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【4/15 書籍2巻、コミック発売】お狐様にお願い!~廃村に残ってた神様がファンタジー化した現代社会に放り込まれたら最強だった~  作者: 天野ハザマ
第十一章

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お狐様、奈良に行く7

 そうして回収したマーカーは、全部で71本。

 どれもピッタリと同じサイズと形で、差異が無い……まるで量産したかのようだが、部屋に持ち帰りそれを確認した月子は、軽く冷や汗を流す。


(……とんでもない技術を持った連中がいたものね。これ、世界的に見ても50年は先いってるじゃない)


 量産というのは、その字面ほど簡単なことではない。量産するために必要な簡略化を終えた上で生産する……つまるところ、技術や機能として完成しているのだ。少なくとも不安定な技術などは投入されない安定版であり、それはこの「50年は先を行く技術」が単純にアイデアなどで終わっていないことを意味している。

 正直、恐るべきことではある。ハッキリ言って、こうして実際に見ても月子はこんなものが存在できるとは思えなかったのだ。

 実際に月子は世界中に存在する魔科学関連の技術は目にしているし、自分はすでにその全ての上をいっていると証明もしている。しかしこれは、月子に何か理解の出来ない理論が使われている。

 この場にある簡易検査機器で判明しない、あるいは月子の才能が及ばない領域なのであれば、それは別にいい。まだ成長する余地があるというだけの、喜ばしい話だ。しかし、これは。


「……得体が知れないわね。50年先はいってると思ったけど、下手すると100年以上先の技術レベルかもしれないわ」

「まあ、裏に『何か』おるんじゃろうのう」


 マーカーを抱えて頷いていたイナリからマーカーを取り上げると「あー」と言っていたが、月子はマーカーを机に置いて、その「何か」のことを考える。


「神のごときもの、か。八百万の神々とはいうけど、こんなところで出会って仕掛けてくるなんて……ね」


 ハッキリ言って、こんな直接的に仕掛けてくるなど前代未聞なのだ。確かにイナリと「勇者」が関わった件でもやはり「神のごときもの」が関係していたと聞くが、月子にしてみればそれだって前代未聞の……そんなことがこうも短期間で起こるなど、本当にとんでもない話だ。


「それよりイナリが問題。これ、どうにかなるの?」


 イナリを捕まえてぎゅっとする紫苑だが、楽しそうな顔なのは気のせいだろうか……気のせいだろう。さておいて、確かにイナリが小さいままというのは問題だ。


「そのヒントがこれにあるのを期待したんだけどね。機能としては魔力の蓄積と放出だけ。そうね……再利用できる魔石、と考えるのがいいんじゃないかしら」

「……大発明なのでは?」

「そうよ。実用性があるかといえば別だけど」


 驚愕する恵瑠に月子は溜息まじりに頷く。そんなものがこんな用途に使われるというのは問題だが、とにかくこれは本当に凄いものなのだ。

 そもそも魔石とは魔力が何らかの理由により固体となったものであり、魔力を使用すれば揮発するように小さくなり消えていく。なお、イナリが煎餅みたいにポリポリ食べているのは人間に出来る使用法ではないのでさておいて。

 とにかく、魔石とは「使えば残留物質を残さず消える」エネルギー源であるというのが常識であるわけだ。

 そこにこういう電池じみたものが出てきて何か革命的なことが起こるのかといえば、そうでもない。むしろ回収する手間があるだけ魔石よりも取り扱い上の手間が増えるし、ダンジョンに行けば好きなだけ拾ってこられる魔石よりも魔力をチャージする手間がある分だけコストが高い。

 更に劣化の問題などを考えれば更に管理コストがドンと増えて……まあ、正直言って「凄いけどどうかな……」といったような類のものだ。


「まあ、イナリの現状をどうにかする役には立たないわね」

「残念じゃのう」

「というか封印だっけ? それをやってミニイナリが残るってのが一番理解し難いんだけど……」

「そんなこと言われても困るのじゃ」


 此処にいるのがイナリなら封印されたのは一体「何」なのか? 月子としてはそこが意味不明なのもあって対策をたてられずにいるのだが……ふと、恵瑠が「そういえば」と声をあげる。


「……そもそもイナリ様が此処にいるということは、その封印とかいうのは失敗してるんですよね?」

「どうなのかしら。一応聞いていい? そう思う理由は?」

「はい。えーとですね、つまり……封印が部屋のようなものだとして、手とかが今挟まってる状態なんじゃないかな、と」

「あー……」

「痛そうじゃのう」


 誰かを部屋に閉じ込めようとしても、手や足が挟まっていれば完全に扉を閉じることは出来ない。つまり、そこから出ている部分が今のイナリなのではないか……ということだろう。


「その理屈だと頑張れば出てこれそうだよな」

「うん」

「そうね」

「ですね」

「うーむ」


 言われてイナリは紫苑の腕の中から抜け出すと、机の上に立ち「ぬおー」と両腕を伸ばし声をあげる。そうしても特に何も起こらないが、近くでアツアゲも両手を伸ばし始める。勿論、何も起こらない。


「……むう。どうやって頑張ればいいのか分からんのう」

「そりゃそうでしょ。まあ、とにかくすぐに解決する問題じゃないってことは確かよね」

「そうかもしれんが……抜け出すのが必要ということであれば、もしかすると、というのはあるのじゃ」


 あまりにも意外なイナリからのそんな言葉に、全員が「えっ」と声をあげる。


「どんな手段よ?」

「うむ。魔石じゃよ。儂、よく茶菓子代わりに魔石を食べとるからのう。それで魔力が増えれば抜け出す力が上がるではないかの?」

「変なもの食べてんじゃないわよ」

「意外と美味いのじゃが……とにかく、魔石をおーくしょんで買えば何の問題もないじゃろ?」


 魔石はイチゴ味がする。まあ、そんなことを言っても理解してもらえそうにはないのでイナリは言わないが、つまり力が足りないのであれば増やそう理論だ。まさにイナリにしか出来ない無茶ではある。

 普段全く興味のないオークションで手に入れようという辺り、安全な手段で手に入れようという気持ちもある。ある、のだが。

 月子たちもそれが分かるからこそ、考えるような表情になってしまう。しまうが、それはイナリの提案をそのまま実行するかどうか、などという悩みではない。


「……ちょっと危ない気もするけど、どうかしらね」

「うーん。ですが基本的にはダンジョンは覚醒者協会が管理してますよね? 怪しい連中が通れるとも思えませんが」

「でも奈良支部は今夜ので二度目の失態。信じられるか分からない」

「そうだな。でも不測の事態を計算に入れても、やる価値はあると思う」


 実際、先程の件も部屋に戻ってきたら奈良支部のつけた人員が部屋の前で騒いでいたのを見てタケルが穏便にお引き取り願うといった騒ぎもあったが……とにかく奈良支部の面々には期待できない。わざとやっているのではないかとすら思えるレベルだ。


「いやいや、ちょっと待つのじゃ。だんじょんに行く話をしとるんかの?」

「そうよ」

「ああ」


 月子とタケルに言われて、イナリは「おお……」と呻く。まさかこの状況でそんな危険なことを言い出すとは思わなかったのだ。平和な手段で手に入るのにどうして……という気持ちである。


「おーくしょんでええではないか……」

「時間かかるって話をさておいても、魔石なんてオークションで流れないわよ」

「あの、イナリ様。魔石は普通は本人が必要でなければ覚醒者協会が買い取りますので……」

「そうじゃったか」


 イナリは毎回魔石を持って帰り他を売り払うという世の中の覚醒者とは真逆のやり方をしているので気付かないのだが、魔石は今の世の中のエネルギー源だ。普通は覚醒者協会が買い取るし、個人で大量に保有するものでもない。


「ん? それならば奈良支部に聞けば売ってくれるのではないかの」

「……どうかしらね。さっきも言ったけど、奈良支部を信じていいか分からないわ」

「むうう……しかしのう」

「勿論、帰るって選択肢もあるわよ? でも、今の事態を放置するのもあまり良い手とも思えないわ」


 こんなものを仕掛けてくる相手だ。こちらが奈良を出ようとしたときに、もっと致命的な何かを仕掛けてきたとしてもおかしくはない。


「イナリが元に戻る手段があるなら、それに賭ける。現状のアドバンテージは、イナリの封印に失敗したと気付かれてないことよ」

「ああ、気付かれれば再度仕掛けてくる可能性は大きい。油断してるうちにどうかしたい、けど」


 タケルは月子に頷きながら、イナリへと視線を向ける。


「イナリさん。もう1度連中が封印を仕掛けてきたとして……どうにか出来るか?」


 その問いは、とても重要なものだ。折角イナリを元に戻しても、同じ手を受けるというのでは意味がない。むしろダンジョンで消耗する分、危険が増えると言ってもいい。だから、そこだけは確認しなければならない。イナリを疑うかのような言葉ゆえに、タケルは自らそれを口にして。

 けれどイナリは、真剣な表情でそれへ頷き返す。


「うむ、どうにかしよう。いや、してみせよう。相手の手札が分かっているのじゃ。二度同じ手は喰らわんよ」

「……なら、決まりでいいんじゃないか?」


 タケルの言葉に全員が頷くと、月子は早速とばかりに目の前に幾つかの画面を展開していく。


「えーと……それなら奈良第1ダンジョンが良さそうね。此処からも近いし……って、あら。予約がずっと埋まってるわね」

「他のダンジョンはどうですか?」

「んー……第2は空いてるから、これでいいわね」


 ダンジョン予約システムというものは覚醒者専用のネットワークで全国から予約できるものなので仕方ないが、出来ないなら次の場所……と出来るのがいいところでもある。

 そんなことをしている月子を見ながら、イナリは申し訳なさそうに耳をぺたん、とさせてしまう。


「すまんのう。儂がこうでなければ自分でどうにかしたんじゃが」

「イナリは、結構バカ」

「なぬ?」

「ボクたちは、イナリのこと好きだから。イナリに何かあれば助けるに決まってる」


 また紫苑にぎゅっと抱き寄せられて、イナリは「うむ」と頷く。


「そう言われると照れるが……逆の立場であればどうかと考えれば、うむ……」

「そういうこと」


 縁、という言葉をイナリは思い出す。もしイナリがあの廃村を出てからそうしたものを紡いでいなければ、こうして封じられた時点で負けが確定していただろう。

 しかし、そうではない。こうして紡いだ縁がイナリを救おうとしている。それは、これ以上ないくらいに尊いことなのだろう。

 縁とは、人の繋がりとは。それが本物であるならば簡単には途切れないものなのだ。だからこそ、こうして今イナリを救う力となっている。


「……うむ。ありがとうのう、皆」


 だからこそ、イナリは心の底から微笑む。イナリがあの廃村でついぞ得られなかったものは、此処にある。人と通じ、心を交わして。確かに友人と呼べる存在になった。その結実であるように感じられたから、その顔にはいつもの柔和な笑顔ではなく、ほころぶような花咲くような笑顔が浮かんでいて。

 それを見た全員が、思わず息をのむ程度には珍しく……そして、イナリの外見に合う「少女らしさ」が咲き誇るものだった。


「わ、あ……」


 それは恵瑠が思わずそう呟く程度には魅力的で。思わずイナリを両手でガバッと捕まえると慌てたように立ち上がる。


「こ、これは危険です! 何処かに仕舞っちゃいませんと! 争いが起きます!」

「ぬわー!? これ、恵瑠! 儂を何処に仕舞うつもりじゃ!?」

「恵、恵瑠さん!? 落ち着いて」

「落ち着いてる場合ですか!?」

「紫苑、後ろ押さえて」

「ん」

「あ、ちょっと何するんですか!?」


 紫苑が羽交い絞めにしている間に月子がイナリを回収すると恵瑠はようやく落ち着いたようだが……危うく何処かに仕舞われそうになったイナリは、比較的安全そうな月子の前に座ると説教を始めていた。


「そもそも人を何処かに仕舞うという発想がじゃな? あまり良いものではないことは勿論恵瑠は分かっておると信じるのじゃが」

「はい、反省してます……」

「うむうむ。反省できるのは良いことじゃ」


 そんなお説教をしている間に奈良第2ダンジョンの予約は終わり、イナリたちはホテルを出発していく。一応奈良支部の要員にもダンジョンに向かう、ということを伝えてから……ではあるのだが。

4月15日発売の小説2巻ではアツアゲも登場します!

お楽しみに……!

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― 新着の感想 ―
奈良のダンジョン事情が不明だから何とも言えんが、第1がずっと埋まってるってあるのだろうか 物理的に小さいイナリちゃん+極めて珍しい笑顔の組み合わせは反則級よなぁ
あぁ・・一人宿舎でふりかけご飯を食べてた頃が嘘のようだ イナリちゃんの周りには こんなに思ってくれる人がいる 人の縁って素晴らしい
両手あげて「ぬおー」ってしてるちっちゃいイナリちゃん。 かわいい
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