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作戦開始

 19時20分。日が沈み、月の光が海岸を照らしている。

 満潮の海岸は昼とは全く違う姿を見せ、ザザン……と静かに寄せては返す波が静寂の中で大きく響く。

 まるで違う場所であるかのようだが……このなんとも寂しげで、そして恐ろしげな雰囲気を持つ場所は、しかし間違いなく同じ場所なのだ。

 そんな海岸と、海岸を見下ろす崖の上には今回の作戦のメンバーが集まっていた。

 まず海岸。此処にはイナリ、ヒカル、安野、金城、そして与那覇。そしてアルトフィオ所属のタンクとヒーラー、魔法系ディーラーが1人ずつ。

 崖の上にはアルトフィオ所属の観測手である鑑定スキル持ちが1人。万が一の為の遠距離ディーラーが数人配置されている。

 鑑定持ちは少々特殊な鑑定の使い方だが、鑑定スキル使用時にスキルが「対象指定」を促す効果を利用して「モンスターが来る」ことを察知する役目をおっている。

 あくまでメインがイナリたちであることが分かる構成だが、万が一を考えてホテルの敷地内の他の場所にもアルトフィオのメンバーたちが配置されている。

 

『こちら観測手。海面に変化なし、鑑定にも反応なし』

『こちら即応班。了解した。引き続き対応願います』

『了解です』


 スピーカーモードになっている覚醒フォンでのやりとりをしながら、与那覇はふうと息を吐く。とりあえず問題はない……いや、問題が無いのが問題というべきか?

 まさか……そんなことはないとは思うが、今夜に限って来ないということになればどうなるか。

 イナリやヒカルをずっと留め置くことはできない。そうなれば、何も解決しないどころの話ではない。正式に覚醒者協会が関わる案件になる。そうなれば……観光業という性質上、事業へのダメージは避けられない。


「……おかしいですね。いつもならもう来るはずなのですが……」

「狐神さんに脅えてこないとかだったりかもしれませんねえ」


 安野がそんな冗談を言うが、イナリとヒカルはじっと海面を見ていた。

 イナリは単純に察知したから、そしてヒカルは【全ての獣統べる万獣の王】から警告を受けたから。

 そしてイナリが呟くと同時に、海面に不自然な揺れが生まれる。


「……来るぞ」

『こちら観測手。海面に変化あり! か、鑑定に複数の反応あり! 来ます!』


 与那覇の覚醒フォンにも監視役からのそんな連絡が来る。そして……海の中から、無数のディープワンが顔を出す。


「どれ……狐月、弓じゃ」


 イナリの手の中にあった狐月が弓形態へと変わると、イナリは弦を引き光の矢を乱射する。


「ギャ⁉」

「ギャギャ⁉」

「おお、す、凄い……!」


 与那覇たちも驚くほどの高速射撃は、それだけでも遠距離ディーラーとして通用しそうなほどだ。

 それでいて放たれている光の矢は、それ自体がかなりの威力を持っている。

 次々と放たれる光の矢はディープワンたちを吹き飛ばしていくが、それでも数が多すぎるせいか光の雨の矢を抜けてくるディープワンも現れる。


「おいイナリ。それもっと強いのとか出来ないのか⁉」

「やってもええがのう。流石に環境破壊はどうかと思うんじゃよ」

「お、おう」


 ヒカルにそうカラカラと笑いながら言うイナリだが、実際この弓は扇風機程度のザックリした威力調整しか出来ないのだ。つまるところ、ダンジョンゲートを吹き飛ばすようなものを放てば海岸も致命的なレベルで吹っ飛ぶ。この海岸がアルトフィオの売りの1つである以上は、気軽に地形を変えたりなどというのは、イナリとしてもやめておきたいところだ。


「大丈夫です……私に任せてください!」


 そこで与那覇が杖の石突を砂浜に突き刺すと、そこから光の波紋が海に向かって広がり始める。


「範囲指定、除外対象指定、種別選択……罠展開!」


 そうして現れたのは、波間に漂う無数の輝く何か。それらはしかし、すぐに透明となって消えて。

 それのあった場所に到達したディープワンが、突如爆発に巻き込まれ吹っ飛んでいく。

 あちこちで発生しているそれは、先程輝く何かがあった場所であるはずだ。


「私のジョブはトラップマスター……防衛戦ならばお手の物です」

「ほほう、やるのう!」

「ははは……まあ、これの発動中は動けないし私が原因だと分かりやすいしで、仲間がいないとマトモに戦えませんけどね。そもそも今回みたいに大量だと防ぎきれませんし」


 弓を引く手を止めないイナリと、光の波紋を発動し続けている与那覇がそう言うが、実際イナリの殲滅力あってこそのものなのだろう。


(このままだとアタシ出番ねえなあ……いや、いいんだけどさ)


 イナリは規格外だ、と。そんなことをヒカルは思うが……与那覇のポケットに入っている覚醒フォンから観測手の声が響く。


『鑑定に多数の反応あり! きます……う、海を埋め尽くす勢いです!』

「海……!? げっ」

「これは……恐ろしいですねえ」


 ヒカルが思わず構え、安野も槍と盾を構える。海を埋め尽くすような、鈍く輝く目、目、目、目、目、目、目、目……。その全てがディープワンであり、激しい敵意をこちらに向けてきていて……ヒカルは思わずゾッとする。


(何処からこんなに来やがった……!? ダンジョン⁉ いや、それなら協会が把握する! つまり、くそっ……やっぱり何かの神様か!)


 そうとしかヒカルには思えない。こんな異常すぎる状況でそれ以外に何があるというのか?

 イナリの光の矢の雨も潜り抜け砂浜へ上陸しようとするディープワンを前に、ヒカルは拳を構えて。

 瞬間、光の矢の雨が止まったことに気付く。


「……え」

「狐月、刀じゃ」


 こんな状況で刀を出してどうしようというのか。弓ではもうどうにもならないとイナリは思ったのか?

 いや、違う。イナリは刀身に指を這わせ滑らせていた。

 イナリの指の動きに合わせ輝きを纏っていく狐月は紫電を纏って。


「秘剣・雷切」


 ズドン、と。稲妻が今まさに砂浜へと上がってこようとしていたディープワンへと落ちる。

 そして稲妻はそのまま海を伝って広がっていき……広範囲のディープワンを一気に黒焦げにする。

 全く容赦のない一撃だ……海底に沈む魔石を残して消えていくディープワンを見ながら……全員がポカンとした顔をしていた。

 当たり前だ、まさか海に稲妻を落として一網打尽にするとは、誰が考え付くだろうか?

 いや、そういう問題ではない。たとえ似たような魔法を使うものがいたとして、あんな風にはならないだろう。明らかに何かがおかしい。


「えーと……色々聞きてぇけどさ。なんでそれ最初から使わねえの?」

「1度使って警戒されたら面倒じゃろ?」

「ああ、まあな……」


 確かにその通りだ。ヒカルもそれは納得できる。出来るが……なんか理不尽だ。金城もヒーロースーツのせいで分からないが所在無さげに……いや、周囲を見回している。


「間違いない。揺れてる……」

「へ?」


 ヒカルは言われて、確かにそうだと気付く。先程からドカンドッカンとやっていたせいで分からなかったが、こうして静かになると理解できる。これは、まさか。


「地下……!」


 ズドン、と。巨大なドリルのような何かが幾つも砂浜を突き抜けて地上へと飛び出してくる。


「ぐはっ……!」

「マスター⁉」


 そのうちの1つが与那覇を吹き飛ばし、光の波紋が消え与那覇が転がっていく。

 ドリル……いや、ドリルではない。それは、巨大な巻貝だった。そしてそこから出てくるハサミを持つそれは……間違いなく、ヤドカリだ……!


「巨大ヤドカリ⁉ こんなもんまでいるのかよ!」

「なんとも硬そうな相手じゃのう!」


 イナリが近くに居た巨大ヤドカリに切り掛かれば、ヤドカリはハサミで打ち合いイナリを吹っ飛ばす。


「おお……! これはいかん。力では敵わんの!」

「イナリ! ちっ……なめんなあ!」


 ヒカルの近くにいた巨大ヤドカリも巨大なハサミをヒカルを叩き潰すように振り下ろすが、ヒカルはサイドステップで回避するとハサミの上に飛び乗り、そのまま巨大ヤドカリの身体を駆けあがる。

 振り落とそうとする巨大ヤドカリの上を走り、そして……その頂点近くでヒカルは足に力を込めて思い切り跳ぶ。


「巨象戦槌脚!」


 大地を揺らすドゴン、という凄まじい音を立てながらヒカルの飛び蹴りの一撃が巨大ヤドカリの殻を叩き割り、その内部にまで届いた一撃が「ギエッ!」という悲鳴をあげさせ絶命させる。

 そして別の場所では安野が盾を片手に巨大ヤドカリの攻撃を的確に防ぎ捌いていた。

 オートガード。ジョブ「ソルジャー」の基本的なスキルであり、物理的な攻撃を身体能力に応じて自動で防ぐスキルだが……防御に手いっぱいで中々反撃を出来ていない。

 だが、そんな巨大ヤドカリに向かって金城が走っていく。凄まじい勢いで走ってくる金城は思い切り腕を振るい……赤いオーラのようなものを纏ったパンチで巨大ヤドカリを思いきりぶん殴る。


「レッドパンチ!」

 

 破砕音をたてて吹っ飛ぶ巨大ヤドカリに、そのまま走ってくる金城の赤いオーラのようなものを纏う蹴りが炸裂する。


「レッドキック!」


 パンチのときよりも更に派手に吹っ飛んだ巨大ヤドカリは砂浜に転がると何故か爆発を起こし、その場に魔石を残し消える。


「はー……助かりました」

「いや、いいさ! それより他の子たちは……」


 言いながら安野と金城が周囲を見回すと、そこではヒカルが2体目の巨大ヤドカリを巨象戦槌脚で粉砕し、イナリの切りつけたヤドカリが黒い靄のようなものに飲み込まれ消えていくところだった。


「おお……凄いな。東京でやるにはあのくらいじゃないとダメなのか?」

「そういうわけでもありませんし、金城さんも相当だとは思いますが……」

「ハハ、そうか? 自信出てきたな!」


 実際、金城はランキングではそれなりといったところだが……それは金城自身が積極的に功績を稼ぎにいくタイプではないからだ。むしろ今回のように沖縄内で助けが必要なところに行くタイプであり、そうでなければ家でゆったりしていることも多いという。

 とにかく、安野は金城の余裕と現状から今回の事態が収まったのかもしれないと思うが……しかし、すぐにでそうではないと気付く。


「……これで終わり? そんな馬鹿な」

「やっぱりそう思うか?」


 金城も渋い顔でそう答えるが……イナリとヒカルもそうであるらしく、不思議そうな顔で周囲を見回す。そう、「敵が続けて襲ってこない」ことを怪しんでいるのだ。

 やがてイナリとヒカルは安野たちの元へ走ってくるが、そこにヒーラーの治療が終わった与那覇もやってくる。


「不甲斐ないところを見せて申し訳ありません」

「いや、ええよ。あれは不意打ちじゃったしの」

「だな。それで……この状況、どう思うよ」


 謝る与那覇にイナリとヒカルがそう言えば、金城も「変だな」と答える。


「あれだけ波状攻撃を仕掛けといて、そこを更に突くでもなければボスが出てくるでもない。片手落ちだな」

「確かにそうですね。さっきのヤドカリで混乱させたところにもう1度ディープワンの大軍を出して来れば、かなり有利になったでしょうに」


 そう、安野もそれがおかしいと思っている。単純にアレで全滅しただけであるというのであれば、それでも構わないのだが……そういう解釈で本当に良いのだろうか?

 確かに、そう考えてもいいだけの大攻勢ではあった。あったが……それだけなのだ。

 疑心暗鬼といってしまえばそれだけだ。しかし、何かが間違っているような……そんな気がしたのだ。

 たとえば……何か、大前提が間違っているかのような。


『マスター! 協会から応援要請です!』

「は⁉」


 ずっと通話状態であった覚醒フォンから聞こえてきた声に、与那覇がそんな間の抜けた声をあげる。此方が要請を出すのではなく、協会から要請が来る。一体何故なのか。その答えは……すぐに分かった。


『沖縄の各所でモンスターによる攻撃が頻発しているそうです! 全く手が足りていないそうで……余裕があれば応援を沖縄支部に寄越してほしいと!』

「……すぐに部隊の編成を。準備の出来た者から送りなさい」

『はい!』


 通話を終えると、与那覇は電話を切る。その表情は、この事態について考え込む者のそれであった。


「……申し訳ありません。私たちは沖縄を守るために行かなければなりません。しかし狐神さん、安野さん、瀬尾さん。貴方たちは……」

「待て待て、そこまでじゃ。儂はそこまで薄情ではないぞ?」

「ま、そうだな」

「私の場合は間違いなくお仕事ですしね、これ……」


 間違いなくこれは何か連続した出来事だ。敵の狙いが何処にあるかは依然不明のままだが、どれかが本命であるのかもしれない。それを見極めることは、今は出来ないけども。


「よし、じゃあ俺もフリーだし、どう動くか……ま、とにかく片っ端から行くか! じゃあな!」


 金城もそう言って走り出すが、まあ彼の場合はそのほうがいいだろう。イナリとヒカルは安野をじっと見上げて、安野も「大丈夫です、なんとかします」と言いながら覚醒フォンを取り出し何処かへとかけ始める。


「安野です。沖縄支部から話はきてますか? きてる? はい。今、狐神イナリさんと瀬尾ヒカルさんの両名と現場付近に居まして。ええ、遊撃として動こうと思いますので、必要な情報と……あと沖縄支部に話も通しておいてください。出来れば応援も……え、向かってる? 誰が……」


 そうして話していた安野が電話を切ると、イナリへと振り向く。


「えーとですね。元3位の大和さんと、それと……その……武本武士団の武本さんがすでに空路で此方に向かっているそうです。協会が開発した覚醒者用の高速ヘリで来てるので……あと1時間と少しだそうでして」

「ほう」

「あー、タケルかあ。アタシは戦ってるところよく見てないから知らんけど。つーか武本って十大クランのあの爺さんじゃん……なんで?」

「なんか今こそ溜まりに溜まった恩を返すときだとか……」

「律義じゃのう」

「そうかなあ……そうかもなあ……」


 言いながら、ヒカルは「まあいいか」と気持ちを切り替える。戦力になる人間が来るのはいいことだ。あとはどう動くかの話だけだ。


「此方には沖縄支部が車を回してくれることになっています。ホテル前に行きましょう」

「うむ」

「おう!」


 そうして走っていくと、やがてホテル前にイナリも以前に乗った大型の車がやってくる。


「お待たせしました。沖縄支部の照屋です。皆様の指示に従うように言われています。まずはどう動かれますか?」


 出てきた男の言葉にイナリとヒカルは再び安野を見上げて。安野は「まずは一番人が足りないところです」と断言する。


「いくらなんでも、こんな沖縄が危機になるほどのモンスターが沖縄近海にずっと居たと考えるのは不自然です。ならばほとんどは陽動で、何処かに本命があるはずです! そしてそれは……一番戦力が集中しているでしょう!」

「……それって此処じゃねえの?」

「かもしれんがまあ……ほれ、強いもんすたあが居るところという意味もあるしの?」

「なるほどな」

「はーい、そこの超強いお二人は意見あるならハッキリ言ってくださーい。言っときますけどあの巨大ヤドカリもかなりの強さだったんですからね?」


 さておき、此処に強者を集めるという意味であれば此処もまた陽動であった可能性は高い。

 そうしてイナリたちは車に乗り、移動を開始していく。

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― 新着の感想 ―
レッド○○は某特撮を思い出すなぁwww 増援が一時間で到着って凄い速いなぁ
[一言] ぬぅん!一刀両断!…が来る!w
[一言] 扇風機…数少ない欠点
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