お狐様、蹂躙する
バス運転手の心配を余所にイナリがバスを降りると、そこには荒廃した街並みと、その中に新しく出来た施設の混在する光景があった。
固定ダンジョンが……それも不人気の固定ダンジョンがあるからこそ、復興が進まない。
イナリがチラリと視線を向けた先には、覚醒者需要を見込んだものの売り上げが上がらず撤退したのだろう商業施設も幾つか見えていた。
ともかく、イナリはバス停からゲート前へと繋がる門を見上げる。
他のダンジョン同様に武装した警備員が立っているが、今まで見た2つのゲートに比べると大分暇そうだ。
「お疲れ様じゃ。予約した狐神じゃが、入って構わんかのう?」
「え? ああ、そういえば予約一件入ってたな」
「ちょっと待ってな。狐神……あー、あるな。どうぞ」
「うむ」
イナリが出したカードも一応確認したといった風だが、やる気の差が見て取れる。
施設内も職員用の建物とゲートしかないようで、気のせいかゲート前の職員もぽけっとしている。
「不人気じゃと、こういう風になるんじゃのう」
平和といえば平和なのだろうが……ダンジョンは放置すればモンスターが溢れ出てくるようになる。そういう意味ではこの状況が健全なのかどうかはイナリには分からない。
「予約した狐神じゃ」
「あ、はいはい。頑張ってくださいねー」
こっちの職員もやる気がない……が、まあイナリがどうこう言う問題でもない。
そのまま青いゲートを潜っていくと、目の前の光景が切り替わる。
何処まで続くのか分からない荒野と、その先に見える丸いテントのような形の簡素な家の数々。
ドンドコドンドコと太鼓らしき音も聞こえてくるのは、宴会でもやっているのだろうか?
晴天の空を照らす太陽は眩しく、イナリの姿をこれ以上ないくらいに照らし出している。
隠れて接近する……などということも、此処では不可能だろう。
それだけではない。集落らしきものは、どうやら幾つか存在する。
「なるほど、のう。これが集落型……というわけじゃな」
此処からボスを探し倒すのはなるほど、確かに手間だろう。普通に考えて一番守りの厚い場所にいるだろうし、そうなるとオークとの総力戦という話になってしまう。
しかも「どの集落にボスがいるか」が分からないのだ。下手をすれば疲弊しきった状態でボスと戦うことになるのだ。そうなれば最悪だ。
そのくせしてドロップ品であまり稼げないというのであれば不人気なのも納得ではある。
「まあ、儂には関係ないがのう」
そう、あれが集落であって、たとえばどれがボスのいる建物なのか分からないとしても。
空はこんなに明るくて、見通しはこんなに良いのだ。
「来い、狐月」
呼び声に答え現れたのは、一張の弓。凄まじい神気を放つ弓がその手に収まると、お狐様はキリキリと、その細腕からでは想像も出来ぬほどに弓を強く引いて。
弓を引き切った、その手の中に輝ける光の矢が出現する。
天に向けられたその矢が放たれ、天空で無数の矢に分裂して降り注ぐ。
「ギャ、ギャアアアアアアアア!?」
「グガアアアアアアアアアアア!」
「ギヒエエエエエエエエエエエ!」
「おーおー、響きよるわ」
地上に降り注ぐ光の矢の雨が無数のオークの悲鳴を生み、それが止んだ頃にオークの怒声が響き始める。まあ、いきなりとんでもない攻撃を叩き込まれたのだ。当然といったところだろうか?
しかしイナリは容赦しない。続けて矢を番えると、今度は「普通に」光の矢を放つ。
ズバアン、と凄まじい音を立てて飛翔する光の矢は丁度オークの集落の中心辺りに炸裂し大爆発を引き起こす。
「ギエエエエエエエエエエエ!」
消し飛んでいくオークの中で、今まさに突撃命令を下そうとしていたオークリーダーは思う。
なんかよく分からんがヤバい奴がいる、と。
凄まじい光を放ち、オークの戦士たちを殺していく。
このままでは皆殺しにされてしまう。そんなことを許すわけにはいかない。
だからこそオークリーダーは神からの授かりもの……スキルを使用する。
狂暴化……理性を犠牲に全能力を引き上げる、選ばれた戦士のスキル。
だが、これさえ使えばあの光の発射元にいる敵にも届く。
だからこそ、オークリーダーは残った戦士たちに突撃命令を下して。
自身もスキル「狂暴化」を使用する。消えていく理性と、湧き上がる力。
負けない。これならば負けない。だから敵を殺せ、とオークリーダーは咆哮する。
「ギュオオオオオブエッ」
今度は真っすぐ飛んできた光の矢がオークリーダーの上半身を消し飛ばし、思わずオークたちは振り向き驚愕の声をあげる。
「ブヘエエエ!?」
「ブグエエエ!」
一体何が起こったのか。それを理解する暇もなく、次々と飛んでくる光の矢にオークは消し飛ばされていく。そうして、やがて動くオークがその集落の中に1体もいなくなった頃……イナリは入り口付近に佇んだままオークの集落を目を細めてじっと眺める。
「デカい声じゃったのー。しかしまあ、あそこにはボスはおらんかったようじゃが」
イナリが他の冒険者と違う点は、強さだの何だのとは全く違う、ただ一点。
つまり……ドロップ品なんかどうでもいいと思っていることだ。
だからこそ、イナリは「よし、次じゃ」と言いながら別の集落へと弓を向けていた。
そう……イナリによって始まった、とんでもなく一方的な蹂躙がしばらく、オークの悲鳴を轟かせていた。
イナリ「どかんといくかのう」





