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【4/15 書籍2巻、コミック発売】お狐様にお願い!~廃村に残ってた神様がファンタジー化した現代社会に放り込まれたら最強だった~  作者: 天野ハザマ
第八章

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お狐様、注目の的となる

 そう、覚醒者協会とは決して威圧的な組織ではない。その内部も覚醒者であるからこそ互助組織としての一面を持つのであり、公平性と特別扱いを上手く使い分ける才覚を必要とする組織でもあった。

 それは自分たちの住む国の安全、そして覚醒者という存在を守るための組織であるからだ。

 そもそも、その覚醒者という言葉も今では辞書に載っている程度には普通の言葉だ。ジョブやスキルを持つ超人たちの存在に疑問を提示する者は、今となってはほとんどいない。

 まあ、それは当然だろう。「剣と魔法の原始人から文明人に戻ろう」みたいな主張をする者もかつては少しばかりいたようだが、今となってはほぼ存在しない。いたとして「古臭い機械を弄って喜んでいる懐古主義者」と言われるのに嫌気がさしたというのもあるだろうが、いわゆる武器としての科学に同じ非覚醒者同士でしか意味がないというだけであり、通常の科学は変わらず役に立つという事実に気付いたからだろう。

 言ってみれば科学の軍事利用に意味がなくなっただけの話であり、それは喜ぶべきことであるからだ。

 そうして「魔科学」と「科学」に分かれた2つの技術は方向性を違えながら進歩を続けているわけだが……その中で魔科学の日本のトップとされているのが第2位であり『プロフェッサー』真野月子……というわけだ。

 他にも戦闘面においての日本トップが『勇者』蒼空陽太であるとされているように、他の国々でもこういったランキングや有名人などは現時点ではほぼ不動だ。それは覚醒者というものが手に入れたジョブが才能を現し、経験がレベルとして如実に現れるからである。

 恵まれたジョブで高いレベルを持つ覚醒者に追いつくのはほぼ不可能であり、発生するのは中間帯やトップレベルでの僅かな誤差のような変動くらいのものだ。それは紛れもない現実であり、不変の法則だと思われていたのだ。

 だからこそ各国では「上手く育てれば中間層を厚く出来る新人」や「トップを狙えそうな、けれど一歩足りないベテラン」がスカウト対象であった。

 しかしながら、そこにきて1人の日本人覚醒者……狐神イナリが現れた。詳細な出身地、家族は不明。この時代にはありがちな背景を持つ、狐巫女とかいうローカルな香り漂うユニークジョブ。別に注目すべき相手でもなんでもなかった。

 ところがその狐神イナリの為したことは凄まじい。幾つかの初見殺しでしかない臨時ダンジョンのクリア、その他幾つかの……日本本部の機密情報も含まれているので正確には把握できていないが、難度の高い案件の解決。日本ランキングの急上昇と、日本ランカーたちとの急接近。

 外部からの視点で見れば、今の日本ランカーたちの中心に狐神イナリがいるのは明らかだった。

 そしてイギリス本部が本格的な引き抜き計画に乗り出したという話、駒込に狐神イナリのための都市開発計画が始まったという話を聞けば腰の重い他の国も動き出し始める。

 ……一般的に腰が重いというのはそれだけ慎重だということであり、動き出せば誰よりも速い動きを見せる。そうでなければただの無能なのだからまあ、当然の話ではある。

 とにかく「勇者」という交渉し放題でも暖簾に腕押しな実例がある以上、各国の覚醒者協会本部は日本本部への直接の圧力を加え始めていた。


「別に私は無茶な要求はしていないと思いますけどね」

「それが無茶な要求でないというなら互いの認識に大きな差がありますな」


 覚醒者協会日本本部。その本部長室にいる1人の客に、御堂は頭痛が酷くなる思いだった。

 目の前にいるこの女は覚醒者協会イタリア本部長、キアラ・サランドラ。自国のトップランカーを狙えるほど強力な覚醒者でありながら本部長の地位を務めている、いわゆる自分の利益より全体の利益を優先できる類の女であった。


「私はそんなに無茶を言っていますか?」

「当然でしょう……! 狐神イナリをイタリアに移籍させろ!? 出来るはずがない! 彼女はうちのエース候補だ!」

「そうかしら。優秀な覚醒者が移籍した例は幾らでもある……それに覚醒者に国籍なんてあってないようなもの。そうでしょう?」

「だから問題なんでしょう……!」


 そう、覚醒者は正確にはその国に所属してはいない。非覚醒者社会とは別の軸で生きており、その戸籍は各国の覚醒者協会に存在するのだ。だからこそ他の国に行くのは非常に簡単であるわけだが……それが超人連盟のような連中があっちこっちに入り込む原因の1つにもなっている。既存の国家システムが覚醒者から一切信用されていない以上は仕方がないとも言えるのだが……それについてはさておこう。

 とにかくそんなわけで、覚醒者の引き抜きは個人交渉、そしてキアラのようなお行儀のよい……つまり協会間の摩擦を起こさないための事前交渉が存在していた。


「水中活動が出来て、空を飛べる。悪魔祓いじみたことも出来て、基本戦闘能力も対人、対集団の両面において非常に高い。更には近距離、中距離、遠距離のオールレンジ。回復スキルも所持? こんなワンマンアーミー、日本では持て余すのでは?」

「イタリアには『コマンダー』アルベルトがいるでしょう……! ワンマンアーミーを2人揃えてどうしようと!?」

「彼、そろそろ引退したいが口癖なんですよ。次世代が欲しいと思うのは当然では?」

「他国にそれを求めなければ、という前置きがつきますがな……!」


 本当に厄介な相手だと御堂は思う。キアラが直接やってきたのは、駒込の件を嗅ぎつけたからだろう。つまるところイナリとの交渉ラインがその辺りであると……実際は違うが、そのあたりの「より魅力的」な条件をすでに確保して……更に交渉の余地を残した上で持ってきているはずだ。

 そして御堂としては、イナリがそれに乗るかどうか確定的なことが言えない。言えない以上は、キアラとイナリを接触させたくはない。というかさっさと帰ってほしい。


「……とにかく、彼女を手放すつもりはありません。帰っていただきたい」

「そうですか、残念です」


 そう言うとキアラは立ち上がり、護衛と共に部屋を出ていく。それを見送り御堂は大きく溜息をつくが……近くに控えていた秘書に指を2本そろえて振るジェスチャーをする。

 監視をつけろ。そういう意味のジェスチャーであり、非覚醒者より良い聴力を持つことの多い覚醒者を警戒した……勿論高い防音性能を誇る部屋ではあるが、それでもだ……とにかく声をあげずとも伝達可能なジェスチャーであり、秘書も頷くと所定の暗号メールを警備部へと送る。

 そうして彼女たちが建物を出たという連絡を受けた辺りで、秘書が「御心配ですか?」と声をあげる。


「当然だ。断言するがな、彼女はしばらく日本に留まるぞ」

「……まあ、本人に会わずには帰れないでしょうね」

「そうだ。少なくとも狐神くんの性格を掴むまでは帰らないだろう……が……」

「どうしました?」


 御堂が言い淀んだあたりで、秘書がそんな疑問を口にする。何か御堂が引っかかっている。秘書が気付いていないような何かに気付いたのだと、そう思わせる沈黙だったからだ。そして実際、御堂はとある疑問を抱いていた。


「……そもそも、狐神くんが欲しいと考えたとして……彼女が直接来るような話か? そんな奴じゃなかっただろう」

「本部長に会いに来るのに同じ本部長が会いに来るというのは普通に思えますが?」

「さっきの言動だけじゃない、圧力をかけてくる連中からも理解できるだろう。日本本部はナメられてる。まあ……大体『勇者』のせいなんだがな」

「えっと……それは……そうですね……」


 一個人の正義感溢れる若者という点では『勇者』の行動は間違ってはいない。輝かんばかりの人類愛に満ちた素晴らしい青年だろう。そこを否定する気はない。ないが、その分日本国内が疎かになり過ぎている。たぶん他国の覚醒者協会はこう考えているはずだ。「日本の連中なんか便利に使ってやれ」と。実際、自分のところの覚醒者がケガする危険性を日本の1位を使うことで減らせるならこれほど素晴らしいことはない。しかも『勇者』が日本本部を通さず直接やりとりしているからなおさらだ。

 やっていることは素晴らしい。しかし全体が見えていなさすぎる。しかも止めるわけにもいかない。


「さておき、何か裏がある。求める結果は狐神くんをイタリアに連れていくことだとして……目的は何だ?」

「……『コマンダー』に何かあったという可能性はどうでしょう」

「イタリア1位に動けなくなるような事情、か。有り得ない話じゃないな」


 イタリアの1位……『コマンダー』アルベルト・ビアンコ。その異名と同じく『コマンダー』と呼ばれるユニークジョブを持っており、味方の能力を引き上げるバフ系の常時発動スキル、そして「幻影騎士団」という召喚スキルを持っているという。アルベルト1人でダンジョンの完全制圧も容易だとされ、イタリア不動の1位……まあ、平たく言えば英雄である。


「とはいえ、『コマンダー』をどうにか出来る奴が俺には思いつかん。隠し玉を何個持ってるか分からんような奴だからな」

「神のごときものの使徒、の場合は如何でしょう」

「うーん……それだったらあるかもしれんが……しかしなあ……」


 悩んでも結論は出るはずもない。ならば後はキアラの監視報告を待つしかない、のだが。そのキアラはすでに監視を撒いていた。とはいえ、これは監視がどうこうの話ではなくキアラのスキルによる誤魔化しを受けた結果でもある。


「さて、余計な監視の目も外したことだし……狐の子に会いに行くとしましょうか」


 キアラのジョブはドールマスター。人形を操るスキルを使うジョブだが……その中に「自分の偽物」をある程度の時間ではあるが作るジョブがある。これは通常の鑑定程度であれば誤魔化すほどのものであり、キアラの隠し玉でもあった。あとは護衛に人形をホテルまで連れて行ってもらえばいい話だ。

 その間にキアラは本来の目的を果たす。別途潜入させたエージェントによって、イナリの大体の行動パターンは確認済みだ。


「……大体が家とコンビニ、スーパーマーケット、あるいは秋葉原、もしくはダンジョンの往復。子どもに絡まれて公園……うーん。普段なら再調査を命じるところだけれども」


 本当に日本でも有数の覚醒者か分からない生活をしているが、本当なのだろう。というか撮った資料写真が全部カメラのほうを向いているのは正直恐ろしい。一般人と変わらない……ファンがたまたま写真を撮ったかのような、そんな偽装もしているはずだし他の音でかき消されるような場所を選んでもいるはずなのだが……。


「まあ、いいわ。この時間なら……」


 イナリの住居から少し離れた場所にある公園。この辺りの憩いの場所である公園には覚醒者による警備がいるが、外国人の1人や2人が入ろうとしたところで早々止められはしない。余程態度が怪しければ話は別だが……「ハァイ」と軽く挨拶の1つでもすればニコリと業務的な微笑みを返してくる。中で戦闘スキルでも使えば飛んでくるだろうが、そんなことをする気もない。

 そうして公園の中へ行けば……あまりにも特徴的なその姿があった。白く美しく艶のある髪、その上にはヘアバンドとは思えないリアルな狐耳、巫女服のお尻からは尻尾も出ている。

 そんな彼女は何やら鉄片のようなものと紐を持っているが……何かの玩具なのだろう。不敵な笑みを浮かべているその顔は、ハッとするような美少女だ。オリエンタルな美人という一言では済まないような美しさは……恐らくその美しさに足りないものがないからなのだろう。

 だからだろうか、キアラは一瞬言葉を失って。イナリと子どもたちは、その遊びを始めていた。


「ゆくぞ……そぉれ!」


 ヒュパッと音を立てて巻いた紐から解放されるかのように小さなフィールドを回転する鉄片……つまるところベーゴマは、結構な回転をしているが……そこにニッと勝利を確信したかのような少年がベーゴマを放つ。ぶつかりあったベーゴマのうち、弾かれたのはイナリのベーゴマだ。


「な、なんと!?」

「あめーよイナリちゃん。ベーゴマは奥深いんだからさ」

「そもそもタカシのペチャにそれで挑むのは戦略がないよ戦略がさー」

「戦う前に勝負見えてたわよね」

「うぬぅ……」


 日本のローカルにしてオールドでアナログな玩具、ベーゴマ。キアラとて話に聞いたことくらいはあるが……実際にやっているのを見たのは初めてだ。


(というか、今時の子どもってあんな感じにアナログだったかしら……)


 もっと子どもはデジタルでハイテクな遊びに熱中している記憶があるのだが、日本は精密部品が不足でもしていただろうか? いや、違う。あの遊びが本気で面白いと思っているのだろう。誰の影響かは……まあ、そこにいるイナリのせいに思えるが、決めつけは良くない。ちなみに正解である。

 そうして見ていると楽しそうにベーゴマで……イナリがほぼ一方的にやられているがさておいて……やがて子どもたちが親に呼ばれて去って行ったのをベンチでぼーっと見ていると、イナリがスタスタとキアラに向かって歩いてくる。そのままイナリは、キアラの前で止まってにっこりと笑顔を向けてくる。


「それで? 何の御用かの?」

「あら、聞いてくださるんですか?」

「そりゃまあ、のう……子供たちの時間を邪魔せずに待っとってくれたのじゃから。儂とて、それなりの礼儀を見せんといかんじゃろ」


 実際、イナリとてキアラの存在に最初から気付いてはいたしイナリに用事があることも分かっていたが、此方に気をつかって話しかけてこないのが明らかだったので、子供たちを優先したのだ。


「では、ご挨拶を。私、は」

「座ったままでええぞ。待っとるだけというのも疲れるものじゃ」


 イナリはキアラの隣に座ると「さて」と声をあげる。


「儂は狐神イナリじゃ。知ってて来たものとは思うが、一応の」

「ご丁寧にありがとうございます。私は覚醒者協会イタリア本部の本部長、キアラ・サランドラです」

「ほう、いたりあ。聞いたことはあるのじゃ」

「今回此方に伺った理由は簡単です。貴女をスカウトに来ました」

「ふむ、そういうことなら力になれんのう」

「理由を伺っても?」

「儂、友人を大切にするほうじゃから。国を捨てるには縁を紡ぎ過ぎたのう」

「……そうですか」


 イナリの返答に、キアラは第一案を即座に廃棄する。この手のタイプに無理にメリットを提示したところで時間の無駄だし、此方の評価を下げるだけだ。ならば次の案に移行するに限る。


「ではそれについては諦めます」

「ほう」

「此処からはビジネス……仕事の依頼です」


 そう、イナリをスカウトできずとも望む結果を得られれば、とりあえずはそれでいい。そこから繋がる縁もあるだろう。そして、望む結果を得られなければ……。


「依頼内容は私の護衛です。期間はひとまず1週間……私の命を守っていただきたいのです」

「随分物騒な話じゃが……具体的でもある。狙う者に心当たりでもあるのかの?」

「はい。敵は海賊……幽霊海賊団と、その母船です」

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― 新着の感想 ―
幻影騎士団…ファントムナイツ…う、頭が
腹の内が見えないけど、子供たちの時間を待ったりスカウトの話を切り上げたりで一応相手からの評価を考えれるんだなぁ 冒頭のやり取り的にそれだけ日本の協会はなめられてるのか ……イナリちゃんが国外に出ないで…
[一言] 幽霊海賊団! 字面だけでワクワクします!
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