お狐様、考える
そんなアツアゲのトレーニング……筋肉がないのにトレーニングの意味があるかはまあ、技を磨く的な意味はあるかもしれないのでさておいて、それが終わるとヒカルも仕事があるので解散の時間となる。
「あ、そうだ。うちの社長も今度会いたいって言ってたぜ」
「うむ。ではいずれ手土産でも持って伺うとしよう」
「おう。じゃ、まあ気をつけてな」
ライオン通信の従業員通用口から出ると来たとき同様に山口と車が待っており、ヒカルに見送られながらイナリたちは車に乗り発進する。
「お帰りなさいませ。此方は特に異常はありませんでした」
「それならよかったのじゃ」
「まあ、秋葉原は覚醒者街ですからね。その性質上、警備は相当に厳重です……怪しげな者がいればすぐに誰何されますし、連中としてもやりづらい部分はあるでしょう」
「そうですね。下手すると東京の中心部より厳重ですからねえ」
「ほー、そうなんじゃなあ」
「ええ。兵器になるものがゴロゴロ転がっていますから」
そう、秋葉原では武具に防具、その他諸々の覚醒者用の品々が恐らく日本で一番多く扱われている。それはつまり危険なものだらけということでもあり、それ故に秋葉原では覚醒者による警備も厳重だ。各種店舗だけでなく秋葉原全体としても警備を雇っており、怪しげな人物は即目をつけられるような仕組みが整っているのだ。
しかしまあ、それはそれとして。イナリとしては現在の状況に疑問もあった。
「しかし……せっかく警備してもらってなんじゃが、もっと隙を作らんといけんのではないかのう?」
「どういう意味でしょうか?」
「失敗したのは向こうにも知れておろう。なれば警戒が激しくなるのも予想しているはず。実際こうして隙が無いとなれば、そこに固執する理由もないように思うんじゃが。されば、何処か予想も出来ない場所が危険になるのではないか?」
言われてニコルも「まあ、そう思いますよねえ」と頷くが、山口は表情が1ミリも変わらないまま車を運転している。
「仰る通りではあります。しかし普通であれば地球防衛隊などという組織を作りはしません。私たちの『普通であればこうだろう』は連中には格好の隙ですし、そこを突かれれば連中にとっては格好の宣伝材料でしょう。故に、あらゆる可能性は潰していく必要があります」
「相手の選択肢を絞るという意味では、こういう方がいいんですよ。ま、潰し切るには手数が足りてないからこういう手段になるんですけどね」
本部所属の覚醒者に委託することも多いんですよ、とニコルは言うが……まあ、そういうものなのかもしれないとイナリは思う。実際、あの廃村にイナリを迎えに来た2人も本部所属で委託された覚醒者だった。
「ですけど安心ですよ。警察と連携して連中のアジトを絞りこんでる最中ですから」
「うむ、安心じゃな」
(それで解決するなら良いが……此度の件は時間をかけるほど解決から遠のく……時間は連中の味方じゃの)
あの地球防衛隊とかいう組織は覚醒者協会の調べではどうにも世界中にあるらしい。そういう意味では以前何度か出会った【証明不能なる正体不明】の影響下にある超人連盟と似たようなものであり、その活動目的が正反対であることが分かる。
しかし……その一点を除けば、2つの組織は驚くほどに似ていることが分かる。
覚醒者と非覚醒者、どちらを賛美しているかという一点を除けば本当に似ているのだ。
(よもや、同じく【証明不能なる正体不明】の影響下というわけではあるまいが……)
しかし、有り得ない話でもないかもしれない。どうにも【証明不能なる正体不明】は複数の人間を使徒にしているようだし、その1人が地球防衛隊に混ざっていたところで、何の不思議があるだろうか?
もし、そうだとして。イナリを狙えない彼等が次の手を打つとしたら……何をするだろうか?
(……そういえば、今までの使徒たちは……)
「だんじょん、か?」
「え?」
「だんじょんが狙われる可能性があるかもしれん。もし地球防衛隊の中に使徒がいれば、そこを起点に何かをやらかそうとするかもしれん」
草津のときは、タケルが【終わり告げる炎剣】の力を使い草津を異界と変えた。あれはダンジョンの中ではないので別件としても、他の神の使徒たちはダンジョンの中、あるいはダンジョンから漏れ出たモンスターたちの力を使い何かを為そうとしていた。
そしてもし、今回もそうであるとしたら。狙われるのは……何処だろうか?
「ダンジョンですか……確かに『神の如きもの』の影響があるのであれば、可能性はありますが……」
「各ダンジョンの警備を強化するように伝えときますね」
山口が頷き、ニコルがテキパキと何処かに連絡をする。この辺りは流石にプロといったところだが……それで安心していいのかはイナリには分からない。何しろ府中のときのようなこともある……どんな手段を使ってくるかは分からないのだ。
とはいえ、イナリがどうにか出来るわけでもない……ことが起こらないと対処できないのは歯がゆいところではある。
「……ん?」
イナリはふと、バックミラーに大型トラックがうつっているのに気付く。帽子を目深にかぶりマスクをしたその運転手は、アクセルを強く踏んだのか速度を上げ始めている。
「来たようですね。ニコル! 狐神さんを何があっても守りなさい!」
「ラジャー!」





