お狐様は知っている
「な、なんじゃあ!?」
「古典的な手段ですよ! この車にぶつけようとしてますねアレ!」
「なんと!?」
まさかそんなことをするのか、とイナリは思う。古典的手段とはいうが、山奥に居たイナリはそんな手段など知りはしない。覚醒者という立場でモンスターと戦っても、まさかモンスターがトラックをぶつけてくるわけでもなし。
だから、こんな直接的に普通の人間から殺意をぶつけられるのは……ある意味では初めてだった。
いや、殺すつもりはないのかもしれない。手荒な手段を使う……その程度の考えなのかもしれない。しかしイナリが感じるのは間違いなく殺気だ。
それを証明するように大型トラックはガン、と凄まじい音をたてて車体をぶつけてくる。くるが……不思議なことに、押し負けていない。
「おお……!? 大きさで負けておるのに押し負けておらんな!?」
「当然です! 此方は覚醒者用の特殊車両! 素材からして違います!」
言いながら山口はアクセルを踏んでいくが……まだ昼前だ。僅かながら一般車もいる中でのカーチェイスは、卓越した運転スキルを見せる山口であればともかく、大型トラックのほうはお構いなしだ。他の車を跳ね飛ばさんという勢いの大型トラックに、イナリが「ええい!」と声をあげる。
「このままでは巻き込まれる車も出る! ならば儂がどうにか……!」
「え!? いえ、それは……!」
ニコルがイナリをどう止めるべきか迷う矢先。アツアゲが車の窓をコンコンと叩いていた。
「え? あ、開けろってことですかね……?」
「む、そうか。アツアゲ……やってくれるのじゃな!?」
いいから早く開けろ、とばかりに窓をコンコン叩くアツアゲに頷きニコルが窓を開けると、アツアゲはかなりの速度で走る車特有の風圧を気にもせずに車の屋根へと登っていく。
こちらに向かってくる大型トラックを前に、アツアゲは腕を天へと突きあげて。
虚空から現れた2つのダイスが、勢いよく回転を始めた。
『エマージェンシー、エマージェンシー。積み木ゴーレム、出撃準備開始。マスターとのリンクスタートします』
そんな謎の放送が響き渡ると同時に2つのダイスが輝き、その場に静止する。それは、伊東のときと同じ挙動だ。そして……示された、そのダイスの目は。
『6、5! 30! 30倍! 30倍!』
アツアゲの身体が急速に巨大化していき、かつてイナリと戦ったときそのままの巨体へと変わっていく。
『30倍積み木ゴーレム、出撃完了。行動開始します』
積み木ゴーレム、アツアゲ。通常時は最大が50センチほどの玩具程度の大きさのアツアゲ。しかしそれが30倍でおよそ15メートルの頼れるボディ。およそ全長11mのトラックと比べても、見劣りのしないサイズだ。だが当然アクセルを思いきり踏むことで加速した大型トラックはそれ相応の突破力がある。「普通」に考えればアツアゲが押し負けるようにも思える。
そう、一般的に……「普通」に考えるのであれば。しかし覚醒者であればそうは思わない。その場に停止したイナリたちの車が、その証拠だ。そして、何よりも。
「う、嘘だろ……」
大型トラックを運転していた男は、それを驚愕の表情で見ていた。たった今、真正面から捕獲された自分の車を。アクセルをどれだけ踏み込んでも押し切れず、ギアをバックにしても戻すことも出来ない。完全に力負けし、完全に捕らえられている。目の前の巨大な積み木ゴーレムが、いとも簡単にそれをやってしまったのだ。
そのままアツアゲの腕が大型トラックをそっと横倒しにすると男が「チクショウ!」と叫びながら運転席から出てくる。そして、気付いた。そこに、狐耳を頭につけた少女がいることに。
「お前だ! お前さえ捕まえれば!」
「さよか」
狐神流合気術。触れれば投げられるスキルが男をいとも簡単に投げ飛ばし、道路へと叩きつける。
「か、はっ……ぐっ!」
イナリに踏みつけられた男は跳ね飛ばして起き上がろうとするが……動けない。こんなに華奢なイナリに、全く抵抗できないのだ。
「まったく、とんでもないことをするもんじゃ。車を相手にぶつけちゃいけませんと習わんかったんかのう」
「黙れ……! 俺たちはお前のようなものから地球を守らなきゃならないんだ……!」
「守るのはええがのう。元気をぶつける先が違っとるんじゃよなあ」
暴れる男を踏みつけながら、イナリは刀形態の狐月を取り出す……と、男の叫び声が激しくなる。
「都合の悪い相手を殺そうっていうのか! やはりお前らは……むぐっ」
小さくなったアツアゲに口を塞がれて男が何やらまだ叫ぼうとしているが、少し遅れてやってきたニコルが「ちょ、ちょっと待ってください!」と叫ぶ。
「あの、何をするつもりなのかご説明頂けると」
「うむ。つまりじゃな。こやつらは恐らく上の命令を受けて儂を再び誘拐しようとやってきたわけじゃが」
「はい、そうですね?」
「ということは、この事件の大元は別にいる」
そう、この男は下っ端に過ぎない。つまりこの事件の大元は別の場所に居る。そして、そうであるならば。イナリはそれを探り当てる手段を持っている。何故なら、この事件がどんな事件であるかをイナリは聞いて、その目で見たのだから。
「根源を示せ――秘剣・祢々切丸」
忘れたころのTips
名前:秘剣・祢々切丸
読み:ひけん・ねねきりまる
設定:空を飛び怪異を追い詰め切り裂いた伝説を解釈し、イナリがその目で見て、認識している事象の大元を探り当て飛んでいく力を持つ。当然ながら、刀が何処に在るかはイナリにも理解できている。
第二章の東京第8ダンジョンなどでも使用。





