お狐様、騒動に気付かない
クラン『閃光』本部。
日本の10大クランに入るそのクランマスター「星崎 樹里」は、覚醒者専用オークションに出品された2つのアイテムに驚きと焦燥を隠せずにいた。
「オークジェネラルの兜に剣……? なんだ、このアイテムは……!」
星崎樹里。弱冠24にして5本の指に入る近距離ディーラーだと言われる彼女にとって、この2つのアイテムはあまりにも見過ごせないものだった。
まず、オークジェネラルの剣。武器としてはオークサイズの大剣だが「サイズ調整」のスキルがついており、装備者の体格にあった大きさに変化する。
それでいて基本性能も覚醒者協会の評価は「下級上位」。一線級とまではいかないが悪くはない。まあ、そこまではいい。
問題はこれが「セット装備」と呼ばれるタイプの剣であるということだ。
対応するアイテムと組み合わせた場合の追加効果が攻撃力に恩恵のある「剛力」である。
つまり大剣としてこれはかなりのポテンシャルを秘めている。
そして、その「セットアイテム」がオークジェネラルの兜だ。
派手な印象のある兜だが、こちらも「サイズ調整」つき。だが……覚醒者協会の評価は「中級下位」。
今現在「一線級」と呼ばれる装備が同じ「中級下位」であることを考えると、手に入れる価値は充分以上にある。
ある、というのにだ。この兜にもセット効果が剣のものとは別に存在する。
それが「ジェネラルオーラ」。一時的に身体能力を引き上げるという、オークジェネラルが時折使用する凄まじいスキルである。
(あのスキルが、このセット装備があれば使用可能になる……? 『ソードマスター』の私であれば使いこなすのは簡単だ。しかし問題は、そう思うのは私だけではないということ。それに、これが世に出たということは……!)
急がなければならない。これはかなり大きな騒動になる。
そう確認した星崎は近くに控えていた秘書の秋川に指示を出し始める。
「秋川!」
「はい、マスター!」
「オークジェネラルの剣と兜……必ずウチが落札するわ! それと東京第4ダンジョンの次回の大規模攻略の件だけど……」
「大変ですマスター!」
言いかけた星崎はノックもせずに飛び込んできたクランメンバーに舌打ちをする。
「何!? 今見ての通り忙しいのよ! 秋川、東京第4ダンジョンの予約をすぐに全部押さえなさい!」
「そのダンジョンの件です! 『黒風』と『ホーリーナイツ』、あと『Dクロウ』に『ガンデード』……色んなクランから大規模攻略の権利移譲に対する申し入れが……!」
「マ、マスター! 東京第4ダンジョン、すでに直近1か月分の予約が全て埋まってます……!」
「ああ、もう! どいつもこいつも金の匂いを嗅ぎつけて集まってきて!」
星崎は思わずデスクを拳で叩くが、今回のオークションの件が知れ渡った時点で分かっていたことだ。
ちょっと頑張っている覚醒者であればオークジェネラル装備が東京第4ダンジョンから出たであろうことは想像がつく。
東京第4ダンジョンが不人気なのは利益がリスクに見合わないからであって、そこの天秤が釣り合う……いや、利益のほうに大きく傾くというのであれば、東京第4ダンジョンは一気に人気の固定ダンジョンへと生まれ変わる。
実際星崎も東京第4ダンジョンの定期的な大規模攻略は覚醒者協会へ恩を売っている意味しかなく、こんな事態になるとは全く想定していなかったのだ。
まあ、当然だ。今まで全くそんなものはドロップする気配すら見せなかったのだ。
せめてオークジェネラルの剣だけでもドロップしていれば、星崎はそこから東京第4ダンジョンの価値を見出せたのだ。
それがまさかこのようなことになるなど、想定できるはずもない。
悔しい。ムカつく。色んな感情が星崎の中を巡るが、大きく深呼吸すると星崎はこれからどうするべきかを自分の中で組み立てていく。
「秋川」
「はい!」
「さっき言った通り、剣と兜は絶対に落札なさい。4億までなら相談なしで使っていいわ」
「よ、4憶……了解しました!」
「それと名堀!」
「はいマスター!」
「各クランにどんな条件だろうと権利は絶対譲らないと叩き返しておきなさい! それと人事部に連絡! 今回の件をやらかしてくれた奴の情報を探るよう伝えなさい!」
テキパキと指示をするその姿は、まさしく大規模クランのリーダーとして頼りになる姿だろう。
東京第4ダンジョンが実は稼げる場所だというのであれば、この利権は絶対に手放すわけにはいかない。それはクランリーダーとして当然のことだ。
チラリと視線を向けたオークションサイトの画面では、オークジェネラルの剣と兜の入札額が目まぐるしく上がっている。
東京第4ダンジョンの予約状況を見た者たちの中で、アイテムそのものを使いたいという面々が入札のほうに舵を切ったのだろう。
この話が今現在を大きく超える大騒ぎになるのは、もう間違いない。
「コレを出したのって、どんな奴なのかしら……騒ぎにしてくれちゃって、恨むわよ……」
そんなことを星崎が呟いている、その頃。
その騒動の大元であるイナリはそんな騒動のことなど全く気付くこともなく、シャケ握りを楽しそうに握っているのであった。
イナリ「フンフンフーン♪」





