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【4/15 書籍2巻、コミック発売】お狐様にお願い!~廃村に残ってた神様がファンタジー化した現代社会に放り込まれたら最強だった~  作者: 天野ハザマ
第九章

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お狐様、沖縄へ行く

 沖縄。それはかつての時代では日本の南国リゾートの代名詞のような場所であり、たくさんの人が訪れる場所であった。当然マリンレジャーも盛んであり、観光地としては常に人気上位に入る場所でもあった。

 現在でも人気は当然のように高いのだが、マリンレジャーに関しては危険な遊びとなってしまったため、美しい海を眺める……といったような楽しみ方が基本となっている。

 勿論、沖縄でもモンスター災害の影響は大きく、大分街並みが変わった箇所も多いが、それでも今ではしっかりと今の時代に合わせ建て直している。

 だからだろうか、那覇空港に降り立ったイナリは「おー……」と声をあげる。


「人がたくさんじゃのう」

「丁度夏だしな。観光シーズンなんだよ」


 そう、まだ夏は始まったばかりだが那覇空港は人でいっぱいだ。この那覇空港自体もモンスター災害によって破壊された部分もあるが、無事に修復され現代にいたっている。めんそーれ、と書かれた歓迎の看板のようなものを見てイナリが「めんそーれ……?」と呟いているが、まあ知らなければそんな感じの反応なのも仕方がない。


「あ、イナリちゃんだ」

「隣の子は誰だろ。お友達かな?」


 そんな声があちこちから聞こえてくるが、ヒカルが「沖縄での知名度はこんなもんか……認知度が低いのか?」などと呟いている。さておき、那覇空港の出口近くまで行けば、そこには「歓迎! 瀬尾様、狐神様」と書かれたボードを持った男が立っている。


「あ、めんそーれ! 瀬尾さんと狐神さんですよね!? お待ちしておりました!」

「ども。瀬尾です。こっちが狐神。それと……」

「狐神イナリじゃ。よろしくのう」

「初めまして。覚醒者協会日本本部、営業部サポート課の安野です。今回はよろしくお願いしますね」

「えっ」


 そう、その場には安野がいて、迎えに来ていた男がヒュッと息をのむ。なんでいるの? とでも言いたげだが、まあ当然の話ではあったりする。


「ど、どうも。沖縄支部の管理部ダンジョン対策課、白井です。えっと……安野さんはどうして……」


 差し出された安野の手を白井が握ると、安野は笑顔のままその手をぎゅっと握り返す。笑っているけど笑っていない……そんな顔だ。


「はい。沖縄支部のほうで解決できない問題が発生したと伺いまして。まだ本部の方で報告受けてないようなので直接確認に来ました。そちらの支部長にも今頃電話がいってる頃合いかと」

「あ、えーと、はい。独力解決を諦めずにツテを頼った次第でして……報告書も追って作成を……」

「そうでしたかー。ですが初動失敗の時点で今後はご報告頂けると助かります」

「勿論です、はい……」


 ダラダラと冷や汗を流す白井を見ながらイナリが「うーむ」と首を傾げる。


「覚醒者協会も、何やら風通しが良くないのでは……?」

「あー、かもな」

「そんなことはないです!」


 安野がそれを聞いて慌てたように振り返る。


「少なくとも本部は下から上までしっかり報連相が出来てます!」

「ほうれん草が何故今関係があるんじゃ?」

「報告・連絡・相談だよ」

「なるほどのう」


 さておき、出発前は本当に大変だったのだ。そう、ちょうどイナリがヒカルとの話がまとまった後に家を空けるからとイナリが安野に一報入れたのだが……当然のように大騒ぎになった。

 まあ当然だ。沖縄でそんな問題が起きているのは安野は初耳だったので報告が上に上がり、どの部署も知らなかったので緊急会議が開かれた。結果としてヒカルとイナリに安野が同行することになり、飛行機代も覚醒者協会の負担となった。

 そして安野の言った通り、今頃支部長が本部長に詰められている頃だろうが……それは単純に失敗の隠蔽の気配とかそういう話ではない。

 支部の有する戦力で構成した先遣隊が戻ってこないレベルのダンジョンが発生し、地元で解決するのであれば……やはり報告が遅れたのは問題だが、そこまで問題ではなかった。

 しかしヒカルは沖縄出身であろうと現時点では本部の管轄内に居る。そんなヒカルに連絡し呼び寄せるというのは、明確な越権行為であるというわけだ。

 たとえば以前友人と遊びに行った草津や鬼怒川などのように旅行が主目的であり、ついでにダンジョンに行った……などというのは自由だし、実を言うと軽井沢のときのように何らかの事情で地元クランが他の地域のクランや覚醒者に助けを求めるというのはこれまた自由であったりする。

 しかしながら、そこに覚醒者協会が絡むのであれば話は違ってくる。まあ、それだけの簡単な話であったりする。ちなみにその辺の事情は覚醒者協会内部の話なので、イナリは勿論ヒカルだって知らない話だ。


「まあ、そういうわけなんですね。実際、こういうのは支部同士での引き抜き合戦に繋がりかねないので報連相は必須なんです」

「勉強になるのう」


 なんだか白井はすでにしょぼんとしてしまっているが、そういうことなのであまり同情は出来ない感じである。白井が悪いのかと聞かれれば、組織の問題なのでまた難しいのだが……その辺りの話はさておいて。


「とにかく現場の確認に向かいましょう。車の手配は出来てるんですよね?」

「はい! 此方へどうぞ!」


 白井からしてみれば安野は本部のエリートであるため、今回の目的も合わせれば実質上役である。明るい気分も全て吹っ飛んでしまったが、そんな白井の運転で覚醒者協会の大型車の後部座席にイナリたちは乗って資料を見ていた。


「先遣隊が未だ戻ってこない、ですか……嫌ですねえ。以前の空中ダンジョンみたいなのだったらどうしましょうか」


 そう、イナリが以前攻略した臨時ダンジョンは水中だったり空中だったりと、多くの覚醒者にはどうしようもないものであった。

 たとえば水中であれば紫苑のような水中適応の覚醒者であればどうにかなるし、空中も飛行可能な新世代覚醒者たちであればどうにかなる。

 しかしながら、その正体が分かる前から完全対応出来る覚醒者がいるのかという話になれば、イナリしかいなかったりするのは……なんとも恐ろしい話ではあるだろう。


「まあ、どうとでもなろう。儂がまずはかるーく中を見てくるからの」

「そうなるか。流石にアタシは空飛べねえからなあ……」

「うむうむ。その辺は適材適所というやつじゃよ」

「適材適所も何も、イナリって出来ねえことあんの?」

「そりゃあ、あるに決まっとる」

「え? 何? マジであんの?」

「うむ。例えば和菓子職人の技などは儂にはとてもとても……」

「おう、そだな」


 そういう話じゃねえんだよ、と言わないのはイナリなりのギャグかもしれないというヒカルなりの気遣いだが、実際イナリなりに空気を和ませようとした発言であったりする。誤魔化すように軽く咳払いすると、イナリは「そうじゃのう……」と考える様子を見せる。


「たとえばじゃが、儂は打撃に関してはそんなに強くないのう。投げることは出来るが」

「まあ、そうなのかもな」

「あとは機械も苦手じゃし、日本語以外も苦手じゃし、あとは……」


 つまり戦闘面でほぼ問題ねーじゃん、とはヒカルは言わない。うんうん、と頷くがつまるところイナリの弱点は生活面のものばかりだ。


(つーか、打撃が苦手はあんまり弱点じゃないよな。そもそも刀使いだし……)


 まあ、そういう意味ではイナリは本当に、信じられないくらいに隙が無い。ヒカルだって【全ての獣統べる万獣の王】の使徒となったことで相当強くなっているはずなのだが、それでもイナリに勝てると思えない。


(まあ、紫苑も相当強ぇけどさ……あれで使徒じゃねえってんだから)


 他の使徒がどうかはヒカルは知らないが、【全ての獣統べる万獣の王】は結構お喋りでヒカルが聞けば恐らく【全ての獣統べる万獣の王】にとって雑談レベルと思われることについては簡単に教えてくれる。鍛錬の仕方についてもそうであり、そういう意味でヒカルは神レベルの鍛錬法をも実施しているはずなのだが……少なくとも、イナリと差が縮まったなどとは全く思わない。

 いや、イナリどころかトップランカーたち……たとえばいつもトボけた態度をしている紫苑とて、ヒカルと本気で戦えば完封してくる可能性が高い。


「……もっと強くなりてぇな」

―【全ての獣統べる万獣の王】は鍛錬あるのみと助言しています―


 前向きな助言はさておき、才能の壁はいつでもヒカルが感じているものだ。イナリと関わることで他の神のごときものたちの話も聞くようになり、彼らがいつでも簡単に使徒を見限ることも知った。

 【全ての獣統べる万獣の王】は自分はそんなことはしないと言っているが、何処まで信じていいものか? もしそうなったとき、ヒカルは自分が何処まで弱体化するのか、時折恐怖じみた感情も抱いてしまう。


「ヒカルや」

「お、おう。なんだ?」

「何やら悩んどるようじゃが……儂に手伝えることはあるかの?」


 言われてヒカルは少し悩む。手伝えること。あるのだろうか? イナリであれば何か物凄い解決案が出そうという信頼はあるにはあるが……そう考えて、ヒカルはふうと息を吐く。


「いや、ねえな。これはアタシの問題だ」

―【全ての獣統べる万獣の王】はそれでいいと頷いています―

―【全ての獣統べる万獣の王】は強さを求めることは自分との戦いだと言っています―


 そう、【全ての獣統べる万獣の王】がヒカルに与えたのは「獅子王」というジョブと鍛錬法、そしてスキルの習得条件だけだ。言ってみればヒカルはジョブ以外は助言こそあれど自分で全て掴み取ったものと言える。言えるが、それでも覚醒者の強さの根底はジョブにある。だから、ヒカルはそれを失いたくはない。幸いにも【全ての獣統べる万獣の王】がヒカルに望むのは自分を崇めることだけなので……今のところ、大した問題もない。イナリと敵対することもないだろう。


(頼むぜ神様。こいつと敵対するようなことにならないでくれよ……)


 そんな祈りは口に出さなければ【全ての獣統べる万獣の王】には届かない。しかし、ヒカルが以前そうして「そんなことは恐らくない」という返答を貰ってもいた。いたが、それでもヒカルはそれだけをずっと心配していた。


「ちなみに強さで悩んでたら、どんな解決方法があるんです?」

「ん? そうじゃのう……まあ、出来ることはあまりないかもしれんが、組手とか……かのう?」

「組手って狐神さん、触れたら全部投げるスキル持ちじゃないですか……」

「まあ、ほれ。動きを教えたら同じすきるが手に入るかもしれんし?」

「あ、それは盲点でしたね……今度お願いしても?」

「別に構わんが」

「アタシもやる」


 まあ、そんな話をしながら辿り着いたのは、那覇の国際通りの道路のど真ん中であった。

 国際通りとは那覇でも最大の商店街でありお土産屋や食事処、他にも様々な店が軒を連ねている。

 モンスター災害の被害から復旧する際に特に沖縄独自の色を強めた結果、かつての時代よりも更にパワーアップしたというが……沖縄の底力ということだろう。

 そんな国際通りの道路のど真ん中にダンジョンゲートが存在するせいで周囲に規制が敷かれ、近くのお店もかなりの広範囲で臨時休業せざるを得なくなった。

 それが相当な打撃であることは想像するまでもなく、地元住民からの要望という形で「早く何とかしてくれ」という声が相当届いているようだった。

 簡易的に設置された封鎖ゲートを潜り中に入っていくと、そこには簡単な指揮所などが設置され、しかしイナリたちを見ると全員が動きを止め、その中の1人が慌てた様子で走ってくる。


「ようこそおいでくださいました! 管理部ダンジョン対策課、課長の与那覇です」

「本部の営業部サポート課、安野です。早速ですがレポート状況からの変化をご説明願えますか?」

「はい。現時点では全てにおいて変化はありません」

「……つまり先遣隊は」

「絶望的です。追加の部隊を迂闊に送るわけにもいきませんので……」


 通常、先遣隊は危険な可能性が少しでもあれば戻ってくるように決まっている。内部の状況を確認するのが最優先であり、クリアが目的ではないからだ。最悪、中に入ってすぐ戻ることだって大事なことだ。それが出来ないというのは、そう出来ない状況にあるという証拠でしかない。


「そうなりますと……狐神さん。お願いできますか?」

「うむ。ではちいと中を覗いてくるとしようかの。2人は此処で待っとるとええ」


 言いながらイナリがダンジョンゲートの中に入っていくと……そこは、何やら石造りの通路のような場所だった。暗い通路の先には光があるようだが……特におかしなところはない。


「ふむ? ……むっ!?」


 ガラガラと何かが落ちるような音が背後から聞こえて、イナリが振り向いた先ではガシャンと音を立てて鉄格子がイナリの居る場所と入り口ゲートを隔てていた。

 試しに鉄格子に触れてみるが、1ミリも動きはしない。まるでそういう形の壁であるかのようだ。


「……なるほどのう。こういう仕組みじゃったか」


 壊そうと思えば壊せるかもしれないが、此処でそんな威力の攻撃を放てばゲートそのものが壊れてしまう可能性もある。そうなれば、どうなってしまうか分かったものではない。


「ま、仕方ないのう」


 戻れないなら進むしかない。イナリは長い通路の先へと進んでいくが、その先に広がっていたのは広く丸い、円状の場所だった。その場所を囲むように高い壁が設置され、更にその上には観客席のようなものが並んでいる。

 いわゆるコロッセウムのような場所だが、イナリの丁度正面方向に1体の金属人形が立っている。まるで戦士のような恰好をしたそれは剣を正面に構え、剣士の礼のようなポーズをとるとそのまま静止する。


「……ふむ? 試合……いや、死合というわけか。となると、今回はアツアゲを置いてきて正解じゃったのう」


 念のため、アツアゲは今回自宅でお留守番だが……もしイナリと一緒に来ていれば、この場には2体の金属人形がいたかもしれないということだ。


(この場もまるで野球場のようじゃ。つまり、何かしらの競技会場……であれば規則が存在する。それを破れば何かが起こるだろうことは想像に難くない)


 あの都市伝説のダンジョン……埼玉第4ダンジョンに見る者を惹きつけてしまう砂嵐のテレビがあったように、何かしらの「仕掛け」はダンジョンに存在するものだ。たとえばイナリが此処でアレに向けて矢を撃つことは可能だが、なんとなくそうはしないほうがいいだろうと直感的に思う。


「まあ、儂がやるべきは……こうじゃろうな」


 言いながら、イナリは軽く手を振る。


「狐月、刀じゃ」


 その手の中に現れた刀形態の狐月を構え、イナリは金属人形の前に立つ。


「さて、一応名乗ろう。狐神イナリじゃ……良い試合をしようではないか」

「コロッセウムの戦士だ。誇り高き者よ。正々堂々とやろう」

「うむ、そうしよう」


 この時点で、なんとなくイナリには理解が出来た。先遣隊は恐らくルールを守らなかった。その結果……正々堂々とした戦いではなくなり、何かが起こり全滅したのだと。ならば……此処では正々堂々とやるのが、イナリのやるべきことであるのは間違いない。


(嫌じゃのう……たぶん狐火も秘剣もダメじゃよなー)


 その辺りは確信が持てないが、もしそうだとすると攻撃手段のほとんどを封じられたことになる……!

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― 新着の感想 ―
ルールを押し付けてくる強制戦闘型とかまた面倒な初見殺しだなぁ ポンと授けるんじゃなくてちゃんと鍛錬で身につけさせてる万獣の王素敵!
[良い点] 戦う前に「自分純粋な剣士じゃない(狐火みたいな絡め手も使う)けど、剣技以外も使っておk?」と聞いてみた方が良いかも? 最初に断っておくのと、勝負が始まってから使ったのだと相手の印象も変わる…
[一言] まぁイナリならルールを破って何かが起こっても力づくで押し通してクリアしそうだけども というかこういうダンジョンならむしろヒカルの方があってる気もするな まぁ中に入るまで分からんし
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