格、戻せるんですか?」
「やってみんことには分からんがのう」
「それを言わなかったのって……安野さんを疑ってます?」
「いや? しかしのう、本当にやってみんことには分からんからの」
安野の立場としてはこんな妙な状況は早いところどうにかしたいのは当然で、そこに確証のない希望を突っ込むのはイナリとしては、はばかられたのだ。
「うむ。こうなると……どうするべきか見えてきたかの」
「え、そうなんですか? 私には八方塞がりに見えますけど」
「そうじゃのう。敵の目的は見えぬ。犯人も分からぬ。何かをしでかす気配も見えぬ。となれば……盤面を叩き壊してみるしかなかろうて」
「そこは天岩戸とかに例えたりしないんです?」
「儂、天照大神と会うたことはないしのう……」
「別に会わなきゃ例えちゃいけないってことじゃないと思いますけど……」
さておき、目指すは再びの奈良。今度は前回とは違う更なる少数精鋭。すなわち、イナリとエリでの……いや、表向きにはエリの一人旅、ということだ。
そこで何が出て来るかは、未だ分からない。





