お狐様は本当に自信があるんです
そして、3日後の昼。安野からイナリに電話がかかってきた。
『あ、お世話になっております。安野です!』
「おお、ようやくどうにかなったという話かのう?」
『はい。どうにかなりました。ひとまず今回の件はこれで終了という認識で問題ありません」
「うむうむ、これでだんじょんに行けるというものじゃ」
『バリバリやっちゃってください! 何かあれば連絡してくださいね!』
そうして電話を切ると、イナリは「うーむ」と唸る。どうにかなったとは言うが、具体的にどうしたのか。詳細を話さなかったということは、話す気がないか止められているのだろうが……絶妙に何かの圧力をかけたような匂いがプンプンする。覚醒者関連の歴史を考えるに、有り得ない話ではない。
「ま、どうでもええがの。人を見世物にしようって輩は嫌いじゃ」
イナリは覚醒フォンを操作すると東京第4ダンジョンを予約する。ポータルサイトには行き方も乗っているので、特に迷う理由もない。
「えーと……ばすで行けるんじゃな。便利じゃのう」
すでにイナリはバスは覚えた。バス停が東京にはたくさんあって、ダンジョン行きの巡回バスがあることも分かっている。
「よし、行くとするかの」
イナリが必要な荷物は覚醒フォンと家の鍵だけだ。家を出てバス停を探し……そうすると、1人の男が家の近くにとまっていた車から出てくる。
「警備部要人警護課の武井です。お出かけですか?」
「うむ。お主等、まだ居たのかえ」
「はい。終わったというタイミングが一番危険ですので。それで……どちらへ?」
「だんじょんじゃ。その為にばすに乗ろうと思ってのう?」
「ではお送りします」
「却下じゃ。ばす停を教えておくれ」
笑顔で言うイナリに武井は頷くと、何処かにイヤホンで連絡しながら地図を取り出す。
「東京第4ダンジョンですね。それであれば、この道をまっすぐ進んで右に曲がると第4行きのバス停があります」
「あー……そうか。お主等、予約先の組織じゃものなあ……うむ、ありがとうの」
まあ、覚醒者協会の運営するポータルサイトで予約しているのだからその情報を協会側が知っているのは当たり前だしイナリとしては話が速いので助かる。
そうしてイナリはバス停に来たバスに乗り込むが、なんと1人も乗っていない。
「おや?」
「ご利用ありがとうございます。この車は東京第4ダンジョンに向かうものですが……」
「お仕事おつかれさまじゃ。これでええかの?」
「はい、覚醒者カードを確認させていただきました」
バスの運転手が頷くのを確認し、イナリは座席に座って。それを確認するとバスも出発開始する。
確かに東京第4ダンジョンの予約はほぼ全ての時間が空いていたが、ここまでバスがガラガラだとは思ってもいなかった。確か東京第3ダンジョンはもう少し人が集まっていたはずなのだが……このバスで向かう人がいないというだけだろうか?
「うーむ。そんなに好き嫌いしてええんかのう?」
「オーク相手なら仕方ありませんよ」
バスの運転手がそう話しかけてきて「ひょ?」とイナリは声をあげる。まさか話にのってくるとは思わなかったのもあるし「仕方ない」という言葉も気になった。
「仕方ない、とはどういう意味かのう。人気がないというのは知っとるが」
「そっか。お客さんは白カードですものね。ご存じないのかもですが……オークほど恐ろしい生き物も、そうはいませんよ」
オーク。いわゆる人間型のモンスターではあるが、総じて大柄であることでも知られている。
ゴブリン同様に様々な武器を使いこなすことでも知られているが……特筆すべきはその性質だ。
オーク臭と呼ばれる独特の体臭を持ち、それで縄張りをマーキングする。更には狙った獲物に自分の匂いをつけることで何処までも追ってくる。
更にはずるがしこく、罠を使用する知能も持っている。「集落型」である東京第4ダンジョンではそんなオークの特性が最大限に生かされ、いつも気を張っていなければならないしオークの匂いをつけられてもいけない。
様々な対処法が必要になる上に、オークは肉食だ。彼等にとって人間がどう見えるかなど言うまでもないわけで……オークが人型であるだけに、その嫌悪感も激しいらしい。
「大手クランが定期的にクリアしてるらしいですけどね。そうでなきゃ、好き好んで向かう人もいませんよ」
「ふうむ。まあ、よくある魑魅魍魎の類とそう変わらんのう」
餓鬼に限らず、魑魅魍魎は「そういうの」が非常に多い。むしろ、そういうのではないモノを探す方が難しいくらいだ。だから、そんな話はイナリにとっては然程気にする話でもなかったのだ。
「ま、問題ないじゃろ。儂が上手く立ち回ればいいだけの話じゃ」
「それはそれは。なんだか余計心配になってきました」
「え? なんでじゃ?」
自信満々で失敗しそうなフラグに聞こえる、とは失礼すぎるので運転手は言わなかったが。
まあ、狐耳に巫女服、尻尾までつけて武器の1つも持っていないように見える白カードの新人が「オークなんかこわくない」といったところで……バスの運転手としては心配しかないのは、まああまりにも当然すぎる話であったのだ。
イナリ「儂、帰ったらシャケ握りを作るんじゃ」
運転手(なんでこのお客さんフラグっぽいこと言うの……?)