お狐様、オークションに興味ゼロ
亡国の王笏。そう呼ばれるアイテムが鑑定結果と共に出品されたとき、オークションはザワつきと共に一気に過熱した。それも魔法系のジョブを中心に……だ。
「当然だろうな。まったく……またとんでもないものが出品されたものだ」
9大クランの1つ『ジェネシス』のマスター、竹中は秒単位で金額が跳ね上がっていくオークション画面を見ながらそう呟いていた。
「マスター。このアイテム……そんなに凄いんですか?」
「ああ、相当に凄い」
クランメンバーの問いに竹中はそう返す。確かに……この亡国の王笏は、武器としては然程凄いものではない。分類は杖だが、魔法攻撃力ではなく物理攻撃力が上がる……言ってみればマジカル鈍器といったところだ。それでいて「魔法職限定」なのだから、物理系はまずここでそっぽを向く。
普通であれば、こんなものは一切役にたたない。魔法系のジョブであれば少しでも魔法攻撃力を上げるのが基本であるからだ。つまり普通に考えれば、こんなものは何の役にも立たない。立たないが……それでもこのマジカル鈍器に価値があるのは、その能力ゆえだ。
「使用することで継承権を得る……これがどういう意味だと思う?」
「まあ、文字通りだと思いますが……でも亡国っていうのがダンジョンだとして、継承権を得たらリビングメイルが跪くというなら凄いですが」
「確かにそれは凄いだろうがな。僕はもっと単純なものだと思っている」
「単純……といいますと」
「ジョブチェンジアイテムさ。オーラマスターの話は聞いているだろう?」
そう、以前「オーラマスター」に転職できるアイテムがオークションに出品された。
それを手に入れたのはクラン『閃光』のマスターである星崎だが、彼女はオーラマスターになることでその実力を大幅に上昇させた。
自分が覚醒させたジョブを変える……それは生まれ持った才能を取り換えるというような非現実的なことであったのが、星崎によって「より上位のジョブになれる」という希望が生まれた。
過去に事例のある『悪魔召喚士』も相当に強いというが……ジョブチェンジアイテムは発見報告がその一件と星崎の「忘れられし記憶の仮面」しかないせいでほぼ都市伝説のような扱いをされているのだ。
「そういえば4位……あ、今は3位の『潜水艦』も」
「彼女は使ってないよ。本人に聞いたからね」
「あ、そうなんですか。とするとこれは3例目ですか……」
「そうなる。だからこそオークションがこれほど過熱しているのさ」
これを使えば、自分は今よりもっと強くなれるかもしれない。そう、それこそトップランカーにだってなれるかもしれない……と。今現在オークションに入札しているのは、そういう希望を持った者たちなのだ。
「だとすると、マスターは入札なさらないのですか?」
そんな当然の疑問に、竹中は「ふむ」と悩むような様子を見せる。確かにその疑問は正しいし、当然だ。そして竹中が入札していないのは、主に2つの理由によるものだ。
まず1つ目は、この応札合戦の流れは止まらないだろうということだ。何処まで上がるのか予測が出来ず、自分たちがそこに参加することでどうしようもないほどの金額になる可能性がある。だとすれば、入札するにしてもタイミングは今ではない。
そして2つ目は……これは何よりも大事なことだ。
「このアイテムを使用することで『何』になるのかが不明だ。継承権というからには王族のような名前を持つジョブなのだとは思うが……そういったジョブの使えるスキルを想像できるか?」
「え? いえ……命令、とか?」
「僕が予想するに、恐らくは強力なバフ系スキルか、あるいは先程君が言ったが、リビングメイルを従える……この前出た東京第11ダンジョンのような召喚を出来るスキルを持つ可能性があるだろうな」
「凄いじゃないですか!」
「ああ、凄い。でもそれはアークメイジというジョブを捨ててまで得るべきものかな?」
アークメイジは魔法系ディーラーとしてはトップ層に位置するジョブだ。それが名前すらも分からないジョブになる必要があるのかどうか? はっきり言って、当たりが存在するのかも分からないクジを引くようなものだ。
ボスドロップだから、新規アイテムだから素晴らしいものだと妄信するのは自由だが……万が一外れジョブであれば、竹中は覚醒者として大きなデメリットを負うことになる。
「たぶん、世界初のジョブにはなれるだろう。それは間違いない」
「では、入札を?」
「いや、やめておこう。恐らくだが相当に特殊なジョブだ……手に入れるべきは僕じゃない」
クランで落札してメンバーに与えるにも難しいアイテムだ。ひどい面倒ごとになる予感があるからだ。ならばいっそ、何処かの知らない誰かの手に渡るのが一番だ。
そんな竹中の願いが通じたかは分からないが……亡国の王笏を手に入れたのは四国の覚醒者であったという。彼は亡国の王笏を使用することでジョブ「虚ろなる王」に転職したというが……この一連の流れにイナリは当然のように一切興味が無かった。





