お狐様、まだまだ現代社会を知らない
タチの悪い連中。以前聞いた5つのクランの名前はイナリも覚えている。
レッドドラゴン、黒い刃、覚醒者互助会、サンライト、清風。
そのうちの黒い刃に関しては、イナリがこの前乗り込んで反省させてきた。
「そんなタチの悪い連中を野放しにしとくのは感心せんのう」
「仰る通りです。ただその、色々としがらみもありまして……」
「ま、ええがのう。で、相談とはなんじゃ?」
イナリがそう促せば、安野は「あ、はい!」と明らかにホッとしたような……実際話題が逸れてホッとしたのだろう。1つの冊子を差し出してくる。
それは『使用人被服工房』のパンフレットで……イナリの口から思わず「ひょっ……!」と甲高い声が漏れかける。
そう、あのメイドの店のパンフレットである。いい人たちであったのは事実だが、あまりにも濃すぎて未だにイナリの中で色々理解が及んでいない領域であったりする。
「あ、間違えました! これは私的なものでして……!」
「私的ってお主まさか……めいどの格好を……」
「こ、個人的にですぅー! ていうか狐神さんだって随分と仲が良さそうだと報告を受けましたけど!?」
「儂、あの店では何も買っとらんし……」
まあ、安野の趣味においてはさておこうとイナリは想像してしまった安野のメイド姿を頭の中から消し去る。ついでにあの店に今イナリの写真が飾られている事実についても知らんぷりである。
「えーとですね。本当はこっちです」
「おや、ほっくすほんじゃの」
「フォックスフォンですよ?」
「ほっくすほんじゃよな?」
「えっと、はい」
まあいいか、という顔になると安野はフォックスフォンのパンフレットを軽く叩く。
「実はですね、狐神さんの情報がすでに漏れ始めています。この前のパパラッチの件で全国規模で狐神さんの姿が流れましたからね……勘の良い人たちであれば関連付けてくるはずです」
「うーむ……」
「クラン『黒い刃』を1人で叩き潰す無名の新人。オークションに流れた不人気ダンジョンの武具。そしてダンジョンの難易度……合わせれば狐神さんに繋げることは、さほど難しくありません」
つまりクランを1つ潰すような新人であれば東京第4ダンジョンを1人でクリアしてもおかしくはない。そんな新人であれば是非欲しい……ということらしい。
そしてそう考えているのはタチの悪い連中だけではなく、大小様々なクランでも同様なのだ。
先程の動画の「ジェネシス」や東京第4ダンジョンの大規模攻略を請け負っている「閃光」もその1つであり、恐らくはこのどちらかが最初にイナリの情報に辿り着くと思われた。
「そうなれば、始まるのは激烈なスカウト合戦です。今は警護課がこの近辺に居ますが、遠からず抑えきれなくなります。そこで、コレなんです」
そう、イナリが秋葉原のフォックスフォンで覚醒者フォンを買った話は当日いなかったフォックスフォンの社長に伝わっていた。当然その容姿についても伝わっていたどころか、イラストが妙に上手い店員による渾身の似顔絵が渡されていた。
結果として、フォックスフォンの社長はとある決断をして覚醒者協会に問い合わせをしていたのだ。
「フォックスフォンは、狐神さんをイメージキャラとして起用したいと考えています。そこで協会としてもこれを隠れ蓑にしようと考えています」
「うむ? 隠れ蓑とはいうが、儂が表に出るだけの話にしか聞こえんのじゃが」
「いいえ。フォックスフォンのイメージキャラとしての姿が先行することで、狐神さんが1人でどうこうという話ではなく、フォックスフォンの強力なサポートがあったと思わせることが可能ですから」
そう、フォックスフォンは覚醒者の立ち上げた企業の中でもかなり力がある企業だ。
当然社員も全員覚醒者であるからこそ、そちらのサポートも充実。フォックスフォンの社員はそこら辺の覚醒者よりも強い者が多い精鋭集団に仕上がっているのだ。
そこに「実は狐神イナリはフォックスフォンのイメージキャラでした」という情報をぶち込んだらどうなるか?
「そうなれば当然、『狐神イナリはフォックスフォンが大事に育てた覚醒者』というイメージがつきます。これだけで、それなりの抑制効果があると協会では試算しています」
「ふうむ、なるほどのう。儂が客寄せになることで、あちらさんを盾に出来るというわけじゃな」
「そういうことです。フォックスフォンとしてはイメージキャラとしての広報に協力してもらえれば、特に活動に制限は設けないとのことでした」
悪くはない。確かに悪くはない話だとイナリは思う。あの店でも色々と世話になったし、これは別に受けても構わない話だ。
特に活動に制限がないというのは良い。とても大切なことだ。
クランがどうのというのはイナリを仲間にしたいという話なのだろうが……今のところ、そういう一員になる気は全くないのだから。他に合わせてイナリが力を制限するのは、正直時間の無駄でしかない。
「うむ。ではその話、受けようではないか。その広報とやらで誰かと組んでだんじょんに行け、というのは無しじゃぞ?」
「あ、そういうのじゃないと思います。もっと可愛いと思うので」
イナリはその言葉に首を傾げてしまうが……まあ、これは最近の覚醒者ビジネスを知らないイナリの痛恨のミスではあっただろう。
まあ、通販番組や野球ばっかり見ているイナリが知るはずもないだろう。
覚醒者ビジネスにおいてイメージキャラとは……すなわちアイドル的存在である、ということを。
イナリ「はて、何やら嫌な予感がするのじゃ」
 





