お狐様、宴会する2
「なんだか、うちの父が申し訳ありません……」
「気にするでない。男子は幾つになってもああいう話が好きじゃろ?」
あの廃村に人が住んでいたころも、近所の子供たちも……皆、最強がどうのこうのという話が大好きだった。それをイナリは思い出してうんうんと頷いていたが、恵瑠としてはどうでもいいところで張り合っている武本が子どもっぽく見えたようだ。だからイナリは、ちょっとおせっかいをやいてみることにした。
「恵瑠」
「はい、なんでしょう?」
「ああいうのはな、大事なことなんじゃよ」
「え?」
恵瑠は如何に敬愛するイナリの言葉とはいえ、受け止めきれていないようだが……まあすぐには受け入れられないのはイナリも分かっている。
「そもそも子どもっぽいという言葉は、大人ぶった者の戯言じゃよ」
「た、たわごとって……相応の態度をとるのは当然のものでは……」
「まあ、世は人の繋がりじゃ。いつも『そう』ではいかんがの」
「ですよね……?」
「しかし何時の世も時代を動かすは熱を忘れぬ者じゃよ。それを子どもっぽいと切り捨てては、いつか本気まで忘れてしまうものじゃ」
イナリから見て恵瑠は「大人っぽく」なろうとしている。それはあの越後商会を巡る諸々もあったのだろうが……背伸びしているようにもイナリには見えるのだ。勿論、それは悪いことではないしイナリがどうこういう話でもないので言うつもりはないのだが。
「武本も普段は巨大組織を動かす長じゃが、ああして好きな話には熱も入る。蒼空も同じじゃの。いつでも自由奔放、その上で広い視点を持ち行動しておる。儂も話だけ聞いておったときはどんな者かと危惧しておったが、実際会ってみればほれ、普通の青年じゃよ」
「えっと、それは狐神様の判定が優しすぎる気もしますが……仰りたいことは分かります」
「うむ。じゃからまあ、気にすることは何もない」
「はい」
恵瑠は頷き「よし!」と声をあげる。なんとなく自分に「無理するな」と言われていることは分かっていたので、恵瑠も少し子どもっぽい欲を見せてみようかと……そんなことを思う。
「では早速なのですが、私の子どもっぽいお願いを聞いて貰ってもよろしいでしょうか?」
「うむ」
「私、もっと強くなりたいんです……! 是非何かご助言などをいただけたらと……!」
「う、うむ。それはええがの……」
(それでええんかのう……根っこのところで武本に似てる気がするのじゃ……)
血のつながりなどないとしても、親子として過ごしてきた仲だ。似るのかもしれないな……などとイナリは思う。しかしまあ、イナリがそういうのを教えられるかといえば話は別だ。とはいえ、どうしたものか……と考えて、イナリは1人の人物に目をつける。護衛としてついてきている山口だ。ひとまず事件は解決したからもう良いはずなのだが、まだ完了命令も来ていないからということらしい。まあ、それもまた当然であるだろう。
とにかくイナリから近い場所でそっと佇んでいる山口に、イナリは軽く声をかける。
「はい、なんでしょう?」
一瞬で距離を詰めてきた山口に恵瑠が驚いた表情をしていたが、山口はそれには特に反応を見せない。
「恵瑠に何か強くなるための助言などあるかの?」
そう、山口は如何にもそういう技術を持っていそうだから……実際正解であるが……イナリがそう聞いてみれば、山口は少しだけ考えるような表情を見せて。
「鍛錬です。自分の肉体を思うように動かせるようになるのが結果的に確実な強さを得ることにつながります。狐神さんの場合は少し違いますが、判断の速さは他に類を見ません」
「判断の速さ……思い通りに動く肉体……ですか」
悩み始めた恵瑠を見て、イナリは頷く。どうやら望む助言を得られたようだし、イナリとしても見習うべき点が多い。
「流石じゃな」
「いいえ。誰にでも言えることを言ったに過ぎません」
「しかし実践しとるんじゃろ?」
「まあ、それなりには」
これは本当だ。山口はトレーニングを怠らないし、常に様々なものにアンテナを張っている。まあ、天才というものはそんな段階は軽々と飛び越えていくが……それでも天才の後を追う手段としては正しい。
「ところで、山口たちの仕事はまだ終わらんのかの?」
「お邪魔でしたか?」
「いや、仕事が終わればこの宴会に合流できるじゃろ? 外に居るニコルも一緒にのう」
そう、山口もニコルも仕事中だからこの宴会には参加できない。しかしイナリとしては世話になった2人にも参加してほしい。これはあっちで蒼空と語らっている武本も同じ意見であり、だからこそ2人の席となる予備の席もいつでも出せるようにしているのだ。
「儂は、お主等と一緒にこのときを楽しみたいがのう?」
「……すぐに確認いたします」
小さく微笑んで本部に通話をかけ、山口は上に今の話を伝える。結果は……是。イナリの護衛の任を解くので望まれたままに遊んで来い、と。そんな指令を受けた山口がニコルを呼び出すと「ヒャッホー」と声が電話口から聞こえてくる。
そうして新しく2人を加えた宴会は……終わる瞬間まで笑顔の続く、そんな素晴らしいものであった。





