お狐様、月子と過ごす
さて、現在の駒込のメインストリートとなっている場所は基本的に車両進入禁止である。
これは新生した駒込の情緒を守るためであり、緊急車両以外の立ち入りは禁止されている。
では……VIPを乗せた車はこういった「例外」に当たるのかといえば、答えは否である。
そういった例外を許せばあれやこれやと増えていくのは間違いなく「前例を作らない」というのが徹底されていた。
ではどうするのか? その答えは……駕籠である。
「ありがとうございましたー!」
「またご利用ください!」
覚醒者仕様に調整され、担ぐのも覚醒者という特別仕様の駕籠が用意されていたりするのだが……戦闘系覚醒者のちょっとした趣味的な副業として認知されていたりする。さておいて。
「なんかこう……駕籠ってエコノミー症候群の原因にもなってたらしいけど。あんまり長距離移動に向かないってのは毎回思うわ」
「月子が乗るときは大名行列みたいになっとるしのう」
「そこは仕方ないでしょ」
「そうじゃのう。名が売れるというのも大変じゃ」
「アンタが言う?」
そう、月子が駒込に来る時には覚醒者協会の要請で駒込の9大ギルド支部の面々が護衛につく。
文字通りの大名行列になってしまうわけだが、そこはもう月子の言う通り、本当に仕方がない。
そんなわけでイナリのお屋敷にやって来た月子だが、そういう面倒なことをしてでも来る価値があると考えていたし、護衛する側としても怪しげな車などを警戒する必要がないので楽だったりする。
一旦お屋敷の中に入ってしまえばニコルとしても護衛をする意味がほとんどなく、縁側でアクビをしているのが見える。
「ほーれアツアゲ、月子からの贈り物じゃぞ」
イナリがそんなことを言いながらサーチタンクを居間の床に置けば、アツアゲはサーチタンクをツンツンと突き始める。
なんだこれは、とでも言いたげな様子だったが……やがてサーチタンクに跨ったり、べしべしと叩いたりし始める。
「あ、ちょっと。そんなすぐに壊すんじゃないわよ?」
「大丈夫じゃよ。アツアゲもその辺は分かっとるじゃろ」
やがてアツアゲがサーチタンクに乗って何処かに移動していくが……それを見て月子が「やっぱりね」と頷く。
「何がやっぱりなんじゃ?」
「あのサーチタンク……確かに動かせるようにはしてあるけど、子どもの玩具の範囲なのよ」
「うむ?」
「つまり……動力は入ってないの」
言われてイナリは廊下に視線を向ける。アツアゲがサーチタンクに乗って移動しているが……別にアツアゲが床を蹴っているわけでもない。
「……動いとるが」
「そうよ。つまり、サーチタンクは今、アツアゲのパーツの一部として認識されてる……ってことね」
言いながら月子が視線を向けるのは、また上座に座っている……というかアツアゲが座らせたゴッドキングダムの玩具だ。
もしかしてこれも「そう」なのではと……まあ、そんな考えが浮かんできてしまったからだ。
まあ、今のところゴッドキングダムがアツアゲを乗せて自走しているところはイナリは見ていないけれども。
「うーむ……なんというか、アツアゲは儂が思うより、ずっと出来る子なのかもしれんなあ」
「積み木ゴーレムの拡張性が高すぎって気もするけどね」
そう、月子の知る限りでは積み木ゴーレムほどに「意味の分からない」モンスターは存在しない。
ゴブリンにオーク、リビングメイルにそれこそゴーレムまで、人型モンスターは多く存在している。
しかしながらどのモンスターも「理解できる範囲」での能力である。しかし積み木ゴーレムはどうだろうか?
まず、再生能力。パーツ交換とかいう意味の分からない「何処かから新しいパーツが飛んできて新品になってしまう」能力は、コアが何処にあるか分からない再生機能つきゴーレムの、その再生の瞬間に露出するコアを破壊するという常套手段を無意味にしている。
次に、変形能力。基本となる6面ダイス2つによる最大36倍までの巨大化機能に加え、何処かからパーツが飛んできて追加能力を得る変形機能。
攻撃力増加はともかく、空を飛べたということは水中や宇宙に行けたところで誰も驚かない。
そして最近発覚した、別の誰かが用意した装備を自分の追加パーツとする機能。まさにその瞬間を今、月子は目撃したわけだが……こうなってくると積み木ゴーレムは既存のモンスターという枠を飛び越えた何かであるとしか言いようがない。
「正直、私も積み木ゴーレムは欲しいんだけどね……」
「確率が低いんじゃったかの?」
「他はともかく積み木ゴーレムに関してはゼロね。かなりの無茶をしても手に入らないっていう話ばかり。それでいて死傷者も多いもんだから、規制が議論されてるくらいよ」
「ふむ……」
確かに積み木ゴーレムは敵としては相当面倒な相手だったとイナリも思う。丸ごと吹き飛ばせば倒せるのだから、それさえ分かってしまえば問題はなかったが……そういうことを出来る者はそんなには居ない。
さておき、積み木ゴーレムに関しては戦力として良いのは当然として、知性の面でもかなり興味深い部分がある。いや、これは「パートナー」全般でいえることだろうか。
たとえばオークが人間の言葉を話す……それもダンジョンのある地域によって違う言語で話すことは知られているが、言葉を話さないモンスターでもパートナーとなると、こちらの言葉を解する知性があることが知られている。
しかしあそこまで意思疎通が簡単なレベルとなれば、中々いない程であり……正直に言って、発声機能があるのに決まった単語以外は話さないというのは、それはそれで如何にも玩具らしく……そこにあるゴッドキングダムの玩具の音声機能のようですらある。
とはいえ、イナリはそこまで難しいことを考えているわけでもなく。
「まあ、自己責任でやる分には儂がどうこう言うことでもないが。命は大事にしてほしいものじゃのう」
「ある意味で命を大事にするために行ってるんでしょうけどね」
楽をするために強いパートナーを求めているのだから、それに関しては本当に本末転倒としか言いようがないのだが、虎穴に入らずんば虎子を得ず……という感じでもあるのかもしれない。
まあ、どちらにせよ月子にとっても「別にどうでもいい人たち」ではある。
「さて! それでは夕飯を作るとしようかのう」
「え、もうそんな時間?」
時計を見ると夕方の4時。確かにご家庭では準備を始める頃合いだろうか?
イナリの後を追って月子が台所に行くと、イナリは冷蔵庫から食材を取り出し始める。
それなりに野菜の類が多いが……お米大好きなイナリがこんな彩りよく揃えるとも思えない。
「……エリと買い物行ったんでしょ」
「うむ。野菜は大事だと言うてのう……まあ、それに関しては同意じゃからの」
というわけで、イナリは早速ジャガイモとニンジンの皮を剥いて適当な大きさに切り始める。
そうしたら玉ねぎをザクザクと切り、しらたきも食べやすい感じに切っていく。
フライパンでジャガイモとニンジンを炒めたら適当なところでタマネギを加え、飴色になるまで炒めていく。
「随分念入りに炒めるのね」
「うむ、恵瑠がのう。タマネギの食感が苦手と言うからのう……」
「そういえばあの子も入り浸ってるって話だったわね……」
次いで肉を入れて、色が変わる程度に炒めたら、しらたきを加え、水と醤油、酒に砂糖、みりんと出汁を加えていく。
野菜が柔らかくなり、味が染み込むくらいに煮込めば、完成である。
居間まで運んで、いただきますと手を合わせて口に運べば、箸で切れるほどに柔らかく煮込んだ野菜は口の中で溶けていく。
「んー、こういう家庭料理的なものって、ほんと好きよ」
「普段はあの菓子みたいのを食べとるんじゃったかの?」
「栄養バーよ。覚醒企業が作った完全栄養食品。アレはアレで良いものなのよ」
「まあ、人の子のそういう努力を否定はせんが……」
イナリとしては理解できない部分ではあったが、理解できないから否定するというようなことはしない。そういうのが必要な人もいるだろうと思うからだ。
そして月子が忙しいのも聞いている。料理をする時間も惜しいのだろうと、そんな風に納得する。
「うむうむ。たくさん食べるのじゃぞ」
「なんか変な誤解をされてる気がするわ……別にいいけど」
月子としては単純に料理の類が苦手なだけなのだが、まあ別にわざわざ言うことでもない。
「ていうか、私の心配はいいのよ」
「む?」
「サンラインの件よ。青森っていったら絶対アレの件よ」
「あれ、というと……」
「青函トンネルよ」
「おお、確かに貰った予定表にそう書いてあったのう」
青函トンネル。それはかつての時代において、青森と北海道を繋ぐ役割をする長大なトンネルであった。北海道新幹線によって通過し2つの区間を繋いでいたのだが……世界中を襲った大規模モンスター災害の際に、青函トンネル内部にもダンジョンが発生したのだ。
当時の日本政府の覚醒者に対する致命的な失策は覚醒者の国外脱出を招き、やがて覚醒者たちが日本に戻ってきてダンジョンに対処できる状況になる頃には青函トンネル内部にはモンスターが溢れていた。
それどころではなく、内部はすでに壊れていないのが不思議な状況にあり……恐らくはダンジョンが存在することで何らかの不思議な力により形を保っているのではないかという予想もたてられていた。
そうなると、無理にダンジョンを攻略しても臨時ダンジョンであれば攻略した人間が帰ってこれないといったような状況になる。
だからこそ青函トンネルは内部から出てくる敵を掃討するだけの場所となっている……のだが。
「毎年どっかの大規模クランが受けてるとは聞いたけど。サンラインだったのね」
「ふうむ。電車が無くなったのには、そういう理由もあったんかのう」
「まあ、それもあるわね。何かあった際に被害が尋常じゃないし」
何かあった際の復旧作業にもとんでもない金がかかる。再発防止策などというものも存在しない。
そして下手をするとダンジョン内に車両が飛び込んでしまうといったような事態すら有り得る。
そうなればもう最悪だ。そんな事態の責任は誰も取りたくはない。
そういったことが起こらなかったとしても、だ。線路上に臨時ダンジョンが発生するだけでも大騒ぎだが、固定ダンジョンであれば線路の敷き直しになる。
ハッキリ言って、一企業では背負いきれないリスクだ……バスにその役割を譲ったのは、時代の流れとしか言いようがない。
「まあ、毎年のことだし何か問題が起こるとは思えないけど……一応注意しなさいよね」
「うむ、そうしよう」
月子としても、イナリを心配することほど無駄なことはないと頭では分かっている。しかし、それでも心配なのは……科学者としては非常に遺憾なことながら「理屈ではない」ということなのだろう。
遺憾ではあるが……まあ、悪い気分ではないのは、本当に不思議なことではあるのだけれども。
「あ、そうそう。他の連中に今日のお泊りを教えるのはダメだからね」
「む? まあ、言わんが……何故じゃ?」
決まっている。そんなことを言ったら誰かしらが来るかもしれないからである。お泊り会のチャンスを逃したくない面々は多い……なおタケルは除く。唯一の男だからだろうが、誘われても断ってくる。
実際月子だって、そういうのを良い機会と混ざったことも多くある。というか皆そうだ。
しかし、たまには月子だってイナリを独占したい日もあるのだ。今日くらいはそういう日であってもいいし、後日グループメッセージで自慢してやろうと思ってもいる。
扱いとしては「皆のおばあちゃんだけど今日は私のおばあちゃん」みたいな感じであり、月子としても非常に複雑なものはあるのだが……他の面々はある程度家族に恵まれているのだから、そのくらいはいいだろうと月子は思っている。バランスというやつだ……バランスは大事だ。しかし、それをどう伝えたものか? 月子にとっては簡単だ。
「決まってるでしょ。今日は静かに過ごす日だからよ」
「なるほどのう」
納得するイナリは、本当に説得が簡単すぎて月子としては「やった側」ながら不安になるのだが……
イナリ的には悪意のない誘いは多少の吟味こそするものの、そんな最低限のフィルターしかない、ほぼ素通しなだけなので……まあ、危険なことにならないのだけは確かである。
そんなことを月子が考えていると、アツアゲがいつの間にかサーチタンクに乗ってやってきていて、じーっと月子を見上げている。
「……何よ」
アツアゲは何も言わずにそのままサーチタンクに乗って何処かに行くが……その途中でまたチラッと振り返る。
「イナリ、アツアゲがなんか意味深な態度なんだけど」
「おお、気にせんでええよ。あれを使いこなしてるところを見せたかったんじゃないかの?」
「そうかしら……」
なんか「いいのか? お前友達を出し抜いて……」みたいなことを言われている気分になったのだが、付き合いの長いイナリが言うことが正しいのかもしれない。
しれないが……月子は立ち上がると廊下をサーチタンクで進んでいくアツアゲを捕まえて、サーチタンクごと持ち上げる。
「いい? アツアゲ。友だちだからって何でも共有するわけじゃないのよ。私だってたまには一番の友だちと静かに過ごしたい日だってあるの。距離感ってのは大事なのよ。イナリはその辺アレだけど、私としてはそういうのも……ちょっと、顔が無くても分かるわよ。めんどくせーって思ってるでしょ」
明らかに顔を逸らしているアツアゲを月子は問い詰めるが、アツアゲは明らかにこっちを向いていない。そんな機能はないようだが、溜息をついているようにすら見える。もう全身から「めんどくさい」が伝わってくる。
(これ絶対私の解釈のほうが正しかったでしょ……情緒子どもだと思ってたけど、実際どのくらいなのかしら……)
ひとまずアツアゲを降ろすと、アツアゲはまた何処かに移動していくが……居間に戻ると、イナリの耳がピクピクと動いているのが見える。というか、小さく呟いたつもりではあるが……まさか。
「……聞こえてた?」
「一番の友だちと思ってくれているのは照れるのう」
「あー、もう……!」
本当に耳の良い友人で困るが……まあ、月子としては偽りのない真実ではある。エリも良い人ではあるし、他の面々も性格はかなりクセがあるが良い人たちであることは分かる。しかし、それもイナリというフィルターを通して見えた世界だ。一番がイナリであることは、もはや変えようもない。
「そうよ、一番の友だちと思ってるわよ」
「うむうむ、ありがとうのう」
ニコニコとしているイナリは本気で喜んでくれていることは分かる。分かる、のだが。
イナリからすれば「皆一番」みたいに思っているのも明らかで、そこは少しばかり悔しいな……などと。
月子は、そんなことを思ってしまうのだった。





