お狐様、依頼を受ける
板橋の東京第7ダンジョン。そして駒込の東京第11ダンジョン。この2つで同時に異変が起こったようだが……そこにまだ居場所の分かっていなかった地球防衛隊の覚醒者が入り込んだようなのだ。
恐らくはその後「何か」をしたものと思われるが……東京第7ダンジョンはともかく、まだ正式オープンしておらず、武本武士団が警備を担当しているはずの東京第11ダンジョンに連中が入り込めたのは何故なのか?
「……どうにも付近の小規模クランとの摩擦を避けるために警備の協力を依頼していたそうなのですが、その中に地球防衛隊が紛れ込んでいたようです」
「それが隙をついて東京第11に、か……ま、この責を武本に問うは酷じゃろうのう。善意を利用されたにすぎぬ」
糾弾すべきは善意の隙間に入り込む者たちだ。いつの世もそういう者は消えはしない。今回にしたところで、武本は巨大クランの長として、普通ならばしなくてもよい……けれど覚醒者社会をリードする一人として賞賛されるべき配慮をしたに過ぎないのだ。
「まあ、そうですね。ハッキリ言って武本武士団は良い意味でのカリスマですし……」
「うむ。それで? もう対処はしておるのじゃろう?」
「はい。すでに2つのダンジョンは完全封鎖体制に移行しています。それと……幸いにも『勇者』がまだ日本に居るので、東京第7ダンジョンに向かってもらっています」
つまり、残るは東京第11ダンジョンということになる……のだが。普通であれば武本武士団がそのまま対処に移るが、今回は少しばかり事情が違う。
「神のごときものが関わっている可能性がある以上、下手な戦力の投入は犠牲を出すと私たちは考えています。ですから……狐神さん。東京第11ダンジョンの対処を、お願いできませんでしょうか?」
「ええよ」
イナリは迷うこともなくそう頷く。断る理由もなく、そして請われた。ならばイナリとしては受けない理由は何処にもない。
「とすると、えーと……ちと待っておれ」
イナリが何処かに電話をすると、1コール目で山口が出る。
―はい、山口です―
「おお、儂じゃ。協会の要請で東京第11に向かうんじゃが、構わんかの?」
―すぐにお部屋の前まで向かいます―
「うむ、よろしくのう」
家の前の車の中で待機している山口たちのことは安野も気付いてはいた。まだ全員が捕まっていない以上必要な措置だったが、マンションの前に来たときに2人に囲まれて身分証をチェックされたのは少し怖かった。まあ、万が一の場合の身内からの裏切りを警戒されたのは分かっているので文句は言わないけれども。
そうしてニコルに連れられ、山口の運転でイナリは東京第11ダンジョンへと向かっていく。運転は基本山口がやっているが、バスに乗り慣れたイナリが分かるくらいには運転が物凄く上手い。
「それにしても山口は運転が上手じゃのう」
「はい。ニコルと組んでいると自然とこうなります。何しろそいつはカーチェイス向きではありますが、通常の運転には向かない性格をしています」
「あははー」
「ですので、どちらかというと強攻課向きなんですが……その分戦闘力だけでいえば私より上です。ですから私がこういった運転を含む技能を磨くことでニコルの攻撃力をいつでも使えるようにしています」
「ほう。適材適所というわけじゃな」
「そういうことです」
そんな話をしている間にもイナリたちを乗せた車は東京第11ダンジョンにつくが……工事中の東京11ダンジョン周辺には更に厳重なバリケードが作られ、武本武士団のメンバーと思わしき面々が警備についていた。
「協会の方ですか?」
「はい。こちらは身分証。後ろに乗っているのは同じく協会の人間が2人と、狐神イナリさんです」
山口が全員から預かった身分証を見せると、それを確認しながら武本武士団のメンバーが頷く。
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
仮に設置された門が開き中に入れば、建築途中の建物が幾つか見える。かなり厳重な管理体制を敷くつもりだったようだが、そうなる前に「こう」なったのはまさに痛恨の極みではあるだろう。とにかく、その辺りを見回っているのは武本武士団のメンバーばかりのようだが、協会の職員らしき人間もチラホラいる。しかし、それ以外は……どうやらいないようだ。
車を停め、ゲート前まで歩いて行けば、そこには指揮をとっている武本の姿があった。いつもより険しい表情だが、それも仕方ないといったところだろうか?
「む? おお、狐神殿!」
「武本、しばらくぶりじゃのう」
「いやいや、この前会ったぞ! はっはっは!」
「そうじゃったかのう? かっかっか!」
そんな出会い頭のギャグをやると、2人は同時に真面目な表情になる。
「とにかく助かった。状況を説明するので、すぐに入ってほしい」
「うむ、頼む」
「まず内部だが……モンスター災害直前のような状態になっている」
そう、武本武士団の精鋭が中を確認したところ、モンスターの数が異常といえる域に達していたのだ。この現象に関しては、かつて世界中で発生したモンスター災害のものと酷似している。つまり……いつ「それ」が起こってもおかしくないということなのだ。





