お狐様、東京第1ダンジョンに挑む2
「お狐様にお願い!」コミック、コロナEXにて2024年12月16日から連載開始です!
そして20階層。正式に記録された最終到達階層だが……今までの階層とは違い、なんとも静かな階層だった。
光も無く、真っ暗な階層ではヒュウヒュウという風の音のようなものが吹いていて……けれど、そんな中でイナリの生み出した狐火が明るく周囲を照らしている。
「ふーむ。またいきなり何かが襲ってくるかと思うとったが」
「暗闇で襲ってくるモンスターか……色々いるから分からないな」
「まあゴーストにスケルトンとかのアンデッド、他にも夜行性のは色々いますしねえ」
とはいえ、このダンジョンのモンスターは下に行けば行くほど強くなっていく傾向がある。そこに普通のアンデッドモンスターなどは有り得ないというのがタケルとソフィーの共通した見解だ。
であれば、何なら有り得るのか? たとえば上位アンデッドのリッチやスケルトンジェネラル、デュラハン……そういったモンスターの可能性はあるだろう。
そのどれが襲ってきてもいいように構えていたが、ふとイナリが気付いたように何処かへ指を向ける。
「そこじゃ」
「ギエッ!」
新たな狐火が放たれ、闇の中に居た「何か」を貫く。弾けて消えたソレは……どうにも、影や闇……そういった、実体のないものに見えた。ゴーストの類だろうか?
「何やら面妖な相手じゃのう。今ので倒した……ということでええんかの?」
倒した「何か」が居た場所には魔石すら落ちていない。ドロップが無かった、という解釈でもいいのかもしれないが……タケルは少しばかり引っかかるものがあった。
「分からない。でも、どうにも普通の相手じゃないな。さっきのも倒したって言えるかどうか……」
言いながらタケルが刀を構え直すと、そこに炎が纏わりついていく。イナリの狐火同様に周囲を照らすタケルの刀はあちこちに向けられ……やがて、一気にダンッという音をたてて踏み込む。
「そこだ」
光に照らされて、なお在り続ける不自然な闇。タケルの炎纏う刀に断ち切られたそれは「ギエッ」という声をあげて霧散していくが……タケルは不満そうに僅かに眉を顰める。
「おー、やるじゃないですか」
「いや、ダメだ。今のは知ってる……ダークイリュージョンだ」
「ダーク……ええっ⁉」
「なんじゃそれ?」
「カリフォルニアの悪夢……単体で一番多くの人間を殺した、最悪のモンスターの1体さ」
カリフォルニアの悪夢。モンスター災害が世界中で発生していた頃、カリフォルニア第1ダンジョンから1体のモンスターが溢れ出た。
真っ黒で巨大な闇の塊のようなそれは無数の小さな「闇」を吐き出しながらカリフォルニアに広がっていき、半日で最低1000万人を超える人間を殺害したとされている。
だからこそ「カリフォルニアの悪夢」などと呼ばれているこの惨状を引き起こしたのは、ダークイリュージョンと呼ばれる、たった1体のモンスターであった。
ボス級の実力でありながらボスモンスターではないとされており、カリフォルニア第1ダンジョンを未だ完全攻略できていない要因となっているが……その原因はダークイリュージョンの性質にある。
「常に自分の配下を生み出しながら移動する、ってだけでも最悪だけど……配下を倒しても何も得られない。ドロップも、経験値も、その他の何もかもだ。全ては錯覚、幻影……何も得られない大量の敵相手に戦闘を強いられる。本当に最悪の敵さ」
「あー……それは面倒ですねえ」
確かにそれは嫌だ、とソフィーも思う。つまるところ、頑張ってもほとんど何も得られない対群戦闘を強いられるということだ。
しかもそれなりの実力を持つ者でも延々と戦うことで弱らされ、やがて死に至る。そういうことが簡単に起こり得る敵であり、そんなものが此処にいるのだ。
「ふむふむ。つまり人に害為す幻術……ということじゃな?」
「幻術……まあ、そうと言える、のか?」
どう仮定したところで現状に何らかの影響を及ぼすものではないが、タケルはイナリにそう答える。もしかしたら、という期待もあるが……イナリは狐月を構え直すと、その刀身に指を這わせ滑らせていた。
「え、なんですかそれ……」
「これは……!」
ソフィーもタケルも、それに気付いた。同時に、何か嫌な予感でもしたのだろうか……黒い影が闇の中から無数に現れて。しかし、すでに遅い。
イナリの指の動きに合わせ緑の輝きを纏っていく狐月は冷たい輝きを放って。
黒く小さな闇の群れは、それを止めようとするかのように伸びていく。けれど、同時に。その動きは何かを恐れるように強張って止まっていた。
「蝕む邪を祓え……秘剣・大典太」
「ギアアアアアアアアアアアアアア!?」
リィン、と。鈴のような音を響かせながらイナリを中心に緑の波紋が広がっていく。黒く小さな闇の群れが緑の波紋の前に空しく溶けるように消えていき、悲鳴が遠くからも聞こえてくる。
そして、ひときわ大きな悲鳴が何処かから聞こえてきて……イナリは「うむ」と頷く。
「どうやら首魁も倒せたかの?」
「え、ええ……何ですか、今の? もしかして消し飛ばしました?」
「本当に凄いな。流石だよ」
「ちょっと、そんな軽く流していいものじゃなかったですけど?」
「でもまあ、イナリさんだしなあ」
「ええー……」
ソフィーが頭を抱えてしまっているが、今イナリが使ったのは秘剣・大典太。
病魔を祓い、怪異を祓い、触れずして離れたものを斬る伝説を解釈し、人に悪影響をもたらす全て……実体を持たない怪異含むが、それを問答無用で消し飛ばす力を持つ秘剣である。
今回の場合はダークイリュージョン含め「そう」であったということだが、ソフィーからしてみれば「なんかダークイリュージョン以上に理不尽な何かで消し飛ばした」といった感想にしかならない。
しかしタケルはそんなに驚いていないし、イナリはケロッとしている。これが普通だと言いたげですらある。
(うーん……予想以上に手札が多そうですよね……オーデンタ……後で調べておきますか)
たぶん実在の剣を元にした技であることは理解できるが、どうにもスキルではない気もする。恐らくは権能に近いはずだが……断定はできない。
ソフィーはイナリと友人になるつもりではあるが、場合によっては敵対することだってある。ならば、イナリの手札を出来れば一枚でも多く確認しておきたいのだ。
「ソフィーや。そろそろ先に進もうと思うが……大丈夫かの?」
「あ、はーい。行きましょうか!」
アッサリと20階層を通り過ぎ、更にその先へ。時刻が夜の10時を回る頃には28階層まで辿り着いていた。モンスターが全くいない不可思議な階層だが……タケルから「10時だ」と聞いたイナリは驚いたような表情を見せる。
「おお、もうそんな時間かえ。そろそろ休まねばのう」
「進むのに夢中になってたけど、驚きだな」
「まあ、ダンジョンの中では昼夜もあんまり関係ないですからねえ」
草原型などのダンジョンでは独自の昼夜があったりするが、こんな迷宮型の場合は昼も夜も分からない状態がずっと続くのだから気付かないのも仕方がない。ただ、こんな深いダンジョンは中々ないのだが……。
「どれ、では休むとしようかのう。夕餉は……ほれ、この前月子がくれた携帯食料があるでの」
「あー、このムーンバーってやっぱり彼女の開発なんだ……」
「そうらしいのう。ほれ、ソフィーも」
「ありがとうございます。これ、好きなんですよねー」
ムーンバー。いわゆる棒型の固形栄養食品であるが、覚醒者用に作られた完全栄養食品でもある……とのことらしく、広く愛用されている携帯食でもある。最近「ふりかけご飯味」なるものが新発売されたことでも有名だが……イナリが食べているのはまさにそれだ。
「うむ、うむ……美味いのう」
「どんな味なんだ?」
「なんじゃろうのう、海苔玉子味のふりかけを練り込んだモチを食うとる気分じゃの」
「まあ、ご飯の食感は無理だよな……」
「結構ご飯ではあるかのう」
たぶん月子がイナリ用に開発したんだろうなあ、などと思うタケルだが、まあ月子がイナリ大好きなのはいつものグループ内では周知の事実ではあるので今更だし、実際にイナリのために開発されていたりもする。
さておいて、食事が終われば眠る……と言いたいところではあるが、ダンジョンの中に安全地帯など存在しない。だからこそ交替で起きるなどのやり方が必要なのだけれども。
「儂が起きとるから、2人は寝てええぞ」
「え、そうですか? ありがとうございます」
「いや、そういうわけにも……え、ソフィーさんもう寝てる!?」
ぐー、と一瞬で寝るソフィーに驚きながらも、タケルは困ったように頭を掻く。
「交代制にしよう。イナリさんだって寝るべきだろう」
「うむうむ、タケルは優しい子じゃのう。しかしの、此処は儂に任せるとええ」
イナリがそう言うと、アツアゲもイナリの袖から出てきて「任せろ」とでも言うかのように手をあげる。
「ほれ、アツアゲも居るしのう。どうとでもなるんじゃよ」
「いや、でもなあ……」
「明日以降もあるんじゃ。休まんと寝かしつけてしまうぞ? そおれ5、4……」
「分かったよ……おやすみ、イナリさん。無理だと思ったらすぐに起こしてくれよ」
「うむ。おやすみ、タケル」
そうして目を瞑ったタケルだが、どうにも心配している気配が伝わってきてイナリは優しく微笑む。
(ほんに、良い子じゃのう……)
元々、タケルは人に気をつかいすぎる傾向がある。それが自分の能力を超えていても無茶を通したいと願うし、だからこそ思いつめてしまう。それが草津の事件に繋がったのだろうが……まあ、今タケルの周囲にはクセの強い善人ばかりなので、その辺りも上手い感じになっていくだろうとイナリは考えている。
逆に言うとソフィーは、物凄く俗っぽい。まあ、よく見るタイプなのでイナリはそれに何とも思わないが……さておいて、今も完全に寝ているように見える。
そしてイナリは、眠りを必要としない。というか、眠るという機能は意図的にそういう動作をする必要がある。イナリの身体は人間に似ていても、全く違う何かであるのだから。だから寝息だってたてられるし夢も見られるが、時折忘れるといったようなことが起こるわけだ。
寝ずの番を希望したのも、そういった理由によるものだが……わざわざそれを言うつもりもない。
「さて、と」
刀形態の狐月を構えて立ち上がると、イナリは周囲に視線を油断なく向ける。
壁から染み出してくるのはスライム、いや……アメイヴァの上位種アメイヴァロードだ。
かつてイナリが秋葉原の臨時ダンジョンで葬った相手だが、そんなアメイヴァロードが通路を埋め尽くす勢いで溢れ出す。
触れるものを溶かし取り込むアメイヴァロードは、こんな迷宮型で出会えば致死トラップに等しい。焼くにしても凍らすにしても、広い場所でやるのとは訳が違う。物理攻撃は溶かされかねないし、対抗できる手段が無ければかなりの被害が出るのは確実。そんなものが、こちらが寝るのを待っていたのだ。
「悪いがのう、此方は就寝時間での……静かにしてもらおうかの」
そして、イナリは刀身に指を這わせ滑らせる。
イナリの指の動きに合わせ黒い靄を纏っていく狐月はゆらりと怪しい影を纏って。
「忌剣・村正」
イナリの刀から放たれた黒い刃が三日月のような形を描き、今まさにこちらを飲み込もうとしたアメイヴァロードを切り裂く。
いや、それだけではない。切り裂いた場所から黒い靄が溢れ出てアメイヴァロードを浸食し、呑み込んでいく。
アメイヴァロードの不定形の巨体はあっという間に飲み込まれ、魔石がその場に落下する。
ほぼ一瞬の蹂躙劇であったが……やはり、イナリとしてはなんということもない。静かに倒せてよかったなー、くらいのものである。
「もう出てこないとええんじゃがの」
基本的にダンジョン内のモンスターは倒しても一定間隔でリポップする。アメイヴァロードも、ダークイリュージョンも同じだ。とはいえ、出てくる敵の傾向から想像できることはある。
(他のダンジョンではボスと呼ばれるようなモンスターばかり……ということは、最下層も近づいていると考えてええと思うんじゃが)
そう言いながら、もう28階層だが……確かにこれでは未踏破になるのも分かるというものだ。何しろ凶悪な罠も健在なのだ。基本的に全部イナリが引っかかることでどうにかなっているが、たとえばダークイリュージョンをどうにかしながら落とし穴を避けろというのは、普通の覚醒者チームには中々に難しい話だ。
とにかく、そうして朝を迎え、更に先に進み……39階層のアンデッド騎士「デスナイト」の群れを突破すると、40階層へ繋がる階段を発見する。
「次は40階層か……これで最後だといいんだけどな」
「あー、それフラグってやつですよ」
そんな軽口を叩きあうタケルとソフィーにも僅かな疲れが見える中、階段を降りていくと……そこには、巨大な空間が広がっていた。
そう、ただ広い空間であり……何処までも続きそうな広さと、飛行機でも飛べそうな高すぎる天井で構成されている。
明るく照らされたその場所は、ただそれだけでも異質だが……3人の視線が向いているのは、「この場所」などではない。
此処に立っている、巨大すぎる像のような何かを見ていた。
大きさはおよそ300メートルほどだろうか。金属製の巨人としか言いようのないこれは、全身鎧の騎士のような風貌で、巨大な剣を抱えていた。背中に黄金の歯車のようなものを背負い、何処となく神々しいような雰囲気もあるが……いったいこれが何であるか、と聞かれると迷うところであった。
アツアゲも興味があるのか近寄っていたが、そうしても動く気配は微塵もない。
「なんですか、これ……いえ、これって、まさか……」
絶句したように呟くソフィーの言葉の意味を聞くその前に。システムメッセージが3人の前に現れる。
―【ボス】デウス・エクス・マキナは稼働していません―
―ダンジョンクリア完了!―
―報酬ボックスを手に入れました!―
―ダンジョンリセットの為、生存者を全員排出します―
「デウス・エクス……!?」
タケルもこの巨大な像の正体に気付き叫ぶが、最後までその言葉が発される前に……イナリたちは、ダンジョンの外へと転送されていった。





