お狐様、視線を感じる
視線を感じる。そうイナリが感じたのは、決して気のせいではないだろう。
ここ数日、外に出ると見られているような……そんな気配がするのだ。
実のところ、人に見られること自体はそんなに珍しいことではない。イナリも外を歩けば子供たちに絡まれるし、大人もイナリを見れば振り返る。有名になってからは知らない人間に視線を向けられることも格段に増えた。だから視線自体はイナリはもう気にしないようにしていたのだが……そんなイナリでも気になる視線が最近増えてきていた。
今日もそうだ。サトウマートに新しいふりかけの入荷があると聞いて外に出てきたのだが、妙な視線が幾つか混ざっている。
「うーむ……」
振り向けば視線は途切れるのだが、まるでイナリを観察しているかのようではある。以前出会ったスカウトのノアが向けてきていたような視線とも違う。どちらかというとモンスターが向けてくるような視線……いわゆる敵意にも似ている気がするが、人間にそんなものを向けられる覚えはない。いや、チンピラクランを1度潰したことはあるが、まさかその逆恨みというわけでもないだろう。となると、敵意というのは勘違い……であるかもしれない。
こちらを真剣に観察している……つまり「探っている」という可能性もある。
(気にはなるが……問い詰めるわけにも、のう)
ただ見ているだけなのであれば、それを咎めて問い詰めるのも違う気がする。具体的に何かしてくるのであれば対処法もあるが……そうでないのであれば「見ているだけ」であり、イナリが振り向けば視線を逸らす程度には心得ている。フォックスフォンのイメージキャラも務めている以上は、いわゆる有名税であるともいえる。
いえるが……だからといって愉快なわけでもない。何か探りたいなら直接来ればいいものを、一体何を好き好んでコソコソとしているのかがイナリには理解できないのだ。もどかしい、と言ってもいい。
(別に余程非常識な質問でもなければ答えるのにのう。あれかの、しゃいというやつなのかもしれん)
相手が何のつもりであるにせよ、ぶっ飛ばせば終わりという話でもない。その辺りを考えればイナリにとって厄介な相手ともいえるわけだが、まあ今のところスルーするしか方法はない。
後で安野にでも相談してみようか……と、そんなことを考えながら歩いていた、そのとき。
近くに停まっていたワゴン車の扉が開き、イナリを捕まえようと手が伸びて。
「せいっ」
「うわーっ!?」
スキル「狐神流合気術」が発動し、安っぽいマスクを被った男を思いきり放り投げる。
「なんじゃお主は。どう控えめに見ても人さらいの類じゃが」
道に転がった男をイナリがちょっと怒った顔で詰問していると、ワゴン車から出てきた別の男が「うおおおお!」と叫びながら警棒式のスタンガン……いわゆるスタンロッドを振るう。改造でもしているのかバヂンッと凄まじいスパークが起こり……そこで近くにいた人々から悲鳴が上がる。けれど……当然のようにイナリには傷1つない。あるはずもない。
「お主もか」
「えっ、なっ……」
スタンロッドを掴むイナリに再度電撃が流れるが、気にした様子もなくイナリはその男も放り投げる。同時に失敗を悟ったかワゴン車が車のドアを開けたまま走っていくが……それを見送ると、イナリは投げた男たちへと振り向く。
「で? お主等は一体何なのかの?」
「そ、そんな……アイテム頼りで弱いはずなんじゃ……」
「ふうむ?」
会話になっていないが、どうにも「聞いた話と違う」的なことを言っているのはイナリにも分かる。しかしそうなると、誰からそんな話を聞いたのか? ということになるのだが。
「もしやと思うがここ数日、儂にぶしつけな視線を向けとったのはお主等の仲間かのう?」
「し、知らねえよ……」
「さよか。で? 儂を攫おうとした理由は?」
「チッ、警察にでもなったつもりかよ」
「ほう」
悪態をつく男の1人の言葉に、イナリはピンとくる。警察。イナリも覚醒者社会については多少慣れてきたが、その単語が出てくるとなると少しばかり理解できることがある。
「お主等、覚醒者ではないんじゃな?」
「!」
男たちが視線を逸らすが、それは認めているも同じだ。
警察。覚醒者であれば縁のなくなる言葉だ。覚醒者に関することは覚醒者協会に委ねられている。警察がどうこうなどという「認識」自体が頭から抜けていくのに、問い詰められて警察が云々という言葉が出てくるのは一般人でしかあり得ない。
ただ、一般人が覚醒者をどうこうしようというのは……まあタケルの件があるから無いとはいえないが、それにしても直接的に過ぎる。過ぎるが……やってくるパトカーの音に、イナリはふうと息を吐く。
「覚醒者の狐神イナリさんですね!?」
「うむ、そうじゃよ」
「通報を受けてきました。犯人は……その2人ですか? 覚醒者協会にはすでに連絡していますので」
「いんや。どうにもこうにも、こやつらは非覚醒者っぽいがの?」
「え?」
まもなくして覚醒者協会の車もやってきて武装した職員がドカドカと降りてきて、男たちを拘束した上での身分照会が始まったが……結果として警察が身柄を確保し覚醒者協会と共同捜査という、なんとも面倒ごとの香りのする決定がその場で下されたのだった。





