お狐様、沖縄を楽しむ2
書籍第1巻、2024年8月10日発売予定。書き下ろしやオマケなどもついた素晴らしいものに仕上がっておりますよ!
さて、観光が終わればタケルと武本の2人は適当に取った宿に泊まるということで解散し、ヒカルは実家に顔を出すとのことでいったん解散して。イナリは1人でタクシーを呼び止めてホテルへ戻っていく。そう、アルトフィオリゾート沖縄である。
アルトフィオリゾート沖縄。それは間違いなく沖縄における最高級リゾートであり、戦闘系のクランを兼ねた覚醒企業の運営する場所とあって、沖縄でも有数の「安全な場所」として知られている。
まあ、実際にはここ数日で色々とあったわけだが……それも蓋を開けてみれば沖縄全土を揺るがすような事態の前触れであったのだ。それをどうこう言う者は、そう存在しないだろう。
さて、そんな状況ではあるが……沖縄は現在観光客は足止め、新規の観光客も沖縄には来れない状況となっている。
つまり観光業界的な視点から見ると新規の客の予約は全部キャンセル、ということであり……しかしながら足止めを受けた客を受け入れることで損失を回避しているような状況である。
当然ながら県外からの物流についても一時的にストップしてはいるが、復旧も急ピッチで進んでいるだけにそういった点についても影響は軽微だ。
まあ、平たく言うと……あれだけの大騒動であったにも関わらず、全体的な被害でいえば比較的軽微な範囲に収まったのである。
今は被害を受けた各所のうち、空港と港を中心に復旧作業中であり、最低限のものが終われば飛行機も飛ぶ予定だ。とはいえ、また何かがないとは誰にも言い切れず、そうした重要な場所には沖縄の覚醒者が要請され警備についていた。
とはいえ、全員ではない。既存のダンジョン攻略、あるいは新たなダンジョンの発生への警戒など通常通りの覚醒者の業務に割く人材も必要なわけであり、まあそうした覚醒者は忙しい者は慌ただしく、そうでない者はそれなりの日常に戻っている。つまりどういうことかというと……。
「俺みたいに暇する奴も出るわけだな! あ、これお土産だけど」
「おお、これはご丁寧に」
アルトフィオのロビーにいた金城から何処かのお店の袋に入った何かを受け取ると、イナリは袋の中を覗く。
するとそこには……レッドシーサーの写真の印刷された包み紙に入った箱がある。
「むむ……?」
イナリが袋から箱を出せば、やはり主張の強いレッドシーサーの写真が印刷されている。商品名は……レッドシーサーちんすこう、である。
「お菓子、かのう……?」
「いわゆるコラボ商品ってやつだな。結構色々やってるんだけど、お土産屋とか行くと並んでるんだぜ」
「そういえばあったのう……」
どのお土産屋にもレッドシーサーの写真のついたものが色々とあったが、どれも買っていない。一番面白かったのはレッドシーサーなりきりシャツだったが、喜びそうなのがアツアゲしか浮かばなかったので買っていない。
「ま、今回は色々あったけどさ。沖縄のことは嫌いになってほしくないんだよな。今度は観光100%で来て、いっぱい楽しんでくれよな」
「うむうむ。お主は沖縄が好きなんじゃのう」
「ああ、大好きだぜ!」
ビシッとポーズを決める金城にイナリは頬笑むが、実際こういう金城のような地元愛に溢れた人間はイナリは嫌いではない。
勿論それが全てではないし地元を離れ遠くに行く人間もイナリは平等に愛しているが、まあこうして沖縄に初めて来た人間がトラブルに巻き込まれて地元を嫌ってしまうのを防ぎたいとばかりにお土産を手にやってくるのは、本当に好感が持てるのだ。
「まあ、今回は本当になあ……これからあっちこっち回る予定なんだけどさ。折角来たなら良い思い出を一杯持って帰ってほしいよな。だからまあ、ローカルヒーローでもある俺が出来ることをやらなきゃな」
「うむうむ。とはいえ無理はするでないぞ」
「そりゃ勿論。つーか場所によっては通行止めも多いし……ま、嫌でも無理は出来ないさ」
そう言って笑うと、金城は「じゃ、また会おうぜ」と言い残し身を翻す。やがて聞こえてくるバイクの音を聞きながら、イナリは「ふむ」と頷く。
「気持ちの良い若者じゃのう。ああいう者ばかりであれば、世界も平和なんじゃろうが……」
しかしながら、どうにもそうではないのは悲しいことだ。それでも金城のような人間がいるのは救いであるのだろう……そんなことを考えながら、イナリは手の中のお菓子を見下ろす。
「……ふむ。この包み紙はアツアゲ好みじゃろうかのう……?」
実際にどうかは渡してみないと分からないが……イナリがテクテクと部屋に向かおうとすると、与那覇が慌てたように走ってくる。
「狐神さん⁉ 今、金城が来たと聞きましたが……!」
「おお、一足遅かったのう。もう次に向かうと言っておったが」
「あちゃあ、そうでしたか……色々と話すことがあったんですが」
「急ぎだったのかえ?」
「いえ、そうではありませんが……いやまあ、いつもあいつをクランに誘おうと思っているのですけど、毎回断られるんですよね。ヒーローはそういうのに縛られないとか、そういうことを言うもんですから。今回こそ、と思ったんですが」
なるほど、確かに金城は優秀な覚醒者だ。誘いたいと思うのは当然ではあるだろう。しかし、毎回断られても誘う、という部分にイナリは首をかしげてしまう。
「何故そんなに誘うんじゃ? しつこいと思われそうなものじゃが」
「そうですね……まあ、あいつがフリーだからなんですが……」
「ふむ?」
「コラボはしてもイメージキャラとかにはならないんですよね。で、所属もないものですから当然収入が不安定になりがちなんです。そういうのを解決してやりたいんですが……まあ、余計なお世話ではあるんでしょうね」
「でも誘うんじゃろ?」
「ええ。あいつは沖縄のヒーローですから」
友情、といっていいのだろうか。腹を割って話せば解決策も見つかりそうなものだが、そこまでイナリがどうこう言うのも無粋というものだろうか。金城も今回の件で呼ばれれば助けに来る程度には友情を……ヒーローしているだけなのかもしれないが、与那覇のことを嫌ってはいないのだろう。となれば、外野が色々と引っかき回すものでもない。
「ま、互いに良い解決法が見つかることを祈るとしよう」
「ええ、ありがとうございます。ところで、先ほど協会からも連絡がありまして」
「む?」
「那覇空港の仮復旧が明日には済むそうです。空港にも早速ですが手配済です」
「おお、それは有難いのう」
「いえ、此方の事情に巻き込んだ以上は当然です。本当に感謝しております」
頭を下げる与那覇にイナリは頷き、しかし「それでも助かる。ありがとうのう」と頭を下げる。
「え、そんな。これは此方としては当然のことです!」
「たとえそうだとして、感謝の心を忘れるは傲慢の始まりじゃよ。だから、儂らのために骨折りしてくれたことに礼を言うは当然じゃ」
そう、与えられる好意は当然のものだとはイナリは思わない。だからこそイナリは頭を下げるし、そんなイナリに与那覇は戸惑ってしまう。しかしそれでも、イナリが筋金入りの善人であるということは理解できる。だからこそ、ふうと小さく息を吐いて「分かりました」と答える。
「すでに空港には話が通っています。いつでもお好きな時間の飛行機に乗れるようになっていますので」
「おや、なんとまあ。それは随分と……大変だったのではないかの?」
「そんなことはありません。こういったものは持ちつ持たれつ……まあ、そういうことです」
「ふむ」
実際、沖縄ではそういった横のつながりが非常に大きい。覚醒者というものが現れたこの時代ではそうしたものが強くなっており、覚醒者協会沖縄支部もそういった点では非常に強く地元に根付いている。航空会社としても沖縄のために尽力してくれた覚醒者のために数枚程度のフリーチケットを振舞う程度の融通を利かせられる程度には……とまあ、そういうわけである。勿論、代金に関してはしっかりと多少の割引はしているものの、後日アルトフィオへ請求するわけではあるが。
まあ、そんな裏事情はイナリには知らされないまま……部屋に戻ったイナリが見たのは、机の上で開きっぱなしのノートパソコンと……床に転がっていた安野であった。
ようやく仕事がひと段落したのか、何やらズタボロな様子の安野はイナリに気付くと起き上がり「お帰りなさい……」と幽鬼か何かのようなか細い声をあげる。
「おお、何やらひどいことになっておるのう……まさか今の今まで仕事をしとったのかえ?」
「そのまさかです……」
なんとも大変な話ではあるが、今日のお買い物に安野は同行できなかったのである。
まあ、安野はお仕事で来ているので仕方のないことではあるのだが……それでもイナリからしてみれば何とも大変そうであり、自然といたわりの気持ちもわいてくる。
「うむうむ。それで今日の仕事は終わりかの?」
「ええ、なんとか……後は帰って報告書を作るだけです……」
「では後はゆっくり出来るのう。ほれ、さあたああんだぎを買ってきたからの。食べるとええ」
「ありがとうございます……あー……甘さが凄い効く気がする……」
「よしよし、茶も淹れるとしようのう」
部屋に備え付けの茶葉を使ってお茶を淹れれば、すでに2個目のサーターアンダギーを食べている安野が心なしか安らかな顔になっている。疲れたときには糖分、というのは何時の時代も同じなのだろうか?
「サーターアンダギーって子どもの頃に食べたっきりですけど……この確実にオヤツなんだけど食事としてもいける食べ応えがなんともいえないですよね……優しい甘さっていうんですかね、普通のお菓子とは違う何かを感じるといいますか……」
「気に入ったようで何よりじゃよ。ほれ、お茶も飲むとええ」
「重ね重ねありがとうございます……あー、お茶おいしー……」
そうして4個のサーターアンダギーを全部食べると、安野は幸せそうな顔で「ふへー」と声をあげる。
「いやあ、ありがとうございます。なんだか沖縄を感じました」
「なあに、構わんよ。お主も今回は頑張ったのじゃからのう」
「そうですよねえ。まさかこんなことになるとは思いませんでしたが……」
「原因は分かったのかえ?」
「うーん……」
一応機密ではあるのだが、イナリの要望には出来る限り応えろという特別命令と天秤にかけて、安野は「まだ正確には分かっていないそうです」と正直に答える。
そう、「たぶんそうだろう」という予想はいくらでもある。たとえば沖縄の周辺に知られざるモンスターのコロニーがあったのでは……とか、何らかの要因でモンスターが集まってきていたのではないか、とか、まあそういう「たぶん~ではないだろうか」みたいな想像に想像を重ねたようなものしかない。
安野からしてみれば「この議題、研究機関に丸投げで最終結果が出てからでもよくない……?」となってしまうようなものだったのだが、その辺は住民の安全対策としてもそうするわけにはいかない部分もあったりする。
「まあ、原因が不明っていうのは偶然の可能性も高いってことなんですが……そこに一応の理屈をつけることで今後また起こり得るのかとか、その辺を検証するってことらしいです」
「なるほどのう……まあ、今回は沖縄じゃったが日本全土で起こるともなればただ事ではすまんからの」
「そうですねえ。そういう意見も出たからこそ、なわけですが……なんだかゾッとしますよね」
「日本は海に囲まれとるからのう……海にもんすたあが溢れとるとなれば、当然起こり得る話とは思うが」
「マリンスポーツが廃れたのはそういう恐怖もあるからなんですよねえ……」
勿論、職業としてのダイバーは現在も存在しているのだが……そのほぼ全員が覚醒者であるのは言うまでもない。海と山のどちらが危険かと聞かれて海と誰もが即答する程度には危険な場所なのだから。
「まあ、一応の結論としては同様の事態がまたすぐに起こるとは考えられない、ということらしいです。そこだけは学者の先生たちも一致しているそうでして。数日は警戒レベルを高めたままで、状況に応じて……という感じになるみたいですね」
もしまたすぐ何か起こる、というのであればイナリに要請してまだ数日……という可能性もあったが、そうでないのであればイナリは勿論、タケルや武本を沖縄に留め置く理由もない。
まあ、そんなわけで本部の結論としては「同様の事態はすぐには起こらないだろう」ということになっている。
「それならば良かったのう。いつまでも何があるか分からん恐怖に怯えておるというのも、心に良くないからの」
「まったくです。まあ、海はそれでも普通に危険な場所ではあるんですが……」
溜息をつく安野に、イナリも静かに頷く。1つ前の新世代覚醒者である水中能力者がほぼ全滅の憂き目にあった結果、その後の水中能力者が及び腰になったのもまだ覚醒者社会では記憶に新しい。現在のトップランカーの1人、3位の『潜水艦』……紫苑がどれだけ活躍しようともそれは変わらず、今では新世代覚醒者は飛行能力者の代名詞になっている。
だからこそマリンレジャーに頼らない新しい沖縄が出来上がったというのに、今回の件が観光業に悪影響を及ばさないような「もう大丈夫」という結論が求められているという事情もある。
「とにかく、もうこれ以上は何も起こらないことを祈るのみです……」
「そうじゃのう」
またぐてん、と床に倒れてしまう安野を見ながら、イナリは考える。どうにも疲れているようだが、寝かせてあげるのが安野にとっては一番なのだろう。イナリの視点から見ればそうではあるが……安野の意思が身体にとっての最善を求めているとは限らない。
「そんなに疲れとるなら、風呂に入って寝るのがええんじゃないかの?」
「まあ、その通りなんですけども……何かこう、実績解除しておきたいといいますか……」
「よう分からんが……何かしたい、ということでええんかの?」
「そんな感じです」
安野を連れて再度遊びに行くのもいいが、安野の身体を思えばあまりよろしくはない。となると……選択肢は限られてくる。
「はー、肩がボキボキ……」
言いながら肩を鳴らしている安野を見て、イナリは「それ」がいいだろうかと考えつく。
「そんなに凝っておるなら儂が揉むというのはどうじゃ?」
「へ? あ、それは有難いですけど……」
安野としてはイナリにそんなことをさせていいのかという大きな問題があるのだが、イナリは安野が有難いというのであればもうやる気満々である。
「どれ、任せよ。こういうのは見たことがあるからのう」
「あ、やったことある、じゃないんですね」
「耳かきであれば結構経験を積んだ気もするがのう」
まあ、イナリの力では安野の肩を揉むには少しばかり力不足ではあるのだが、猫に踏まれているときにも似た多幸感があるのは安野としては不思議なもので。
(耳かきに慣れてるって……まあ、あの人たちなんでしょうねえ……そういうの教えるの……)
即座に何人か浮かぶ……特に某メイドの顔が浮かぶが……さておき、安野はイナリの肩もみで僅かではあるが本当に癒されたのである。
某メイド「イナリさんは最初から逸材でしたよ? ええ、もう天下取れると思いますね! ところで耳かきの天下って何やったら取れるんでしょう?」