お狐様、宴会する
その後、イナリが家に帰ったかといえば……そんなことはない。今回の事件を解決を祝うということで、蒼空共々武本武士団本部へと招かれていた。
「では、今回の事件の解決を祝し……乾杯!」
「かんぱーい!」
武本の音頭で乾杯が始まり、あちこちでざわざわと楽しそうな声が響き始める。
今回の一連のことに関わった武本武士団の面々も含め始まった宴会は大広間で行われていたが……どうにも武本武士団では何かあると皆で集まり、全て武本の負担で祝っているようだった。まあ、それが現代的な感覚であるかというとまた色々な意見があるのだろうし、参加も自由であるようだが……少なくとも参加している面々については楽しそうではある。というか今回の事件では見なかった顔も幾つもあるので、別に「そういうテーマの飲み会」であって、特に参加資格があるわけではないのだろう。
「狐神殿。今回も助かった……まさか、またしても『神のごときもの』絡みとは思いもせんかったが」
「うむ。しかしまあ……どれもこれもそれなりに長期に渡り活動していたように見える。今回もそうじゃ。昨日今日の計画でもあるまい」
「ふむ……気付かなかっただけ、か」
「あるいは上手く潜伏しているかじゃの」
タケルの件にしたところで、誰も長年に渡り気付いていなかったのだ。もっと多くの「使徒」がいる可能性は充分にある。まあ、今気にしたところでどうしようもないのかもしれないが。だからこそイナリは安心させるように微笑んでみせる。
「まあ、今気にしたところでどうしようもないことではあるのう。宴席で話すことでもなし。楽しくやるのが一番じゃろ」
「……うむ」
明らかに気遣ったイナリの言葉に武本はそう頷く。自分たちの無力を嘆いたところでどうしようもない。自分が用意した席であまり盛り下がる発言をするのもどうかというのもある。とはいえ、脳内メモに今後やるべきことを記入してはいたが……その辺りは武本の真面目さの発露ではある。
そんな武本だが、ふと周囲に目を向ければ蒼空がイナリをじっと見ているのに気付く。
別に惚れただとかそういう類の視線ではなさそうだが、そのイナリは隣に座っている恵瑠と何やら楽しく話しているようだった。
「……蒼空殿。狐神殿に何か用でも?」
「え? あー……いや。凄い子だなあ、と思ってさ」
「ふむ?」
「今回、俺は現身とかいう奴にやられた。あの子は相性とは言ってくれたけど、それ含めて……まあ、相当慢心があったんだろうと思う」
実際、蒼空は今まで負けなしだ。世界中のダンジョンを回り、恐らく世界全体を合わせても相当強い自覚があったが……どうにも、そうではない。
だからこそ、まだまだ強くならなければならないのだ。そのための目標が出来たのだといってもいい。
「今回、自分に足りないものがよく分かった。だから……俺はもっと強くなれる」
「そうか」
「武本さんはどうなんだ? 俺よりあの子と付き合い長いんだろ?」
まあ、確かに蒼空よりは武本のほうがイナリとの付き合いは多少長い。長いが……武本がイナリに感じているのは感謝であって、今更強さがどうとかいう若い気持ちはない。
「もう年だからな。そんな若い気持ちはない」
「何言ってんだ。武本さんは一生現役だよ」
「はー、嫌じゃ嫌じゃそんなもんは。若い奴に席を譲りたいわい」
「ハハハ! 頼りないって席から蹴飛ばす姿が目に見えるようだぜ!」
大笑いする蒼空に「このクソガキが……」と思う武本ではあったが、実際自分でもそうしそうではあるので何も言わない。
「それで? 目標を見つけたなら、もうそろそろ日本に腰を据えるのか?」
「いや? またあちこち巡るよ。その方が良さそうだ」
「不動の1位がこれだからなあ……」
「それだよ」
「どれだ」
「日本不動の1位なんて言われても、俺はそんなもんに固執してないんだ。むしろあの子にあげたほうがいいと思ってる」
蒼空の視線がイナリに向かっているのを見て、武本は「ほう」と思う。会えば即座に模擬戦を申し込んでいたクソガキが成長したものだと。そう思ったのだが……どうにも違うようだ。
「会ったときにさ、初めて底が見えなかったんだ」
「……ふむ?」
「たぶん、単純に模擬戦で打ち合えば俺が勝つと思う。けど、実際の戦闘になったらあの子は俺を封殺できる手を即座に出してこれると思うんだよな」
それは確かに武本も少し思っていたことではあった。イナリは強い。強いが……普通の人間が言う「強さ」とは何か規格の違う強さを持っているように感じるのだ。
たとえば単純に腕相撲であれば武本とイナリがやれば高確率で武本が勝つだろう。剣道でも同様だ。イナリの動きは少なくとも武器術においては然程洗練されたものではないし、その動き自体も追うことは簡単だ。しかし覚醒者というフィールドにおいてはそれは些細なことだし、それは「水中適応」「飛行」という二世代分の新世代覚醒者の能力をイナリが有していることからも明らかだ。
そう、イナリは……実戦能力という点で、他の追随を許していないのだ。
「……まあ、そうだな」
「だろ?」
「つまり覚醒者として蒼空殿の引き出しが少ないということだ。もっと精進するんだな。ハッキリ言って単純な力勝負に持ち込まれなければ儂だって蒼空殿を倒す自信はあるぞ」
「うーわ、言うじゃん……なら勝負するか?」
「やらん」
そんな負けず嫌いの男たちの会話はイナリたちにバッチリ聞こえていたが……気付かぬは本人たちばかりだ。





