お狐様、テレビを見る
翌日の朝。イナリはゆっくりとベッドから身を起こした。
柔らかいベッドとふかふかの布団は、そのまま何十年かは寝ていられそうなくらいに気持ちがいい。
「あー……よく寝たのう。まあ、儂は別に寝なくても問題はないんじゃけども」
寝ても寝なくても、身体機能に特に変化があるわけでもない。
ないが……折角ベッドがあるのに寝ないのはベッドに失礼だ。
そんな気持ちで寝たが、想像以上に良かったのだ。だからこそ、今後は可能な限り夜はベッドで寝ようとイナリは考えていた。
出来れば、このまま寝ていたい気分ではあるが、まあそういうわけにもいかない。
覚醒フォンも手に入れたことだし、ダンジョン攻略をそろそろ本格的に始めなければならない。
まずは教えてもらった覚醒者専用ポータルサイトから予約をする必要がある。
「さて、と」
覚醒フォンからのみ繋がる覚醒者専用ポータルサイトは、覚醒者協会が世界的に運営するものだ。
オークションに固定ダンジョンの予約機能、マッチングサービスへの登録など、覚醒者に必要な機能が全部揃えられている。
ひとまず必要なのは固定ダンジョンへの予約。
東京にある固定ダンジョンで現在確認されている公式情報としては、10か所が存在している。
東京最大であり未だにクリア者の居ない迷宮型、東京第1ダンジョン。
ゴブリンの出てくる洞窟型、東京第2ダンジョン。
ウルフの出てくる草原型、東京第3ダンジョン。
オークの出てくる集落型、東京第4ダンジョン。
スライムや巨大ネズミの出てくる下水型、東京第5ダンジョン。
リザードマンの出てくる沼地型、東京第6ダンジョン。
アンデッドの出てくる地下監獄型、東京第7ダンジョン。
リビングメイルの出てくる古城型、東京第8ダンジョン。
虫型モンスターの出てくる森林型、東京第9ダンジョン。
獣型モンスターの出てくる草原型、東京第10ダンジョン。
バラエティ豊かであるようには見えるが、実際には第8ダンジョンと第10ダンジョンに人気が集中しているらしい。その理由はドロップ品であるらしいが、まあつまるところ武具や肉などが良い稼ぎになるということのようだ。
そしてイナリがクリアしたのは第2ダンジョンと第3ダンジョンだ。どちらも然程のものではなかったが……他もそうとは限らない。
「まあ、いずれは第1ダンジョンに挑む必要があろうが……まずは順繰りにやってみるとするかのう」
ひとまず第4ダンジョンに空きがある。まずは其処に行くべきだろうと予約ボタンを押そうとした瞬間、電話の着信が響き始める。
「む? なんじゃ……安野か。えーと、通話は……これじゃったな」
通話ボタンを押して「もしもし、儂じゃ」とイナリが言えば、電話の向こうから安野の声が聞こえてくる。
『狐神さんですか!? テレビ! テレビつけてみてください!』
「てれびい? 朝から何を言っとるんじゃ」
仕方なしにイナリがリモコンでテレビをつけると、何やらポップな画面が飛び込んでくる。
―本日の第1位は蟹座の貴方☆ なんだか思わぬ幸運が飛び込んできそう! ラッキーアイテムは青のグロス! 特に恋愛運は二重丸! ドキドキする一日が始まっちゃうかも!―
「……儂、恋愛運とか興味ないんじゃけど……自分の星座も知らんし……」
『へ? 恋愛運?』
「そういうのが知りたいなら儂が占った方が良い結果が出ると思うがのう」
『あ、番組違います! えーとですね……』
安野の言う通りに番組を変えてみると、何やら画面にイナリの姿が映っている。
どうやら帰りの車に乗り込むところのようだが……。
―このように現場から覚醒者協会のものと思われる車で立ち去る少女の姿が目撃されているんですね。先生、これはどう見るべきなのでしょう?―
―はい。『黒い刃』は色々と噂のあるクランでしたが、それでもそれなりの実力者を揃えていました。現時点で確認できる情報を見る限りですと、この狐耳の少女が深く関わっているのは間違いないでしょう―
―いったい何者なんでしょうか?―
―分かりません。ですが著名な覚醒者のリストに彼女と同じ特徴の人はいません。つまり覚醒者協会の隠し持っていた秘密兵器の可能性が……―
思いっきりイナリの話をしている。というか、昨日の光景がどうやら撮られていたらしい。
「……どういうことじゃ? 昨日の騒ぎは表沙汰にはならんとか言っとらんかったかのう」
『それが、現場にそういう能力に長けた覚醒者のパパラッチがいたようでして。テレビ局の1つに持ち込んだんです。現在対応中ですが2、3日の間外には出ないようにしてください』
「まあ、うむ。仕方ないのう……」
『お願いします。では!』
まあ、そういうことであれば仕方がない。イナリは溜息をつきながら予約を諦める。
2、3日家から出ない程度であればどうということもない。その間、ポータルサイトやテレビを見て色々と現代社会について学習すればいいだけの話だ。
「……ま、勉強の時間がとれたと思うべきかの」
イナリは気を取り直すと、テレビのチャンネルを変える。
―見てください、この素晴らしい切れ味! 覚醒者用の刃物を作っている工房謹製だからこその、この性能!―
―これなら普段のお料理も楽々ですね!―
「ううむ、セットでこんなにオマケがついてこの価格とは……どういうからくりなんじゃ……」
……勉強になりそうにはないが。まあ、楽しければオッケーである。
イナリ「な、なんと……ここから更に割り引くじゃと!?」