とある場所にて
今の世界がおかしいのだ。それは度々言われてきた言葉であった。
それまでの人類の進歩を否定するかのように科学が無力になり、代わりに魔力という新しい概念を利用した魔学なるものが始まった。
それでも覚醒者なる者たちでないとモンスターには対抗できない理不尽。
明確な力の差と科学の敗北、そして生まれた格差。科学では永遠に解明できない能力。
誰かが言った。これは科学を貶め人類を退化させようという何者かの企みであるのだと。
銃を捨てさせ棒切れを振り回させることで人類の知恵を捨てさせようとしているのだと。
魔力などという怪しげな力に頼らせることで、それに依存させようとしているのだと。
陰謀論にも似たそれは急速に賛同者を増やし、ついには組織となった。
そう、此処は地球防衛隊日本支部。とある一般企業を隠れ蓑としたビルに存在する、秘密の場所であった。
「ご報告がございます、支部長」
「ああ。失敗したみたいだね」
「はい。申し訳ありません。ですが次こそは……」
「だから言っただろう? アレに下手な手出しをしても失敗するよ、と」
「……はい。仰る通りでございました」
支部長と呼ばれた人物は男に背を向けている。20代前半の女に見えるが、その表情は男からは見えない。地球防衛隊に制服などは存在せず、支部長もまた何処にでも売っていそうな洋服を着ている。支部長の顔を知らない者がすれ違ったところで、そうであるなどとは気付かないだろう。
「君たちは結果を急ぎ過ぎる。積み重ねもなく何かを得たところで……いや、まて……」
「支部長?」
「1つ良いことを思いついたよ」
「良いこと、ですか?」
「うん。少々大きめの仕掛けをしてみようか」
「おお……! 支部長自ら動かれるのですね!?」
「ああ、期待するといい。覚醒者などこの星に要らないのだと思い知らせよう」
感激の表情のまま退室していく男をそのままに、支部長はフフッと馬鹿にした笑みを漏らす。
「愚かしいですね、私の神よ。あれは嫉妬なのか、それとも時代に適応出来ないだけなのか……どちらなのでしょうね?」
―【邪悪なるトリックスター】が幾つかの混合であると嘲笑っています―
「仰る通りです。ところで……もしかして、あのダンジョンに手を出されるおつもりですか?」
―【邪悪なるトリックスター】は頷いています―
「承りました。では早速彼等を使うとしましょうか」
すでに行動は起こしてしまった。相手は狐神イナリ……恐らくは他の神々が関わっていたであろう事件を解決している覚醒者だ。かなり他の覚醒者と毛色が違うし、よく分からない部分はあるのだが……どうやら何らかの神と契約しているわけでもないようだ。それでも慎重に当たらなければいけない相手だ。本来であれば。しかしやりようはある。本来は勇者を殺すための仕掛けだが……それであればあの狐神イナリも圧殺できるはずだ。
「……しかし、一体何者なのでしょうか。いくら調査しても分からないという結論に至るだけ……」
確かに「かつての時代」からの混乱期を経て、戸籍の類は一部が無茶苦茶になってしまった。「存在しない住民」問題もかつては取りざたされ、今となっては解決したということになっているのだが……あるいはそれであるのかもしれない。その辺りは分からないが……まあ、もうどうでもいい。
用意されていたベルを鳴らすと、1人の男が部屋に入ってくる。壮年の男だ……戦い抜いた歴戦の戦士という風情だが、実際にこの日本支部の抱える覚醒者の1人だ。
「お呼びですか、支部長」
「うん。彼等が失敗した話は聞いているね?」
「はい」
「計画を修正するよ。対象は狐神イナリ。それと勇者。2人同時に仕留めて、覚醒者協会のランキングがどれだけ欺瞞に満ちたものか思い知らせるとしようか」
その言葉に、男がニヤリと笑う。望んでいた言葉を貰えた……まさにそんな感じである。
「真に地球に選ばれたのは君たちだ。他のものなど偽りでしかない」
「はい、その通りです……!」
「よし、では他のメンバーを連れて行動開始したまえ。ああ、それと……」
言いながら支部長は2つの黒い珠を取り出す。水晶球にも似た黒いそれは、何かの石を磨いたものにも見えるが……間違いなく、なんらかの強い力を秘めたものであった。
「これを持っていきたまえ。使い方は……分かっているね?」
「勿論です。準備が出来次第向かいます……!」
大事に2つの珠を抱えて部屋を出ていく男をそのままに、支部長は大きく溜息をつく。違う人物に、それぞれ違うことを囁いた。互いに互いを嫌っているので、そんなことにすら彼等は気付かないだろう。なんとも愚かしいことだ……しかし、だからこそ支部長の計画は多少の狂いがあろうと動き出す。
「さあ、この国を滅ぼす準備を始めよう。覚醒者も非覚醒者も。全て、全て消えてしまえばいい……ああ私の神よ! ご笑覧あれ! 私はこの国に終末をもたらしましょう!」
その言葉を聞く者はいない。けれどその表情を見たものがいれば……限りなく本気であると理解できるだろう。そう、「地球防衛隊日本支部長」は……その仰々しい役職名とは真逆に、この国の滅びを願っていたのだ。





