お狐様、分からないことを楽しむ
デウス・エクス・マキナ。機械仕掛けの神。演出における全てを終わらせる手法。
そういった「強力な力をもった何か」という意味を持っていることが多い。
わざわざ「そんな」名前を冠しているということに、どんな意味があるのか?
世界を終わらせる? そうではないと信じたいし、ボス級モンスターがどれほど強力であろうと、出来るとは思えない。
では世界を守る? 何から? そう考えたとき……タケルは、「もしかしたら」という1つの想像に辿り着く。勿論、想像というか希望というか……そんなものでしかないけれども。
(神のごときものたちに対抗するための存在……だったりする、のか?)
全ては想像でしかない。想像でしかないが……ダンジョンの外に転送されると、近くにいた職員がギョッとした表情で駆け寄ってくる。
「て、転送!? まさかクリアされたのですか!」
「うむ」
「なんという……お、お待ちください」
職員は通信機を取り出すと「東京第1ダンジョン、クリアです!」と何処かに連絡し始める。何やら時間がかかりそうなそれから視線を外し、イナリは自分の手の中にある金色の箱に視線を向ける。
「金の報酬箱か……何が入ってるんだろうな」
「一番良いやつでしたよね? 開けてみましょうよ」
「うむ、そうするかのう」
ビリビリと包装紙をイナリが破って箱を開けると、そこから飛び出てきたのは……緑色の、まるで数字の9のような形をした石だった。
「うわ、なんですか? その石ころ」
「ふむ……勾玉じゃのう」
「あー、なんか教科書で見た覚えがあるな」
ソフィーだけが分かっていないようで「マガタマ?」と首を傾げていて、イナリとタケルは顔を見合わせる。
「うむ……そうじゃな、玉じゃよ」
「ギョクって玉子焼きのことじゃありませんでしたっけ」
「……それは儂は知らんけども」
「あー……とにかく宝石だよ」
「宝石ってもっと透明で綺麗ですよね? ほら、こういうの」
キラリと輝くルビーらしきものを出すソフィーにタケルが「なんでそんなものを懐に……」と呟くが、とにかく何とか説明しようと試みる。
「えーと……なんだったかな。アジア圏ではこういうのが宝石扱いだったらしい。玉って呼んでたとか。これはたぶん翡翠ってやつだと思う」
「へー、そうなんですね。まあ、金箱から出たってことはそれなりのものなんでしょうが」
「欲しいかの?」
「いや、要らないですねえ」
パタパタと手を振って「要らない」という意思を表明するソフィーに頷くと、イナリはタケルへと勾玉を手の平に乗せて差し出す。
「ならタケル。お主が持っておくとええ」
「え? いや、それだと2人が得るものがないだろ。売って金にした方がいいんじゃないか?」
「ほっほっほ。そんなもんは要らんよ」
「あー、私も必要ないですねえ」
「必要ないって……」
「こういうのは必要な時に必要な者の手に渡るからええんじゃよ」
「同感です。それ、なんか貴方に合いそうな気がしますし」
イナリとソフィーに言われ、タケルは「まあ、そう言うなら……」とイナリから勾玉を受け取る。
これが必要かどうかはタケルには分からないのだが、まあ此処まで言うのであれば受け取らない理由もない。
「ありがとう。でも、そうだな……この後、ご飯くらいは奢らせてくれるか?」
「おお、では有難く馳走になろうかのう」
「東京は美味しいものが揃ってるからいいですよねえ」
そうほのぼのと話していると、先程の職員が別の職員を連れて、走って戻ってくる。
「おまたせして申し訳ありません! あの、後日で良いのですが色々と話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか!?」
「うむ、ええよ」
「ありがとうございます。ところで、何か鑑定するものなどはございますか?」
なるほど、増えた1人は鑑定員であるらしいが……タケルが先程の勾玉を差し出してみせる。
「なら、これの鑑定をお願いします」
「はい、えーと……えっ?」
勾玉を鑑定していた職員が驚いたような声をあげるが……すぐに何か難しそうな表情になる。
「空白の勾玉というアイテムのようです。能力はありませんが……結構な力を感じます。ただ、やはり能力はありませんので……いわゆる残念アイテムというものかと」
残念アイテム。いわゆる、何の役にも立たないアイテムの総称だが……これもそうだということだろう。
「残念アイテム、のう」
「ハハッ、こういうこともあるさ」
そう笑うタケルの手の勾玉に指先で触れると、イナリは「ふむ」と頷く。
「空白っちゅーことは……こう、かの?」
「えっ」
「あっ」
タケルとソフィーがそう声をあげたときには、イナリの指先から莫大な力が流れ込み、勾玉が真っ赤な色に変わる。
「え、え……? あの、ちょっと再鑑定してみても」
「いや、いいです!」
「そうそう、触っただけで色変わるとかあるでしょ!? アレですよアレ!」
タケルが慌てたように勾玉を服の中に仕舞いこみ、ソフィーがイナリを脇に抱えて離れた場所へダッシュする。
「何をするんじゃ……」
「何するはこっちの台詞です! 気軽にああいうのやらないでくださいよ! めんどくさいことになったらどうするんですか!」
「あー、残念アイテムを持った連中が家の前に並ぶとか、かの?」
「そのくらいで済めばいいですけどねえ……そうじゃなくてですね。あんな相性の良さそうなものに力を吹き込んだりしたら……!」
コソコソとイナリに怒っていたソフィーだが、タケルが駆け寄ってきたのを見てちょいちょいと手招きする。
「さっきのアレ、ちょっと見せてください。私も鑑定の真似事は出来るんで」
「え? あ、ああ」
タケルが服の中から取り出した勾玉を見て、ソフィーは口の端をヒクつかせる。想像通り過ぎて、笑ってしまいたくなったのだ。
(やっぱりだ……厄除守とかって名前になってる……まあ、そりゃそうですよねえ。この国のお守りって神の力が籠ってるってやつでしょう? 直でやりゃあ、そうなりますよね……)
「えーとですね……なんか、いい感じの開運アイテム的なものになってるんで、いつも持ってればいいんじゃないですかね」
「へえ、そうなんだ。なんか有難いな。俺、そういうのあんまり無い方だから」
「ハハ、そうですねえ」
「こんなの貰ったら、何奢ればいいか分からないな」
「何でもええよ」
言いながら、3人はバスに乗って降りた先にあるホテルの上階のレストランに入るが……時間のせいか、ほとんど人も居らず貸し切りに近い状態になっていた。
この時間はランチだが、どれもちょっとばかりお高く、しかし稼いでいる覚醒者であれば何の負担にもならないような値段だ。
3人でメニューを見ているが、普段こういうところにあまり来ない3人なのでメニューを見て仲良く唸ってしまっている。
「なんかコース食べるって気分でもないですけども。こういうとこでサンドイッチ食べるのもどうかなって気がしません?」
「どうだろうな。俺はそういうのも好きだけど」
「じゃあサンドイッチにしてくださいよ、サンドイッチ。きっと残念顔になりますよ」
「いや、別にパスタでいいんじゃ……」
「仲がええのう」
ニコニコとしているイナリではあるが、メニューに書いてある内容がサッパリ分からなくて理解を諦めた顔でもあった。
まあ、仕方のないことでもあるだろう。オニギリがあれば幸せなイナリに「季節の野菜と貝のペペロンチーノ」だの「和牛のグリル 特製ソースとホワイトアスパラを添えて」だとか……そんなものが理解できるはずもない。かろうじて理解できるのは「シェフ特製ビーフカレー」が「なんか凄いカレーなんじゃろうなあ」というくらいである。
「では……儂はこのシェフ特製ビーフカレーと……緑茶を頼もうかのう」
「あ、なら私はペペロンチーノで」
「俺もカレーで、あとリンゴジュースで」
そんな風に注文も終えて、食事が届けばイナリは早速ビーフカレーを一口、口に入れる。
辛さは中辛、といったところだろうか? よく煮込んで柔らかくなった大きめの牛肉が3個入っており、それ以外の野菜は溶けてしまっているのだろうか、それらしきものはない。
ご飯は……よく炊けていて、カレーとの相性もバッチリだ。
「……うむ。美味いのう。職人の腕というやつかの」
「確かに美味しいな。ホテルとかって何故かカレーがお土産にあったりするけど、もっと評価すべきだったのかもしれない」
「あれ、なんでなんですかね? 日本ではカレーをお土産にラインナップしないと罰則でもくらうんですか?」
「そんなことはないだろ……」
「自信があるから並べとるんじゃないかのう?」
「全日本ホテルカレー大会とかやったら何処が優勝するんでしょうね?」
「何処だろうな……ちょっと気になるけども」
タケルがそう言ったとき、イナリのスプーンがピタッと止まる。
「気になるといえば……あのボスは何だったんじゃろうのう」
「ああ、確かに。稼働していないって話だったけども……正直、ああいうのは初めてだ」
「アツアゲが触れても何もなかったしのう。一体何の意味があるのか」
「気にする必要ありませんよ、あんな玩具」
「ん?」
ソフィーのそんな言葉にイナリとタケルが振り向くが、ソフィーはつまらなそうに肩をすくめてみせる。
「玩具ですよ、玩具。製作途中で放棄したって言ってもいいですけど。気付きませんでした? 中身がありませんでしたよ。そんなものが御大層に飾ってあると思いませんでしたから、ビックリして絶句しちゃいましたけども」
「ふむ……」
危険な感じがなかったのは、それが理由なのかどうかは分からないが……アツアゲが興味を持って近づいたのは、それが原因かもしれないとイナリは思う。ソフィーの言う通り、あれは製作途中で放棄された玩具のようなものなのかもしれない。
「しかし、それなら何故あんな場所にあったのか……」
「さあ?」
ソフィーは肩をすくめてみせるが、正直少しばかりの想像は出来ていた。
(ま、たぶん私たちへの警告でしょうね。来たるべき日にやらかすつもりなら準備はある、と。とはいえ、それなら完成させても良かったはず。それをやらなかったのは……)
「ん? なんじゃ?」
「いいえ。カレーでもよかったかなって」
「おお、では一口食べてみるかの?」
「いえいえ、自分のがありますので」
そんな風に誤魔化しながら、ソフィーはイナリから視線を外す。
(うーん。たぶん、この人を陣営に引き込むのは無理だと思うんですよね。あの無駄イケメンはシステムへの不信感を煽りたかったのかもですが……)
おそらくだが、システムはイナリを注視している。ソフィーたちの推測が正しければ、イナリはこの世界の変化が始まったときに生まれた可能性が高い。
まだダンジョンゲートが現れ、この世界の人々がその変化を自覚するよりも、ずっと前。
世界が静かに変化を始め、魔力がこの世界に生まれ始めた頃。少なくとも数十年か、それとも100年単位か。正確には不明だが……その頃からイナリは「居た」はずだ。
(しかし、そうだとすると……ふーむ。少なくともシステムはまだ、彼女とあの玩具を天秤にかけている。撤去されていないのは、そういう意味もあるんでしょうね)
大分見えてきた、とソフィーは思う。そしてソフィーが気付くことを、あの無駄イケメンが気付いていないはずもない。何処まで共有されているかまでは分からないが……。
(ま、いいか。私下っ端だし)
難しいことは上が考えればいい。ソフィーはそこで思考を放棄してパスタを綺麗に平らげるが……そこでソフィーとは別れ、イナリはタケルと街を歩く。
いつでも巣鴨方面には戻れるが、折角だから腹ごなしに歩こうという話になったのだ。まあ、イナリはそんなことしなくても全く問題は無いのだけれども。食べたものなんて、とっくに吸収されてエネルギーに変わっている。
「なあ、さっきの話……どう思う?」
「ん? カレーの話かえ?」
「そっちじゃなくて、ボスの話」
「ふむ……」
どう思うかと聞かれればイナリとしては思うところが無いわけではない。
デウス・エクス・マキナ……機械仕掛けの神。
稼働していない、完成していない玩具だというのであれば、かつての世界規模のモンスター災害の折には外には出てきていなかったのだろう。そこは心配しなくていい。
しなくていいが……あれを完成させてどうするつもりだったのかは気になっている。
たとえば日本神話の国譲りの話を紐解くまでもなく「神」とは「支配」という側面を持つものではある。
とはいえ、システムがあのデウス・エクス・マキナによる支配を望んでいるのかと聞かれれば……イナリは否であろうと思う。
かつて質問権を使用したとき、システムはその選択を「高潔」と評した。
そうであれば、システムは高圧な支配者ではなく、もっと寄り添う何かであると判別できる。
ならば、あのデウス・エクス・マキナは……恐らくは守護者であるのだろうと予測できる。
だからイナリはタケルの問いにこう答える。
「そうじゃのう……あまり心配はないと思うぞ?」
「そうなのかな」
「うむ。システムが何を考えとるかは分からんが、人の子にとっては恐ろしいものではないじゃろう」
「まあ、思いっきり恩恵受けてるしな」
「そうじゃのう」
イナリに関しては色々と事情は違うが、混ぜっ返す場面でもないのでイナリはそう頷く。
「システムが覚醒者とかいうものを作ったおかげで、こうして世界の治安は保たれとる。まあ、ダンジョンもシステムの仕業ではあるじゃろうがの」
最近イナリがやらないのでシステムも言わないが「ダンジョンを壊すな」と言ったのも「ダンジョンリセット」やら報酬箱やらというものをやっているのもシステムだ。人間の敵なのか味方なのか、そういう意味では誰も分からない。
分からないが……それでいいのだろう、とイナリは思う。
「世の中、無理に分かる必要があるものなど、そうはないもんじゃよ」
そう、世界の秘密をそのひとかけらまで知らなければ死んでしまうというわけでもない。
テレビの構造など知らなくたってテレビを見られるように、世の中「そういうもの」で済んでしまうことは、意外に多いものなのだから。
「それでもまあ、その謎の中から何かしらが牙を剥くというのであれば……それから対処しても遅くないんじゃないかのう?」
無理に世界の守護者たろうと未知に首を突っ込む必要はない。
藪をつついて蛇を出す、というが……この世界では藪をつつけば神が出てくる。
わざわざそんな無茶をする必要は何処にもない。世界の危機などあちこちに転がっていて、しかし眠っているのであれば……わざわざ起こして回る必要など、何処にもないのだから。
第9章はこれにて終了でございます。
年末年始は、また新規データなどを纏められればと思っております。
人物データ完全版とかでもよいですね。
あ、コミック版も連載開始しておりますので、よろしくお願いします!





