お狐様、奈良に行く2
「何が狙いかの?」
「地球防衛隊が絡んでいるかどうか、確かめたいのです」
「囮ってことじゃない。イナリ、もう1回安野に電話してやりなさいよ」
「あっ、お待ちを」
月子の言葉に江藤が慌てたように声をあげるが、イナリは「むう」と悩むように唸る。
「困っとるのは事実じゃろうし、手を貸すのは構わんが……」
「ダメですよイナリさま。そもそもサポートする側がサポート要求なんて」
「ん、受けなくていい」
「断ることを覚えたほうがいいわよ」
恵瑠にも紫苑にも月子にも反対されてイナリは「うーむ」と唸るが、そうしている間にも車は覚醒者協会奈良支部へと到着する。
2階建ての木造瓦葺き建築の建物は何処か古い時代の面影を感じさせる建物ではあるが、恐らくは新しい建物であるのだろう。建材には新しさと何かしらの力を感じ、見た目以上の頑丈さがあるだろうことが想像できた。そして高さが低い分、横に広く作られた建物は大きく立派だが……なんとも素晴らしい雰囲気を醸し出している。日本本部のような最新のビルではないものの、奈良という場所を活かした素晴らしい外観になっているのは間違いない。
「おお、立派な建物じゃのう」
「ええ、奈良に合わせた外観を……ということで様々な建物を参考に此方の奈良支部が建てられました。他の支部にも劣らぬ出来ではないかと」
中に入れば和洋折衷の内装のホールが現れ、敷かれた赤絨毯は明治時代と呼ばれていた頃の面影を感じさせる。広々とした空間に設置された重厚なカウンターはそれだけで格式のようなものがあり、イナリたちに気付いた職員たちが笑顔を向けてくる。
そんな職員の態度に気付いたのか、ホールに居た覚醒者たちも視線を向けてきてギョッとする。
「お、おい。アレって……」
「狐神イナリか!? 奈良に来てたのか」
「テレビで見るより可愛いんだけど……」
「周りの子たちは誰だ?」
「そっちも可愛いよな」
何やら色々と聞こえてくるが、本人の顔が妙に知られているイナリと違い武本武士団の娘ではあるものの本人はランク外の恵瑠、日本のトップランカーであり魔科学でも名前はこれ以上ない程に知られているものの顔に関してはほぼ知られていない月子、そして同じくトップランカーだが本人がメディアに出るのを嫌い顔が知られていない紫苑。自然と顔の知られているイナリが目立つわけだが、紫苑も月子も気にした様子はない。
「では、こちらへどうぞ」
階段で2階へ上がり、進んだ先……応接室と書かれた部屋に通されれば、そこにはすでに1人の人物が待っていた。
年齢は20代といったところだろうか、スラックスにジャケットという比較的スマートカジュアルな服装に身を包み、長い黒髪と切れ長の目が美しく、しかし引き結ばれた口は何処かキツそうな印象を与えている。もしかすると目元の細い眼鏡もその印象に一役買っているのかもしれない。とにかく、そんな印象を持つ女はイナリたちを見ると、軽く会釈する。
「初めまして、狐神さん。それと他の御三方も。私は副支部長の、草野と申します」
「うむ。車で話はそれなりに聞いたが……囮を期待しとるのかの?」
「はい。ですが実際には奈良支部の精鋭を陰ながら護衛につけて万が一がないように致します」
「なるほどのう……」
イナリはそう頷くが「しかし」と続ける。
「お主は頼む相手を間違っておるのう」
「え?」
「此度の話、紫苑の家族に疑いがかかっているというであろう。ならば、まずは紫苑に協力を求めるが道理。そこを飛ばして儂に要請するというのは、ちと道理に外れておると思うのじゃが?」
「……それは」
確かに道理だ。草野としてはこの集団のリーダーがイナリであると見抜き、その説得をしようとしただけなのだが……なるほど、確かに問題がある。それに気付かなかったのは合理性を重視し話を性急に進めようとしたが故のミスであるとしか言いようがない。
「……仰る通りです。鈴野さんには謝罪を。改めて鈴野さんに今回の協力を要請したいのですが、お受けいただけませんでしょうか?」
「その前に。ボクの家族が地球防衛隊に浸食されてるって話。確度はどのくらい?」
「4割。調査部では『それなりに怪しい』という結論です」
実際のところ、覚醒者協会が地球防衛隊になんらかの実力行使をするということは基本的にはない。地球防衛隊は実際のところはさておき対外的には「反覚醒者組織」というのが建前であり、その建前は少なくない信奉者を得ている世界的組織である。その対応は基本的に非覚醒者社会、具体的には警察組織が対応するというのが基本だ。
だからこそ証拠を揃え、あとは任せる……という方式になるわけだが、まあ人間社会である以上はそう上手くはいかない。結果として世界中何処でも何かが起こってからの対処となるわけだ。
しかしながら、奈良では今まで大規模な地球防衛隊の活動は確認されてこなかった。それが「こう」なっているというのは、何かしらの作戦が進行中の可能性があるというわけだ。
「もし、連中が何かの作戦を進行中であり、それに鈴野さんのご両親が巻き込まれているのであれば、それを救いたい。そう考えています」
勿論、巻き込まれているのではなく、ただ染まった可能性もあるし単純に会社を隠れ蓑にされている可能性もある。そこを含めて確認したいのだが、全ては可能性の話だ。
「如何でしょうか? 勿論、ご協力いただく以上は所定の報酬も支払います」
草野の言葉に紫苑は少し考え、「うん」と頷く。
「いいよ。協力する。でも3人は……」
「儂はええよ。協力しようではないか」
「私もいいわよ。たまにはそのくらいはね……」
「勿論私もです!」
イナリに続けて月子と恵瑠もそう言うが……そんなイナリたちを見ながら「ありがとうございます」と草野は頭を下げる。
「もし連中が何かの作戦を進行中なのであれば、3日以内に何かがあると思われます。念のため、此処から近いホテルを手配いたしますので、そこにご滞在ください」
「その間は何をすればええのかの?」
「何でも。此処は観光地にも近いですので、お好きなところへ向かわれてください」
と、そんなやり取りを経て江藤の案内で向かったホテルは……近くに大きな公園のあるホテルであった。
4階建ての恐らくは一般的な工法で作られた、しかし奈良の雰囲気にマッチしたホテルだ。
その一番高いのであろう4階の角部屋は広く、寝室が2つもついているという贅沢な構造だ。
公園を眺められる大きな窓も美しい部屋は和洋室に仕上げられており、机と座椅子も設置されている。
「おお、広い部屋じゃのう」
「私はこれで失礼いたします。何かあれば私の番号にご連絡を」
「はい、ご丁寧に」
「護衛もすでに展開しています。皆様にご苦労をかけることはないと思いますが……」
一通りの会話を終えると、恵瑠も鍵をかけて部屋の中へとパタパタとやってくる。
「うわあ、ほんとに広いお部屋ですね……!」
「うむうむ」
「私とイナリさんが此処のベッ」
「ダメに決まってるでしょ。私とイナリは一緒にいないと本部の連中が煩そうだし」
「今回の件考えるとボクのほうが」
「これこれ、仲良くせんか」
言いながらイナリはベッドを見る。ふかふかのマットレスの上にシーツを敷いたタイプのベッドは非常に大きく、恐らくはキングサイズと呼ばれるようなものなのであろうと思われた。
となると一緒に2人寝たところで何の問題も無く、イナリは頷く。
「では、そうじゃな……儂と月子、紫苑と恵瑠でこの2つのベッドを使うとしようかのう」
「異論ないわ」
月子が満足そうに頷き紫苑と恵瑠が不満そうだが、どちらも文句を言う様子はない。イナリがこの中で一番身体能力の低い月子を守る対象として上位に置いているのが分かるからだ。
「さて、と。すっかりお昼も過ぎちゃったけど、どうする?」
「ん、外に食べに行く」
「いいんでしょうか、そんな……」
「紫苑が言ってるんだからいいんじゃない? ねえ、イナリ」
「そうじゃの。とはいえこの辺りは詳しくはないが」
「いいのよ、そういうのは失敗しても経験よ」
イナリの手を引っ張る月子を先頭に、イナリたちは街中に繰り出すが……そうすると、本当に色々な店があることが分かる。コーヒーショップは勿論、ラーメン屋に定食屋、蕎麦屋に郷土料理店、中華屋……どれも美味しそうだが、そうして歩いていくと不可思議な店が目に入る。
「ほう、吉野本葛……葛とはなんじゃったかな」
「アンタ、ほんとに知識の偏り凄いわよね……葛根の澱粉よ。くずもちの材料」
「おお、くずもち。知っとるぞ」
「これにしませんか? なんか美味しそうですし」
恵瑠の意見が採用され入っていくと。どうやら古い民家をお店にしたものであるようで、通された畳敷きの部屋は恐らくは居間だったのだろう。それなりに整備された庭の見える席でイナリたちは古びたメニュー表を開く。
くずきりにくずもち、くず汁粉にかき氷……どれも美味しそうだが、くずきりセットを頼んでみれば、透明なくずきりと黒蜜、お抹茶のついたセットが運ばれてくる。
透明感のあるくずきりは非常に美しく、黒蜜をかければほんのりと甘い香りが漂ってくるかのようだ。
そして、箸でつるりと飲み込めばもちっとしたくずきりが優しい甘みの黒蜜と共に口の中でその味を広げていく。そばでもうどんでもない、ましてやこんにゃくとも違う独特の風味。それはまさに。
「……うまい」
イナリとしては、そう表現するしかない。奈良に伝わる伝統の味ということなのだろうか、この完成度の高さには誰もがそう言うしかないだろう。
紫苑もモグモグと食べて「ん、美味しい」と頷いていた。
「こういうのって地元だと食べないものなの?」
「他は知らない。ボクは食べてない」
「ふーん。まあ、意外とそういうものなのかもしれないわね」
「ん」
まあ、確かに地元の名物を地元の人があまり食べないというのはよくある話なのだろう。さておいて、お抹茶までしっかり飲んで外に出ると、時刻はお昼過ぎ。ちらほらと人が増えている中を歩いていくと、誰もがイナリたちへと振り返る。
「覚醒者、だよな……?」
「凄い美人……あんなの奈良にいたっけ……?」
確かにイナリも恵瑠も月子も紫苑も、一般的な基準に照らせば物凄い美少女の集まりである。1人でも目立つのに4人いれば滅茶苦茶目立つ。だからこそ誰もが振り返るし、けれど声をかけるには躊躇してしまう。
チラリと周囲に目を向ければお茶道具の店やお茶のスイーツなどを扱う店も並び、そうしたお店の間を通り抜けていく。
「凄い見られてる」
「ていうか写真も撮られてるわよ」
「私、あんまりそういうのされたことないので新鮮かもです」
「儂は慣れたのう」
この4人の中では確かにイナリが撮られ慣れているのだろう。しかしそれはさておき、そのままホテルに戻っていくその途中。
道の端に停まっていた車の横を通り過ぎて、紫苑は「気付いた?」と声をあげる。
「物凄い視線じゃったのう。ガラス越しでもあれだけ分かるとは」
「粘っこい視線でしたね……」
「アレ、さっき言ってたやつだと思う?」
「どうかのう」
車の中から伝わってきた視線は、どうにもマトモなものとは思えなかった。以前イナリは地球防衛軍の連中が誘拐しようとしてきた、そんな事件があったが……どうにもそれと同じではないようだ。
別に見られている分には害がないので放っておこうと思ったのだが、背後の車からカチャリとドアの開く音がして何者かが出てくる。
それは、やけにガタイの良い黒服の男が1人と、髪をオールバックにまとめた黒髪の男が1人だ。
「鈴野紫苑様ですね?」
「……誰?」
「高山家の秘書でございます。先日、当主の次男たる英寿さまの釣書をお送りいたしました」
つまり、あの机に乗っていた釣書の中のどれかということなのだろう。しかし、そんな何処かの誰かが何の用だというのか?
自然とイナリは前に出て、秘書と名乗った男はイナリを見てフッと馬鹿にしたように笑う。
「狐神イナリ様、ですね。狐巫女なる魔法系の強力なジョブだそうで」
「儂のことはどうでもええ。何用かの?」
「ええ、是非紫苑様をお招きしたいとのことで、本日はお迎えに参りました」
「帰れ」
「だそうじゃ」
紫苑とイナリの端的な返答に秘書の男は肩をすくめる。
「申し訳ありませんが、それは直接お伝えください」
そんな秘書の言葉に従うように前に出てきた黒服の男がゴキリと腕を鳴らす。どうやら力自慢のようだが……覚醒者、なのだろうか?
ドゴン、と凄まじい音をたてて地面を蹴った男は、そのままイナリへと殴りかかる。
「その男も覚醒者でしてね。攻撃能力はなんとB。魔法系の貴方に耐えられるものでは……」
言いかけた秘書の男の頭上を、攻撃B男が飛んでいく。
「……はあ?」
地面に叩きつけられ転がっていく男からイナリへ視線を向ければ、そこには軽く腕を伸ばしたイナリの姿がある。
スキル「狐神流合気術」。どんなものでも投げ飛ばせるそのスキルであれば、力がBだろうとなんだろうと投げ飛ばしてしまえる。
「お、おい! 何してる!? 早く……!」
「うおおおおお!」
力B男が上着を投げ捨てイナリへと襲い掛かってくる。だが、投げ飛ばされたのが効いたのだろう、その腕にはスキルの輝きが宿っている。それはイナリの前に到達する頃にはガントレットに変わっていて、力B男は思い切り腕を振るう。
「メガトン……パンチ!」
「それっ」
「ぐわあああああ!?」
凄まじい勢いで繰り出されたパンチを受けることすらせずにイナリにぶん投げられ、力B男のメガトンパンチは地面を砕いて瓦礫をまき散らす。その降る瓦礫の中で力B男は立ち上がり、襲い掛かって、投げられて、襲い掛かって、投げられて、襲い掛かって、投げられて。最終的に立ち上がる気力もなくなったところでイナリにぎゅっと踏まれる。
「まったく、どうしようもない男じゃの。女子を襲うのにスキルまで使って、そうやって動けなくなるまで反省の1つもなし。いや、今も反省しとるか怪しいかの?」
「嘘だ……嘘だ、俺がこんな……」
「おお、反省しとらんの」
「な、ななな……」
秘書の男は余程自信があったのか、この結果が受け入れられなかったようだが……やがて「くうっ……!」と悔しそうな声をあげると「絶対に後悔しますよ!」と叫んで車に乗り込み去っていく。
「逃げた」
「うむ。しかしこれ……どうすればええんかの」
未だ「嘘だ……」と呟いている男をそのままに、恵瑠は黙って先程聞いた江藤の番号に電話をかけていた。





