アツアゲ、スペシャルステージ
結果から言うと、夜になっても幽霊船は出なかった。アツアゲがいるからということで此処にいた人員は別の場所に再配置されているが、まあアツアゲの邪魔になるからである。
そんなアツアゲも段々飽きてきたのか踊っていたが、結局アニメは見逃したので酷く不機嫌である。まあ、顔が無いから表情は存在しないので傍から見ると楽しそうだが。
そう、アツアゲは不機嫌であった。アニメは見逃したし、敵は出ないし。自分が何故こんなことをしているのか疑問に思い始めていた。
何故ならアツアゲはイナリに従属してはいるが、基本的に他の人間は結構どうでもいいのである。知らない人間とか、もっとどうでもいいのだ。好感度でいうならゼロである。マイナスではないけども。ちなみにメイドは面白いので好感度が20くらいはある。さておいて。
「……」
踊るのも飽きたので、アツアゲは空を見ていた。夜の星は美しい。以前見ていたテレビの説明だと、世界にダンジョンが現れてから星が多く見えるようになったらしい。空気の綺麗さがどうのこうのといっていたが、その辺はあまり興味はない。あそこを飛んだら楽しいだろうなあと思っているだけだ。
勿論アツアゲは性能的に言えば陸戦型なので空や宇宙に行く能力は持っていない。少なくとも、初期状態であれば。
だから空飛ぶ幽霊船とやらは船のくせに飛んで生意気なのでとっちめてやろうとは思っていた。まあ、来ないからテンションは下がっているわけなのだけれども。
しかし暇である。こうして待っていても何もこない上に見張っていないといけないのだから暇が過ぎる。此処にテレビでもあればいいのにと思うアツアゲだが、無いものは仕方がない。しかし完全合体ゴッドキングダムは絶対に買わせるつもりなので見張りはしっかりとやっていた。
それでも暇なのはどうしようもない。この何故か英語でHとか描いてあるこの場所も意味が分からないし。ヘリポートのHだというのは知っているが、何故こんなに大きくHと描く必要があるのか。描きたかっただけなのではないだろうか。ヘリコプターの絵でもいいではないかとアツアゲは思うのだ。ちなみに着陸は出来ないRマークもあるらしいし、ちゃんと意味はある。あるがアツアゲにとっては「そんなもん知らん」な話である。
さておいて、アツアゲは大の字になって空を見つめて。そして、気付く。夜空にすうっと浮かんでくるモノが見えて、思いきり跳ね起きる。
「ビーム」
一切の迷いなく放たれたビームは、出現した幽霊船の船底へと突き刺さる。しかし……穴が開いていない。いないが、そんなことはお構いなしにアツアゲはビームを乱射する。
「ビームビームビーム」
連射。乱射。ようやく船底が焦げ始めた辺りで、幽霊船から幽霊海賊たちが飛び降りてくる。
「ビーム」
避けられない状況ではまさに狙い放題ではあるが、パラシュートを使うでもなく落下してくる幽霊海賊たちは、しかし然程の音も衝撃もなく屋上へと降りてくる。幽霊だからだとでもいうのだろうか?
「ビーム。ビビビビーム」
乱射されるビームは幽霊海賊たちを一撃で撃破していき、もう遠慮なくイナリの魔力をガンガン吸い上げながら放たれていく。そのくらいでは何ともないともう感覚で分かっているからこそ、アツアゲも一切遠慮しない。
そして幽霊海賊たちもアツアゲを突破しなければ下には行けないとなんとなく悟っている。扉の前に陣取ったアツアゲのビームはすり抜けようとする者を許さない。そしてこの戦闘音はすでに伝わっている。だからこそすでにキアラはイナリに徹底的にガードされているし、このままでは幽霊船は目的を果たすことはできない。そう、このままでは。
「!」
瞬間、アツアゲは気付いた。上空の幽霊船の砲門が開いていることに。しかし、あんなものをあんな場所からどう撃とうというのか? その疑問は、すぐに解決する。連続する発射音。そして発射されたのは、青白い砲弾。幽霊砲弾とでもいうべきそれは薄い輝きを纏いながら軌道を細かく変えホテルの屋上へと突っ込んでくる。
「ビーム」
アツアゲのビームで何度か幽霊砲弾が撃破され爆発を起こし、その隙を狙い何人かの幽霊海賊たちが扉を破壊して下へと駆け抜けていく。まあ、そちらは問題はない。ないが……アツアゲの居た場所に幽霊砲弾が次々と着弾しホテルの屋上を破壊する。
「……!」
自然とアツアゲも階下へと落ち、落ちてくる瓦礫と追加の幽霊砲弾を迎撃するべくビームを放つ。しかしどうにも、今度の狙いは屋上ではない。階下に向けて飛んでいく幽霊砲弾が次から次へと着弾し爆発を起こし、このままではホテルそのものが破壊されるのではないかという可能性まで見えてきた、そのとき。
『エマージェンシー、エマージェンシー。積み木ゴーレム、出撃準備開始。マスターとのリンクスタートします』
ダイスを振ってもいないのに、そんな謎の放送が響き渡る。そして……続けて響いたのは、やはり今まで聞いたことのない放送だ。
『ジェットウイング、発進』
ズドン、と。何処かから幾つかの積み木が飛んでくる。それはアツアゲの背中でまるで機械翼の如く組み上がり、下部の丸い積み木はまるで射出口のようだ。
『完成、積み木ゴーレム・ジェットウイング。行動開始します』
そしてアツアゲの背中に装備されたジェットウイングから青いエネルギーのような何かが放たれ、夜空に軌跡を描きながらアツアゲが『発進』する。
「ビームウイング」
アツアゲのジェットウイングに青い輝きが宿り、まるで巨大な刃を背負っているかのような姿になる。それは回避しようとする幽霊船に追いすがり、その砲門を切り裂いていく。慌てて残った砲門から放たれる幽霊砲弾も、ジェットウイングに切り裂かれ無惨に爆発していく。そしてその爆発は、幽霊船にもダメージを与えていた。そして空を飛びながら幽霊船を切り裂いていくアツアゲの眼前に、2つのダイスが現れる。勢いよく回転を始めたそれが示した目は。
『5、6! 30! 30倍! 30倍!』
アツアゲの身体が急速に巨大化していき、50センチの身体が30倍の15メートルへと変わっていく。
『完成! 30倍積み木ゴーレム・ジェットウイイイイイイング!』
そう、15メートルの巨体と青く輝くエネルギーブレードの翼を持つそれこそは30倍積み木ゴーレム・ジェットウイング。
その巨大なエネルギーブレードの翼は、消えようとする幽霊船がそうするよりも一瞬早く深々と切り裂いて。切り裂かれた幽霊船は青いスパークを船体にまとわりつかせながら……遥か遠くまで振動を響かせるような大爆発を起こす。
その爆発、そして消え去った幽霊船をアツアゲはしっかりと見届け、元のサイズに戻って瓦礫の上に着地する。そうするとジェットウイングも何処かに飛び去って行くが……まあ、初稼働にしては中々の戦果であるとアツアゲとしても満足の結果であった。
そう、イナリと一緒に魔石をモリモリ食べていたアツアゲはすでに普通の積み木ゴーレムの枠には収まらない何かと化していた。ただでさえイナリと魔力的な繋がりが普段からあるのだから当然の結果ではあったのかもしれないが。
そうして決めポーズをアツアゲがとっていると、キアラを連れたイナリが屋上へとやってくる。
「おお、派手にやったのう、アツアゲ」
「ボスモンスターだというのは知っていましたが……流石の戦闘力ですね……」
イナリとしても魔力がいつも以上に吸われていたのでアツアゲが何かやっていることに気付いてはいたが、先程の轟音からしてもアツアゲが幽霊船を撃沈したのは明らかであった。そしてそれは、この戦いの終わりでもある。だからこそ、イナリはキアラに視線を向けて。しかし、どうにも暗い表情をしていることに気付く。
「どうした? 幽霊船は撃破したというに、何か懸念があるのかの?」
「……はい。恐らくですが、これで終わりではありません」
「ふむ?」
「地中海討伐作戦の際、幽霊船を私たちは1度は撃破したのです」
そう、地中海で現れた幽霊船を、イタリアの覚醒者による連合部隊はかなりの死傷者を出したあげく、確かに1度撃破した。したが……それで終わらなかった。撃破したはずの幽霊船は勝利の喝采に沸く中でその姿を、もう1度現したのだ。
しかもそれまでよりも倍以上に強い力を得て……だ。何故そうなったのかはその場にいたキアラにすら分からない。分からないが、確かなのは連合部隊がその後総崩れになったということだけだ。
「ですから、1度倒したとしても安心はできません。また現れる可能性は……あります」
「……ふむ」
確かにそういうことであれば、また現れる可能性はあるだろう。その度に撃破してもいいが、それが解決策になるかどうかは分からない。悩むイナリの横で、キアラがハッとしたような表情になる。
「あれ!? 確かに連合部隊は負傷してましたが……え? この積み木ゴーレム、あの強化版の幽霊船を単体で……?」
「そやつ、儂でも倒すのは面倒な相手じゃったからのう……」
「パーツチェンジ」
傷ついたパーツを全部交換して新品同然になるアツアゲを、キアラはポカンとした表情で見ていた。
まあ、当然だ。壊れてもパーツを交換して無傷になり、強力なビームを乱射し巨大化までする。しかもアツアゲ限定だが飛行能力と強力な近接攻撃まで手に入れた。ダイスの目次第では文字通り絶望と化すボスモンスター『積み木ゴーレム』の、更に強化版だ。敵として出てきたら笑い声しか出てこないような理不尽である。
そしてキアラからしてみれば、1人でとんでもない戦力のイナリに更にとんでもないオプションがついているといった認識になる。ワンマンアーミーどころの騒ぎではない。
(とんでもないわね……勇者との交渉を諦めて彼女に会いに来たのは、結果的に成功だったかもしれない)
まさかこれ程とは何処の国も思ってはいないだろう。ならば、此処で縁を深められるのはいっそ幸運だと。自分の命が未だ危機的な状況でも、キアラはそう考えていた。
そして、当然だがこのホテルはもう使えない。当然ながらエレベーターも使えない中、イナリとキアラを先頭に地上に降りていけば……強烈なライトで照らされた中に出る。
「こちらは覚醒者協会です! 生き残りですか!?」
「うむ。まあ、そんな感じじゃの」
「え、あれ? その狐耳は……狐神イナリさん!?」
どうやら拡声器で呼びかけてきているのは自分を知っている者らしい。そう察したイナリは頷いてみせる。
「そうじゃよ。そしてこっちはいたりあの本部長じゃ」
「ええ、どうも。覚醒者協会イタリア本部の本部長。キアラ・サランドラです」
「は!? す、少しお待ちを!」
そうして何処かに慌ただしく連絡をしている間にもキアラたちに折り畳み椅子が提供され、簡易的なイベントテントが設置されていくが……やがて車でやってきたのはなんと安野である。
「おお、安野か。こんばんは、こんな時間まで大変じゃのう」
「はい、こんばんは狐神さん! ていうか何でイタリアの本部長と!? あと何の騒ぎなんですか!?」
「んー? うむ。さて、話せば長いが……」
「で、できれば短くお願いします!」
言いながらイナリがキアラに視線を向ければ、キアラは「話して構いません」と頷く。
「きあらを狙っとる幽霊船が襲撃してきてのう。ほてるが壊れて幽霊船は倒したが、どうにも倒せてないかもしれんらしい」
「ごめんなさい。分かんないので全部説明お願いします……」
とまあ、そんなわけで一から全部説明したわけだが……全部説明された安野は、なんとも遠い目をしていた。
「えーと……ちょっと待ってくださいね」
(ええ……? じゃあこの騒ぎ、全部イタリアの本部長のせいじゃない……国際問題? いや、でも配慮はしてるし……人道的な観点でいえば緊急避難とも……でも何も聞いてないしやっぱり……でも言ったら入国時に問題が……いやいや……)
いわゆる「やむを得ない事情」とも言えるが、じゃあせめて本部長会談のときに言ってくれという話でもある。あるが……言えばイナリに会うのを妨害されたかもしれないと言われてしまえば、ないとはいえないのでまた難しい話になってくる。
(これ私みたいな新人が対応する案件じゃない……絶対違う……狐神さんの担当だからって押し付けられた感すごい……)
「ごめんなさいね。狐神さんと会えなくなる可能性は減らしておきたかったの」
「あ、あはは……そうでしたか……」
口の端をヒクつかせながらも安野は考える。考えて……ひとまずVIPなのだからそれ相応の対応をすることに決める。
「ひとまずではありますが、この近くに協会の駒込出張所があります。幽霊船がまた来るにしても、安全な場所です。適切な場所をご用意できるまで、そこでお過ごしいただくというのは如何でしょうか?」
「はい、問題ありません。ご厚意に感謝します」
キアラとしてもその提案は問題ないし歓迎だ。覚醒者協会の建物というのはつまり覚醒者用の建築物であり、特殊素材をふんだんに使用した堅固なシェルターであるといってもいい。幽霊船の攻撃にどの程度耐えられるかは未知数ではあるが、通常の建物よりは遥かに良いのは間違いない。
しかも駒込出張所は移転予定であり、取り壊し予定でもある。実に素晴らしい場所だ。
さて、そんな駒込出張所に移動すると、キアラはシャワーを浴びて仮眠室のベッドでスヤスヤと寝始める。その近くでイナリも椅子に座って護衛を続けているが……その側には安野もいた。
「あのー……ところでさっきの話なんですが」
「うむ?」
「青い翼を持つ、でっかい積み木ゴーレムが空飛ぶ船とバトルしてたって話があるんですけど……アツアゲ、飛べたんですか?」
「儂は見とらんが、そうなんじゃないかのう」
「えーと……どうなんですか?」
安野がミニサイズになっているアツアゲに視線を向ければ、ビシッとキメポーズを見せてくる。
「これって『はい』と『いいえ』のどっちなんでしょう」
「儂にも分からん」
「うう……これどう報告書に書けばいいんだろう……」
「よしよし、お主は頑張っとるよ」
イナリが安野を撫でて慰めるが、しかしまあ安野は本当に大変である。勿論その分のお手当は出るし上からの覚えも良くなるが、覚醒者協会において有能の評価は忙しさとセットでもある。
「それで……安野や」
「はい?」
「倒しても復活する。そんなもんすたあ、他に例があるんかのう?」
「んん……うーん……どう、でしょう……少なくとも私は知らないですね」
どんなモンスターでも倒せば死んで何かのドロップ品を残す。それは明確な決まり事だ。ルールブックに書いてあるわけではないが、その法則を外れたことは今まで1度もなかった。
ならば幽霊船はその法則を外れた存在だということなのだろうか? 安野は何か違うような、そんな気がしていた。イナリもそう思ったからこうして安野に聞いているのだと、そうも思う。だから安野は考えて……なんとか自分の考えをひねり出す。
「倒したようで倒していない。あるいは……何かそもそもの前提が違っているのかもしれません」





