お狐様、東京第1ダンジョンに挑む
翌日。東京第1ダンジョンで合流したタケルは、非常にラフで動きやすそうな恰好をしていた。
デニムと上着、そしてべストを合わせ……武器すら持っていない、本当に戦いに行くのか疑問な姿だった。
「おはよう、イナリさん」
「うむ、おはようタケル」
「私が言うこっちゃないですけど……その恰好でいいんですか?」
イナリはいつもの巫女服だし、ソフィーも丈の短い上着にスラックスを合わせているのだから、本当に人のことを言えやしない。
「ああ、俺の場合……ちょっと防具と相性が悪くて」
苦笑するタケルだが、本当に色々と事情があるので仕方なく……といった感じである。まあ、武器を持っていないという点ではイナリも同じなので、戦いに赴くとは思えないトリオになってしまっている。
「おはようございます、皆さん。お揃いで……なんか、ほんとに色んな意味でお揃いで……」
「おお、安野。今日はすまんのう」
やってきた安野が「いえいえ」と微笑む。予めイナリから「東京第1ダンジョンの奥に行ってみようと思うのじゃ」と言われた安野は瞬時に「あ、これ説得とか無理だな」と各種の調整に入ったわけだが……しかしそれはそれとして、心配ではある。
イナリはもう充分に分かってるからいいのだが、タケルもソフィーも軽装を超えて普段着で素手だ。これで心配するなというのが無理がある。
「あの……狐神さんはいいとして、お二人はその装備で大丈夫ですか?」
「はい。問題ありません」
「同じく。まあ、といっても心配ですよね」
ソフィーが軽く手を振れば、そこには一振りの剣が現れる。中々に強力な力を秘めたものであることは明らかで、安野は「おお……」と驚いたような声をあげる。
「じゃあ俺も……幻想草薙剣」
続けてタケルの手に刀が現れたのを見ると安野も流石に言うことがなくなったのだろう……「うーん」と唸ってしまう。
(……まあ、狐神さんがいれば最終的には何とかなる気もするんですけども……協会で貸せる程度の装備を貸しても意味は……ない、ですよねえ……)
「まあ、その……分かりました。ですが、東京第1ダンジョンは現在まで未踏破であり、奥まで行こうとした人が全員死亡しているダンジョンでもあります。無理だと思ったら、すぐに帰ってきてくださいね」
「うむ、任せよ。全員で戻ってくるとしよう」
「はい。お帰りをお待ちしてますね」
心からそう言う安野に見送られ、イナリたちがダンジョンゲートを潜ると……石の壁で構築された迷路が現れる。入るなり複数の通路に分かれた複雑な造りにイナリが「おや?」と声をあげる。
「前に来たことがあるが……こんな造りじゃったかのう?」
「毎日変わるんだよ」
「む、そういえば前にそんな話を聞いた気もするのう」
東京第1ダンジョン。かつて渋谷と呼ばれた区域に出現した東京最高難易度のダンジョンは、モンスター災害において上位に入る被害者数を叩きだしたダンジョンでもある。
迷宮型と呼ばれる東京第1ダンジョンは毎日その構造を変化させ、地図がその当日しか意味をなさない構造になっている。だからこそ未だにクリア者が出ないとも言えるのだが……だからこそ、東京第1ダンジョンには1つのあだ名がある。
「ダンジョン・オブ・ダンジョン……人が想像するダンジョンらしいダンジョンだって言われてる。実際、ダンジョンって聞いて想像するのはこういうやつかもなって俺は思うよ」
「なるほどのう」
タケルの言うことはイナリにもなんとなく理解できる気はした。色々とダンジョンにも入ってはきたが、ダンジョン……「迷宮」という単語から想像するのは、やはりこういう場所なのだろう。
「それはそうと、どの道に進むんですか?」
「うーむ、そうじゃのう……」
どの道が当たりなのか、外れなのか……イナリに分かるはずもない。ないが、選ばなければ進むこともできない。ならば、イナリの責任でどれかを選ぶ必要があるだろう。
悩んで、イナリは真正面の道をビシッと指差す。
「よし、この道じゃ!」
「……ちなみに理由は?」
「なんとなくじゃ。他に理由が必要かえ?」
「いいえ。こんなのは運ですからね」
棒を倒して占うのと変わりませんよ、とソフィーは肩をすくめるが、つまり問題はないということだろう。
「よし、では行くぞ!」
イナリが先頭に、ソフィーとタケルがその背後を守るように歩くと……タケルが道の奥にピクリと反応を見せる。
「キイヘハハハハ!」
「キヒャヒャヒャ!」
「ヒャッヒャヒャ!」
赤い帽子を被ったゴブリン……レッドキャップが3体、迷宮の壁や天井を凄まじい跳躍力で跳ねながらイナリへと向かってくる。ゴブリンなどと一緒にするのが失礼なレベルの身体能力と、それを使いこなす頭脳。魔法すら使うと言われる、レッドキャップたちは小剣を振りかぶって襲い掛かってくる。そして……凄まじい速度で飛び出したタケルの火を纏う蹴りでほぼ同時に2体が燃えながら消し飛び、残る1体が刀の一閃で首をはねられる。
「レッドキャップか。久々に相手したな」
「うわあ……凄いですねえ」
「うむうむ。流石じゃのう」
ソフィーとイナリに褒められて、タケルは「いや……」と照れたように視線を背ける。
「このくらいじゃ、そんな褒められるようなことじゃないよ」
「何言ってんですか、もう。素直に褒められて……うおっ」
―【都市を守護するもの】がいい加減にしろと激怒しています―
―【炎を掲げるもの】が貴方の罪を並べ立てています―
「……やっべー……ていうか、このくらいいいじゃないですか……」
「え? 何がですか?」
「いえいえ……なんでもないです」
タケルからそっと離れながら、ソフィーは『神のごときもの』たちがほぼタケルをリアルタイムで見ていると確信する。正直このままだと、このダンジョンの最奥にあるものとやらがそれらの目に晒されるわけだが……まあ、それで別にソフィーが困るわけでもない。
とりあえず、後々面倒なのでソフィーはタケルから僅かに距離をとりながら歩くが……先頭を歩いていたイナリの足元にパカッと穴が開く。
「おお?」
「イナリさ……」
「穴じゃのう。驚いたのじゃ」
穴に落ちかけ、そのままふわふわと穴の上まで浮かんでくるイナリに手を伸ばしかけたタケルが「……無事でよかった」とその手を引っ込める。
「罠か。これに落ちると何処まで行くんかのう」
「さあ……大抵の場合は下にトゲとかあったりしますけども」
開いたままの穴にソフィーが半透明の石を取り出して放り込むと、石が火を発しながら穴の中を落ちていき……やがて見えなくなる。音は、いつまでたっても聞こえてはこない。
「ええー……深すぎでしょ……これだからダンジョンってのは……」
「飛べる力が無いと戻ってこれそうにないのう」
イナリがソフィー、そしてタケルと順繰りに見て行くと、ソフィーは「大丈夫ですよ」と答えるが、タケルは「飛べないよ」と困ったように微笑む。
「三角飛びとかで戻って来れるならいいんだけど……これはどうだろうなあ」
「うむ。ではこうじゃの」
イナリは巫女服の袖に手を突っ込むと、何かをゴソゴソと探し……やがてアツアゲを掴みだす。
「ほれ」
「そっか。アツアゲは飛べるもんな」
「うむ。儂が手を繋いでおるというのも考えたが、それではロクに動けんからのう」
「はは……それに気恥ずかしいよ」
アツアゲを受け取ったタケルがアツアゲに「よろしくな」と言えば、アツアゲはタケルの腕を足場に跳んでその頭に着地し座り込む。
「よし、これで問題はないのう」
「そうですかねえ……」
タケルが戦闘機動を出来なくなるのではないかとソフィーは思うのだが、まあ永遠みたいな落とし穴に落ちるよりはマシなのだろうか?
「ビーム」
「グエエエエエエ!?」
いきなり放たれたアツアゲのビームがダンジョンの奥から走って来ていたレッドキャップの群れの数体を倒し、イナリが残るレッドキャップへと狐火を乱射し、その全てを倒し切る。
「ああ、移動砲台……」
なんかソフィーは物凄く納得してしまったが、とにかく火力は一切下がっていないようだ。道を進み、何度かの分かれ道を進んでいくと、やがて行き止まりに到着する。
ただの石壁に見える……が、念のためイナリは壁をペタペタと触れていく。
「もんすたあが化けとるわけではなさそうじゃのう」
「うーん……仕掛けがあったりするか?」
タケルも周囲を調べ始め、ソフィーもその辺りを確認するが……そうすると、岩の隙間にボタンを1つ発見する。真っ赤な押しボタンだが、時に説明らしきものもない。
「えーと、なんか赤いボタンがあるんですけど」
「おお、本当になんぞあるのう」
「如何にもだな……押したら天井落ちて来たりするんじゃないか?」
タケルがチラリと天井を見上げるが、分かるはずもない。
「ちなみにじゃが、こういう場合は普通はどうするんじゃ?」
「サポーターが罠感知のスキルを持ってたりするから、それに頼ったり……かな」
「うーむ、そんな者は連れてきてはおらんのう」
そして、ないものはどうしようもない。ならばどうするのか。考えて、イナリは「よし」と頷く。
「ちょいと遠くに離れておれ。儂が押してみよう」
「え? それは……いや、分かった」
イナリの実力……特に防御力を知っているタケルは少し悩みつつも頷き、ソフィーを促す。
「ソフィーさん、行こう」
「あ、はい。でも……大丈夫なんですか?」
「ええ。罠だとしても……まあ、大抵のものは大丈夫かと」
ソフィーとタケルがイナリから大分離れた場所に移動したのを確認すると、イナリは赤いボタンを押す。その瞬間、赤いボタンの下から鋭い刃が凄まじい勢いで飛びだす。それはイナリの上半身と下半身を真っ二つにする勢いで……しかし、当然のようにイナリの巫女服に阻まれて止まる。
「ああ、やっぱりな」
「うわあ……ぶっとい刃……人間真っ二つにする気満々じゃないですかアレ」
刃が壁に再び収納されるように引っ込んでいくと、そこには先程刃が出てきたとは思えない、綺麗な壁があるだけだ。
そのまま何事も無かったかのようにイナリは歩いてくると、ほわっと柔らかな笑みを浮かべる。
「いやあ、外れじゃったのう。困ったもんじゃ」
「今のって、そんな軽いノリで済ませていい罠でしたっけ……」
たぶん全身鎧のタンクでも真っ二つにされかねない罠だったと思うのだが、イナリは全く気にした様子もない。というか、ソフィーも今のは防げていただろうが……あんな何事もなかったかのように振舞えるかと聞かれれば、答えは否だ。
(うーん……あの巫女服に全幅の信頼を置いてるってとこですかね?)
イナリの巫女服は「狐月」と同じくイナリの愛用品であり、その名は「百狐」。狐が変幻自在に化ける話を体現するかのようにあらゆる服に変化可能な巫女服であり、これまであらゆる攻撃を防いできたイナリの防具でもある。当然、ソフィーが考えたように全幅の信頼を置いてもいる。
(知れば知るほどヤバいですけどまあ……今は敵じゃないから別にいいですね)
「まあ、あのボタンが違うなら此処は外れってことですね。戻りましょ」
幾つかの分岐を試し、歩いて行けば……地下2階への階段らしきものが現れる。
幸いにも罠も無く敵も無く、そのまま地下2階、地下3階……と降りていくと、やがて地下10階に到着する。
構造としてはそれまでと全く変わらないのだが、襲ってくるモンスターたちがどんどんと変化していき、今は動く石像が襲ってきている。
「ビーム」
「ガガッ!?」
ムッキムキの男の石像がアツアゲのビームで砕かれ、イナリの弓形態の狐月による連射が動く石像たちを次々と撃破していき、周囲をソフィーの召喚した青白く輝く戦士たちが警戒している。
10階まできても罠は健在であり、普通の覚醒者であれば一手間違えただけで死にそうな状況だ。しかし、此処にいるのは普通の覚醒者ではなくイナリたちであり……やがて動く石像たちが襲ってこなくなる……というか全滅すると、イナリは「ふう」と息を吐く。
「頑張ったのう?」
「そろそろお昼の時間だな。どうする? 休憩するか?」
「うむ、そうするかの」
時計の時刻を確認していたタケルに頷くと、イナリはその場に座り込み神隠しの穴から包みを幾つかと水筒を取り出していく。
「こんなこともあろうかと、用意しておいたでの」
「朝早くから何かやってらっしゃるなとは思ってましたけども……あ、おにぎりですね」
「美味しそうだ」
その場で円になって座ったイナリたちだが、ダンジョン内でのこうした休憩は大事だ。
イナリは高速でダンジョンをクリアしてしまうから例外だが、普通ダンジョン探索は時間がかかるものであり、その度に「完全に安全な場所」を確保しようというのはちょっと無理が過ぎる。
だからこそ、少しでも安全な場所を確保するのはまさに腕の見せどころなわけではあるが、イナリとソフィー、タケルが揃っている状況では周囲のモンスターを全滅させてから休憩することだって簡単な話だ。
「ところで、此処の最下層は何階なのかのう?」
「いや、分からないな……」
「未踏破ですしねえ」
正式記録では20階までは生きて帰ってきて報告されている。しかし、そこから先のデータは一切存在しない。
まあ、イナリたちですら無数の分かれ道と罠で足止めされているのだから、そうではない覚醒者たちにしてみればもっと大変なことになる。これでもかなりハイペースな探索が出来ているのだ。
「とはいえ、何処かでペースをあげていかないとな。大分パターンも見えてきたから、出来るはずだ」
「そうじゃのう」
この東京第1ダンジョンには、挑戦者に有利になるギミックなどというものは存在しない。困ったときにある「何か」は、トドメを刺すためのもの。もしダンジョンに設計者がいるのであれば、とんでもなく性格が悪いと言われるような、そんな構造。それがイナリたちが此処まで来て見えてきた、東京第1ダンジョンの基本ルールであった。





