お狐様、あんまりNOと言わない
イナリがダンジョンの外へ転送されてくると、待っていたように歓声が沸き上がる。
「凄いぞ! もう解決したのか!」
「流石すぎる……!」
「これが……推しという気持ち、か……!」
なんか一部妙な叫び声が混ざっている気がするが、ともかく歓迎してくれているようで……武本がバタバタと駆け寄ってくる。
「おお、狐神殿! 無事に戻ったか!」
「うむ。とはいえ、地球防衛隊の者は死んでしもうたが」
「そうか。いや、気にするな。斬り殺されたとて当然の連中だ」
分かっている、という風に頷く武本にイナリは胡乱な目を向ける。
「ええい、儂ではない。武本も聞いておろう、神のごときものじゃ」
「む……しかし、使徒は狐神殿が倒したとも聞いているが……」
「そのはずなんじゃがな。どうにも使い捨ての駒として新たな使徒にしておったようじゃ」
あの男の言っていたことから考えても、そうとしか考えられない。どうにもイナリの見る限り、使徒というものは神のごときものにとって使い捨てても良いものであるように感じられるのだ。実際、あの【邪悪なるトリックスター】はそういう風に使徒を使っているし……【証明不能なる正体不明】も何人かの使徒を抱えているように見える。
「ううむ……予想よりずっと悪辣ということか」
「そうなるのう。故に、蒼空のほうの状況が気になるが……どうなっとるんじゃ?」
「すぐに確認させよう」
武本が指示を出すと、すぐにクランメンバーが何処かに走っていく。仮に立ててあるコンテナハウスの中に入っていくのを見るに、そこに直通電話か何かがあるのだろうが、武本に促されてイナリもスタスタとそこへ歩いていく。
「え? はい、分かりました。お伝えします……はい」
そこでは丁度電話をしていたところだったが、その真剣な表情から何か良い話ではないようにイナリには見えた。しかし、クランメンバーはイナリを見ると「あっ」と声をあげる。
「あの、狐神さん。『勇者』が来てほしいと仰ってると」
「ええよ」
「いいそうです。はい、分かりました」
電話を切ったクランメンバーに、武本が不可解そうな表情で問いかける。
「で、どういうことなんじゃ? 何故狐神殿を?」
「はい。ダンジョンはクリアしたそうなのですが、『勇者』が結構な怪我を負ったらしく……狐神さんの類まれなる治癒スキルを使ってほしいと」
「治癒スキル……? ああ、確かに協会の報告書にあったか」
都市伝説の事件でイナリが紫苑を治癒したことは、報告書にまとめられている。とはいえ、月子の奥の手などの情報に関しては載ってすらいないし結構穴があるのだが……イナリ関連に関してはイナリが「別にええよ」と言っているので載っている……勿論認められた者のみで、しかも制限付きだが公開されている。蒼空もそれを見ていたということなのだろうと武本は納得する。
「しかし……そうだとしてそれを堂々と口にするとはあの若造……」
「まあまあ、そう怒るでない。知っている手段を使おうと思うは人の常よ。命のかかっておる状況では余計にの」
「むう……狐神殿は少々甘すぎるのう」
「かっかっか! なあに、儂が甘やかそうと思えばこんなもんでは済まんぞ!」
そんなことを言うイナリに武本はより心配になってしまうのだが、イナリは元々こうであると分かるし、無理に止めても止まらないことも知っている。だから、溜息を1つ。
「はあ……世の中、狐神殿が思うよりは汚いぞ?」
「うむ。されど汚いからと足を踏み出すことをやめては何も救われまい?」
「今回はともかく、救う価値のある者ばかりではないぞ?」
「なればこそ、儂は手を伸ばしたいと思うんじゃがな」
「まあ、その考えを否定できんが……」
「じゃろ?」
綺麗な笑みを浮かべるイナリに、武本は思わず目を細めてしまう。眩しい。そう思ってしまったのだ。神のごときもの、というがイナリのほうが余程神のようである。まあ、武本は神になど会ったことは無いのだが。
「あのー……」
「む、まだ何かあるのか?」
武本に問われ、クランメンバーは「はい」と頷く。そう、話はそこで終わりではないが、イナリと武本の会話が盛り上がっていたので空気を読んで黙っていたのだ。
「すでにヘリを此方に向かわせているそうです。その、恐らく狐神さんであれば受けてくれるだろうと予想してのことだそうでして……」
「なんとまあ。あの小僧に甘いな」
「なあに、慧眼じゃろ。実際儂は断らんかったのじゃからな」
笑うイナリに、コンテナハウスの外で何処かに連絡をとっていた山口が入ってくる。
「狐神さん、申し訳ありません。現在向かってきているヘリですが、東京第7ダンジョン監視所所有の小型ヘリだそうでして……私たちが乗れません」
「ふむ?」
「私たちも車で向かうことになりますが、お側で護衛できないことをご容赦ください」
「構わん構わん。仕方のないことをどうこう言う気はないからの」
「……はい」
まさか飛行スキルを手に入れて空を飛べとは言えない、と。そこまで考えて。
「むむ? ではヘリには山口が乗って、儂が空を飛べばええのでは?」
「いえ、その……ヘリ内で状況説明もあるでしょうから……」
「ならば儂が飛びながらヘリの横にじゃな」
「やめてください……お願いですから……」
「むう」
出来るからといって、少しばかり世間体とか色んなものが悪すぎる。何でもやればいいというわけではないという……そんなお話である。





