お狐様、ライオン通信に行く2
ちなみにニコルはイナリがサンドバッグを叩いている間中、ずっとニコニコと微笑んでいたが……そんなニコルにイナリが声をかける。
「ニコル。お主はやらんでええのかの?」
「え? 私ですか?」
「うむ。見てるだけだと暇じゃろ?」
言われてニコルは心底驚いたように、しかし笑顔で「あー……」と呟く。単純に好意であることが理解できたからだが、そんな提案がくるとは思っていなかったからでもある。言ってみれば、聞いていた以上のピュアさに驚いたのである。
基本的に誰でも強くなったり立場が高くなれば相応の狡猾さを身に着けるものだが、そういうのが一切ない。これは実に驚くべきことでもあった。
まあ基本的な立場でいえばそんなところで体力を使うなど論外ではあるのだが。
「うーん……ではまあ、少しだけ」
そう頷くと、ニコルはキュッと音を立て典型的なボクシングスタイルをとる。
「おっ」
「ほー」
ヒカルとイナリが理解度は段違いながら感心したような声をあげるなかで、ニコルの拳が凄まじい速度の連撃をサンドバッグへ叩き込み、おまけとばかりにハイキックも叩き込みサンドバッグを揺らす。
「ま、こんな感じということで。いやー、凄いサンドバッグですね」
「おお、凄いのう。儂とは全然違うのじゃ」
「才能あるな。もしかして格闘系のジョブなのか?」
「ははは、いやあ。このくらいは警備部なら普通ですよ。強攻課の連中だともっと激しいですしねー」
強攻課。いわゆる覚醒者犯罪の際に出動する協会の自前の戦力だが……その性質上、ランキングに載らない戦力であるともされている。ニコルは警備課なのでまあ、「そこまでではない」と謙遜しているのだろう。
「私じゃなくても山口先輩とかも結構やるほうですよ」
「誰それ」
「今外警戒してる先輩です」
車の中にいたほうか……とヒカルは納得する。確かに結構できる雰囲気は持っていた。しかしまあ、そんなものをイナリにつけているところからすると、現在の覚醒者協会のスタンスが見えてくる。
(イナリがまた襲われるのを予見しておきながら何もしない、はよろしくねえってところか)
正直ヒカルには一般人集団の地球防衛隊ごときにイナリがどうにかされる光景は浮かばない。何人か未登録覚醒者もいるとはいうが、だから何だという話ではある。まとめてイナリにポイされる姿が目に見えるようだ。
しかし世間的なイメージは違う。この様子だとイナリは知らなさそうだが、イナリを誘拐しようとした連中がいるという話はすでに全国に広まっている。最近はスマホで誰でも動画やら写真やらを撮れる時代なので拡散力は凄まじい。さておいて、これで「またイナリが狙われた。協会は何もしなかった」となれば、それは実際の事情がどうであれ大問題だという話なのである。
「ま、その辺の事情はいいさ。しっかり守ってやってくれよ」
「勿論です」
ヒカルとニコルの視線は、またサンドバッグを叩いているイナリに向けられる。ニコルが叩いたのを見て刺激を受けたのだろうか。相変わらず全然だめだが……気付けばイナリの服の中からアツアゲがひょいっと顔を出す。
「……あー、そういえばアレもいましたね。積み木ゴーレム……」
「だな」
出てきたアツアゲはデフォルトサイズまで巨大化すると、「てあー」とか言いながらサンドバッグを叩くイナリの足をちょいちょいと叩く。
「む? なんじゃアツアゲ。うむ? まさかやるというんかえ?」
頷くアツアゲにイナリが場所を譲ると、アツアゲは思い切りジャンプしてサンドバッグを殴る。
「ひょっ!?」
「おお」
「ええー……」
ドガン、と凄まじい音をたてたサンドバッグが吹っ飛び、戻ってくるサンドバッグへと再びジャンプしたアツアゲが身体全体を使った蹴りを叩き込めばサンドバッグは天井にぶつかって戻ってくる。そのままアツアゲがパンチやらキックやらをサンドバッグに叩き込んでいたが……ニコルは「こえー」と冷や汗を流していた。
「いや、そりゃ『パートナー』は元の能力そのままって聞きましたけど。ボスだとああなるんだー……」
「ぶっちゃけアツアゲのほうがイナリより才能あるな……良かったじゃん、苦手分野補完できて」
「ええんかのう……」
いいかどうかはさておき、アツアゲは以前都市伝説系モンスターのメリーさんをぶっ飛ばしてきたこともある。元々パワーはあるほうなのだろう。魔石をモリモリ食べているのもあるいは関係あるのかもしれないが……まあ、イナリに出来ない打撃方面を補完してくれそうなのは確かだろう。
「おーいアツアゲ、程々にしとけよ。それ高いんだからな。壊すんじゃねーぞ」
そうヒカルに言われるとアツアゲは戻ってくるが……なんだか全身でやりきった風を表現しているのはなんとも面白くはある。
「いやー、地球防衛隊だっけ? 自分も防衛できるか怪しいだろこれ。ハハッ、ウケる」
「一応殺しちゃマズいんですけど……」
「うむ。アツアゲもその辺は分かっとる……よな?」
一応聞いてみたイナリにアツアゲは、ビシッとポーズをきめていたが……どういう意味なのかは、誰にも分らなかったのである。





