紫苑、東京湾に出撃す
それは幽霊船の船体に命中しダメージを与えるが、そのダメージは即座に回復していく。先程船底に与えたダメージもそうだった。
(イナリに聞いてた話と違う……パワーアップしてる?)
自己再生機能があるなどという話はイナリはしていなかった。アツアゲが相手をしていたというから全部を見ていたわけではないだろうが……しかしまあ、有り得る話だ。紫苑が水場でこそ本領を発揮できるように、幽霊船も水場にいてこそ発揮できる能力があってもおかしくはない。
「けどまあ……許容範囲内」
幽霊船は紫苑を排除すべき敵と判断したのか、砲門を開き紫苑へと幽霊砲弾を一斉に発射する。無数の幽霊砲弾が紫苑を排除すべく有り得ざる軌道を描きながら迫ろうとして。
「どかーん」
『トーピドーランチャー!』
しかし、紫苑の発射した魚雷の群れが幽霊砲弾を1つ残らず撃ち落とす。数としては紫苑の魚雷の方が少ないのに打ち勝っている。これは紫苑のほうが幽霊船に火力で勝っていることの、何よりの証拠だ。
「もう1つ……どかーん」
『トーピドーランチャー!』
そうして再び放たれた魚雷の群れが飛翔し、迎撃しようと放たれた幽霊砲弾を超えて爆発し幽霊船を揺らす。
そんな、たった1人の人間が幽霊船と撃ち合っている事実を……イナリを除く、その場の全員が驚きの表情でヤマトモリの中から見ていた。
「そんな……馬鹿な……幽霊海賊船だぞ!? 地中海ダンジョンのボスの! それを……あんな、たった1人で!?」
「当たり前じゃよ」
しかし、イナリは本当にそれが当然だというようにアマンダへと言い放つ。
「紫苑は空を飛ぶ者よりも一世代前の『新世代』じゃ。水場での戦いは元よりお手の物じゃ」
「そんな問題じゃない! 水中適応の覚醒者は何処の国でも皆死んだ! 新世代なんてものは役に立たなかったんだ!」
「やり方を間違えとったんじゃろうの。ちゃんと育てば『ああ』なる。それだけの話じゃよ。無論、個人差はあるがの」
恐らくは他の新世代も、紫苑くらいまでにはならずともある程度までは戦えるくらいには育ったのではないかとイナリは考えている。まあ、イナリがそう信じるからと言って皆がそうするわけではないし、今後も状況はそう変わらないだろうが……それでも今、紫苑は幽霊海賊船と確かに渡り合っている。
「さておき。幽霊船についてはもう問題はない。続きといこうか……犯人はお主じゃよ」
「アマンダ……残念です。貴女のことは信頼していたのですが」
キアラの言葉に護衛部隊の他のメンバーも武器を構えアマンダを静かに睨みつける。そこにはアマンダを隊長と慕っていた面影は、もうない。彼女たちは良くも悪くもプロであり、私情を完全に排する術をしっかりと身に着けていた。たとえ親兄弟が暗殺者としてやってきても冷静沈着に必要な対処を出来るからこその護衛部隊だ。当然、アマンダが敵であるならば一切の遠慮はしない。
だからこそアマンダはこの場に自分の仲間がいないことを確認すると「ふうー……」と長い溜息をつく。
「……出てこい」
その言葉と同時に、船内に無数の幽霊海賊たちが出現する。それは犯人だと自白したも同然で。しかしアマンダの表情には一切の焦りはない。何故なら……周囲に戦艦に漁船、フェリー……けれど、どれも異様な雰囲気を放つ「幽霊船」としか言いようのないものが一斉に出現したからだ。
「こ、これは……!」
「知ってるか。かつて人類は海からモンスターが来るなんて思ってすらいなかった。だからとんでもない犠牲が出たし、そうなっても勝てると妄信した。だから、海には勇敢に勝利を信じて戦った連中が眠っている」
それをどう呼ぶかは様々な状況や事情により異なるだろう。しかし、それを英雄と呼ぶこともある。アマンダは……そう「認定したもの」をこの世界に不完全ながら現出させることが出来た。
「終わりだよお前らは」
「ぬっ!?」
幽霊海賊たちが一斉にイナリたちへ襲い掛かってくる刹那。アマンダがヤマトモリの扉を蹴破り海へと飛び出す。同時にその背中から天使のごとき翼が生え空へと飛んでいく。
「さあ、英雄たちよ! そいつらを海の藻屑にしてやれ!」
確かにこの状況は絶望的に思えるだろう。かつての時代が終わってから大規模な海の戦いというものは、人類は勝ったためしがない。だから、アマンダが勝ち誇るのはある意味で当然ではあるのだ。あるが……アマンダは、眼下のヤマトモリが大きく揺れたのを見て驚愕に目を見開く。
「はあっ!?」
開けっ放しになっているヤマトモリの出入り口からひょっこりと顔を見せたのは、当然のように無傷のイナリ。じーっと、ジト目ともいえる目でアマンダを見つめている。
「ば、馬鹿な……強化されたアイツ等をこんな短時間で!?」
「まあ、誘いにのった時点で逃げ出す算段はあると思うとったが……まさか飛ぶとはのう」
新しい船が出てきて逃げるとは思っていたが、流石に翼が生えて飛ぶとはイナリも思ってはいなかった。
「くっ……だが! そこで何かしてみろ! すぐにそのアニメみてえな船を沈めてやる!」
「まあ、確かに儂もちと思うたが……あにめは人の子の夢の塊じゃぞ?」
確かにイナリもアツアゲが見たら凄い喜びそうな船だとは思ったけども。しかしまあ、それをさておいてもイナリが空を飛んでアマンダを捕まえに行くわけにもいかない。
キアラの護衛を第一の目的としている以上は、キアラの乗っているヤマトモリを破壊される隙を作るわけにはいかない。
「まあ、儂は動かんがの」
「は?」
「しかし、アツアゲはどうかのう?」
「はあ!?」
キイイイイン、と。ジェット機が飛ぶような音を立てながら飛んでくるモノが1つ。その眼前には2つのダイス。
『1、4! 4! 4倍! 4倍!』
アツアゲの身体が急速に巨大化していき、50センチの身体が4倍の2メートルへと変わっていく。
『完成! 4倍積み木ゴーレム・ジェットウイイイイイイング!』
「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
そう、2メートルの巨体と青いジェットの光を放つ翼を持つそれこそは4倍積み木ゴーレム・ジェットウイング。
今回はかなり出目が悪かったが、それでも2メートル……人間サイズという観点で見ればかなりの巨体である。そしてアツアゲは、幽霊海賊船を撃沈した実績がある。アマンダが今回一番避けたかった相手だ。
「おい、近づくんじゃねえ! 近づいたら」
「ビーム」
「ぎゃああああああああ!」
問答無用、とばかりにビームを放つアツアゲと、必死で回避するアマンダ。なんかもう無茶苦茶だが、あんなものが当たったら無事では済まないのでアマンダも必死だ。
「おーいアツアゲ。殺してはならんぞー」
「おい狐女! この玩具を止めろ! 船がどうなってもうおおおおお!?」
「ビーム」
さっきより少し弱いビームがカスりそうになるが、明らかに「間違って殺してもまあいいかな」みたいな威力だ。
「ま、儂が此処にいる限り船は沈まんがの。アツアゲ―、人の子は容易く死んでしまうからの、本当に気をつけるんじゃぞ」
「くっ、舐めやがって!」
アマンダは虚空から剣を取り出すと、アツアゲへと急接近して袈裟切りにする。【魂の選定者】から授かった神器だ……その切れ味は今証明した通り。たとえボスモンスターだろうと何だろうと切り裂ける。ただ、積み木ゴーレムについては調べてある。このくらいで死ぬ相手ではない。だから。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
超高速で積み木ゴーレムをバラバラにしていく。これ以上は無いというくらいにほぼ全てのパーツを……頭部以外の全てを切り刻んで。
「ハハハハハハ! どうだ、これで……!」
「パーツチェンジ」
「は?」
何処かから飛んできたパーツがアツアゲの頭部パーツに合体して無傷のアツアゲ(ジェットウイング)が出来上がって、腰の入ったストレートパンチでアマンダをぶん殴る。
「ご、は……っ」
(なんだこいつ……! だが!)
ならばと頭パーツを刻めば、今度は頭が無いままアツアゲのキックがアマンダを吹っ飛ばす。
「パーツチェンジ」
そして頭パーツが飛んできて無傷のアツアゲ(ジェットウイング)の出来上がりだ。ちなみにだが、そういうコアパーツが瞬時に変わるか全部一気に倒さないと無理か……そういう真正面からズルい無敵じみた真似をやらかすのは積み木ゴーレムくらいのものである。
「くそっ! 冗談みたいな構造しやがって! お前1人だけなんか違ぇんだよ!」
「ビーム」
「うおおおおお!? ぐがっ」
ビームを囮にパンチでアマンダを吹っ飛ばすアツアゲだが、勿論イナリに言われたとおりに手加減している。だってビームウイング使ってないし。
とにかく今回のアツアゲの仕事はアマンダを押さえておくことである。とにかく逃がしはしないし、ヤマトモリを狙うようなこともさせない。だからこそ、存分に手加減しているわけだ。
それに……思ったよりもアマンダは頑丈だ。ならばこのまま格闘戦でも大丈夫だろう。そんなわけで空中ではアツアゲとアマンダの格闘戦が続く中で、海ではヤマトモリが急に現れた船の攻撃を回避しながら航行していた。とはいえ、艦砲射撃はともかく船の上から幽霊海賊たちが投げてくる武器の類を全て避けきれるわけではない。しかもそれらも確かな攻撃力を持っているのだ。
あまり受け過ぎればヤマトモリのダメージが無視できない範囲になる。ならばどうするか。谷口は、1つの選択をしようとしていた。
「後部の扉が破損していたな」
「はい」
「よし、隔壁閉鎖だ!」
「後部隔壁閉鎖!」
扉のあった場所よりも外側に分厚い隔壁が降りて、ぴったりと穴を塞ぐ。これでヤマトモリにはひとまず出入りできなくなったが、驚くべきはそこからだった。
「ヤマトモリ、潜航開始!」
「潜航開始!」
まるで潜水艦が水中へと潜るように、ヤマトモリの船体が海中へと潜っていき……アマンダが「何⁉」と驚きの声をあげてアツアゲに隙をつかれ吹っ飛ばされる。
そう、ヤマトモリのまだ実地試験が出来ていなかった機能の1つであり隔壁があるとしても船体にダメージがある現状ではあまり使いたくなかった手でもある。
「各部どうか!」
「ダメージ、許容範囲内!」
「魔導機関、正常!」
「レーダー、切り替わり確認! 異常なし!」
「おお、凄いのう」
操縦室に戻ってきたイナリがそんな感想を言えば、谷口は「ええ」と頷く。
「とはいえ、水中はモンスターの領域……あまりこの機能は使いたくなかったのですがね」
実際、海の底は無数の船の残骸が眠り水棲モンスターが闊歩する領域だ。ハッキリ言って、水中適性のない人間が無理矢理行くような場所ではない。だからこれは「理論上できる」をやっただけの機能だ。それでも今は、こうして敵の包囲をすり抜ける役に立っている。
そんな谷口に頷いていたイナリだが……乗員から焦ったような報告が響く。
「海上より投下物! 爆雷です!」
「くそっ! そんなものまで!」
当然のように幽霊爆雷だ。ヤマトモリを追うように海中を泳ぎ近付いてくる。忙しくなり始めた操縦室を出て、イナリは残った護衛部隊やキアラを眺め一番背の高い一人に声をかける。
「ちょっといいかの?」
「はい? なんでしょうか?」
「すまんが、ちょいと儂を持ち上げてくれるかのう?」
「へ?」
言われて護衛は困惑したような声をあげるが、ひとまず言われたとおりにイナリの腰のあたりに手を差し込み、持ち上げる。
「うわ、軽……」
想像よりずっと軽いイナリを持ちあげた護衛が驚くが、イナリは特に気にせずにヤマトモリの天井へと手を掲げる。
「えーと……こうじゃな」
結界の輝きがヤマトモリの周囲へと広がって、幽霊爆雷たちは結界を突破できないまま爆発していく。
「ば、爆雷全て消滅!」
「よし、このまま進め!」
「うむうむ」
頷くイナリが護衛に降ろしてもらうが、指を鳴らして結界は解除する。
「あの……」
「うむ?」
キアラが何か聞きたそうにしているのを見て、イナリは「どうしたんじゃ?」と返す。
「先程の結界、ですが……展開したままではダメなのですか?」
「ダメとは言わんがのう……この船が動けんと困るじゃろ」
「あ、そういうのなんですね……」
「うむ」
そうしてヤマトモリは戦闘区域を離脱していくが、2人の視界の外ではイナリの軽さについて護衛部隊の面々がキアラから目を離さないようにしながらも議論していたが……まあ、さておいて。水上では海面を滑るように移動する紫苑が幽霊船団を相手に大立ち回りの真っ最中だ。
「下からどかーん」
『トーピドーランチャー!』
空中ではなく水中を進む……それが本来の姿な気もするが、さておき無数の魚雷が幽霊船の船底に命中していく。比較的小型船だったその幽霊船はその一撃で轟沈して消えていくが、大きい船ほど再生力も高く回復してしまう。繰り出される砲撃や銃撃を避けながら、紫苑は考える。
(……数は減らせてる。でも……)
紫苑が一瞬だけ見たのは、アツアゲと空中で戦っているアマンダだ。この幽霊船団はアマンダによって呼び出されているのは間違いない。
(倒してもまた呼び出せるなら意味はない。けど、これだけの数をまたすぐに出せるとも思えない)
そう、どんなスキルも魔力を少なからず使用する。そして強力なスキルほど強大な魔力を必要とする。これはどんな覚醒者であろうとモンスターであろうと変わらない不変の理屈であるとされている。
ならば、これほどの幽霊船団を召喚し使役するスキルが少ない魔力で可能なはずがない。そして、そうであるのならば。
(たぶん、こいつらを倒したら終わり。それなら……ここで勝負をかける)
上空ではアツアゲがアマンダの相手をしている。それは単純にアマンダをどうこうするという話だけではなく、アマンダの魔力を削る意味もある。そしてそれは今のところ上手くいっている。だから、あとは紫苑の仕事だ。
「チャージ、開始」
『チャチャチャ、チャアアアアアアジ! スタアアアアト!』
相変わらず煩いスキルだと思いながらも紫苑は攻撃を避けながら幽霊船団の間を抜けていく。このスキルを使用すれば、しばらくの間他のスキルは使えない。けれど、それだけの効果は望めるスキルだ。勿論、三叉の槍……トライデントランサーは呼びだしていれば使えるが、それだけだ。普通の槍としてしか使えはしない。
だから、幽霊砲弾も避けられはしない。発射された幽霊砲弾を他の幽霊船を上手く盾にして回避しながら、自分を狙うような位置取りをし続ける。まだ。まだ少しの間は、こうしていないといけない。避けきれない幽霊砲弾を槍で弾くが、当然爆発が紫苑の身体を吹き飛ばす。
「くっ、まだ……!」
まだ終わらない。今だとばかりに放たれた追加の幽霊砲弾を紫苑は必死で避け、最低限の迎撃ゆえのダメージを受けて。
『フウウウウウルチャアアアアアアジ!』
フルチャージ、と。そんなスキル準備完了のメッセージを紫苑は確かに聞いた。そしてそれは……確かな反撃開始の、その合図だった。





