お狐様、計画する
そもそもの前提が間違っている。具体的にどう間違っているのかは安野には分からない。しかし、1つだけ言えることはあった。
「何か有り得ないことが起こったのであれば、特別なことが起こったと考えるよりは『見落としている何処かでいつもと違う何かが起こった』と、そう考えるのが良いと聞いたことがあります」
「見落としている何処か、か」
もしそうだとすれば、何を見落としているのだろうか? 分からない。祢々切丸を使えれば根源を辿れるかもしれないが、イナリは幽霊船を見ていない。海賊たちは見たが……アレの根源は幽霊船だ。しかし、幽霊船が今この瞬間に何処かにいるのであれば辿れるだろうか?
「まあ、やってみるか。少々刀を出すが構わんな?」
「へ?」
「ええ、構いません」
イナリが振り向けば、目を開けていたキアラが頷く。
「え、お、起きてらっしゃったんですか!?」
「それはまあ、寝ている横で色々と話していらっしゃれば……」
とはいえ、キアラにとっても中々に興味深い話ではあった。しかもイナリが何をするのかは非常に興味がある。だからそう答えたのだが、頷いたイナリは虚空から刀形態の狐月を呼び出す。
「来い、狐月」
何もない場所からイナリの手の中に現れた狐月は、キアラの目から見ても相当な力を持つアーティファクトだ。日本刀というオリエンタルな魅力を持つ武器であることを除いても、凄まじい逸品なのは確実だ。しかし、驚くのはこれからだ。
狐月を構え直すと、イナリは刀身に指を這わせ滑らせる。
イナリの指の動きに合わせ白い輝きを纏っていく狐月は、イナリの手からふわりと浮く。
「根源を示せ――秘剣・祢々切丸」
イナリの上へと浮き上がり回転する狐月は、空を飛び怪異を追い詰め切り裂いた伝説を解釈し、イナリがその目で見て、認識している事象の大元を探り当て飛んでいく力を持つ。しかしながら……くるくると回転する狐月はそのまま何処にも飛んでいく様子は見せず、イナリは溜息をつきながら光を消し去る。
「えーと……探せなかったってことですか?」
「うむ。儂が見たのはあの海賊の如き連中のみ。アレの根源は幽霊船じゃろう?」
「ん? だとすると幽霊船は撃破したということですよね?」
「そうなるが……」
イナリと安野の話を聞きながらキアラも考える。そう、前回も今回も……まあ今回は轟音だけなので見てはいないが、幽霊船を撃破している。だからこそ幽霊船は現状存在していない。それをイナリの秘剣とやらが証明したということになる。
いや、イタリアでは撃破できていなかった? だからこそまた現れた? 分からない。分からないが……先程の安野の言葉が、キアラも引っかかっていた。そしてそれは、イナリも同じであった。
「そうじゃな……もし、もう1度幽霊船が出るのであれば……確かに幽霊船以外の何処かに根源があると判断しても良かろう」
「そうですね。結局のところ、受け手に回らざるを得ないのが難しいところではありますけども」
そんなイナリと安野の言葉を聞きながらキアラは絶句していた。確かに受け手に回らざるを得ないのは事実だ。しかし、しかしだ。まず今回の事態の根源を探せるという認識なのがおかしい。
先程はスルーしかけたが、そんな犯罪殺しみたいなスキルがあるとは正直信じられないほどだ。しかしまあ、日本本部の職員が言うからには実証されているのは間違いない。正直、それだけで凄まじいメリットだ。全く気付いていないように見えるが、そのスキルさえあれば、あらゆる犯罪は冤罪無く、そしてスケープゴートを用意されようと逃がすことなく真犯人を捕えることが可能になる。
いや、それとも気付いていて非覚醒者社会のことに極力関与しないというスタンスなのだろうか?
分からない。分からないが……リスクを承知で接触してよかったと強く感じていた。だからこそ、キアラは1つの提案をする。
「これは提案なのですが、聞いていただけますか?」
「なんじゃ?」
「私の権限で難しいものであれば、上に申し送る形になりますが……」
即答するイナリと組織人らしい対応をする安野に頷きながら、キアラは続ける。
「ホテルで狐神さんが幽霊船を視認できなかったのは、幽霊船側が屋上からの侵攻を選んだからです」
「そうじゃの」
「しかしながら、これには少々疑問が残ります」
「疑問?」
「はい。何故幽霊船はわざわざ屋上から攻め込んだのでしょうか? あの大砲……射線関係なく自由自在に砲弾を撃てるような兵器が存在するのであれば、幽霊海賊を送り込む必要すらなく、最初から艦砲射撃をすればよかったんです。そうすれば私は死んでいたかもしれません」
言われて安野はハッとする。確かにその通りではある。キアラを殺すのであればそのほうが手っ取り早い。キアラのいるホテルを探り当てた幽霊船がキアラの部屋だけ知らなかったという可能性もあるが……。しかし、そうだとすると。
「ふむ。そういえば護衛はあのホテルの部屋には居らんかったが……部屋を知っとる者は?」
イナリも同じ結論に達しキアラにそう問えば、キアラは「同じ階を警備していた者だけでしょうね」と答える。今回、あのホテルではイナリのみを直接の護衛として本来の護衛を建物の護衛に回していたが……キアラが具体的にどの部屋に滞在するかは情報共有していない。
まあ、だからこそ護衛が到着するまでのタイムラグがあったわけだが……つまり、それは。
安野はそれを察して表情だけは平静なまま背中に冷や汗をかいていた。
(ヤバい……ヤバいヤバいやばあああああい! え、これもしかしてイタリア本部長の暗殺未遂案件!? 護衛を疑うような、そういう状態ってこと!? だとすると前提が変わり過ぎっていうか、状況を考えるとモンスターと通じる裏切り者がいる! 下手すると超人連盟も関わってる可能性!? え……これ私の権限じゃどうにも出来ないんですけどー!?)
「あの、その、ちょっと上司に今の話を伝えても……?」
「ええ、どうぞ」
「失礼します!」
ドタバタと部屋から走り出ていく安野を……半泣きであった……ともかくそんな安野を見送って、キアラはクスクスと微笑む。
「真面目な子ですね。権力闘争にもエリート意識にも染まってない感じがします」
「まあ、悪い子ではないのう」
イナリもニコニコとそれを見ていたが、すぐに真面目な表情でキアラへと向き直る。
「さて。お主の護衛に裏切り者がいると仮定して、じゃ。誘き出さねばならんの?」
「はい。その為には先程の秘剣の力が必要になります」
「まあ、此処を襲って来れば自然と見ることは出来るとは思うが……」
「いえ、それはもうないと思います」
「ふむ?」
「狐神さん……というか積み木ゴーレムの強さを知ったはずですからね。私の命を本気で狙う気なら、狐神さんがいなくなってから命を狙うはずです」
「……確かにのう」
7日間の約束であり、そもそもキアラはイタリアの本部長だ。その命を狙うつもりであれば、余計な邪魔が入らない帰国後を狙うはずだ。勿論飛行機を狙えば確実だが、もし裏切り者がいるのなら自分もまとめて死にたくはないだろう。自分だけは生き残れる場所でやりたいはずだ。
「……ふむ。つまり、犯人が狙いたくなる場所であればええんじゃな? そしてアツアゲがいなければ尚更良い、と」
「そういうことです。積み木ゴーレムに惑わされ、狐神さんの力を低く見積もっている現状をどうにか利用したいところです」
なるほど、そういうことであれば幾つかの候補があるだろう。そして、イナリにも少しばかり考えがあった。まあ、まずは安野が戻ってくるのを待たなければならない。勝手に話を進めたら安野が半泣きではなく全泣きになってしまうかもしれない。それはイナリとしてはちょっとばかり安野に申し訳ない。そして幸いにも、安野はその直後辺りに胃の痛そうな顔で戻ってきた。
「ただいま戻りました……」
「おお、どうじゃったかの?」
「全面的に協力するように、と。ただ、暗殺者が内部にいるのであれば大々的な人員増員は出来ないので権限を与えるから適切に対処するように、と……」
「あら、丸投げですね? まあ、そうならざるを得ないのは理解しますが、日本本部も中々にスパルタですね」
「全力でやらせていただきますぅ……」
「うむうむ。そう心配することはないぞ。儂もおるでの」
言いながらイナリは頭の中で計画案を組み立てていく。覚醒者協会が協力してくれるなら、きっと可能なはずだ。
「儂に1つ考えがある。無論、問題のある所は意見を出してほしい」
「ええ、勿論です」
「はい! どんな作戦でしょうか!?」
そうしてイナリの一言は……まさに衝撃的なものであった。
「儂ときあらが意気投合して、いたりあに移籍するということにするんじゃ」
「えっ」
「ギャー! ダメですダメですそれだけはー!」
「これこれ、最後まで聞かんかい。あくまでそういう話にするだけじゃ。儂らときあらの護衛を含めた中だけでな」
すがりつく安野をそのままに、イナリは続ける。そう、本当に移籍するわけではない。そう発表するわけでもない。ただ、そういう話がキアラの護衛に伝わるようにすればいい。そして、もう1つ。
「幽霊船は倒した。そう思っとることにすればええ。残りの日程を儂ときあらで遊び回りでもすれば、信用性も増すじゃろうしの」
そして暗殺者がアツアゲを警戒しているのであれば、その間は襲ってこないだろう。だからこそ、そこにもう一手を打つ。
「……そして仕上げに、わざと隙を作る。アツアゲを儂から引き離せば、暗殺者はそこを襲わざるを得ん。その場を、これ以上はないというくらい向こうに有利な場にするんじゃ」
そうすれば、そこで襲わざるを得ない。イナリがイタリアに移籍するのであれば、間違いなくキアラの護衛になる。そうなれば二度と暗殺の機会は訪れない。そこに絶好の機会が訪れれば、どれだけ怪しんだとしても食いつかざるを得ない。真正面から撃破されている以上は、それしかないのだから。
そうしてイナリの説明が進んでいけば、安野もキアラも頷いてしまう。
「……確かに、それなら出来ますね」
「ええ。あとはそれの詳細を詰めれば……」
「ついでに頼りになる友人にも声をかけておくかのう」
その作戦は秘密裏に承認され、翌日。護衛を集めたキアラは満面の笑みでイナリを紹介した。
「と、いうわけでして……まだこれから細かい調整は必要ですが、内々に移籍の承諾をしてくれました。私たちが日本に来た最大の成果と言えるでしょう」
そんなキアラの言葉に全員がほぼ同じ反応……驚愕の表情とざわつきを見せた。
「勧誘に成功!?」
「これは凄い……!」
「なんという……」
ザワザワとざわめく中で、真っ先にハッとした表情になったのは護衛隊長だった。
「おめでとうございます、本部長。これでイタリアの層もますます厚くなりますね!」
「ええ、ありがとうアマンダ。幽霊船も今度こそ倒したし……苦労を掛けたけど、もう安心ね」
「はい、喜ばしいことです。改めまして、おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
護衛隊長……アマンダがそう言うと同時に、護衛部隊の面々も一斉にキアラに祝辞を述べる。その姿はまさにキアラの護衛部隊としては相応しい行動だろう。何も怪しいところはない。しかし、この中に裏切り者がいるのであれば……このまま作戦を続行するしかない。
「そういうわけですので、依頼した護衛期間の間は親交を深めるために東京観光を行います。予定を伝えますので、各自しっかりと警備をお願いします」
「はい!」
実際にはイナリが側で護衛をするのでキアラの護衛部隊は周囲の見張りが主になるが……だからこそ、護衛部隊がどう動くかが見えてくる。焦って何処かで動くならそれでも良し。そうでないなら……最終日が勝負になる。
「では、今日は巣鴨の観光です。出発しますよ!」
キアラは笑顔の裏でそんな考えを巡らせながら出発する。そしてキアラたちの考え通り、その日幽霊船が姿を現すことはなかった。護衛部隊の中にも安堵が自然と広がっていたが……まあ、当然だろう。彼女たちは本部長であるキアラの護衛が仕事だ。失敗すれば当然無能の烙印を押されるし、何かあれば当然キアラの盾として、場合によっては死まではいかずとも相応の重傷は覚悟しなければいけない立場だ。そうなる可能性の高い緊急任務から解放されたともなれば、喜ぶのも当たり前だろう。
「ほんとよかったですね、アマンダ隊長!」
「ええ。でもまだ気を抜かないようにね。そういうときが一番危ないんだから」
「勿論ですよー!」
護衛部隊はアマンダ含め、全部で8人。これが交替しながら護衛を行っているわけだが……アマンダは今は丁度休憩中の班であった。これから仮眠に入り、また交替するわけだが……そんな彼女たちにちょっとジュースでも飲んでくると軽く手を振り、アマンダは喫煙所に向かう。
念のためということで駒込出張所にそのまま間借りしているが、VIPもいるからと多少の追加人員が派遣され、此処はかなり厳重な警備がされている。しかし幽霊船を倒したという話は伝わっているのだろう、本当に失礼にならない程度の……けれど隙のない警備体制が敷かれていた。
そんな中、アマンダは誰も居ない自販機コーナーに行くとウーロン茶を選びペットボトルを取り出し口から出す。
「……どう思われますか、私の神よ」
―【魂の選定者】は罠の可能性を考慮すべきだと助言しています―
「仰る通りです。明快に断られたはずなのに一夜で説得完了した……? 今では仲良し……? あまりに不自然に過ぎる」
―【魂の選定者】は暗殺計画を撤回するべきだと助言しています―
―【魂の選定者】は元々そんな計画は気に入らなかったと愚痴をこぼしています―
そう、護衛部隊長アマンダは【魂の選定者】を名乗る者の使徒だ。そして結論から言うと……イタリアの部隊は討伐作戦時、本当に幽霊船を倒していたのだ。いたが……そこに与えられたスキルを使いアマンダが計画を実行するための舞台を整えたのだ。まあ、【魂の選定者】はその計画をあまり気に入ってはいないようだが……。
「ご安心ください、私の神よ。私のすることは長期的な視点で見れば貴方のためにもなるはずです」
―【魂の選定者】は此処が引き返す最終分岐点だと忠告しています―
「いいえ、分岐はとっくに過ぎました。後は突き進むのみ……!」
イタリア本部長キアラの殺害。それはよくある勢力争いの1つだ。アマンダはかつて本部長の座を争い負けて、キアラに心酔し護衛隊長にまでなった……ということになっている。しかし、事実はそうではない。いつでも引きずりおろそうと狙っていたし、けれど引きずりおろすことが出来なかったという、ただそれだけのこと。他の護衛部隊の面々は違うが、未だにアマンダを担ぎ上げようとする勢力もいる。だがキアラを引きずりおろせない。後ろ暗いところはあっても、それを表に出すのが困難に過ぎるからだ。だからこそ「こう」なった。そして事実上のキアラの独裁体制。それを壊すという「口実」もある以上、今更止まることなど出来ない。
「大丈夫です。キアラはまだ私を……貴方の力をナメている……ならば、その傲慢が奴の墓標になるでしょう」





