お狐様、要らないものは要らないと言える
お昼には、まだまだ時間のある午前中。
予約も1件しかなく、物凄く暇な職員が覚醒フォンでネット掲示板などを見ていた。
通常、集落型のダンジョンは腰を据えて挑むことになるため、かなり時間がかかる。
3日かかることだって珍しくはないし、1週間超えても帰ってこないようならば救助隊が出る。
というか、一般的に固定ダンジョンはボスを倒さないのが普通なのだ。
練習用として使われている東京第2ダンジョンやクリアに然程時間のかからない東京第3ダンジョンはともかく、他の固定ダンジョンは大体1時間おきに他のパーティが中に入る。
ボスを倒すよりも一定時間ごとに再出現するモンスターを皆で倒した方が得だからだ。
誰も今の時代、命懸けでボス討伐などやってはいない。そういうのは定期的に大手クランがやればいい話だ。
そして、この東京第4ダンジョンはその性質上、どうしても最終的には殲滅戦になる。
つまりボスを倒す命懸けのバトルになるわけだが……それで手に入るのが汚い斧や剣だので、しかも罠による怪我の危険性もある。
そんなダンジョンが人気のはずもない。先程入った覚醒者も適当に現実を知って戻ってくるだろうと、そう職員は気軽に考えていた。
「しかしまあ、可愛い子だったな。怪我とかしてなきゃいいんだが」
狐耳と尻尾までつけていたのはそういう趣味なのか。そんな失礼極まりないことを考えながら、職員は椅子に座り覚醒フォンを取り出す。
「そういや今日から限定ガチャだったな……どれ、さっきの子の無事を祈って10連……」
人気のゲーム「覚醒大戦」のガチャを引き始めた職員は、ゲート側の転移場所がパアッと光り始めたことに気付かない。
「お、確定演出……」
イナリが光と共に転送されてきて……同じタイミングで職員のアカウントに限定星5キャラが現れる。
「き、きたあああああ! よっしゃあああ!」
「なんと……そんなに歓迎してくれるとは嬉しいのう」
「へ? うえっ!? え、もうクリアしたんですか!?」
「む? うむ。 え? 今の『よっしゃあ』が儂宛ではないなら一体」
「あ、いえいえいえ! なんかこう、頭で理解するより喜びが勝りまして!」
「おお? そうかそうか。それは嬉しいのう」
イナリが無事にチョロく誤魔化されたのはさておき、誤魔化し切った職員は心の中で驚きで絶叫していた。
(え? えええええ? 有り得ないだろ。もうクリア? え? クラン『閃光』の連中が100人がかりで半日だぞ? それが、まだ昼にもなってないのに? クリア? どうなってんだ……?)
「え、ええと……クリアおめでとうございます。戦利品の確認をさせていただいてもよろしいですか?」
「うむ。これじゃの」
「うげえ、アイテムボックス!?」
「ひょえっ!? なんじゃあ!?」
「え、いえ。その、思わぬスキルに驚きまして」
神隠しの穴からアイテムをどさどさと出したイナリに再び驚く職員だが、出てきた魔石の数にもドロップ品にも驚いていた。
「うっそだろ……オークの斧や盾はともかく、オークジェネラルの剣……? これってドロップするものだったのか……」
「おお、そうじゃ。あいてむぼっくすを開けね……ば?」
―称えられるべき業績が達成されました!【業績:オークの高速殲滅者】―
―報酬ボックスを回収し再計算中です―
―報酬ボックスを手に入れました!―
「むう。まーたこれか。随分と業績とやらは簡単じゃのう」
「え、えええ!? なんですか、その絶妙に可愛くない箱は」
「それは儂もそう思う」
デフォルメされたオークの顔がプリントされた紙で包装された手のひらサイズの箱を、イナリは職員の前にスッと差し出す。
「え?」
「写真。撮るんじゃろ?」
「あ、ああ! そうでした! こんなの初めてで……!」
そうして職員が覚醒フォンで慌ただしく写真を撮ると、イナリは包装をバリバリと破いて。
光りながら浮かび上がってきたものは、どうやらオークジェネラルの被っていた兜であるようだった。
「す、すみません。初めて見るアイテムですが、これはどのように取り扱われるご予定でしょうか……?」
驚きすぎて恐縮してしまっている職員に、イナリは「うむ」と言いながらオークジェネラルの兜を差し出す。そう、答えは1つだ。
「儂、こんなもん要らんのじゃ。魔石だけ持って帰るからの。他はおーくしょんに出品しておくれ」
「え、ええ!? 凄いアイテムかもしれないんですよ!」
「凄かろうと何だろうと儂、こんなもんは被らんからのう。欲しい人に渡った方がよかろ」
「う、承りました。すぐに手続きをさせていただきます」
「うむうむ。では儂は帰るのじゃ」
「あ、待ってください。目録を作りますので!」
そうして出来た目録を受け取り、魔石を神隠しの穴に収納してスタスタと帰っていくイナリを見送ると、職員はゲート専属の鑑定士を呼ぶ。スキル『鑑定』があるがゆえに、そういったサービスもしているのだが……オークションに出品する以上、ここで鑑定をしておく必要がある。
結果として鑑定士も青ざめ、イナリに慌てて電話をかけて再度「要らぬ」と言われ出品されたオークジェネラルの兜は、再び大きな混乱を巻き起こすのだった。
お狐様「要らんのじゃ」





