特に問題もないのじゃ
そうして、オークの集落から何も聞こえなくなった頃……イナリは狐月を下ろして「ふう」と息を吐く。
「随分倒したはずじゃが、まだくりあの表示は出んのう。はて……何処に隠れておるのやら」
ボスを倒せばクリアのメッセージが出てダンジョンから外へ転送される。
だというのにそれがないということは「ボスを倒していない」ということに他ならない。
ならばどうするべきか? 当然、歩いてボスを探すしかない。
「やれやれ。そう楽はさせてくれんか。とはいえ、丁度いいといえばいいかのう」
そう、イナリの目標のためには魔石の回収も大切だ。ウルフの魔石も自宅に送ってもらっているし、地道に食べているが……オークの魔石も回収しておく必要があるだろう。
イナリは最初に殲滅したオークの集落に入ると、落ちている魔石を拾っていく。
「うるふの魔石よりは大きいかの? 誤差と言えば誤差かもしれんが……」
実際、ほぼ誤差だ。このダンジョンが不人気なのはその辺りにも理由がある。
けれどイナリにとってはそんなものはどうでもいい。
魔石をひょいひょいと拾って、魔石を持っていない方の手でくるりと空中に円を描けば、そこに黒くて丸い空間が発生する。
「そーれっと」
そこに魔石を放り込むと、何処かに消えていく。まあ、よく言えば倉庫であり、悪く言えば神隠しである。もっとも、イナリは神隠しの意味で使ったことは無いし、今まで特に必要ともしていなかったので使わなかったが……こうして使ってみると便利なものだ。
―未登録の技を検知しました!―
―ボックススキルとの類似性があります―
―ルーム系スキルとの類似性があります―
―ワールドシステムに統合します―
―スキル【神隠し】を生成しました!―
「まーた『しすてむ』か。よう見とるのう」
とはいえ、便利になるのならイナリとしても特に異論はない。試しに「神隠し」と唱えてみると、イナリの目の前に『現在使用中です! ウインドウを開きますか?』とメッセージが出てくる。
「よく分からんが……うむ」
イナリが「はい」を押せば、目の前に細かく四角で囲まれたウインドウが現れる。
それはRPGなどをやったものには馴染み深い「アイテムウインドウ」と呼ばれるものに似ており、先程イナリが放り込んだ魔石の絵が数と共に表示されていた。
「ほう、便利じゃのう。と、すると……」
ドロップ品と思われる斧を拾いイナリが黒い穴に放り込むと、アイテムウインドウに「オークの斧」が表示される。
「ほうほう! なるほどのう……! ん? すると取り出すには……」
イナリがオークの斧の絵に触れると、取り出すか否かのメッセージが現れ、「はい」を選べば手の中にオークの斧が現れる。
「おお……これはこれは。いやはや、入れたモノを覚えなくていいのは便利じゃのー」
何しろ勝手に分類整理して目録を作ってくれるのだ。おまけに取り出しも簡単。
いわゆる「ボックス」系スキルが激レアなスキルだという一点が大問題ではあるが、イナリは元々そんなものを気にしないので何の問題もない。後でイナリから茶飲み話に聞かされるかもしれない安野の胃が痛くなるだけだ。
「さて! そうなると此処にあるモノも向こうにあるモノも、全部回収してしまうかの。いやあ、便利便利。しすてむも粋なことをしてくれるではないか!」
(とはいえ……儂の神隠しに平気で干渉してくるとはの。相変わらず底が知れぬ……)
何処までやればシステムの正体に迫ることができるのか、現時点では全く見えないが……少なくとも敵であるようには見えない。今は一歩ずつでも強くなっていくしかない。
だからこそ、イナリは片っ端から魔石やドロップ品を回収していって。最後の集落での回収作業を終えたタイミングで「ところで」と何処かに向かって声をかける。
「出て来んのは自由じゃが……お主がくりあの鍵じゃからのう。出て来んなら……諸共吹き飛ばすが、ええんかのう?」
瞬間。テントの残骸から一際大柄のオークが飛び出しイナリへと剣を振るう。
オークジェネラル。このダンジョンのボスモンスターはイナリの隙を突くつもりだったようだが……全く隙が無いので、もうこのタイミングで出るしかなかったのだ。
「狐月、刀じゃ」
イナリの手の中の狐月が弓から刀に代わり、オークジェネラルの剣を切り飛ばす。
「ナ、何者……!」
「儂かあ? 見ての通り、狐じゃよ。今は狐神イナリと名乗っとる」
そのまま一撃でイナリの刀がオークジェネラルを切り裂いて。それでもオークジェネラルはイナリを直接潰してやろうと腕を振るい、しかしそれもイナリは軽く回避する。それでも振るわれる拳を避けながら、イナリは指先から狐火を連続で放つ。
「ガ、ガガッ……!」
「頑丈じゃのう……となれば、攻め方を変えるも致し方なし、か」
イナリは刀身に指を這わせ滑らせる。
イナリの指の動きに合わせ黒い靄を纏っていく狐月はゆらりと怪しい影を纏って。
「忌剣・村正」
イナリの刀から放たれた黒い刃が三日月のような形を描き、オークジェネラルを切り裂く。
そして、その傷口から黒い靄が溢れ出てオークジェネラルを呑み込んでいく。
「ゲ、ゲゲ!? ギグゲゲゲゲゲゲ!」
「『呪』じゃ。流石の体力自慢でも効くじゃろ?」
「ゲ、ガ……」
オークジェネラルが倒れ伏し、消えていく。そこに残されたのは、大きな剣。
それをイナリが黒い穴に放り込めば、早速クリアメッセージが表示されていく。
―【ボス】オークジェネラル討伐完了!―
―ダンジョンクリア完了!―
―報酬ボックスを手に入れました!―
―ダンジョンリセットの為、生存者を全員排出します―
「うむ。ま……こんなもんじゃろ」
その「こんなもん」がどれほど凄いことかを全く気にしないままに、イナリはダンジョンの外へと転送されていく。
イナリ「早めに終わってよかったのじゃ」





