お狐様、護衛をする
幽霊船。その単語にイナリは「ふむ」と頷く。前に都市伝説系のモンスターとも戦うことがあったが、幽霊船もあるいはその類なのかもしれない。何より今の時代、そうした水に関わる怪異は強敵ではあるだろう。そこまでは理解できる、のだが。
「しかしのう。それは儂が首を突っ込むべき話なんじゃろうか?」
「と、いいますと?」
「お主、いたりあの偉い人なんじゃろ?」
「えーと……ええ、まあ。偉い、といえば偉いですが……」
「ならばいたりあの覚醒者が手を上げるじゃろうに。余所者が手を突っ込むのは、何処も好まんのじゃなかろうかの?」
言われてキアラはイナリが想像を超えて思慮深いことを再確認する。大抵の覚醒者であれば自分が困っているので報酬を出すから助けてほしいといえば、何かしらの提示されていない利益を期待して受けるものだ。実際、キアラもそうしたものを提供する用意はある。しかし、イナリは駆け引きでも何でもなく、本気で此方を気遣う様子でキアラを見ている。
(本気の目……しかも私を気遣っている目ね。家族だってこんな感情向けてこないわよ)
無償の愛をくれるのは家族だけというが、家族だって利益の絡む場面でこんな他人を心配する目を向けてはこないだろう。正直自分に入ってくる情報の何割かは盛られた話だと思っていたが、100%そのままである可能性も考えなければならないのかもしれないとキアラは思う。
そしてその場合、下手に情報を隠すのは想像を超える不利益をもたらす可能性がある。ならば……と、キアラはそう覚悟を決める。
「残念ですが、祖国は私の生存を諦めています。形式上私を生かすための方策を議論していますが……まあ、最大限努力したという実績を残すためのものに過ぎません」
その言葉に、イナリの視線が少し鋭くなる。しかし実際、そうなのだ。あの「幽霊船」の対処を覚醒者協会イタリア本部は諦めている。勿論、そういう風になるまでに全力で取り組んだという過程あってこその諦めではあるのだが……諦められるほうはたまったものではない。
「すでに当協会では私の後任についての話し合いが始まっています。私が生きている限りは陰でコソコソするしか出来ませんが……そうですね。感動的な追悼スピーチの原稿くらいは書き始めているかもしれません」
「……何故儂に個人的に? 日本の本部長には会ったが、話の分からん男ではなかったように見えるが」
「そうですね。正直に話せば適切な支援を受けられたでしょう。しかし、その事実は私を引きずり降ろそうとする連中への格好の材料となるでしょう」
それに、これはイナリには言えないが日本本部長……御堂も「話が分かる男」ではあるが、それは人助けにビジネスを持ち込まないという意味ではない。正式な要請は日本本部への大きな借りとなり、下手をすれば両国間での格付けといったような形になる可能性すらもある。更に言えば国内からの突き上げも一切の過程を無視して発生する可能性だってある。実際そうなるかではなく、そうなる可能性があるというだけでキアラは動くことを封じられる。本部長とはそういう立場だ。
同じ日本の「勇者」を引っ張ってくることも考えたが、今はアフリカのダンジョンにいるらしい。
「ですので、こうして個人でこっそり依頼するしかないということです。扱いとしては……そうですね。引き抜き交渉にやってきた私を危機から助けてくれた貴女に私が感謝してお礼をする……といったような感じでしょうか」
「色々と雑すぎやせんかのう」
「雑でもいいんです。『そういうお話だったのさ』というやつです。日本でいえば……そうですね。モモタローが桃から産まれたことに生物学だのを持ち出して騒ぎ立てる人はいないでしょう?」
「まあ、たぶん居らんとは思うが……あれはお話じゃからのう」
「同じですよ。感動のお話にケチをつける奴は尻を蹴られます。それに見捨てるつもりだったのにあいつが生きようとしたんだ、と騒ぎたてる勇気は流石にないでしょう」
まあ、確かにそれはそうだろうとイナリも思う。思うが……なんともまあ、嫌な話ではある。しかしながら、同時に思うこともある。
「お主も中々に生き辛そうな人生を送っとるんじゃのう……」
「そういう立場ですから」
「そうじゃよなあ。偉い立場に居るんじゃから色々と責任もあろう。人が集まれば諍いはなくとも考えの違いはあろう。しかしまあ、世知辛い。なんとも世知辛いのじゃ」
「……」
何処までも善人なのだな、とキアラは思う。生き辛いと言うが、イナリのほうが余程生き辛い性格をしているように見える。まあ、善人と分かって利用しに来ている自分も相当汚い大人だという自覚はキアラにもあるのだが。
「うむ、任せよ。その幽霊船とやら、この儂が撃沈してくれようぞ」
「え? いえ、まだ報酬の話もしてませんよ?」
「要らんというのも角が立つでのう。その辺は何か良いようにしてくれるかの?」
「うわあ……いえ、いいんですけど……私はしませんが、あんまり知らない人間にそれを言うのはやめたほうがいいですよ……?」
「儂とて人は見とるよ」
ほんとかなあ、とキアラは思うのだが、そこをどうこう言っても仕方がない。やっぱり受けるのやめたと言われても困るし。というか報酬もそうだが詳細な話もしていない。
「で? いたりあに行けばええんかの?」
「それなんですが、ひとまず日本で1週間過ごそうと考えています」
「ふむ。よもや、いたりあから幽霊船が来る……ということかの?」
「分かりません。私もそこを知りたいと考えています」
そのために今回、泊っているホテルを全て借り切っている。表向きには警備上の都合のためだが……何かあった際に一般人を巻き込まないためでもある。無論、何かあれば必要な費用も全て自分の財布から出す準備は出来ている。
「狐神さん。貴女を私が泊まっているホテルにご案内しましょう」
そうしてイナリはキアラの泊っているというホテルに案内される。都内でも中規模程度の大きさになるそのホテルは駒込に存在しており、今後都市開発計画に伴い移転が予定されている……まあ、そんなホテルであった。
「はー……まさか駒込にのう」
「日本の事情は可能な限り把握しておりますので、選定も楽でした。別に日本に限った話でもありませんが」
というか、何処の国の覚醒者協会も色んな国に人員を派遣しているし現地の人間も雇っている。テーブルの上で握手をしながらテーブルの下で蹴り合うのは何処でも一緒ということだが……まあ、そんなわけで再開発の影響で一般人がほぼ居なくなっている駒込を選ぶのは当然の流れと言えるだろう。
当然のように従業員の姿もなく、キアラの部下と思わしき者たちが警備に立っている程度であった。
そんなホテルの上層階にキアラの部屋は用意されていたが……窓からは、すでに工事の始まっている光景が見える。そのうちこの建物も壊される。となれば本当にキアラとしてはかなり配慮したほうなのだろう。
「先程はお話出来ていませんでしたが、私を狙う幽霊船は普通の相手ではありません」
「まあ、そうじゃろうが……具体的には?」
「そうですね……船自体はいわゆる海賊船と呼ばれる類のものです。イタリア近辺のダンジョンからかつて出現したモンスターの1体です」
ボスモンスター「彷徨える幽霊船」。地中海の奥深くに出現したダンジョンからモンスター災害によって現れたモンスターである。地中海の何処かに存在するこのモンスターは近くに船があれば容赦なく撃沈することでも知られており、その他のモンスターによる被害も含め、事実上地中海は他の海同様に危険な場所と化していた。
「ですが、そうであることを許せないのが人というものです。海を取り戻すというスローガンの下、私1人では止められない程に地中海のモンスター討伐の声が盛り上がりました」
「ふむ……それでどうなったのじゃ?」
「大敗です。連中は船というものに対する戦い方を心得、航空機すら墜とす準備を整えていた……これは国家機密ですが、1位たる『コマンダー』を加えてのこの戦果です。陸の英雄は海でも英雄というわけではなかったという、ただそれだけの話ではありますが」
ただ、それでも『コマンダー』がいたからこそ最悪にまでは至らなかったともいえる。しかし、問題はそこからであった。
「それ以降、幽霊船が私を狙い攻撃してくるようになりました。どういう理屈か地上をも走り、正確に私を追尾してきます。デバフの類はかけられていないはずなのですが……」
「ふむ?」
確かにイナリから見てもおかしな気配はキアラにはない。何かしらがあるなら祓えるのだが……こうして見たところ、本当に何もない。
「確かに何もないのう。しかしお主を追ってくるというのであれば何かしらの目印があるはずじゃが」
「はい。私の周囲も調べましたが何もありませんでした。今回此処に来たのは、貴女の目から見て何かあれば外せるかもと期待したのもあったのですが……」
「すまんのう。儂にも何も見えん」
「いえ、何も問題はありません」
ならば、あとは力尽くでどうにかしなければならないということだが……そこで、キアラの覚醒フォンが慌ただしく鳴り始める。
「私です。どうしました?」
『こちら屋上ヘリポート! 幽霊船です! 幽霊船が出現しました!』
「なんですって!?」
「ほう……」
本当にキアラを追ってきたかのようだ。しかもまさかの屋上……この部屋に来るには窓を割る以外では最短ルートだ。しかも「出現した」というのは、本当にいきなり現れたということだ。姿を消していたのか、それとも本当に此処に突然現れたのか。その辺りは分からないが……とにかく、早速イナリの出番ということだ。
上階から響く戦闘音は段々と近づいてきて……やがて、ドアをロックごと蹴破るようにして青く半透明な男たちが現れる。二本角の兜を被ったそれらは、イナリの狐火を受けて吹っ飛んでいく。
「ビーム」
ついでとばかりにアツアゲのビームも炸裂し、しかしそれでも半透明の男たちは立ち上がる。そんなものでやられはしないとでもいうかのように、ニヤリと笑みを浮かべて。
「ビーム、ビーム。ビームビームビームビーム」
「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」
しかし、即座にアツアゲの連続ビームとイナリの狐火の雨嵐の前に消えていく。もう容赦とかは一切ない攻撃の乱打だが、モンスターたちの増援もそうして片づけると、怪我をしたキアラの部下たちが部屋の中へ走ってくる。
「大丈夫ですか!?」
「はい、問題ありません。皆さんは?」
「全員連絡が取れています。隊長も無事です」
「ならよかったです」
「隊長というのは?」
イナリのそんな疑問にキアラは「ああ」と頷く。
「私の護衛部隊の1人です。信頼できる人間ですよ」
「ふむ」
「先程屋上から報告をくれたのも彼女です……そうだ、幽霊船は?」
「いつも通りです。消えたそうです」
「……やはりそうですか」
モンスターを吐き出すと消えていく。いつも通りのやり方だ。おかげでいつまでも抜本的対策が出来ないままだ。『コマンダー』のスキルと似た部分があるこのやり方の強さは、キアラはよく分かっている。とはいえ、今回は……。
「ありがとうございます、狐神さん。まさかあの変異型幽霊海賊たちをものともしないとは……」
「あの程度なら問題ないのう……それで、変異とは?」
「はい。通常の幽霊海賊は、もっとこう……童話の海賊じみた姿なんです。ですがアレはまるで北欧のヴァイキングの如きです。強さもけた違いになっていて、正直こんなに簡単に倒したのが信じられないほどです」
「ふむ?」
ヴァイキングとやらはイナリには分からないが、モンスターの姿が通常とは違う。そしてすぐに消えていく幽霊船……そういうものなのかもしれないが、どうにも違和感がある。
「この駒込にはもんすたあを召喚できる道具があるが……そういうものだという可能性はないかのう?」
「電脳ウォーズ、でしたか。それについては此方でも情報を得ています。しかし、イタリアではそのような機能を持つアイテムは発見されていません」
「ぱあとなあ、もかえ?」
「はい。本人が隠しているのでなければ……という前提ですが」
そう、今のところモンスターを仲間にするには2つのパターンがある。1つがアツアゲのようにパートナーとして手に入れること、そしてもう1つは電脳ウォーズのカードのような「召喚」をするパターンだ。しかしながら電脳ウォーズはかなりの特殊パターンだ。そしてもう1つも……。
「地中海第1ダンジョンのクリア。有り得ないわけではないでしょうが、難しいと思います。水中適応型の覚醒者であればともかく……」
「つまり無理ということじゃの」
何処かの誰かによる計画という可能性も考えたが、そうではないということだろうかとイナリは思う。だとすると、本当に何らかの手段でキアラを認識し追ってきているということになる。しかし、それで正しいのだろうか?
(うーむ……まあ、幽霊船とやらをどうにかすればいい話ではあるがの)
少なくとも視認できていないものをどうにか出来る手段は流石にイナリも持ち合わせていない。姿を見せてくれれば矢で撃ち落とすこともできるだろうが、そこは仕方がない。とにかく1週間。その間にどうにか手立てを見つけるべきだろう。
「まあ、まずはこの調子で……」
やっていくとしよう、とイナリが言いかけたとき。上階から再び破壊音と足音が響く。
「う、嘘だろ!? さっきの襲撃からまだ時間がそんなに……!」
「迎撃だ! 全員武器構え!」
「アツアゲ」
イナリに応えるようにアツアゲがダッシュして、廊下でビームを乱射する。イナリと魔力的に繋がって実質弾数無制限であるため、もう一切の遠慮のないビームの乱射だ。
「ビーム。ビビビビビビビビーム」
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「……報告は受けていましたが……あんなに強いとは」
「アツアゲは任せて安心な子じゃからのう。しかし、うーむ……」
イナリは少し迷った様子を見せると、敵を全滅させて廊下でポーズをキメているアツアゲに声をかける。
「おーい、アツアゲ。すまんがのう、屋上で見張っといてくれるかの? 幽霊船とやらが出たら撃墜してええから」
そんなイナリの言葉にアツアゲは態度であからさまに不満そうな態度を示す。当然だ。アツアゲは夜にアニメを見るのを大事にしている……そんないつ出るか分からない幽霊船などどうでもいいのだ。
そしてアツアゲの態度に何となく察したイナリは仕方なくやる気をアップさせる手段をとることに決めた。
「……欲しがっとった、あのー……あれじゃ。ごっどきんぐだむの玩具を買うてやろう」
それを聞くと同時にアツアゲは屋上に向かって走っていく。たぶん幽霊船が出たら巨大化して仕留めにかかる可能性はあるが……それはそれで問題ない。むしろ問題なのは……後で注文することになるだろう完全合体ゴッドキングダムは確か全長2メートルの巨大玩具らしいが……引っ越し後の家に飾るスペースを専用で作ったほうがいいのかもしれない。イナリは、そんなことを考えてしまっていた。
ゴッドキングダムのサイズ表記がおかしなことになっていたので修正しました。





