お狐様、ライオン通信に行く
数日後。ヒカルに誘われて来たライオン通信秋葉原本社のプライベートジムでイナリはスポーツドリンクを飲んでいた。
フォックスフォンとライオン通信の共同開発の話も進み、過剰なライバル視も一応表向きは収まっているので、こうしてイナリがライオン通信内部にヒカルを訪ねて出入りすることも普通に出来るようになっている。まあ、元々イナリはフォックスフォンのイメージキャラであっても所属ではないのだが、そこはさておいて。
「はー、なるほど。それでこんな状況なんだな」
「ま、そういうことじゃのう」
ヒカルがチラチラと部屋の隅にいるニコルを見ているが、ニコルはニコニコと微笑んでいた。先程から一言も発していないが、イナリの交友関係を邪魔するつもりはないということなのかもしれない。
「ま、そんなわけでニコルが部屋の隅におるが、気にせんでくれ」
「いや気にするだろ。存在感あり過ぎだし」
「美少女ですみません」
「ほらー!」
「すみません。ボケるチャンスを逃せなくて……」
「うむうむ」
「いやいいんだけどさあ……」
まあ、イナリが気にしていないのであればヒカルがどうこう言うことではないのかもしれない。外にも車が停まっていたし。
「しかしなんだっけか。地球防衛隊? また変な連中に絡まれてるなあ」
「うむ。そんな状況じゃし、しばらく家には誰も招けんのう」
「許せねえぜ……」
ヒカルがこれ以上ないくらいに苛立つ様子を見せるが、さておきこのトレーニングルームはかなりのものである。最新の機器が揃っているが、どれも覚醒者が使うことを前提に設定段階から調整をしているものだ。たとえばサンドバッグ1つにしても、一般人が殴っても1ミリも動かないかもしれない造りになっている。
「で、どうだそれ? なんか味調整中らしいんだけど」
「よう分からん」
「うーん。だよなあ……」
ヒカルに舞い込んできたコラボ商品のスポーツドリンクだが、飲み過ぎてヒカルはよく分からなくなってきたのでコラボ先の許可もとった上でイナリに試飲してもらっていたのである。
「そもそもサバンナ味とか意味わかんねーし。なんでそうなったんだ」
「まあ、らいおん通信のヒカルじゃしのう」
ついでに言うとヒカルのジョブは「獅子王」であり、これも別に公表されている情報なので大いに関係しているだろう。まあ、だからサバンナ味でいいかというと少しばかり首を傾げてしまうのだが。
「大体さあ……!」
サンドバッグにヒカルが拳を叩き込むと大きく揺れ、そのまま連撃を叩き込みサンドバッグが元の位置に帰ってこないままにへこんでいく。覚醒者用の中でも更にヒカル用の特製だが、充分にその力を受けきっているようだ。勿論、値段は結構しているのだが……以前壊したことがあるので、そのときのデータを元に発注されたのだ。
「サバンナに! 味なんか! あるかあああああ!」
ズドン、と。凄まじい音を響かせてサンドバッグが天井近くまで吹っ飛び……戻ってきたサンドバッグを難なく受け止めると、ヒカルはふうと息を吐く。
パチパチとイナリが拍手しているが、そんなイナリに視線を向け「やってみる?」と声をかける。
「儂がかえ?」
「ああ。結構楽しいぞ」
「ふむ……」
なら試しに、とヒカルからグローブを借りてはめてみると、キリッと真面目な顔でイナリはサンドバッグを見つめる。ヒカルのやっているところは見たので、どうやればいいかは分かる。
振り被って拳を叩きつけ……ぺしっと軽い音が響く。ぺしっ、ぺしっと連続で響く軽くかわいい音は明らかに力が足りていない……というよりは単純な打撃技に対する理解が浅い証だ。勿論、力も足りてないが。
「えーと……攻撃の数値幾つだっけ。F?」
「しーじゃが?」
「そっか……まあ打撃なんかなくても強いしな……」
攻撃Cであるならば限りなくDに近いCだとしても練習すればそれなり以上にはなるはずだが、イナリが刀や投げ技を使うのはヒカルも知っているので「どうにかしなければならない」とは微塵も思わないが。
「うーむ。しかしまあ、多少はやれるようになっておきたいのう」
「じゃ、練習するか」
イナリがその気であれば、ヒカルとしても喜んで手伝うつもりだ。早速だがフォームが全然なってないのでイナリの横で軽くやってみせる。響く風切り音はなるほど、イナリのものとは全然違う。
「つまりさ、形だけ真似しても意味はねえんだよ。身体全体でどう動くか理解していかねえと」
「ほうほう」
そうして2人である程度の打撃練習をしていくが……実際そうやってみると、ヒカルは理解する。
(あんまし打撃の才能はねえな……まあ、それでも練習すりゃ充分武器にはなるか)
元々イナリは動ける方だ。それはヒカルも府中で見て知っている。しかし格闘の才能というものはコレが出来るからアレも出来るといったような単純なものではない。イナリに関しては打撃技がそうなのかもしれないが……拳を振り回し戦うイナリというものがヒカルにはあんまり想像できなかったので……まあ、それはそれでよいのかもしれないという結論に達していたのだった。
いわゆる解釈不一致。





