アツアゲ、青森の大地に立つ
そうして全員で外に出て……陸奥湾防衛基地に立つアツアゲを基地のメンバーがざわざわと騒ぎながら見つめていた。
まあ、それも当然だろう。
積み木ゴーレム。ゴーレム系モンスターの中でも特に珍しく、そして特に面倒くさいと言われる……戦いたくないモンスターの常に上位にいるモンスターだ。
ゴーレム系のモンスターは「核」を倒さないと再生する、といったようなものは然程珍しくはない。
しかしながら積み木ゴーレムに関しては核らしきものは見当たらず、一撃で全てのパーツを破壊しなければ無限に新しいパーツが何処からか飛んでくるというトンデモ仕様だ。
それだけでも相当なのに、最大18メートルほどにまで巨大化するという能力まで備えているのだ。
更には人型はしているが、どちらが表か裏かは曖昧どころか「背後に回った」と思ったら普通に見られていて振り返りもしないまま「裏だったはずの面が表」になるという……物凄くズルなモンスターだ。
基本サイズが50センチという小さめサイズだからこそ、かろうじて「運次第では簡単に倒せる」モンスターとして認識されているが……積み木ゴーレムと会った人間は運良く小さいの相手に勝つか、運が悪ければ大きいの相手に蹂躙されるという二択なのだ。
そんなものが「パートナー」という形で此処に居るともなれば、誰もが興味津々なのは当然ではある。
「アレが積み木ゴーレム……」
「見た目はそんなに怖くないな」
「つーか、隣の玩具はなんなんだ……?」
そう、アツアゲの隣にはサーチタンクが置かれている。単体では動くことすらない玩具だし、この場に居る誰もが何の動力も入っていない、ただの模型以下の玩具だと分かる。
しかし……アツアゲがその手を空へ向けて伸ばせば、何処かから謎の放送が聞こえてくる。
『エマージェンシー、エマージェンシー。積み木ゴーレム、出撃準備開始。マスターとのリンクスタートします』
「む」
いつも通りにイナリから魔力が吸い取られ始め……それがアツアゲに吸い込まれていくのが分かる。
『サーチタンク、合体プロセス……スタート』
そんな放送と同時にアツアゲの身体が空中へと浮き上がり、サーチタンクが突如走り出し空中へ飛び出したかと思うと、そのまま分離してアツアゲに合体し始める。
各部品がアツアゲの各所にバシューン、ガシャンと謎の音を発しながら合体していくと、アンテナがアツアゲの肩に合体する。
それで終わりかと思いきやアツアゲの顔面に何処から出てきたのかフェイスシールドのようなものが現れキュピーンと音をたてる。
『完成、積み木ゴーレム・スーパーサーチ。行動開始します』
全長50センチのままなので何とも可愛らしいのだが……ピポパピパ、と謎の電子音をたてるとアツアゲのアンテナを中心に謎の光の輪のようなものが周囲へと広がり消えていく。
ポーン、ポーン、と。輪が広がっていく度に鳴る音は、まるでソナーか何かのようだが……魔法系の職業の一部はすでに、それがソナーそのものであることに気付いていた。
「魔力を放って索敵してるのか……」
「かなり高度な技術だぞ? こんなことまで出来るなんて」
ポーン、ポーン、と。響く音の中で……ピーン、と一段高い音が響く。何かを見つけたのだ。誰もがそう察して、しかしアツアゲがそれをどう伝えてくるのか分からないままに身構える。
空中にソナー結果を出したってもはや驚かない。ゴクリと誰かが唾をのむ音が響いて。
『敵影発見。サーチアンドデストロイ』
「サテライトビーム」
アツアゲの肩のアンテナが空へと発射され、高高度からのビームの一撃が何処かへと放たれる。
ジュオッと響く海水が蒸発する音は、その中に何かの断末魔が混ざっていたが……ポカンと口を開けていた覚醒者協会の職員は、監視塔からの通信に更に呆けてしまうことになる。
「は? ……すまない、もう1度報告してくれ。なんだって?」
『先程の上空からの一撃が海中に潜んでいたマーマンの変異体らしきモンスターを消滅させました! そ、それと同時に、その周囲にいたモンスターが消えていきました……いったい何をされたんですか!?』
「消えた? いや待て。モンスターが出たなどという報告は……」
『またあの索敵にかからないモンスターです。どうにも一撃の瞬間に周辺にいたモンスターが……攻撃範囲外のものも含め消失したように見えました。理由については不明です』
「……そうか。そのまま索敵を続行してほしい」
通信を切ると、覚醒者協会の職員はゴクリとつばを飲み込む。
何があったのかは分からないままだ。しかし、起こったことを単純に考えるのであれば。
「皆さん。モンスターの一団が今の一撃で消滅したようです」
ざわり、と、あまりにも当然な驚きの反応が広がっていく。此処に居る面々は、イナリたち以外は1度目のモンスター襲撃の際の数の多さは知っている。だからこそ、今の一撃で……確かに凄かったが、それでモンスターの一団が消滅したという言葉に驚いたのだ。
「その、一体何があったんですか?」
「今言った通り、理由については不明です」
そうやってざわつく中で、紫苑がススッとイナリの近くに寄って耳元でささやく。勿論、狐耳にである。
「ねえ、今のどういうこと?」
「うーむ、そうじゃのう……」
たとえば斉天大聖には自分の毛を使い猿を作り出したというような話があるが、そうした「何かの力によって生物に似た何かを作り出した」という話は世界のあちこちに存在する。
たとえば式神と呼ばれるものは思念で作りだしたり、あるいは藁人形や紙に霊力をこめて生み出すこともあるというが……そういうものである可能性は充分にある。あるが、どう説明したものか。
考えて、イナリは「おお」と手を叩く。
「エリの持っとるかあどがあるじゃろ? そういう何者かが呼びだした存在だったのではないかの?」
「あー、ノイズイナリちゃんですね」
「話に聞いてたやつ……」
「うむ」
ノイズイナリ。東京第11ダンジョンでイナリが手に入れ、エリに譲った「カードを使い召喚するモンスター」だが……あれも一種の式神のようなものといえるだろう。
「儂は此処の観測の仕組みをよく知らぬが、通常の存在ではない何かであるならば、それに引っかからぬ……ということもあるかもしれぬ」
「確かに面白い説明ですが……」
と、そこでソフィーが口を挟んで顎でくいっと周囲を指し示す。そこでは、いつの間にか静まり返りイナリたちの話を聞くようにじっと見ていた。それは先程の覚醒者協会の職員も同様だ。
「注目、集めちゃってますよ」
「む」
紫苑が嫌そうな顔をして、エリがニコリと微笑み……イナリは「まあ、儂の想像じゃよ」と締める。
しかしながら、それで終わるはずもない。覚醒者協会の職員はイナリの「想像」を真面目に検討し始めていた。
「召喚スキル……そういうことですか。今までそんな例が無かったので思いつきもしませんでしたが」
「あー、儂の想像じゃよ?」
「いえ、そうであれば先程の現象にも説明がつきます。召喚者が倒されたから召喚モンスターも消えた。実際、カードモンスターも同様の現象が確認されています」
「そうなのかの?」
「私は倒されたことないので……」
イナリに聞かれたエリが微笑み返すが、流石に優秀なタンクといったところであるだろうか。さておき、どうやら覚醒者協会の職員は考えをまとめたようで、パチンと指を鳴らす。
「よし、対応は決まりました。狐神さん! アツアゲくんには索敵の続行をお願いしても構いませんか?」
「どうかの、アツアゲ?」
答えは、再び広がりだした光の輪とポーンという音だが……覚醒者協会の職員は「ありがとうございます」と頭を下げると周囲に指示を出し始める。
「では皆さん、まだ予定時刻には早いですが通常配置で展開願います! 敵には召喚モンスターが混ざっていることを前提に、召喚者を見極めるための手段を各自積極的に試していってください! 此処で対応マニュアルを作り出すんです!」
その言葉と共に全員が動き出し、紫苑も「ん」と頷く。
「じゃあ、ボクも行ってくる」
門を開き出発していく艦船に合わせて紫苑が水面に飛び出せば、そのまま水面を走るように滑り出していく。
「槍」
『トライデントランサー!』
何やら元気の良い声が何処かから聞こえ、紫苑の手の中に三叉の槍が現れる。
それを強く握りながら、紫苑は先程アツアゲがやったことを思い出す。
(ソナー……魔力をぶつけて、その反応を観測する。ちょっと難しいけど……)
そう、イルカがエコー・ロケーションで超音波が戻ってくる反射波から距離を測定するように、魔法的なソナーも理論的には可能だ。ただ、魔力の放出と感知……人間であれば機械で測定しているそれを、自分自身でリアルタイムで把握しつつ、周囲に放つ魔力自体もソナーに使えるレベルでの精度を確保する必要がある。
そう、魔力はそれによって相手を威圧することもあるが、基本的には「跳ね返って戻ってくることはない」のだ。
よく達人の気配読みなどというものがあったりするが、ソナーはそんなものとは別物だ。
隠れていようと暴き出す。それこそがソナーの神髄であるからこそ。
「でもやってみせる。ボクが出来ないなら、たぶん誰にもできない」
ジョブ「潜水攻撃艦」。水中も水上も地上以上の動きで暴れ回る紫苑に出来ないのであれば、確かに誰にも無理だろう。
そして、習得できたのなら……紫苑はこれまでより遥かに強くなる。
そう、もうアツアゲがやっているのは見た。なら、出来るはずだと。そう信じて紫苑は水上を走っていく。
「うーむ、流石にあの動きは儂には無理かのう」
そんな紫苑の姿を見送りながらイナリは呟く。イナリも水上を歩くことくらいなら出来るが、あんなに華麗に水の上を滑るのは無理だろう。ああいうのは才能だからだ。
「そういえば水の上歩ける話は聞きましたけど、波に乗れたりはするんですか?」
「うーむ。出来るか出来ないかでいえば出来るがの」
「いや、なんか余裕そうですけど……いいんです?」
楽しそうに話しているエリとイナリにソフィーがツッコミを入れるが、エリはそんなソフィーに首をかしげてしまう。
「と申されましても……私は海の上は歩けませんし。万が一を考えると、此処に居たほうがお役に立てると思うんですよね」
「あー……基地が直接攻撃されると?」
「それもそうなんですけども……たぶんさっきアツアゲが倒したのって、敵の先鋒ですよね」
「はあ」
「此方にひと当てするつもりの召喚士がいきなりやられたとして、あちらの指揮官はどう考えるか……」
「あー……」
心底嫌そうにソフィーは頬をヒクつかせる。そんなとき、どう考えるか。いや、どうするのか。
ソフィーなら即座に指揮官を潰しにいくし、つまりはそういうことなのだろう。
「つまり……ああ、そういうことですか。だから狐神さんも動いてないんですね……」
「そういうことじゃのう」
そんなイナリの言葉が終わるか否かのタイミングでアツアゲのレーダーから再びピーンという音が響く。
『敵影発見』
しかし、今度はサテライトビームは放たれない。アツアゲはイナリをチラリと見て、イナリはアツアゲをひょいと持ち上げる。
「では、ちょいと行ってくるでの。エリたちは好きに動いとくれ」
「はい、承りました」
「ええ」
そうしてイナリがアツアゲを抱えて適当な建物の上まで飛んでいけば、そのタイミングで丁度近くのスピーカーから大音量で放送が始まる。
―モンスターの襲来を確認。モンスターの襲来を確認。総員、戦闘配置。繰り返す、モンスターの襲来を確認……―
響き渡る放送と、海の方角で始まった戦闘音。間違いなくまた敵召喚士のモンスターと、それによる召喚モンスターの群れだろうが……至近距離の大音量で耳がちょっとキーンとしていたイナリは気を取り直してアツアゲをそこに下ろす。
「さて、では儂らも始めるとするかの? アツアゲ」
イナリの声にアツアゲがその場でシャドーボクシングを始めるが、やる気満々ということなのだろうか?
「来い、狐月」
その言葉と同時にイナリの手に弓が現れ、軽くその弦を引く。
「さあ、教えておくれアツアゲ。儂が撃つべき敵は何処かの?」
「サテライトポインター」
アツアゲのアンテナが再び空に浮かび、放たれたレーザーポインターのような光が一点を刺す。まるでそこに「居る」のだと言っているかのようだが……イナリは「よし」と頷き弦を更に引く。
その手にはすでに輝ける光の矢が現れ、そのまま光の矢はアツアゲのレーザーが指す場所へと吸い込まれていき……海中にいた変異マーマンを貫き爆砕する。
同時にその周囲にいた召喚モンスターらしきマーマンたちが消えていくが、見事命中というやつである。
「さあて、お探しの索敵手は狙撃手と共に此処に居るぞ? 無視できまい。どう出るかの?」
その答えは単純で。遥か沖の方で海が盛り上がるようにして巨大なクジラが浮かび上がる。
それは以前イナリが出会った世界喰らいの巨鯨よりは小さいが……それでも、相当に大きいクジラ型モンスターであった。
―フライングホエール確認! 迎撃せよ、迎撃せよ!―
「そういう名前なのかえ……む?」
フライングホエールが開いた口から「発進」するのは、無数の羽根の生えた魚型モンスター「ジェットフィッシュ」の群れ。
高速で飛来するジェットフィッシュの群れと、その後ろから悠然と飛ぶフライングホエール。文字通りの制圧部隊だ……厄介な敵であるのは間違いない。ないが……それは一般的な視点で見た場合だ。
イナリは落ち着き払った様子で弓を引き絞る。それは先程よりも強く、生まれ出た光の矢の色も先程よりも濃い。
「それが切り札なのか、お主が首魁なのかは分からんが……」
そして、光の矢が放たれる。それは即座にほどけて極太の光線となり、ジェットフィッシュを消し飛ばしながらフライングホエールへと迫っていく。
強く、激しいその光線は……緩慢な動きで回避しようとしたフライングホエールにそれを許さず、見事に貫き消し飛ばす。
魔石らしきものがドロップし海中へと沈んでいくが、まあ仕方のないことだ。
―フ、フライングホエール撃破確認……―
聞こえてくる放送の声も「信じられない」と言いたそうな響きに満ちていたが……エリが全く驚いていないのは、これはもう「慣れ」と呼ぶ他はない。





