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【4/15 書籍2巻、コミック発売】お狐様にお願い!~廃村に残ってた神様がファンタジー化した現代社会に放り込まれたら最強だった~  作者: 天野ハザマ
第十章

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お狐様、研究室に行く

 さて、そんなソフィーの参戦表明から数日後。イナリは覚醒者協会日本本部を訪れていた。

 あまり此処には来ないイナリだが、別に来ないから顔や名前を覚えられていないかといえば、そんなことはない。

 むしろイナリのような一気に有名人になったような人物の顔や名前を覚えていないのは非常に勉強不足というか業界情報へのアンテナ感度が低すぎるというか……世の中のメディア情報から遮断されているのかというレベルであったりする。

 そのくらいイナリの顔は結構色々なメディアで出てくることが多く、相変わらず「名前は知っていても顔は知らないトップランカー」な紫苑とは真逆であるといえる。

 だからイナリが覚醒者協会日本本部に来ればどうなるかというと……。


「わあ、イナリちゃんだ!」

「すご……本物だ! え、すご……」

「テレビで見るより可愛い……どうなってんの……?」

「尻尾触りたい……」


 そう、大騒ぎである。まあ、当然だろう。人間離れした美少女がいきなり現れたのだ。

 とはいえ無名の頃とは違いイナリも有名かつ実力者として知れ渡っている。そんなイナリを無遠慮に囲むことはない……と思いきや、意外にそうでもない。

 そんな憧れの先輩に密やかな恋をする少年少女のようなことをしていては這い上がる速度が遅くなる業界だ。いわば全員肉食系である。


「あの、イナ……狐神さん!」

「む?」


 そう、早速1人目の覚醒者……恐らくはまだ新人なのであろう1人がイナリへと駆け寄り声をかける。


「初めまして! 俺……滝山っていいます。その、いつも応援してます……!」

「おお、そうかそうか。ありがとうのう」


 そうしてイナリが微笑めば「声をかけても大丈夫なパターンだ」と全員が一斉に動き始める。


「こんにちは! 俺は」

「あの、私……」

「ふりかけ買いました!」

「実はファンで……!」


 ドヤドヤとやってくる覚醒者たちは津波のようだが、そこにサッと1人の覚醒者が間に入る。格好は動きやすそうでありながら明らかに高いと分かるものだが……その胸元にある特殊な覚醒者カードは協会職員のものだ。

 少しウェーブがかった金髪と青い目が特徴的な、その少女は……警備部警護課のニコル・スズキであった。


「はーい、そこまで。狐神さんは今日、本部絡みで来てるんで。皆様各自の用事にお戻りくださーい」


 どっか行け、と狂暴な犬みたいな笑顔でニコルに言われれば、全員がサッと何処かへ散っていく。本部のエリート職員にケンカを売るのは勿論、悪い意味で顔を覚えられたいと思うような間抜けは本部にはそんなに来ない。たまには来るという意味である。さておいて。


「さて、と。どうもお久しぶりです狐神さん」

「うむ、久しぶりじゃのうニコル。相方は今日は居らんのかえ?」

「今日は里香さんは有給っすわ。新潟のほうに行くって言ってましたね」


 同じく警護課でニコルのバディである山口里香は今日は居ないようだが、なるほど。今日は休みであるようだ。


「お主等はそういうのも一緒にするもんじゃと思うとったよ」

「あー、出来ればそうしたいんですけどねー。里香さんが『仕事しなさい』って言うもんですから。ま、仕方ないかなーって」

「うむ。まあ、1人の時間も必要なものじゃからの」

「そりゃ理解しますけどね。里香さんいないのに頑張って何か意味あんのかなーと思わないこともないんですよね」

「ふーむ」

 

 ニコルが里香を慕っているのはイナリも聞いていたが、なるほど里香に良いところを見せたくてたまらないのだろうとイナリも理解する。あだ名が「闘犬」になっているのもまあ、伊達ではないということなのだろうけども。


「まあ、そう言うがのう。見ていないところでもやってこそ、とは言うからのう」

「あー、天網恢恢疎にして漏らさず、でしたっけ?」

「いや、そっちは悪事に天罰を下すほうじゃのう……」

「え、じゃあこういうの何て言うんです?」

「む……なんじゃろうのう。縁の下の力持ち、かのう?」

「縁の下って床下ですよね。そんなところでそいつ何やってんです?」


 まあ、言われてみるとイナリとしても分からないのだけれども……確かにどうしてそうなったのだろうか?

 いや、言葉の意味は知っている。しかし、確かにもう少し何かなかったものか。こういうときに説明が物凄く難しい。


「なん……じゃろうのう。床が抜けそうなのかのう」

「修理もしねえでそんなことやっててアホなんじゃないすか」

「いやもっと高尚な意味なんじゃよ」

「そもそも努力も結果も『見える化』してこそ意味があるんじゃ……」

「まあ、ほれ。見ている人は見ているもんじゃからの……おお、そうそう。『お天道様は見ている』とかはそうかもしれんの」

「それだと夜は見てないじゃないですか」

「そこは月がじゃな……」

「太陽と月が見ている、って……なんかそういうドラマとかありそうですよね」


 そんなことを言いながら移動していく先は、応接室だ。ニコルに案内されて入れば……そこにいるのは月子だ。缶ジュースを飲みながら覚醒フォンを弄っていた月子は、イナリを見ると覚醒フォンを置いて笑顔を向ける。


「あら、来たわねイナリ。待ってたわよ」

「おお、待たせてしもうたか。すまんのう」

「馬鹿ね、こういうのは定型文でしょう。精々5分程度よ」

「うむうむ」

「わー、仲めっちゃいいですね」


 ニコルが珍しいものを見た、と言いたげな顔をするが……実際、物凄く珍しかったりする。

 何しろ月子は人付き合いをほとんどしない。というか皆無に近い。

 それは過去に月子を利用しようとした人間の多さの証明であり……同時に、その手段の多様さの証明でもあった。今では月子は家族や親戚ともあらゆる手段を用いて縁を切っているほどだ。戸籍上でも月子の名前は日本国籍にも家系図にも存在せず、覚醒者協会の発行する戸籍にのみ月子の名前が単体で存在するのも……まあ、その辺りが理由だ。

 とにかく、月子がマトモに友人として付き合うのはイナリとその周囲のごく狭い範囲のみであり、そのくらいイナリに信用を置いているという話でもある。

 そしてイナリも否と言えるタイプなので「月子との間を取り持ってほしい」といったタイプの話は自動的に拒絶している。

 まあ、イナリがそれを月子に伝えずとも月子は自然とそういう話が耳に入ったりするので、更にイナリへの信用を高めるわけである。

 といってもこれ以上高くなりようがないというところまで来ているイナリへの信用であるが、そんなこんなで今日は珍しく月子から誘われてイナリは本部へやってきていたわけだ。

 そして月子が本部に誘う場合には、幾つかの意味がある。そう、それは研究所への招待であり……「どの研究所に招待するのか」という違いがあったりする。

 覚醒者協会日本本部内、魔科学研究所。完全秘匿のため警備員すら配置されておらず、そこに普段出入りするのは、たった1人の覚醒者だ。

 そう、『プロフェッサー』真野 月子。覚醒者協会日本本部の全面支援の下に作られたこの研究所は、具体的に協会の何処にあるかは秘匿されている。

 幾つか同様のポイントが覚醒者協会日本本部には存在し、何らかの試験稼働をするときは実験機器をそこに移動することで何かあった際の被害を分散するようになっている。

 以前都市伝説系のモンスターが入り込んだときに被害を受けたのも、こういう場所の1つであったわけだが……今、その「大元」である場所に恐らくは史上初めてとなる客人が招かれていた。そう、イナリである。


「いやあ、なんか凄いのう。此処に来るまでに随分扉やら何やらを潜ることになったが」

「そうね。まず専用エレベーターを通らなきゃいけないから」


 ニコルはその専用エレベーターの前で待機しているが、その専用エレベーターも操作パネルによって複雑な動きをする特殊仕様であったりする。

 機械に相変わらず弱いイナリはそんな操作は見ていても覚えられないのだが……まあ、さておいて到着したこの場所は、月子以外ではイナリが入るのが初めてである魔科学の最先端であるというわけだ。


「機械がたくさんあるのう」

「正確にはアーティファクトだけどね。此処にあるものに電気で動くものはほとんどないわよ」

「ほう、そうなのかえ」


 そう、魔科学。魔石という新世代の完全にクリーンなエネルギー源は全ての発電方式を不完全極まりない過去のものへと変えたが、一般で使われているものといえば魔石発電だ。魔石のエネルギーを電気に変換するという、一見すれば素晴らしいものだが……魔科学を嗜む者たちからしてみれば、あまりにも非効率的な方式であった。

 何しろ、そのまま魔力として使えばエネルギーロスがないのだ。とはいえ、それは覚醒者が使うからだという前提もつくわけであり、そういうわけで一般的に使われている機器に関してはそんな感じだ。

 対する覚醒者用のものとしては、たとえば覚醒フォンが代表的な例だろう。あれは電波ではなく、魔力を飛ばすことで通信しているが、ダンジョン内でトランシーバーのような使い方が出来るのには、その辺りに秘密があったりする。

 とにかく既存のネットワークとは仕組みが違うため、同様の仕組みである覚醒者専用ネットワークに非覚醒者がハッキングはおろか接続することさえ不可能であったりする。


「ほう、そういう仕組みだったんじゃなあ」

「ほんと機械に疎いわよね……まあ、そんなわけで此処に並んでいるものは人造アーティファクトってわけ。特に外に出すにはまだ早いものが多いわね」


 月子としては作れるから作っているが、世に出すには様々な理由で出していないものも多い。

 とりあえず作ることで他の技術に応用するための実験データがとれるから作るが、あまり危ないものはその場で分解溶解処分まで行っている。


「ふむ……たとえば、このてれびのりもこんのようなものは……」

「向けた先を爆破するやつ。まあ、覚醒者にはほとんど意味ないけど」

「何故そんなものが……」

「あると工事とか楽になるかなと思ったんだけどね。どう考えても兵器に転用されるからやめたのよ。あ、押しても大丈夫よ。動力部分は全部抜いてあるから」

「うーむ」


 まあ、新技術が兵器になるのはよくある話だ。月子もその辺りについてはどういう兵器になるか想像が出来るので絶対に表には出さない。

 とはいえ、月子が出さなくても他所の魔科学者が世に出したものが兵器になる可能性は常にあるので、その辺は各人の良心が大事なのだが……。


「それで、なんだけど」

「うむ?」


 よく分からない機械をじっと見つめていたイナリは、声をかけられ月子へと振り向く。


「此処に連れてきたのは別に見学会が目的ってわけじゃないのよね」

「ほう?」

「この前、アツアゲじゃない積み木ゴーレムの話を聞かせてもらったじゃない」

「うむ」


 そう、赤羽で出会った積み木ゴーレムの件については、イナリはその後月子へと話をしていた。

 それについて月子は色々と考えていたようなのだが……取り出したのは、何やらパラポラアンテナのついた、何処となくチープな……というか、積み木でくみ上げたかのような玩具だった。

 見た目は戦車っぽいのだが、そういう子供向けの簡単すぎる玩具といった風だ。


「……これは……なんじゃろうのう?」

「サーチタンク、と名付けたわ」

「さあちたんく」

「積み木ゴーレムは後付けの装備品を自分のパーツとして拡大縮小も自由自在。なら、積み木ゴーレムの合体の方向性をこういうので制御可能なんじゃないかと思って作ってみたのよ」


 そう、このサーチタンクは合体することで電子戦のような戦い方をすることを想定している。

 円錐をドリルとして使ったり、円柱をミサイルやらなんやらとして使えるのなら、アンテナの形をしているものはアンテナとして使えるに決まっている。

 まあ確かめてみないと分からないが、そういうことが出来ると月子は推測していた。


「積み木ゴーレムっていうのは存在自体が遊び心の化身みたいなものだと思うのよね。たぶんだけど……ゴッドキングダムだっけ。ああいう無茶苦茶な変形合体もやろうと思えばできるはずよ」

「500体合体をかの……?」

「うん」

「おお……」


 アツアゲの下に499体の積み木ゴーレムが飛んでくるのを想像してイナリは「物凄い光景になりそうじゃのう……」と呟いているが、月子としては本気でヤバいモンスターだとも考えていた。

 遊び心の化身とは言ったが、子どもの自由な発想で戦えるモンスターというだけで、あまりにもヤバすぎる。下手な兵器よりも、よっぽど兵器している。

 未だに積み木ゴーレムに関してはイナリ以外はパートナーに出来ていない……というか、怪我人や死者が結構エグいことになったらしいが、是非そのままであってほしいと月子は思っている。


「まあ、ともかく……それでこれかの?」

「うん。今までのアツアゲの装備って、エリのとこが用意した武者鎧と騎士鎧でしょ? どっちも直接戦闘系だから、こういうのも楽しいと思うのよね」

「アツアゲは喜ぶじゃろうのう」


 まあ、帰ったらあげようとイナリは受け取るのだが……それにしてもよく出来ている。

 これも魔科学というものなのだろうか、とイナリは思うが、実はその通りであったりする。

 アツアゲの装備時のシミュレーションを行い変形合体できるようにパーツを緻密に構成しており、本気で作られた強化パーツなのだ。鍛冶とは別の方向性であるだけに、世に出すにはちょっと贅沢過ぎる……しかし、あくまでプレミアムすぎる玩具である。


「月子。ありがとうのう」

「フン、気にしなくていいわよ。好きでやってるんだから」

「いやあ、これは何かお返しを考えねばなるまいて。何か欲しいものはあるかの?」


 欲しいものは大概持っているから月子としては基本的に「要らない」が答えになるのだが。


「なら、空いてる日があるなら泊まりに行きたいんだけど」

「おお、では今日にするかの?」

「え、今日って……いいけど。他に誰か居たりする?」

「アツアゲくらいしか居らんが」


 ちなみにアツアゲは今日はお留守番だ。帰ったら早速サーチタンクをあげることになるだろうが……反応を見たいという意味では、月子にとっても渡りに船ではあった。


「よし、じゃあ決まりね。片づけるから早速行きましょ」

「ええよ。しかし、仕事はええんかの?」

「私のペースで研究してんだからいいのよ」


 実際その通りであり、裁量労働制ですらない。月子の研究は「好きに研究してください」と見返りなく支援されているものだ。

 何しろ放っておいても魔科学者としては最先端かつ最高峰のものを生み出せるのだ。余計なことを言って他国に移籍されてはたまらない。そういうスーパーVIPが月子であるのだから。


「よし、出来た! 行くわよイナリ!」

「うむうむ。元気じゃのう」


 まあ、とにかくそんなわけで……「えー、マジですか」などと言っているニコルを護衛にイナリと月子はイナリのお屋敷へと向かうことになったのである。

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月子ちゃん可愛い! 人間関係で色々あったならイナリちゃんの優しさはかなり効くだろうなぁ アツアゲに新装備!
[良い点] 月子ネキかわよ
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