お狐様、東京第7ダンジョンに到着する
まあとにかく、それから然程の時間もたたないうちにヘリがイナリたちの居る場所に向かって降りてくる。覚醒者協会のものであることがしっかりと分かるペイントがされているため、間違えることはない。そうして降りてきたヘリからは、慌てた様子で1人の職員が降りてくる。
「お待たせしました! すでに話がいっていると思いますが、東京第7ダンジョン監視所の加藤です! 狐神さんは……」
「儂じゃ。どれ、早速向かうとしようかのう」
「助かります! では早速ヘリへどうぞ!」
そうしてイナリがヘリに乗り込めば、時間が惜しいとばかりに即座に上昇し、それに合わせて山口たちの車も動き出す。万が一を考えて見守っていたようだが、ひとまず問題はないということだろう。あとは東京第7ダンジョンへ一刻も早く到着するだけだ。
「今回は本当に申し訳ありません。なにしろ『勇者』の話なものでして……」
「うむうむ。分かっておるよ」
『勇者』……蒼空は日本ランキングの不動の1位だ。そうした特別扱いも当然であるとは言えるだろうし、怪我をしたともなれば出来る限りのことをしたいとも思うものだろう。
「それで? 怪我をしたという話は聞いて居るが」
「はい。それが……」
職員の言うところによると、蒼空はダンジョンをクリアしたのはいいのだが……大きな怪我をして戻ってきたのだという。今も意識が朦朧としており、通常の回復スキルを現在かけ続けている状態であるようだ。
「ふむ……かけ続けている? 治療に効果がないか、非常に効果が小さいということかの?」
「それが……治した傷がまた復活するんです。呪いの類かと思ったのですが、解呪薬でも治せず」
なるほど、それは確かにおかしな話だ。解呪薬というのはイナリは知らないが、恐らくはダンジョン産のものだろう。だとすると、効果は保証されているはずだ。それが効かないというのは……呪いではない。あるいは、解呪薬の力を超えているか……どちらであるかは、イナリにはまだ分からない。
「まあ、見てみなければなんとも言えんがのう」
そう、実際見てみなければ分かりはしない。イナリを載せたヘリは東京第7ダンジョンへと着陸し、そのまま立派な建物の中へと案内されていく。監視所の職員待機場所や宿舎としても使われているこの場所の、1階の救護室。そこに入ったイナリは、ベッドに寝かされていた蒼空と回復スキルらしきものをかけている職員を見つける。
「では、狐神さん」
「うむ、診せてもらうとしようかの。どれ……ちょいと失礼するぞ」
そうして職員と入れ替わりで蒼空のベッドの横に座ると「ふむ」と頷く。なるほど、確かに「何か」がある。まるで先程まで乗っていたヘリのプロペラのような葉をつけた枝のようなものが……正確には、そういう形をした魔力とでも呼ぶべきものがある。
「であれば、これじゃの……狐月」
「な、何を!?」
「ええい、黙って見ておれ」
刀形態の狐月を取り出したイナリに職員が驚きの声をあげるが、イナリはそれを制止する。
言いたいことは分かるが、構っている暇はない。イナリの指の動きに合わせ緑の輝きを纏っていく狐月は冷たい輝きを放って。
「蝕む邪を祓え……秘剣・大典太」
リィン、と。鈴のような音を響かせながらイナリを中心に緑の波紋が広がっていき……その瞬間、蒼空の身体から木の枝のようなものが飛び出す。それは緑の波紋に押されるようにしてその葉を散らしていくが……1本の真っすぐな枝……まるで矢じりも矢羽根もない矢のような形になると、そのままイナリへ凄まじい勢いで飛び込んでくる。
だがそれはイナリが展開した結界とせめぎ合う。結界を貫かんとするそれに周囲の職員はどう手を出していいかオロオロしている。いるが……ひょっこりとアツアゲが顔を出す。
そのまま床に降りて、結界を貫こうとしている矢へと顔を向ける。まあ、顔などないけども。
「ビーム」
またボロボロになる矢は、しかしそれでもイナリを狙って。
「ビーム。ビーム。ビーム。ビビビビビーム」
しかしアツアゲもその程度では諦めはしない。何度も何度もビームを放てば、矢はついにジュッと音を立てて消滅する。
「ふう……ようやった、アツアゲ」
イナリの誉め言葉にアツアゲがガッツポーズをとるが……とにかく原因が去ったのならば、次は傷を癒さなければならない。そう考えたとき、蒼空が目を開く。
「む、起きたか。じゃがの、まだ寝ておれ。これから傷を癒すでの」
「……まだだ……!」
「何がまだなんじゃ」
「まだ、倒せてないんだ……!」
イナリの手を掴んだ蒼空は、苦痛に呻きながらもイナリを見据える。
「あいつの狙いは最初から君だったんだ。俺は、単なる練習台だった……!」
「儂を殺すためのかの?」
「そうだ。ミストルテイン……受けてから思い出したんだ。神をも殺す『例外の矢』……! あいつは君を誘き出し、それを」
「いや、お主の中にあったのがそれなら、先程壊したが」
「え?」
「アツアゲが」
言われてアツアゲがベッドの上に乗ると、カッコいいポーズをキメる。
「ええ?」
「まあ、2本目があるかもしれんし……まだ中に居るのであれば、どうにかせねばならんのう」
「……気をつけてくれ。ミストルテインを受けた後の記憶が定かじゃない……たぶん何らかの操作を受けてた。強いとか弱いじゃない……もっと恐ろしい相手だ」
そう言って、蒼空は多少自信なさげに付け加える。
「たぶんだけど……あの神のごときものの本当の名前は『ロキ』だ。北欧神話におけるトリックスター……なら、言うことに耳を貸すべきじゃない」
「うむ。それだけ情報があれば充分じゃよ」





