お狐様、世界の行く末を考える
ソフィーが居なくなってから数分後。覚醒者協会の車が数台やってきて武装した職員が周囲に展開し始める。その中に混じっていた安野も降りてくると、イナリを見つけて一直線に走ってくる。
「狐神さん! ご無事でしたか!」
「うむ、見ての通りじゃよ」
「あ、そうみたいですね……」
当然のように無傷のイナリと踊っているアツアゲを見て、安野はホッとしたような表情になる。まあ、元々イナリをそんなに心配してはいなかったのだが……万が一ということもあったのでこうして無事に見ると安心できるのだ。
「しかしまあ、外に積み木ゴーレムがいたとは……此処で暴れてくれて助かりました」
「ふむ?」
安野はこの辺りにあったダンジョンの事情を知らないのだろうか、とイナリは思う。だからイナリは軽く首を傾げ……それを聞いてみることに決めた。
「安野や」
「はい、なんでしょう?」
「昔、此処に臨時だんじょんがあったと聞いたのじゃが」
「そうですね。とんでもない難度のダンジョンだったと習ったことがありますけど……そういえば誰がクリアしたかっていうのは謎のままらしいですね」
「ほう……」
「あの頃はたまにあった話らしいですよ。名乗りをあげれば英雄になっただろうに名乗り出ない、そんな人たち。隠れた英雄って言われてますね」
なるほど、とイナリは思う。どうやらソフィーがクリアしたというのは事実であるのだろう。しかし本人の言った通り、目立つのを好まず名乗り出なかった……ということであるようだ。しかも恐らく、幾つかの難度の高い臨時ダンジョンをクリアしているのだろう。それはイナリとしては、なんとも好感のもてる話だった。
(ふむ……となると地均し云々の話も信用してもいいのかもしれん)
未熟な世界。そんな世界が急速に整えているという準備。そして天津神という例え。日本神話において、地上の統治は国津神から天津神へと受け継がれたという。勿論イナリは天津神どころか国津神にも会ったことはないが……さておいて、その話に例えるというのはどうにも穏やかではない。
(つまるところ、世界の準備とやらが整ったときが本番、か)
それがいつであるかは分からない。しかし、そのために地均しとやらをしているのであれば今まで通り、邪悪な「神のごときもの」の影響力を排除していくのがイナリに出来る最適な行動であるのは恐らく間違いない。
(うーむ……聞いても答えんと言っておったし、これ以上は聞いてもダメじゃろなあ……)
「あのー、狐神さん?」
安野に聞かれて、イナリは思考を中断する。そういえば放っておいてしまっていた。
「やっぱり何か悩み事があるのでは? 私でよろしければ聞きますけども」
「んー……うむ。まあ、まだ解決の道筋が見えんからのう。そのうち、の」
「はい、お待ちしております」
「うむうむ」
安野も随分と態度に余裕が出て来たな、などとイナリは思う。出会った頃は元気ばかりがから回っている印象もあったが、今は頼れそうな落ち着きがある。とはいえ、こんな話をするわけにもいかないが……。
しかしまあ、システムが世界の準備とやらを進め、そのために覚醒者という「力」を与えていて、イナリと「神のごときもの」がぶつかり合うときにはメッセージを伝えてくるし、影響力排除の際に報酬を与えて来たりもすることを考えれば……システムは人間の味方と考えていいのかもしれない。
そうやってしばらく考えて……イナリは考えるのをやめる。
(まあ、儂が考えても詮無きことではある、か……)
考えても解決はしないし、イナリ1人で何かをどうにか出来る話でもない。むやみやたらに慌てて解決するならそれでもいいが、そういう問題でもないからだ。
そんな風に結論付けながら覚醒者協会職員たちをイナリが眺めていると、彼等はどうやら周囲に他の危険が残っていないかを調査しているように見えた。
「気になりますか?」
「うむ。あれは危険が残っていないか確認しとるんじゃよな?」
「はい。此処に積み木ゴーレムが来たということは、何かしらの原因がある可能性を疑わなくてはいけませんから。何もなければそれでよし。何か見つかれば即対処、というわけですね」
「あー……」
その原因が此処にあった臨時ダンジョンであることをイナリは知っているが、それを言えばソフィーのことも言わなければならない。とはいえ絡まれたくない、と言っていたのをイナリはちゃんと覚えている。そしてソフィーには、此処まで案内してもらった恩もある……それに仇で返すことを、イナリは良しとしない。
「うむ……頑張ってほしいのじゃ」
「もしかして何かご存じだったりします?」
「まあ、ほれ。例えば此処にあっただんじょんのぼすだった可能性とかのう……?」
「里帰りってことですか? 確かにその可能性もありますかね」
「うむ、では儂はそろそろ帰るでのう。頑張ってほしいのじゃ」
「あ、はい。おつかれさまです」
悩みだす安野に「あまり悩み過ぎないようにのう」と言い残してイナリはそっとその場を離れていく。まあ、このくらいならば義理を欠いたことにはならないだろう。あくまで予想できる範囲のことに過ぎないのだから。
「とはいえ、ソフィーの手柄を横取りしたようで良い気分ではないが……」
そう考え立ち止まり、邪魔にならないような建物の壁際まで移動すると、ソフィーにそれをメッセージで送ってみるが……然程時間をおかずに「えっ」と反応が返ってくる。
【別にそんなので謝罪する必要ないと思うんですけど……】
【しかしのう。ソフィーの手柄じゃろ?】
【そんなの手柄でもなんでもないですけど……真面目ですか?】
そんな風に言われてしまえば、イナリとしてもそれ以上は言えない。覚醒フォンを仕舞うと、イナリはふうと息を吐く……が、すぐにメッセージが着信する。
【まあ、どうしてもというなら今度会ったときに何か奢ってください】
【そうしよう】
「……気をつかわせてしまったの」
苦笑しながらもイナリは歩きだす。まあ、今のやり取りだけでもソフィーが人格者なのは確認できた。それだけでも結果としては充分だろう。
(神のごときもの……一枚岩ではないのは分かっておったが、どうもそれだけでもなさそうじゃ)
人間が色々な派閥や色々な人間がいるように、神のごときものにも色々な者がいるのだろう。だとすると……1つの可能性が見えてくる。
(神のごときものにも、分かり合えるものがいるのかもしれん……)
それは単なる可能性に過ぎない。そうではない可能性も充分にあるし、分かり合えたと思えば裏切られる可能性だってあるかもしれない。使徒たちが神のごときものを信じて捨てられたように……だ。しかし、可能性があるならば挑戦する価値はあるだろう。あるいはソフィーもそうかもしれないが、そうした可能性を手繰っていくのも悪くはない。
「とはいえ……そんなアテはそうはないがの」
「何がだよ」
「おお? ヒカルではないか。どうしたのじゃ?」
そう、そこにいたのはヒカルだが……イナリを呆れたような目で見ている。とはいえイナリにはそんな目で見られるようなことをした記憶はない。ない、のだが……どうにもヒカルにはあるようだ。
「どうもこうも。ほら」
「む?」
ヒカルが向けて来た覚醒フォンの画面は一般向けのSNSサービスであるようだが……そこには何やら物憂げな表情をして壁に背を預けているイナリの姿がある。
「……イナリちゃん見つけた。物凄くあんにゅいな表情……さっきの巨大モンスター騒動で何かあったのかな? とな……あんにゅいとはなんじゃ……阿弖流為の親戚かの?」
「違ぇよ。ていうかアテルイの親戚の表情ってどんなだよ」
「いや知らん。会ったことないしの……」
「あってたまるか。つーかボケが分かりにくいんだよ」
「別にボケとらんが」
「なお悪い」
怒られたイナリは疑問符を浮かべるが、話が進まないので「なんかこう、物憂げってやつだよ」と説明する。
「おお、そういうことか。確かにそんな感じじゃのう!」
「バズってたからさあ。何やってんだって迎えに来たんだよ」
「そうじゃったか……それは苦労をかけてしまったのう」
「気にすんな。ほら、行くぞ」
ヒカルに手を引かれながら、イナリは思う。正直神と人との関係などイナリにどうこう出来る話ではない。しかし、こういう風な関係を築いていけるのであれば……それが一番なのではないか。
「のう、ヒカルや」
「なんだよ」
「儂みたいな神がいたらどう思うかの?」
「あー? どうもこうも……平和だよな、きっと」
「うむうむ」
変なことを聞きやがる、とヒカルは愚痴っていたが……イナリは少しばかり、自分の立ち位置について再確認できた気がしていた。
そんなイナリの心の内はさておいて……アツアゲの赤羽大バトルから2週間ほど経過した、今回の一連の事件の「後」の話をしよう。
まず、イタリアの覚醒者協会は大体の掃除を終えた。アマンダ派の職員は全員あぶりだされ、キアラ暗殺計画に関する諸々を調査された上で関与度によって処分を下されたらしい。
その辺りに関する「覚醒者協会イタリア本部」としての動きについては一応公表されてはいるが、イタリアのマスコミはその辺りをほぼ公式発表を流すのみで終えている。それ自体は覚醒者とマスコミの関係を考えれば普通のことなのだが……処分ではなく「組織の大規模改革のための大規模異動」や「勇退」などとなっているのがなんとも闇を感じる部分ではある。ただ、こういうのは何処の国でもある話であったりする。
そして、もう1つ。「組織刷新」を終えた覚醒者協会イタリア本部と日本本部は、今までよりも一歩進んだ協力関係を結ぶことになった。
人的交流、経済的交流、その他諸々……その中にはキアラが日本で感動したとされるヤマトモリに関するものも含まれているという。代わりにイタリアからもかなり……いや、相当日本に好意的な条件が示されたらしく、他国が驚くような内容であったらしい。
まあ、とにかくめでたいニュースということで、今日はテレビではどの局でもそのことばかりやっている。
―実際これってどのくらい凄いことなんですか?―
―そうですね。覚醒者協会の本部が各国にあるのを見ればお分かりになるかもしれないんですが、基本的にライバル関係なんですね。勿論何かそれが致命的な事態に到るような何かというわけではないんですが、今回日本とイタリアの両国の覚醒者協会の合意内容を見ると……―
「イタリアの本部長か。すげえ人らしいぜ」
「あー、うむ。凄いかどうかは知らんが、度胸のある人物ではあったかのう」
「……」
「む?」
イナリの家に遊びに来ていたヒカルはイナリと一緒に台所でおにぎりを握っていた手を止めて、イナリをじっと見る。
「どうかしたかの?」
「いや、なんつーか……え? 会ったことあんの?」
「うむ。先程てれびで言うとったヤマトモリにも乗ったが」
「マジかよ……何やってんの? え? あの赤羽の事件ってそれじゃねえだろうな」
「うーむ。関係あるといえばあるんじゃが、別件といえば別件じゃし……うーむ、派生した事件というのが正しいのかのう?」
「いや、どういうことだよ」
実際、あの積み木ゴーレムの事件はキアラの件とは直接は関係ない。東京湾での大規模戦闘の結果、あの場で活動停止していた積み木ゴーレムが刺激を受けて動き出した……というのが正確なところだろう、という話は月子からもイナリは聞いていた。
まあ、キアラの話をそうホイホイ話すわけにもいかないので、イナリはぼかしながら伝えることにする。
「まあ、縁で護衛を頼まれてのう。その際に色々あったんじゃよ。で、赤羽の積み木ゴーレムはそのせいで目覚めたようでな」
「あー、それだと色々納得いくな……イナリとの縁を重視したわけだ」
「そうなのかのう」
「絶対そうだろ……もしかしてアドレス交換とかしてないだろうな」
「しとるが」
「何やってんの……移籍してくれとか言われても断れよ?」
「あ、それはもう断っとるが」
「誘われてるし……」
そう、イナリはキアラにお願いされてアドレス交換をしているし、キアラからは親しい友人のようにメッセージが届く。しかも、わざわざ日本語で送ってくるのだ。日本語を話せていたことを考えても、イナリは1つの結論に至っていた。
「元々日本びいきなところもあるんじゃないかの?」
「それはどうだろうなあ……」
むしろヒカルとしては「勇者のせい」説を推したいところではある。勇者は今でこそ数か国語がペラペラだが、海外を飛び回っていた当初は日本語しか話せなかったせいもあって通訳がついていたが、そこに日本語を話せるというのはメリットだったころも確かにあったのだ。
「それよりほれ、おにぎりを握る手が止まっておるぞ」
「おっと」
いつものことなのだが、イナリの家にはおにぎりの具になるものはたくさん常備されている。今もイナリは梅おにぎりを握っているが、ヒカルとしてはシャケおにぎりのほうが好きである。ちなみに何で一緒におにぎりを握っているかといえば、なんとなくヒカルが一緒にやりたかったからである。
「ところでさあ……」
「む?」
「なんでテレビの近くにゴッドキングダム座ってんの?」
「うむ……アツアゲがの……気に入っとるようでのう……」
そう、全長2メートルの完全合体ゴッドキングダムは無事にイナリの家に届き、アツアゲが徹夜で組み立てて完全合体を成し遂げていた……のだが。いざそれを何処に飾るかとなったときに、アツアゲがゴッドキングダムに胡坐を組ませて自分の椅子にしたのだ。
おかげで今もアツアゲはゴッドキングダムの膝の上でリモコンを弄っているが、なんとも満足そうではある。
「玩具的にはでけえとか可動域すげえとか色々あるんだけど、絵面が凄すぎて全部吹っ飛ぶな……」
「まあ、儂も玩具のことには詳しくないんじゃが……あれって一般的ではないんじゃよな?」
「あんなんばっかりだったら世の親御さん泣くだろ」
「それもそうじゃな」
まあ、値段もそれなり以上にするので玩具としても存分に気合の入った代物なのだろうが、実物を見たのは流石にヒカルも初めてだ。むしろ「買う奴いたんだ……」といった感じですらある。まあ、イナリがいつものように甘やかしたんだろうなとは思っている。そんなに間違ってはいない。
「……思うんだけどさ」
「うん?」
「赤羽のあの積み木ゴーレム大乱闘を見るに……アツアゲがゴッドキングダムみたいになっても驚かねえよな」
イナリはその言葉に、ちょっと考えて。有り得ない話ではないかな……などと思う。実際アツアゲは空も飛んだし、ドリルも使った。ならばそれ以上が出来てもおかしくはない。
「流石に500体合体はどうかのう……」
「合体プロセスの話じゃねえんだけど……いやほんとあのアニメ制作陣、何考えて作ったんだろうな……玩具会社もだけどよ……」
「分からん。人の世はほんに複雑怪奇じゃからのう」
世に複雑怪奇ではないことは1つもないと人は言う。あらゆる全ては複雑に絡み合い、その全貌を知ることは人には不可能であり、だからこそ面白いのだと。
その言葉は、ある意味では正しいのだろう。そう、たとえば……おにぎりの美味しさの方程式を知らずとも、どんな具を入れれば一番自分好みになるかを知っていれば充分なように。幸せとは、たぶんそのくらい適当でもしっかりと形になるものなのだろう。
第8章はこれにて終了でございます。
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まだ入れていないという方も、今回のお話を機にぜひ入れていただけましたら、とても嬉しいです。
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