お狐様、「それ」に出会う
そうして歩きながらも、ソフィーは背後からのイナリの視線を感じていた。もうチクチク刺さるような視線だ……敵意ではないが、あからさまに警戒されている。まあ、当然ではあるが。
仕方なさそうに立ち止まり振り返ると、ソフィーはイナリに多少譲歩することにしてみる。
「本当に私は何もする気はないんですが……そんなに気になるなら1つくらいは質問に答えますが」
「では聞こう。『神のごときもの』は何を目的にしとる?」
「色々です。遊んでいるものもいれば、本気で何かを為そうとしているものもいます。しかし、あえて言うならそうですね……地均し、でしょうか」
「地均し、じゃと?」
「どんなものにも相応しい器というものがあります。この世界は今、急速にその準備を整えつつある。だからこそ誰もがその先で優位にあろうと手を伸ばすし、システムはまだ未熟な世界にルールを敷いた。貴方が現れたのはまあ……偶然という気もしますが」
「ふむ……」
「私も貴方を直接見て確信しました。逆に言えば、そうでなければ疑問には思っても気付けないままだったでしょう」
「何の話か分からんが」
「国津神。この国ではそんな概念がありましたね。つまりはそういうことです」
それが正確に意味するところはイナリは分からない。けれど、わざわざそんな言葉を出したということは。
「自分たちこそが天津神であると?」
「別にユグドラシルで例えても構いませんが、まあ私含め貴方の存在は多くのものにとって予想外ではあったと思いますよ」
それ以上は答える気はない、とばかりにソフィーは再び前を向いて歩きだす。
「どちらにせよ、いずれ避け得ぬものです。直接降臨してくるような享楽主義者は少ないでしょうけどね」
2人ほどそういう風なことをした奴がいたのをイナリは知っているが、まあ此処で言っても仕方のないことだ。それに……この先どうなるにせよ「使徒」を中心に介入してくるだろうということも知れた。享楽主義者などと表現するということは、あまり褒められたことでもないだろうから、だが……そこでイナリは「うん?」と首を傾げる。
「……ではお主は……」
「私はいいんです。元々そういうものなんですから」
「まあ、ええがのう……」
そうしてソフィーに先導されるまま歩いて行った先は、赤羽港市場からは少しばかり離れた場所……草がボウボウと好き勝手に生えた空き地であった。
「赤羽は栄えとると思ったが……こんな場所もあるんじゃのう」
赤羽港からも市場から離れているとはいえ、場所的には良いはずなのだが……家の一軒も立っていない。まるで此処だけを周囲から置き去りにしたかのようだ。
「此処は、この国が覚醒者に逃げられた当時に現れた臨時ダンジョンの中でも特に凶悪とされたものがあった場所です」
そう、臨時ダンジョンはクリアすれば消える。しかし覚醒者を弾圧し逃げられたのであればクリア出来る者はいない。そうなればどうなるか? 考えるまでもない。臨時ダンジョンでもモンスター災害は発生する。つまり……モンスターが溢れ出すのだ。それも特に凶悪と称されるならばモンスターもそれ相応のものであったはずだ。
「……被害も相当なものじゃったろうの」
「ええ。此処が長く忌避されるほどには」
「それで、此処と積み木ゴーレムに何の関係があるんじゃ? 儂にはよう分からんのじゃが」
此処があまり良い歴史のない場所なのは分かったが、積み木ゴーレムとの関連性が分からない。だからイナリがそう聞けば、ソフィーは「そうですね……」と思案する顔になる。
「そもそも積み木ゴーレムというモンスターに関して、どの程度ご存じですか?」
「あにめ好きで多芸ということくらいかの」
「あ、いえ。アニメについては知りませんが……多芸というのはその通りで、積み木ゴーレムは実に多様な可能性を秘めています。東京湾で見たジェットウイングとかいうのも、その可能性の1つと言えるでしょう」
「うむ」
「実を言いますと、此処にあった臨時ダンジョンをどうにかしたのは私です。そして……ボスは積み木ゴーレム・ウェポンマスターでした」
「うえぽんますたあ」
「悪夢のような敵でした……2度と戦いたくはないですね」
頭痛を押さえるようにソフィーは眉間を揉むが、実際とんでもない敵だったのだ。積み木ゴーレムのパーツチェンジなどの特性をそのままに、武装の数がビームに加えて更に数種類。パーツチェンジにより実質無限弾数のそれらを片っ端からぶっ放されるのはまさに悪夢であったし、当時のソフィーは「来るんじゃなかった」と泣きそうだった。今も遠い目になっている。
「えーと、それで何の話でしたか……そう、積み木ゴーレムですね」
「お主も人の子のために頑張ってくれたんじゃのう……」
「あ、ちょっと。不意に優しくしないでください。私の身内はそういうことする人少ないんですから」
「うむ、色々疑ってすまんかったのう。儂も人を見る目が……ああ、人じゃなかったかの?」
「ちょ、背伸びして頭を撫でようとしないでください! いいですからそういうのは!」
なんとかイナリから距離をとると、ソフィーは咳払いをする。
「とにかく! 積み木ゴーレムが川口ではなく赤羽側に留まっているということは、理由は1つです」
「故郷に戻ってきている、ということかの?」
「その通りです。まあ、故郷という概念があるかは不明ですが……自身が力を一番発揮できる場所に戻ってくるのは不思議なことではありません」
なるほど、確かにそれはイナリとしては納得いく話ではあった。しかし、1つ問題はある。それは噂の積み木ゴーレムがアツアゲと間違えられていたということだ。それにイナリの見る限り、テレビに映っていた積み木ゴーレムはアツアゲによく似ていた。
「しかしのう、てれびに映っておった積み木ごおれむは、アツアゲにそっくりじゃったが」
「む……むー……うーん」
悩むソフィーから視線を外すと、イナリは草の陰から何かがこちらを見ていることに気付く。それは全長1センチほどの小さな……そう、小さな積み木ゴーレムで。
「ソフィー!」
「え? って、ああ!」
それは一気に50センチのデフォルトサイズへと変化し、その手の上に2つのダイスを浮遊させていた。
「アツアゲ!」
イナリの服の中から飛び出したアツアゲもデフォルトサイズになると、ダイスを取り出す。
『エマージェンシー、エマージェンシー。積み木ゴーレム、出撃準備開始』
『エマージェンシー、エマージェンシー。積み木ゴーレム、出撃準備開始。マスターとのリンクスタートします』
『6、6! 36! 36倍! 36倍!』
『4、3! 12! 12倍! 12倍!』
積み木ゴーレムの身体が36倍の18メートルに。そしてアツアゲの身体が12倍の6メートルに変わっていく。明らかにアツアゲの分が悪い。
『36倍積み木ゴーレム、出撃完了。武装射出開始』
『12倍積み木ゴーレム、出撃完了。行動開始します』
「ぬ?」
「あ、なんか来ます!」
何処かから飛んでくる積み木の群れに向けて、イナリは素早く「狐月、弓じゃ」と唱えその手に弓形態の狐月を握る。
「あれがそうなら……これでどうじゃ!」
早速取っ組み合いを始めているアツアゲたちに当てないようにイナリが放った光の矢は飛んでくる積み木の群れに命中して爆散させるが、ほぼ同時に別方向から同じ積み木たちが飛んでくる。
「な、なんと!?」
『完成。36倍積み木ゴーレム・ウェポンマスター』
何やらゴテゴテとした姿になった積み木ゴーレムは如何にも強そうだが、一体どんな攻撃をするのかイナリには全く分からない。分からないが……すぐに理解させられる。
「ミサイル」
背中に背負っていた円柱状の積み木が数本発射され、紫苑のフライングトーピドーのように飛びながらアツアゲへと命中する。どういう仕組みなのがズドン、と本物のミサイルのように爆発までしている。
「ビーム」
「マスタービーム」
アツアゲがイナリの魔力を遠慮なく吸い上げながら放った大出力のビームも、積み木ゴーレムが放ったビームに相殺される。威力負け……といっても魔力差ではない。単純に出力で負けている……そう、性能差だ……!
ズドン、とアツアゲはマスタービームを全身で受けよろめく。その身体はビームを受け焦げているが、パーツチェンジをするほどではないようだ。しかしそれでも彼我の力量差は明確だ。
「ちょっと、いいんですか!? 負けちゃいますよ!」
「いや、そう簡単にはいかんよ。アツアゲは今日ずっと、やる気満々じゃったからの」
相変わらず普段の言語は「ビーム」だけのアツアゲだが、イナリから謎の積み木ゴーレムを探しに行くと聞いたアツアゲはシャドーボクシングでやる気を表明していた。ならば、出来るところまではアツアゲにやらせようとイナリは決めていた。勿論、町に被害が出るならばその限りではないが……。
「アツアゲ! 無茶はするでないぞ!」
そう叫ぶイナリに応えるように、アツアゲはビームを放ち……やはり撃ち負ける。せめて同じサイズになれていれば出力差がもう少しマシな範囲に抑えられていたのかもしれないが、それは運だとしか言いようがない。イナリもアツアゲを信じてはいるものの、正直ハラハラしていた。
「ああ、やはり見ておれん……! 今すぐにでも」
「あ、いえ! アレを見てください!」
ソフィーが指差す先。そこではアツアゲが格闘戦にでも挑むようなポーズをとっていた。片腕を引き、まるで空手の突きを繰り出そうとでもいうかのようなそのポーズに、積み木ゴーレムは容赦しない。
「ハンマー」
円柱と四角の積み木で出来たそれを積み木ゴーレムはブオンと音を立てて取り出す。それでアツアゲを砕こうとでもいうのだろうか。確かにボロボロのアツアゲ相手であればそれで充分なのかもしれない。しかし、そこで積み木ゴーレムのものではない、しかし確かにそれ特有のワードが響く。
『ドリルパーツ発進』
「どりる!?」
「あ、ほんとだ円錐が飛んできてますよ!?」
そう、ドリルといっても溝はないが、形的には確かにドリルだろう。その到着を待たずにアツアゲへ襲い掛かった積み木ゴーレムのハンマーをアツアゲは回避し、そのまま腕を突き上げる。そこに装着されたのは円錐積み木……もといドリルだ。
『完成! 積み木ゴーレム・ドリルアアアアアアアアアム!』
「なんかアツアゲ? のほうだけ声のノリが違いませんかね」
「個性じゃないかのう」
「ええー……」
とにかく、アツアゲは前回のように飛ぶのではなくドリルを選んだ。それはドリルがこの状況をどうにか出来る一手だと判断したからなのだろう。それを証明するようにアツアゲの手のドリルが回転し、ハンマーを振りかざす積み木ゴーレムと、互いが互いへ向かって突撃していく。
「ハンマーブレイク」
「ドリルブレイク」
互いに魔力の輝きを纏う武器を構えてぶつかり合い……アツアゲのドリルが積み木ゴーレムのハンマーを粉砕する。
「!?」
「スパイラルビーム」
そのままアツアゲがハンマーを失った積み木ゴーレムの下から螺旋を描く極太のビームを放つ。それはまるでドリルのような形で。そのサイズ差が仇となり、積み木ゴーレムは一瞬反応が遅れる。当然だ……巨体であればあるほど、自分より小さなものへの反応は遅れる。そして、その差が全てを分けた。
ドリルが掘削をするようにスパイラルビームが積み木ゴーレムを抉り、その胴体を砕く。普通であれば、それで終わりだ。
だが、積み木ゴーレムはそれでは終わらない。
「パーツチェンジ」
そう、無傷に戻るべく全てのパーツを呼び寄せて。しかし同時に気付く。アツアゲの姿が無い。
何故なら、アツアゲはすでに元のサイズに戻ってイナリの下へと全力疾走している。飛び込むように戻ったその場所では、イナリが弓を引き絞っている。その手には……輝く光の矢。
「ようやったアツアゲ。立派じゃったぞ」
「マスタービーム」
アレが脅威だと。そう気付いた積み木ゴーレムがビームを放つ。しかし、放たれた光の矢は極太の光線と化して……そのビームを飲み込みながら積み木ゴーレムを消し去ってしまう。
一撃。アツアゲは確かにあの積み木ゴーレム・ウェポンマスターに一撃食らわせたが……イナリは一撃だ。
「うわあ……なんというか、凄まじいですね貴方」
「パーツチェンジ」
ソフィーが呆れたように言う近くでアツアゲがパーツチェンジしていたが、そのまま積み木ゴーレムの消えた場所に落ちていた魔石を拾ってくる。
「ん? おお、魔石か。くれるのかえ?」
くれなかった。そのままイナリの目の前で吸収してしまう。
「……うむ。まあ、ええがの。今回頑張っとったんじゃし」
「甘やかしすぎじゃないですかね?」
「そうかもしれんのう……」
そんなイナリをそのままに、ソフィーは積み木ゴーレムが消えた跡を見る。
まあ、倒せるだろうとは思っていた。積み木ゴーレムを倒したのであれば多少強かろうと同類を倒せる可能性だってあるからだ。ただ、流石に一撃とは思っていなかった。
(いやー……ヤバいですねこれ。アマンダ相手に積み木ゴーレムをけしかけてたから、搦め手で戦うんだと思ってましたけど。まさかの直接戦闘系? いえ、そもそもアマンダの呼び出した幽霊海賊たちをあっという間に倒してましたよね……てことは万能系かあ……しかも武器はカタナと弓で遠近両対応……)
本気で戦えば負けないつもりではある。けれど、かなり面倒なことになるのは確実だ。なにしろ、どれだけ手札を隠し持っているか知れたものではない。まあ、今のところ敵対するつもりもないのだが……戦わなければいけない状況だって考えなければならない。とはいえそれは今ではない。
「む? どうしたかの?」
「いえ、これで事件解決だなと思いまして」
「そうじゃの。ま、かなり目立ちはしたじゃろうが……」
「まあ、それは仕方ないですね」
そんなことを言い合っていると、イナリはかかってきた電話に出始める。
『赤羽で積み木ゴーレムがビームの撃ち合いしてるって通報が多数きたんですけど……」
「うむ。件の積み木ごおれむと一戦やらかしてのう……」
そんなことを話しているイナリの背中を見ながら、ソフィーは思う。
(うーん……個人的には敵対したくないんですよね。ま、ひとまずは仲良くしてみるって方向性でいいですかね。いや、仲良くしてたら他の連中にチョッカイかけられるかもしれないし……悩みどころですねえ……)
悩むソフィーだが、イナリが電話を終えたのを見て「あっ」と声をあげる。
「ちょっと聞こえてましたけど、覚醒者協会ですか?」
「うむ。事後処理はやってくれるそうじゃ」
「それなら安心ですね。絡まれる前に私は帰ろうと思うんですが……」
言いながらソフィーは覚醒フォンを取り出す。イナリのとは違う、ヒカルが持っているようなライオン通信の覚醒フォンだ。
「アドレス交換しましょ。今後、何か連絡したくなることもあるかもしれませんし」
「そうじゃの」
「あ、神のごときもの関連については聞かないでくださいね。私も余計なのに目をつけられたくないんで」
そんなことを言いながらアドレスを交換すると、ソフィーはさっさと何処かへ去っていく。覚醒者協会に事情を聞かれたくないようだが……そんなソフィーを見送りながら、イナリは一件増えたアドレスの名前を見る。
「ソフィー・ダール、か。どうやら世の中は相当に複雑になっとるようじゃのう」





