タケル、海からの襲撃に抗う
書籍1巻は8月10日に発売予定です。
書き下ろしも満載なので、よろしくお願いします!
その日、覚醒者協会沖縄支部は大パニックだった。
沖縄本島への海からの一斉攻撃……可能性としては議論されつつも、過去1度も起こらなかった事態が発生しているのだ。
これは沖縄支部が無能というわけではない。世界的に同じ認識だったのだから。海岸が国土に存在する国は海からの襲撃を警戒してはいたが、同時に複数の海岸線から示し合わせたような同時襲撃が起こるなどとは……いわゆる可能性としては存在するが明日すぐに発生するわけではない大災害として設定されていたのみだった。
そしてそれは仕方のないことではある。人材も予算も無限ではない。無限であるならば世界中の海岸線に最大限の防備を敷きたいのは人類としては至極当然。だが、そうではないから最低限の監視体制を構築しておくしかない。それは「何処かに水棲モンスターが現れた場合」であり、相当強力なモンスターが現れたとしても迎撃可能なものではある。あくまで、「何処か」に現れた場合であり、今回のように一度に広範囲に現れた場合を想定したものではないわけだが。
だから通常のマニュアル通りの待機戦力での迎撃、追加戦力の派遣による掃討というやり方は現在通用しなくなっている。いるが……沖縄とて無力などではない。沖縄支部の持つ戦力を全投入し、沖縄の各クランにも協力要請し迎撃を行っている最中なのだ。
そう、海辺での戦いは沖縄支部所属の覚醒者たちの得意とするところだ。それは何処にも負けはしない。しないが……やはり手が足りていない。
「新那覇港、戦況優勢です!」
「那覇空港、拮抗しています! 施設への損害は軽微です!」
「塩屋大橋、塩屋側からマーマンの大群に占拠されました! 応援要請あり!」
「明治橋の下をイルカマンの群れが通過中! 旧壺川駅方面へと向かっています!」
「美崎海岸にディープワンの群れが上陸! 現在クラン『ガンジュー』と交戦中です!」
次から次へと届く戦況報告は、今のところは問題はない。ないが……そこに、悲鳴のような報告が響く。
「熱田海岸、フォートレスホエール出現! 負傷者多数、撤退中であるとのことです!」
「馬鹿な、そんな大物が今まで警戒網に引っかかっていなかっただと……!?」
「平良海岸にフォートレスホエール出現! マーマンもです!」
「そっちもか⁉ 付近のクランは!」
「対応不能とのことです! 現在は避難誘導にあたっています!」
フォートレスホエール。巨大なクジラ型モンスターであり、しかしながら金属質の身体を持つクジラとは似ても似つかぬモンスターだ。フォートレスの名に相応しい防御力を持ち、身体についた無数の砲門は魔法的なものだと思われるレーザーを放ち周囲を蹂躙する……そんな凶悪なモンスターだ。
それでいてボスではなく準ボス級と分類される大型モンスターであり、しかもその巨体を支える陸上用の足もあるのだからたまらない。
マーマンの大群だけでも手に余るのに、フォートレスホエールを相手にすれば、小規模クランでは余程のエースでもいない限りは、文字通り全滅必至である。
「あ……!」
「どうした!」
「本部からの応援第一陣が平良海岸に向かっています!」
そう、本部からの応援第一陣。それこそは先程安野が電話で聞いていた武本と、タケルの2人であった。
日本式の甲冑一式を纏った武本と、武本とは違いプロテクターのようなものを各部に纏ったタケルは覚醒者協会の高速ヘリの中で精神集中するようにむっつりと黙り込んでいた。
いや、違う。いつでも出られるように精神集中しているのだ。元々武人気質の武本と、根が真面目なタケルはこういった面で非常に気が合うのだが……その近くに座っていた担当職員は、こちらはこちらで各所との連絡に忙しいので2人が静かなのは実に丁度良かったりする。
そう、フォートレスホエールがいる以上はこの高速ヘリも撃ち落とされる危険性があるので随時位置情報などのやり取りは必要になってくる。何しろフォートレスホエールは陸上移動も出来るのだ。海から離れているからといって、油断していい相手ではない。
「お二人とも! もうすぐ現場付近です! フォートレスホエールがいるのでヘリではこれ以上近づけません! すぐに降ろしますのでご準備を……」
「不要」
「ああ、このまま行く」
「へ⁉ このままって」
「行くぞ、タケル」
「ああ、武本さん」
ヘリのドアを開けると、そのまま武本とタケルはパラシュートもつけないままに落下していく。
「うわあ、もう……戦闘系の極まってる人はこれだからもう……」
ヘリのパイロットがそう呟きながら着陸予定地点に向かっていくのをそのままに、武本は腰に佩いた刀「鳳凰」をチャキリと鳴らし、タケルは手をすっと虚空へ伸ばす。
「幻想草薙剣」
その手に現れ握られるのは、一振りの日本刀。それはイナリの狐月にも何処か似ていて、しかし確実に違う刀だ。
そうして着地すると同時に武本は鳳凰を抜き払い、タケルは幻想草薙剣を構えて。ドンッと。地面を同時に蹴り海岸へと凄まじい速度で走り出す。
「フォートレスホエールはどうする?」
「放っておいても足が遅いでしょう? マーマンを先にどうにかすべきです」
「よし、言ったからには無様に撃たれるなよ、タケル」
「武本さんこそ」
「くははははっ、よくほざいた!」
互いに全く譲らない速度で海岸へと飛び出すと、まずは武本がマーマンを一刀両断する。
「ギャ⁉」
「ギャギャッ!」
「やかましいわ魚類どもが!」
斬、と。マーマンを次から次へと一刀で切り捨てていく武本とは別方向へ向かったタケルが、幻想草薙剣でやはりマーマンを一撃で切り裂いていく。
だが、マーマンたちはとにかく数が多い……多勢に無勢が過ぎるこの状況で、タケルはしかし慌てた様子1つ見せない。
「燃えろ、幻想草薙剣」
イナリがそうやっていたように、タケルの指先が幻想草薙剣の刀身を撫ぜる。その動きに合わせて、幻想草薙剣は真っ赤な炎を纏って。
「草ッ……薙ィィィィ!」
ゴウ、と。振り抜いた幻想草薙剣が砂浜を燃やし尽くすような地を這う炎を放つ。
「ギャアアアアア⁉」
「ギイイイイイ⁉」
一瞬でマーマンたちが消えていく中で、海の中から突撃してきたのは二回り以上は大きいハイマーマンだ。タケルのいる場所に向かって槍を突き刺してくるハイマーマンに、しかしタケルは更に前へ進むことで回避する。
「ギャギャ!」
だが、ハイマーマンとてそんなものは予測済だ。凄まじい勢いで繰り出した蹴りがドゴン、と激しい音を響かせて。その確かな手ごたえにニヤリと笑みを浮かべた直後……その笑みは驚愕の表情へと変わる。当然だ、タケルの足が真っ向からその蹴りに対抗していたからだ。
「重いな。だけど、耐えられないほどじゃあない」
そうしてタケルの足が炎を纏い始めて、ハイマーマンは悲鳴と共にタケルから距離を取る……その、瞬間。ハイマーマンの右足が無数の蹴りを入れられたかのように歪み、その身体が一瞬浮いたかと思えばタケルの空中からの踵落としによって砂浜へと沈められている。
「……!?」
何が起こったかも分からないまま消えていくハイマーマン。当然だ。しかしながらタケルがやったことは至極単純で、炎を纏う蹴りを無数にハイマーマンの右足へと叩き込み、そのまま跳んでハイマーマンの顎に炎の膝蹴りを叩き込み、頭を蹴って更に飛んで炎の踵落としを叩き込んだだけだ。ただ、それを1秒に満たない間に連続で叩き込んだという……解説すればただそれだけの、戦闘系覚醒者がどうして「戦闘系」足りえるかを明確に示しただけの攻撃だ。
スキル「豪炎脚」。ちょっとデカい程度の相手であれば何が起こったかも分からないうちに地面へと沈める連撃を叩き込んだタケルは、チラリと武本を見て「ま、あっちも大丈夫そうだな」と呟く。
そう、そこには武本と……その武本と巨大なシミターで打ち合うハイマーマンの姿があった。
「やれやれ……若者がああも頑張っているというのに、儂がこの体たらくではな……!」
武本の持つジョブ「ショーグン」は、決して戦闘に向いているわけではない。むしろ部下を率いて戦うときに攻撃力強化や防御力強化などの支援能力により真価を発揮するジョブなのだが……それでも並のジョブと比べれば破格の戦闘能力を持っている。だが、タケルのような派手なものではない。ないが……ハイマーマンのシミターを真正面から弾き返す程度の膂力などは、ショーグンのいぶし銀な特徴の1つではあるだろう。
勿論、それだけではハイマーマンには勝てない。実際ハイマーマンも再び武本に切り掛かろうとシミターを振り被って。
「しかしまあ、技の鮮やかさでは負ける気はせんがな」
その絶好の隙を武本は見逃してはいなかった。ハイマーマンがシミターを振り上げたその瞬間には、すでにその胴を真っ二つに切り裂いている。
「さて。残るは……ううむ、数える気もせんな」
100か200か、それ以上か。無数のマーマンを前に武本は小さく息を吐き……僅かに数歩動いただけで、自分に向かって放たれた無数のレーザーを回避する。それはまさに熟練の動きであり、才能の塊でありながらも荒々しいタケルとは真逆の位置にあるものだった。
「フォートレスホエールか。なんとも面倒な相手だ。とはいえ……」
マーマンたちが武本へと迫る中で、しかし武本の刀がその間合いに入ったマーマン全てを斬り捨て……そうして進むたびに無数のマーマンを斬り捨てながら武本はフォートレスホエールへと向かっていく。
「この戦いが間接的でも狐神殿への恩返しになるのであれば……一歩も引かぬ。一切合切斬り捨ててくれよう!」
実際、この戦いは普通であればたった2人でどうにか出来るようなものではない。200を超える、ハイマーマンを含むマーマンの大群と、それを支援射撃するフォートレスホエール。普通の戦闘系覚醒者であっても、後衛を守り攻撃を押し留めるタンクと前に出て群れを攻撃する近距離ディーラー、フォートレスホエールを攻撃し群れを殲滅する魔法系遠距離ディーラーが2人、そして隊列が崩れないように回復魔法を使うヒーラー……最低でも5人は必要になるだろう。出来ればそれが2つ……いや、3つか4つは欲しい。
しかし、タケルと武本はどちらも近距離ディーラーでありながら回復も援護も必要としてはいない。それは2人の実力であり、才能であり……どのジョブもいずれはこの域に程度の差はあれ辿り着くという証明でもあった。
「さて、フォートレスホエール……見た目はなるほど、実に要塞としか言いようがない。タケル、どうする」
「俺に任せてください。武本さんは追加でマーマンが出てきたら、それの処理をお願いします」
「承った」
早速武本は海から出てきたマーマンを斬りに向かうが……フォートレスホエールを前に、タケルは幻想草薙剣を構え魔力を溜めていく。
(この剣は俺の魂に刻まれた形……だけど、形に縛られているわけじゃない。あくまでこれは俺の魔力を具現化したものだ)
そう、幻想草薙剣はタケルの救いを、タケルの憧れを形にしたもの。けれど、だからこそ。その基本の形は決まっていてもその全てが決められているわけではない。自由だ。伝説に謳われる草薙の剣ではなく、イナリの持つ狐月でもない。これは、タケルにのみ許された幻想だ。世界に跡を刻む、力強い幻想だ。その限界は、すなわちタケルの限界。だから、幻想草薙剣は魔力を注げば注ぐほど強くなる。
「ヴォ……」
それを感じたのだろう。フォートレスホエールの全ての砲がタケルへと向けられる。然程時間もおかずに一斉発射されたレーザーはタケルに命中……していない。すでにタケルはその場には居ない。
タケルの魔力は然程でもない。本職の魔法系に比べれば才能など微塵もない。それでも、タケルはその少ない魔力を全て幻想草薙剣へと注ぎ込んでいく。
走る。走る。魔力で足りない分は、力でどうにかするしかない。これはそういう、どうしようもないツギハギのような技だ。それでも、これには今のタケルに出来る全てが詰まっている。
「ヴォオオオオオオオ!」
フォートレスホエールの全砲門から放たれるレーザーがタケルを消し飛ばそうとして、しかし当たらない。タケルはフォートレスホエールの背中を駆けあがっていく。
金属製でありながら、しかしクジラなのだとでもいうかのような、ぬるぬるとした背中は1度でも足を滑らせればそのまま下へと落ちていくような、そんな天然の妨害で。しかしタケルは止まらない。
そうして駆け上る頃には、幻想草薙剣は凄まじい熱を放つ代物と化している。それこそ、まさに太陽の如き……けれど、タケルには影響を及ぼさない、そんな灼く敵を選ぶ炎。
「焼き尽くせ……」
タケルはそれを、フォートレスホエールの脳天へと振り下ろす。
「太陽剣!」
刺した場所からフォートレスホエールの金属の身体が一瞬で赤熱し、そこから全体へ熱が伝わるように溶け始める。
その頃にはタケルはその場から跳んで逃げているが……フォートレスホエールの身体はそこから一気に溶け消えていき、それでは足りぬというかのように巨大な火柱を発生させる。
「……よっ、と」
砂浜に見事着地したタケルの背後で発生した火柱はそのまま消えていくが……それで全て終わりだ。たまたまフォートレスホエールの近くにマーマンがいたとしても、一緒に燃え尽きているだろう……そんな火力だった。
「流石だな」
「ええ、ありがとうございます」
「ほう、謙遜もせんか」
「無駄に謙遜しても疲れるだけなので」
そんなことを言うタケルに武本は本当に面白そうに笑う。実際面白いのだ。タケルは武本武士団に来たばかりのころはまだ遠慮や謙遜が多かったが、そういうのも最近は無くなってきたと感じていた。実際、そんなものがあっても疲れるだけだ……恐らくはこれこそが本当のタケルなのだろうと武本は思うのだ。
「さて、あとは残党の掃討だけじゃが……この様子だと必要は無さそうだな」
「ええ、そうですね。次に行きますか」
言いながらタケルが覚醒フォンを取り出して此処に連れてきてくれた覚醒者協会の職員に連絡を取れば「え、もう終わったんですか⁉」と返事が返ってくる。
「ええ、追加が来るのでなければ平気です。地元で待機してるクランがいれば監視を引き継いでいいと思います。よろしくお願いします」
そう言って電話を切ると、ふうと息を吐く。
「後は付近のクランが来るので、それまで此処に待機していれば大丈夫です」
「うむ……しかしまあ、こんなことが起こるとはなあ」
「いつか起こることだったとは思いますけどね」
「……そうだな。とはいえ、どうしようもないことではある。海は……すでに人類の手を離れておる」
結局のところ、こういう対処療法を続けていくしか今のところはない。それが現在の人類の共通認識だ。しかし、それでもいつか……と願って誰もが研究を続けている。その未来がどんなものかは……今は、誰も分からないのだけれども。