お狐様、魔道連盟に行く
約束の3日後。イナリは迎えの車に乗って魔道連盟の本拠地にやってきていた。
9大クランの一角である魔道連盟は東京都品川区の大井町に本拠地である魔法塔を建設しているが、その周囲に魔法関連のジョブに役立ちそうな店やその他の店が立ち並び現在に至っている。
これは魔道連盟が大井町そのものを魔法系ジョブの聖地にしようと画策したのが大きい。
事実、旧大井町駅……現在は大井町バスターミナルの存在する場所からは魔法塔がしっかりと見え、一種の映えスポットとなっている。そういう風に「映え」の多くある見ごたえのある町ということだ。
だからこそ、イナリと朝子はバスターミナル近くで降りて大井町を歩くルートをとることにしていた。
そしてその一発目がこのバスターミナルであったわけだが、朝子から見てイナリの反応は中々に良い。
「ほう、凄いのう」
「ええ、是非この光景は見てほしいと思っていました」
朝子に言われて、イナリは頷く。実際、此処から見えるあの魔法塔は中々に壮観だ。以前青山が人造アーティファクトというものについて話していたが、恐らくはそういうものなのだろうと思う程度に魔力を放つ場所であった。
そして、それだけではない。なんだかレトロ……というよりはファンタジックな外観に整えられたバスターミナルは魔法塔と雰囲気が合っている。
「では、此方へ。このまま歩いて魔法塔へと向かいましょう」
そしてどうやら、大井町の街並みも同じテーマで整えられているようだった。ファンタジック……と一言でいっても色々あるが、魔法使いの住んでいそうな木やレンガ風の外観に整えた建物はなんとも楽しさと実用を兼ね備えており、家具店や雑貨店にレストランなど、どうやらバスターミナル付近は一般客向けにも販売できる品を使う店が多いようだ。
「あそこでマントを着とるのはお主のところのかの?」
イナリに言われて朝子が視線を向ければ、魔法使いっぽい帽子やマントを被った若者たちが歩いているのが見える。楽しそうに話している彼等は如何にもという感じではあるが、朝子は「ああ、違いますよ」と笑顔で答える。
「あれはこの辺りで売っている公認グッズです。ほら、此処って如何にも魔法使いの街という感じでしょう? ですから『それっぽい』気分になれるグッズは需要があるんです。勿論本物と間違えたりしないようにデザインを特徴的にしているので、うっかり覚醒者専用の区域に彼等が入り込むこともありません」
「ほー、よく出来とるのう」
「こういうのも地域振興ですから」
この地域振興というものは中々に馬鹿に出来ないものである……というのは、9大クランと呼ばれるほどに大規模な組織の長であれば大抵は辿り着く結論だ。
何故ならば9大クランと呼ばれるほどに大規模なクランは決して戦闘要員だけを抱えているわけではない。事務に経理、総務、庶務に営業……越後商会の場合は行き過ぎていたが、内部を見れば通常の会社組織にも似た事務方をかなりの規模で抱えているものなのだ。覚醒会社などと呼ばれる一面をクランが持っているのは、こういうところもあるからだが、そこはさておいて。
勿論その全ては覚醒者だが、要は戦い向きではない覚醒者の雇用の受け皿として機能しているわけだ。
さて、そうした事務方の人々は戦闘を行う覚醒者たちが不自由なく行動できるように日々支えているわけだが、多くの場合は魔法塔の近くにある寮に住むことになる。
そうなると当然、その近辺に生活用品や食料品などを買える店が必要になる。
他にも魔法塔に食料品や雑貨、オフィス用品を納入する業者などがやってきて、そんな人々をターゲットにしたスーパーやらアパートやらが出来ていく。その際に「魔法使いの街らしい街づくり」をすることで、まあいわゆる巣鴨とは別方向での独自性を打ち出していっているわけである。
結果として出来たのが今の大井町であり「大井町魔法飲み屋通り」などと銘打たれた区域も存在していたりする。ちなみに「ぽい」のは外観と内装だけであり、出しているのは「魔法焼き鳥」とかそういう名前だけの胡乱なものであったりもするらしいが、それはそれで楽しんでいる人も多いのでさておいて。
「ねえ、あれって六志麻マスターじゃない?」
「わあ、綺麗……」
「隣にいるのってイナリちゃん?」
「仲いいんだなあ」
とにかく、見た目に結構目立つ朝子とイナリが並んで歩くと目立ちっぷりも数倍である。しかしながら少し特徴的なのは、まず朝子に気付き、その後イナリに気付くといったところであった。
これはお互いの知名度がどうこうという話ではなく、大井町が朝子のホームであり、来る人々は大抵の場合は朝子を知っているという証拠なのだろう。
とにかく魔法塔に近づいていくと鉄柵で塞がれた箇所があり、立っていた警備の面々は朝子に気付くと門を開ける。
「おつかれさまです」
「は、はい! おつかれさまです!」
朝子がそう声をかけると警備が敬礼するが、そんな横を通るとイナリが「ふーむ」と声をあげる。朝子が雇い主だから今の警備の態度は当然なのかもしれないが、それだけではない尊敬のような色が見えた気がしたのだ。例えるなら「憧れの人」を見るような、そんな感じだろうか?
単純に知名度がどうこうではなく、朝子自身が尊敬されている証なのだろう。それは門の先へ歩き始め、すれ違う人々の朝子へ向ける視線からも察することが出来る。
「お主、慕われておるんじゃのう」
「ええ、そうなるように振舞っている自覚はあります。必要のないところで敵を作っていては大規模クランの長は務まりませんから」
実際、9大クランは互助会の意識が強くクランマスターたちは積極的に自分のランキングを上げようとしていない。それは個人の強さを追求しないという言葉とイコールではないが……まあ、チームとして動き後進を育てることを重視しているという意味ではある。
朝子もまたそんな1人であり、ジョブ「エレメントマスター」は本来であればトップランカー争いをしていてもおかしくないポテンシャルを持つジョブでもあった。
「元々私たち9大……あの頃は5大クランでしたが、焦土と化したこの国をどうにかするために立ち上がった組織でした。色々と苦労しましたが、共通していたのは『人の良さ』のアピールですね。昔はもうちょっとスレてたんですよ私」
「さよか。しかし今は立派な大人に見えるぞ」
「そうであれば成功、ということですね」
微笑む朝子とイナリが魔法塔に辿り着けば、それはバスターミナルから見たよりも迫力のあるものだった。
見た目には白亜の塔といった風ではあるが、その大きさが結構なものだ。
公式記録では250メートルの高さを誇る巨大建築は、万が一モンスターの襲撃があっても守り切れる強度で設計されているという。実際にどうだかはやってみないと分からないが、とにかくそういう触れ込みであるということだ。
いざというときはあんな安全なものに逃げ込める。そんな安心感が人々を引き付けるわけだが……まあ、そういうことが覚醒者には出来るという実力を見せつけた形でもある。
そんな象徴的存在である魔法塔だが、中に入ってみると意外に近代的である。
上に行くのは不可思議な魔法装置ではなくエレベーターだし、綺麗なタイルの敷かれた床や白い壁を含む洗練された現代的デザインだ。まあ、そこを行き交うのはローブを着た魔法系ジョブのクランメンバーだったりするのだが。
「現代的でガッカリされましたか?」
「ん? いやあ、驚きはしたがの」
「私としても遊びが無いとは思いますが、結局のところ内装に関しては機能的なデザインが使いやすいんですよね」
「まあ、そうかもしれんのう」
言いながら朝子に導かれるままにイナリはエレベーターに乗って。覚醒者協会のエレベーターと同じ高速エレベーター特有の奇妙な感覚に「ヒョオオオオオオオオオオオオ」と奇声をあげながら上階へと遠ざかっていく。その甲高い声に1階にいた人々のうちの1人が「苦手なのかな……エレベーター……」と呟くが、実際その通りである。
最上階に着いたときにはイナリはちょっと青い顔をしており、朝子も申し訳ない気分になってしまう。
「エレベーター、苦手でしたか……なんだか申し訳ありません」
「い、いや。いいんじゃよ……えれべいたにはどうにも慣れんのう」
実際イナリは三半規管とかは存在しないのでエレベーター酔いの類は起こさないのだが、それでもエレベーター独特の奇妙な感覚はどうにも慣れない。それでも気分を落ち着けフロアを見るが、そこは何とも広い場所だ。広さだけで言えばフォックスフォンの赤井の部屋を遥かに超える広さだが、それは最上階が透明な壁で仕切られたエレベーターや階段フロアを除けば全て1つのフロアとなっているからだろう。
「どうぞ此方へ」
「おお、凄いのう……」
朝子がカードキーでドアを開ければ、全面ガラス張りのフロアからは地上を遠く見下ろすことが出来る。まるで空の上にいる気分、といってもいいだろう。高所恐怖症であればクラクラする光景かもしれないが、イナリからしてみれば此処でガラスを突き破って外に飛び出してしまったところで飛べるので恐怖など抱くはずもない。
さておいて、広いフロアには朝子のものらしいデスクや応接用らしきスペース、そして反対側には秘書課のスペースと思わしきものがあり、ソファに座ったイナリと朝子のところに秘書がお茶を運んでくる。コーヒーでないのはイナリへの配慮だろうか?
「ふむ……何やら色々置いてあるんじゃのう」
「ええ。クランマスターとしての威厳というか……ハッタリですね」
そう、ガラスケースらしきものがあちこちに置かれ、その中には如何にもといった杖やローブ、帽子や宝石などが飾ってある。どれも魔力を感じるので、アーティファクトではあるのだろう。そして実際に、どれもダンジョンから産出した武器や防具であり市場価格としてもかなり凄いものばかりだ。
「色々とお見せすることも考えたのですが、それで互いの距離が縮まるわけでもありません。なら、私たちがどういう組織かを見せるのが一番かと思いましたが……如何でしょう?」
「ん? そうじゃのう。方向性は違うが武本のところと似た空気を感じる。良い場所じゃな」
それは相当な褒め言葉ではある。武本武士団と巣鴨の関係は、かなりの理想形ではあるからだ。朝子もその辺りを意識していないとは言わない。まあ、巣鴨よりも多少テーマパーク感があるのは事実だろうとは朝子も感じている。しかしながら、その辺りは多少は仕方のない部分ではある。
そう、仕方ない部分ではあるのだが……だからこそ、魔道連盟にしか出来ないやり方というものも、ある。
「さて、その武本武士団ですが……お話した通り、イナリさんは武本武士団と特に仲が良いとされています」
「まあ、実際そうじゃのう」
「はい。ですので、今日は私も仲を深めるべくお呼びしたわけですが……実際問題、そんな1日や2日で友達ですと言っても空しいだけです」
「そんなこともないと思うが……まあ、世間的にはそうなのかのう」
確かに9大クランと仲が良いというイメージを作るにしても、そんな1日ずつのお出かけで皆と順番に仲良くなりました、など誰が信じるのかという話ではあるだろう。しかしならばどうするのかという話ではある。
「そこで、まずは一緒に写真を撮ってSNSに上げるところから始めてみてはどうかな、と」
「えすえぬえす……なんか、ほれ。いんたーねっとのやつじゃったよな」
「そうです。如何でしょうか?」
「ふむ……」
まあ、そういうのもアリなのかもしれないとイナリは思う。今の若者の流行はそういうもので発信されることも多いと聞くし、そういう場所に仲が良さそうな写真を載せるというのはなるほど、確かに良い考えかもしれない。そう思うからだ。
「では、そうするかのう。ちなみにどんな写真を撮るんじゃ?」
「はい。それについては今回の話を持ち掛けようと決めたときから考えていました。イナリさんがイメージキャラをやっておられるフォックスフォンにも相談してみました。そしてフォックスフォンの紹介で使用人被服工房にも発注をかけました」
「これほどまでに不安になる組み合わせもそうはないのう……!」
赤井の発想力と使用人被服工房の技術力。そこから出てくるものが何なのか。ちょっと予想がつかないだけにイナリとしても不安が凄い。
「では……早速ですが、お願いします」
「お任せを!」
ガラガラと衣装をかけたハンガーラックを転がしてくるのは、格好は違うけどイナリの見た顔であった。そう、確かあれはメイド隊の。
「荒みがちな生活に安らぎを、趣味と実用の両立に完全回答! 世界のために今日も征く! 『使用人被服工房』のメイド、リリカでーす! けれども今日は秘書課の魔法使い仕様!」
恰好が違う……というか秘書課の他の面々と同じ格好をしているから分からなかったが、確かにメイド隊のリリカである。変装なのか眼鏡もかけている。
「なんだか久しぶりに会う気がするのう」
「私も最近は外に出てますからねえ。はい、というわけで此方が今回ご用意いたしました特注品! かわいい狐耳魔法使い参上! え、ハロウィンですか? いいえ、でもあなたのハートにいつでもトリック&トリート! 魔道連盟のエッセンスを添えて……です!」
「つまり魔道連盟風の衣装をご用意したわけですね」
朝子が一言でバッサリとまとめるが、イナリにサイズがピッタリ合いそうなのは、どうやらそういう理由であるようだ。
「……うむ。それでこの衣装をどうするんかの」
「はい、友好の証ということでプレゼントしますが、可能であればこれで1枚撮るのは如何かと」
「なるほど、のう……うむ。まあ、構わんが」
イナリの視線は、イナリのものであるらしい衣装の隣にかかっている少し大きめの衣装に向けられていた。なんかこう、イナリの巫女服に似ている気がする。
「あの巫女服について聞いてもええんかのう……?」
「ああ、あれですか。イナリさんにだけ着せるのは少々友情アピールとしては公平ではないと思いまして」
「うむ?」
「私も狐巫女になろうかと」
「……うむ?」
「ある意味で勝手に話を進めた罰といいますか。まあ、クラン的にも明るく冗談の出来る雰囲気をアピール出来るかもという目論見はありますが」
「……うむ」
まあ、朝子は控えめにいっても相当な美人なので似合うだろうけども。
「ちなみに狐耳も髪色に合うものをご用意してます」
「おお……本気じゃのう……」
「幸いにも装備着用のための更衣室があるというお話でしたので、私も今回は色々と本気出してセッティングしますのでよろしくお願いしますね!」
物凄く楽しそうなリリカだったが……そのテンションに相応しい楽しげな写真が何枚も撮影され、その日のうちにSNS上の魔道連盟の公式アカウントにアップロードされたのであった。





