お狐様、カードが銀になる2
そう、モンスターにはあらゆる武器が通じなかった。ナイフにハンマー、銃に砲、ミサイルに爆弾……種類を問わず、あらゆる武器はモンスターに対し無力だったのだ。
その状況を変えたのが覚醒者の登場だ。覚醒者は素手でも強かったが、通じないはずのナイフなどでも戦ってみせた。ならば現代兵器であれば更に強いのではないかという目論見は外れてしまったのだが。これに関しては魔石を弾丸に加工するなどの試みも無駄だった。まるで現代兵器というジャンル自体が合わないものだと言われているかのようだったが……その一方で月子の「プロフェッサー」や赤井の「電脳魔術師」のような現代を通り越し未来のようなスキルを使う覚醒者も存在している。
ちょっと前まで「新世代覚醒者」と呼ばれていた水中能力者もそうだ。彼らとて水中活動能力に関しては潜水艦どころか深海探査艇をも生身で超えるだけの能力を持っている。
新たな「新世代覚醒者」である飛行能力者に関しても、個人で空を飛べるというだけで凄いのに、空を飛ぶ際の諸々の理屈をほぼ無視した飛行が出来ている。
「覚醒者は進化している。そして世界も進化している。ダンジョン拡張に関しては、まさにその1つでしょう。これを『アップデート』と私たちは呼んでいます」
「あっぷでいと……」
「あっ、機能追加などのことです」
「うむ」
分からない顔をしていたイナリに青山が言い直すが、それでイナリにもなんとなく理解できた。つまるところ、どんどん新しいものが追加されているのをそう呼んでいるのだろう。
「確かにそうだな。アップデートで俺たちも強くなるが、ダンジョンやモンスターも手強くなっていく。一気にその辺りが出てこないのは、なんかこう……慎重にバランス調整をされてるような気分にはなるな」
「蒼空さんの言う通りではありますが……ひとまず話を戻しますと、今回こういうカードやダンジョンが出てきたことで、現代兵器を使用するジョブもやがて現れるのではないか……という懸念が生まれたのです」
そうすると、何が変わるのか。銃を使用する。それ自体は別に良い。しかし例えばの話だが、覚醒者としての力を使い悪事を働くチンピラクランの所業が現代兵器によって高度化していく可能性がある。それだけではない。ダンジョンから遥かに高度な未来兵器が出てくる可能性だってあるかもしれないのだ。そうなった際に、それを止められるのかどうか? これは非常に重要な問題なのだ。
「ですから、対策を立てつつも予兆は確実に掴まねばなりません。今回はそのお話を」
「別に大丈夫じゃないかのう」
「え?」
キョトンとした様子の青山……珍しいが、イナリは特に興味がないので話を先に進めていく。
「しすてむが慎重に調整をしとるんじゃろ?」
「それはまあ、そう予想してますが……」
「儂もしすてむのことはまだ分からんが、誠実な印象はある。人が制御できん力を組み込むことはないじゃろうよ」
実際、システムはイナリの秘剣を組み込むつもりはないようだ。神通力に関してもレベルなどの評価はしているが、そこから派生した飛行などを組み込んでいるのを見るに……かなり厳密に調整しているようにも思える。
「あくまで儂の評価になるが……しすてむは人の子らの味方じゃよ。そこから先に何を見据えているかは、まだ分からんがの」
「人の子って……人じゃないみたいなこと言うなあ!」
「ほっほっほ。そうかえ?」
その通りではあるのだが、別に蒼空に懇切丁寧に教える理由もないのでイナリはそう返すに留める。そもそもイナリ自身、自分が何であるかなんて正確には分かっていないのだから。
そして青山はイナリの言葉に考えるような様子を見せていた。
「人の味方、ですか……」
「うむ。人をだんじょんへ導き、報酬を与える……もんすたあ災害に関しては困ったものじゃが、甘いだけではないと考えれば……ほれ、厳しい親のように見えてこんかの?」
「まあ……その理屈で納得する人ばかりではないと思いますが」
実際、世界的規模で起こったモンスター災害の被害は大きい。その事実1つで「何処が味方だ」と激昂する者は多いだろう。しかし青山としてはイナリの言うことも理解できるのだ。理解はできる、が……そこまでシステムを妄信も出来ない。出来ないが、システムに頼らざるを得ない社会の仕組みはすでに世界中で構築されている。ならば少しでも心理的負担の軽いほうがいいのは事実ではある。
そんな風に悩む青山にイナリは優しく微笑みかける。
「ま、そう難しく考えるでない」
「いえ、しかし……」
「立場上そうもいかんのじゃろうがな。万が一しすてむが何やら企んでおるのであれば……儂は人の子らの味方をしようぞ。じゃからほれ、眉間のしわをどうにかするがよい」
イナリが自身の眉間を指でつついてみせることで、青山も力を抜いたような笑みを浮かべる。
「……そうですね。ですがその上で言いますと私たちはその万が一に備えるのが仕事なのです。そのために覚醒者協会などという看板を掲げているのです」
「うむ。素晴らしいことじゃ」
そんな和やかな雰囲気で話が終わりそうになった、その刹那。その場にいた青山を含む職員たちが一斉に何らかのメッセージを業務用の覚醒フォンで受け取り、真剣な表情になる。
それは……府中にある東京第8ダンジョンの「拡張」を確認したという知らせだった。





