お狐様、沖縄を楽しむ
―沖縄を襲った大規模襲撃事件から一夜明けた今日、沖縄では那覇空港と各港のダメージ、そして安全確認の影響で各移動手段が10時現在も運休となっており、事実上の孤立状態にあります―
―現地のレポーターと中継が繋がっております。沖縄の仲村さーん?―
「はい、仲村です! こちら那覇の国際通りではいつもよりは人通りが少ないものの、ほとんどのお店は通常通りの営業となっております!」
国際通りはレポーターの言う通りに、車通りこそ少ないもののお店は開いており僅かな観光客がお店を覗いている様子が見受けられた。
この国際通りだが、モンスター災害の被害から復旧する際に特に沖縄独自の色を強めた結果、かつての時代よりも更にパワーアップしたというだけあって、かつての時代と比べても更に沖縄色の強い店が軒を連ねる場所へと変わっている。
それというのも、マリンレジャーという一大産業がモンスターのせいで封じられたのが大きい。ならばとそうした部分で観光地としての魅力を高めていくのは当然の流れといえるわけだが……たとえばお土産屋だけでも何店舗も並び、何処も「沖縄土産といえばこれだ」と言わんばかりの独自商品を並べ、観光地としての新しい沖縄の姿を見せつけている。
そうすると観光客も当然そうしたものを見て回り、どれを買って帰れば喜ばれるか……などと悩むわけである。そんな観光客を見れば他の観光客も「そんな良いものがあるのか」と気になって、混雑でもすれば「此処が人気店なのか」「ならば良いものがあるに違いない」となるわけである。
そんな観光客の証言を得るべく、レポーターは近づいて。
「こんにちは! ちょっとよろしいですか?」
「うむ?」
「えっ」
気合の入ったコスプレだなと思っていた後姿が振り返れば、それはイナリ本人である。
「あ、もしかして狐神ちゃんご本人……ですか?」
「狐神イナリであれば確かに儂じゃが」
「わあ、沖縄にいらしてたんですね!」
「うむ。昨夜は何かと騒がしかったからのう。飛行機も飛ばぬということで足止めじゃよ」
しかも、まさかの欲しかった話である。心の中でガッツポーズをしながらもレポーターは笑顔でインタビューを続けていく。
「そうですね。昨日は本当に大変でしたが……やはり出動されていたんですか?」
「うむ。あちこち回ったのう」
「やはり今も不安な方々は多いと思いますが、そんな方々に何か一言頂けますでしょうか?」
「心配は要らんよ。今回はどうにかなったし、意外とどうにかなるもんじゃ」
「ありがとうございます! ところで……今日はお友達と?」
「おお、そうじゃよ」
イナリの隣にいたヒカルが「ども」と返すが、営業用に飾らなくてよくなっている分、今もかなり自然体である。
「やはり友人と遊んで回るというのは良いものじゃの。1人でもええが、こういう体験の共有というのは特別なものじゃからな」
「そうですね。ありがとうございます! この後も楽しい時間をお過ごしください! ではスタジオにお返しします!」
その後取材協力のお礼ということでよく分からないステッカーを貰うが……それを仕舞いながら、イナリは「ふむ」と頷く。
「まあ、あれだけの騒ぎになれば取材も当然かのう」
「だな。しかしまあ……やっぱその恰好は目立つよな」
「いつも通りなんじゃが……」
「いつも通りだからだよ」
狐耳に尻尾、そして巫女服。そんな恰好がデフォルトなのは日本中探してもイナリしかいないだろう。沖縄の日差しの下で美しい白と赤を煌かせる巫女服は、なんとも美しいが沖縄っぽいかといえば「どうかな……」という答えになるだろう。
「ふむ……では、こうかの?」
イナリが巫女服をトン、と叩けばイナリの格好がハイビスカス柄の赤いアロハシャツと白いズボンになるが、足元がサンダルになっているのも実に細かい変化だ。
「うん……まあ、そうだな」
でもやっぱり耳と尻尾がそのままだから余計目立つな……とはヒカルは言わない。「初めての沖縄に浮かれるイナリ」とかいうタイトルをつけてグループメッセージに流しても全員納得しそうである。さておいて。
「あれ? 狐神さん、いつの間にアロハに着替えたんだ?」
「おお、似合っておるのう。これは儂らもアロハを着るべきかのう」
と、そこにやってきたのは今朝一緒に遊ぼうということで合流したタケルと……何故か武本である。
実のところ、アロハになったイナリ以外の服装を見ればタケルは涼しげな無地のTシャツにジーンズを合わせ、武本は青いTシャツにチノパン、そしてヒカルは半袖半ズボンと、全員いざという時に動けるようにしつつも涼しげな服装である。
「おお、2人とも。先程そこにてれびが来ておってのう。取材を受けたんじゃよ」
「げっ、居なくてよかった」
「む?」
「一緒に遊びに来てるところが中継されたら、ちょっと炎上しそうだからさ……」
「しねえだろ。状況が状況だし」
「儂もいるしのう。ジジイと一緒であれば仕事の付き合いだと思うじゃろ?」
「まあ、そうなんだけどさ……世の中理屈じゃないとこもあるし」
イナリは首をかしげているが、人気覚醒者がアイドル扱いされている現状、タケルがイナリとヒカルに挟まれている状況……実際挟まれているかとか武本もいるじゃないかとかいう酷く真っ当な事実はさておいて、ハーレムと揶揄される可能性はそれなりに存在しているのである。
勿論、覚醒者関連の話題で真っ当なマスコミは覚醒者を敵に回したくないので余計なことは基本的にしないが、「仲良しグループ、両手に華」みたいなことをする可能性もあるにはある。
しなかったとしてもそう視聴者に思われた時点で余計な邪推というものはどうしても発生する。
タケルは自分が弄られる分には別に我慢できるが、それにイナリやヒカルが巻き込まれるのはどうにも我慢できない部分がある。
(……まあ、今回も断るのが正解だったんだろうけど。そんな理由で断っても狐神さんに怒られるのは目に見えてるしなあ)
「ふむ。何やら余計な遠慮をしている顔をしておるの」
「あ、この顔ってそうなん?」
「ほう。ああ、なるほど。茶菓子を断るときの顔に似とる」
「いや、ちょっと3人とも……ていうか武本さんまで……」
しかしまあ、そんなタケルの考えもすぐにイナリに見抜かれてしまうのだが……3人からじっと見られればタケルも「まいった」と両手をあげて降参のポーズをとる。
「いやほんと勘弁してくれ。分かってるよ、変な遠慮をするなっていうんだろ?」
「うむ、そうじゃの」
「タケルはそういうとこあるよな。心配性っつーかよ」
「世の中、ふてぶてしく生きたほうが楽なところはあるぞ?」
「未熟で申し訳ない……」
タケルとしてはもう観念するしかないが……そうやって壁を見つければすぐ叩き壊そうとしてくるこの仲間は、なんとも心地よいところがあるのは事実だった。
「よし、じゃあアロハ買いに行くか。タケルのは一番派手なやつな」
「ええ……? お手柔らかに……」
「紫とかええかもしれんのう。冠位十二階では一番上じゃぞ」
「しかしアロハは全部派手じゃからの。ああ、恵瑠のも買って帰らんとの……」
そんなこんなで近くのアロハシャツ専門店に入っていけば、店員がイナリを見つけて「えっ」と驚きつつもすぐに元気な歓迎の挨拶をする。
「おお、すまんの。ちと見せてもらってもええかの?」
「どうぞご自由に!」
店内にあるのは全てアロハシャツばかりだが、意外に地味な色……灰色などを基調とした落ち着いたデザインのものも多い。流石に覚醒者用ではなく一般用なのでお値段も安めだが……こういったお土産需要と普段使いの需要の両方を見込んでいるのか、デザインはまさに千差万別である。
「おお、見よ。あのれっどしいさあとかいう男の柄のもあるぞ」
「うわ、マジだ……」
「ほう、沖縄の人気覚醒者だな。確か番組も持っとったはずだが」
「え、それ知らねえんだけど……」
レッドシーサーのイラストが描かれたアロハを持ったイナリを中心にワイワイと言い合うが、流石に9大クランの一角の長である武本はレッドシーサーのことも知っているようだった。
「しかしまあ、この柄は流石にないかのう」
「じゃあこっちの首里城のやつにしようぜ」
「シーサーのもあるが、これはどうかの?」
「……皆自分で着るのを選んでるんだよな?」
タケルが思わず突っ込むと全員がキョトンとした顔になるが……イナリ以外に任せるとトンでもないものを選んできそうだし、かといってイナリを無条件に信じるのも少々どうだろうと思う部分もある。
「お、これは英語じゃのう。何やら恰好ええのう」
(ダメだ……! なんだアイアムパイナップルって……! 自分で選ばないとパイナップルになってしまう……!)
よく分からないネタ系アロハシャツを掴んでいるイナリから視線を逸らし、タケルは出来る限り普通のアロハシャツに手を伸ばす。
イナリに「これはどうじゃろうのう」と聞かれたとして、タケルは「それはちょっと……」という勇気は持ち合わせてはいない。
勿論イナリのことだからタケルのことを真剣に考えて選んでくれるのは間違いない。しかし「アイアムパイナップル」を見た後で盲目的に信じることはできないのだ……!
(ごめん、狐神さん。俺は未だに卑怯でダメな男だ……!)
そんなことを考えながら、タケルはアロハを真剣に選んでいく。とはいえ、アロハの良し悪しなどタケルに分かるはずもない。普通の服とは明らかに基準が違うし、どう選んでいいのか分からない。
「のう、タケルや」
そんなタケルの裾を、イナリが引っ張る。そしてその手にはアロハを持っている。
「な、なにかな?」
「こういうのは好きかのう? ぱいなっぷるが描かれておって、沖縄らしいとは思うんじゃが」
「ああ、とても良いと思う。それにしようかな」
「おお? しかしそう即決せずともええんじゃよ。ほれ、こんなにあるんじゃから」
まあ、結局タケルはパイナップル柄の紫アロハを買ったのだが。ヒカルはイナリの色違いのようなものを買い、武本は何処から見つけてきたのか日本の武将兜がデザインされたものを買っていた。
そうして店を出ると、なんとも色とりどりの楽しげな集団の出来上がりである。
「しかし安野さんも可哀想だよな。今日はホテルで仕事だなんてなあ」
「うむ。昨夜の事態の報告書やらなんやらがあるらしいが……」
ヒカルとイナリの言葉通り、今日の安野はホテルでノートパソコンを開いて書類作成や会議で忙しい。それというのも覚醒者協会日本本部の人員で今沖縄現地にいるのが安野だけであり、事情もよく知っており……まあ、つまり便利だからである。
安野としても沖縄観光はしたいが、そこは安定した高給取りな勤め人の定めである。
沖縄の安全のためにも、安野が率先して遊んでいるわけにはいかないのだ。
「とはいえ……ほれ、安野さんにもアロハは買ったしな」
「うむ、そうじゃのう」
ヒカルが持っている袋に入っているのは安野へのお土産なアロハシャツである。ヒカルとしても短い付き合いではあるが、安野がなんか真面目ではありつつも面白い人なのは理解できている。だからまあ、イナリの見ていた「アイアムパイナップル」アロハは無事に安野のものとなる予定だ。
「まあ、安野の分まで楽しむのが儂らの今日やるべきことじゃろうて」
「だな」
そんなことを言い合っているイナリとヒカルの後ろをタケルと武本が歩いているが……武本はそんな2人を軽く顎で指し示す。
「……混ざらんでええのか?」
「勘弁してくれよ武本さん……俺があの中に混ざって楽しく会話してるの想像できないだろ?」
「お主はアレだなあ……儂と同じで夫婦関係上手くいかずに後になってから後悔するタイプだな」
「反論できないのを振るのはやめてくれない?」
「カッカッカ!」
さておき、イナリたちが次に目をつけたのはサーターアンダギーの店である。
沖縄発祥の揚げドーナツであるが、もちっとした歯ごたえのある食感が人気であり、その独特な丸い形は誰もが「あ、これはサーターアンダギーだ」と連想する。
主に知られているのは白砂糖のプレーンと黒糖を使用した少し黒めのものだろう。
お土産としての力を更に力強く発揮するために、最近の沖縄では色々なものを混ぜて色や味にバリエーションを出す店も多くある。
お土産としてだけ売る店もあるが、食べ歩きできるようにした店もあり、その辺りはお店の販売戦略次第といったところだが……此処ではこんなにあるサーターアンダギーの店も、東京に帰れば1つも存在しない。名産展のようなものでもなければ販売していない、まさにご当地スイーツの代表格である。
「おお、美味そうじゃの。それに何やら可愛らしい」
「1つ買って食ってみるか? で、美味かったら土産にしようぜ」
「それもええのう」
最初に選ぶのは、沖縄らしいということで黒糖のものだ。齧ってみれば、もぎゅっと中身のもちもち感を強く感じる歯応えだ。そして何よりも、黒糖の独特な強い甘みが口の中に濃厚に広がっていくのが何とも言えない多幸感をもたらしてくれるのだ。白砂糖にはない主張の強さだが、これが食べるために口元に運んだ瞬間から香ってくるのは暴力的とすら言えるだろう。
ちなみに白砂糖を使ったプレーンの優しい甘みも良いものだ。黒砂糖ほどの主張はないにせよ、その分柔らかい甘みがいくらでも食べられそうな錯覚を呼び起こす。
色々な種類があろうと、やはりこの黒と白の二色が王道なのだと思い知らされる貫禄の味なのだ。
「おお、これはええのう……甘いのに、これだけで食事になってしまいそうな満足感があるのう」
「今時はドーナツでランチってのも珍しかねえけど……自然な甘みってやつなのかね」
そんな女子っぽいトークから一歩離れて、武本とタケルもモグモグとサーターアンダギーを食べているが……ちょっとばかり温度差がある。
「食事になる、かのう? 茶請けとしては優秀なのは異論はないが」
「いやあ、俺もおやつかな……美味しいのは異論ないけど、この後バーガー食える」
「おお、そういえばこの辺りには人気のバーガー屋があるらしいが」
「俺は付き合うけど。武本さんって、実は結構食う方だよな」
「狐神殿も米だけなら釜を簡単に空にするがのう」
「え、そうなの?」
「見立てだが、たぶん儂より食える人だな」
そんな男2人の会話はさておいて。
甘いものが食事になるかは個人差が大きいが、とにかく美味しいという一点においては誰も異論はない。
「土産に買っていくとして何個入りがいいのかね……」
「うーむ。そもそもどれを買うかも問題じゃが」
「こっちに白と黒1個ずつのセットがあるから、これを人数分買えばいいんじゃないか?」
「うーむ。全員分買うには、ちと荷物だし店に迷惑だな。すまんが、大量発注とか出来るかの?」
「へ? 大量発注? す、すみません店長ー!」
その後お店の偉い人が出てきて武本と名刺交換などをしていたが、それはさておいて。そうしてアロハの4人は国際通りを充分すぎるほどに楽しむと、ホテルへと戻っていくのだった。